『はぁ……めんどくせぇなぁ』
地獄、それは殺戮と快楽の世界。
常日頃どこかで血が飛び、殺戮に染められた世界。
1人の青年の姿を持った悪魔は地獄の中で最も高い塔の頂を目指して歩いていた。
123 7つの大罪
『ったく……ここまで行くのが面倒なんだよ。いくらあいつの頼みといえどよぉ』
独り言を零しながら、青年は一段一段と階段を登っていく。
そして最上階の扉を開けた。
『また遅刻か』
それと同時に聞こえたのは懐かしい戦友の声。
青年の目の前にはフードをかぶった男が椅子に腰掛けていた。フードは深く被られており、男の表情は伺えない。
しかしそんな男に青年はニヤリと笑みを送った。
『久しぶりじゃねぇかベルフェゴール。相変わらずしけた面してんな』
『そういうお前は相変わらずの遅刻癖だな。いい加減直したらどうだ?』
『何万年もこの性格できたんだ。いまさら直せねーよ』
青年はベルフェゴールの意見を軽く受け流し、椅子に腰掛けた。その様子にベルフェゴールは表情を崩すことなく溜息をついた。
部屋の中は宝石や貴金属で装飾された机に7つの椅子が置かれている。
そして青年が腰掛けたことにより、6つの椅子が埋まった。しかし残りの1つは未だに埋まらない。
『アスモは?』
『彼ならまだ来ていない。彼が遅刻とは珍しいな』
青年の質問にベルフェゴールは首を振り、所在はわからないと返答した。
体中にアクセサリーを身につけた黒髪の女性が笑いながら青年に話しかける。
『あんた暇なら探してくればぁ?アスモデウスの相棒はあんたでしょ?』
『何で俺が……やっとこの階段を登り終えたばっかなのに、また降りろっつーのかよ』
『そんなの知らないわよ。早くしないとレヴィの機嫌がどんどん悪くなるわよー』
青年が嫌そうに眉を動かしたのを見て、女性は小馬鹿にしたように笑い、その後、隣に腰掛ける少女に目をやった。
その視線に黙って座っていた青髪の少女は居心地悪そうに視線をずらす。
『そうやってあたしを引き合いに出すの止めて』
『あらぁ怖い。そんなに睨まなくてもいいじゃない』
『……ベヘモトに言いつけてやる』
『あんたって二言目にはそれね』
そのやり取りを面白そうに眺めているのは頭に王冠をかぶった男。
前髪は長く、目を完全に覆っており、口からは牙がはみ出ている。
その男すらもいい加減待ちくたびれたのか、青年に視線を送って無言の圧力をかけた。
『サタン、やっぱお前が探して来いよ』
『ベルゼバブ、あのなぁ……』
『アスモデウスの行動パターンはお前が一番熟知してるはずだろ?』
それを言われて青年、サタンはうぐっと息を詰まらせた。
しかし周囲の視線を感じて、乱暴に席を立ち上がった。
『はいはい行けばいいんだろ!ったくどいつもこいつも俺をパシリにしやがって!』
サタンはそのまま、扉を蹴飛ばして出て行ってしまった。
残された者達はその光景にくすくす笑う。
『やだーサタンってば相変わらずガサツねー。ねぇルシファー様』
7つの席の一番奥、一番装飾が施されている椅子に座っていたのは長い黒髪の青年、彼が地獄の王ルシファーだった。
ルシファーは美しい笑みを浮かべてサタンが出て行った扉を眺めている。
『好きにさせればいい。サタンは私の盟友だからな。それに彼を扱えるのはサタンしかいない』
ルシファーの一言で残りの4人は静かに頷きあった。
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ルシファーの塔から少し離れた森の中に小さな泉があった。光の届かないくらい木の生い茂ったその泉を知る者はほとんどいない。
しかし地獄に咲く蛍光花が辺りを薄暗く照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。
そしてそのほとりに座り込んでいる少年の姿をした悪魔が居た。
『アスモ。てめー話し合いにも来ねーで何くつろいでんだ』
気配を消して近寄ったせいか急に名前を呼ばれて少年、アスモデウスは肩を震わせた。
丸くなった目がサタンを捉える。
『何だサタンか。おどかすなよ』
軽く笑ったアスモデウスと違い、サタンは渋い顔。
『おどかすなよ、じゃねーよ。皆集まってんだぞ。あとはお前だけ』
『えーマジかよ。悪い事したな』
そう言いながらもアスモデウスに動く気配はない。
アスモデウスは少しだけ顔を俯かせ、首にかけているペンダントを手でいじっている。
それを見てサタンは不快そうに顔を歪めた。
『いい加減捨てろよ、それ』
『何でお前が命令すんだよ』
『あのなぁ何年前のだよ。そんなくたびれたネックレス持ってねーで……』
『これは宝物なんだよ。サラの』
“サラ”。その名前を聞いて、サタンは更に不快そうな顔をした。
アスモデウスの言うサラとは人間の名前だったからだ。
サタンからして見れば、なぜアスモデウスがそんな事を言うのかが理解できない。
サラなんて人間は最低の屑だ。天使まで呼び寄せてアスモデウスを殺そうとした。そんな奴をなぜ未だに憎まない?
未だに動く気配のないアスモデウスに折れたのか、サタンは隣に腰掛けた。
『お前馬鹿だろ。あんな屑の持ってるもんなんてとっとと捨てればいいんだよ』
『俺はサラを憎んでなんかいない。だからこれは俺の宝物だ』
それが理解できない。自分は馬鹿だから。
そう言い訳を心の中でつけて、サタンは気まずさからか頭を掻いた。
サタンが頭を掻くのは困ってる時。長年一緒にいる彼の癖を見抜いているアスモデウスは少しだけ申し訳ない気持ちで彼を見ていた。
『ごめん。深く考えてくれなくていいからさ』
『別にどうこう言わねぇがよ……俺以外にそんな話すんなよ。すぐに反逆者扱い喰らうぞ』
不器用な彼なりの忠告。それは有難く受け取っておこう。
そう思いながら、アスモデウスはペンダントを握り締めた。
そしてアスモデウスは少し苦しい表情を浮かべてサタンに胸の内を打ち明けた。
『サタン、俺にはわからないんだ。世界を創造することも、支配することも……』
『……』
『前の審判の勝者が天使で、今の世界は天使の物で、天使が人間の運命を支配してたのなら、俺とサラが出会ったのは決められてたのか?俺がラファエルに殺されかけたことも決められてたのか?』
いつになく寂しそうに語るアスモデウスにサタンはいつもの茶々が入れられなかった。
黙って聞いているサタンを尻目に、アスモデウスは言葉を紡いでいく。
『それならそれでもいいんだ。運命だったとしても、俺がサラを愛していたのは確かだったから』
いつまでもサラにこだわるアスモデウスにサタンは内心舌打ちをした。
そしてイラついた心を静めるために、少しだけ棘の入った言葉をアスモデウスに送る。
『あの頃からお前は変わったよ。色欲を司るお前が純愛に目覚めるなんてな。気味の悪いやり方だったが、あの女を守ろうとしてた』
『あの頃の俺は馬鹿だった。もっと上手いやり方があったのに、目の前の男を殺すことしか考えられなかった』
『そんで最後はラファエルに見つかってボロボロになって地獄に帰ってきた』
サタンがそう言うと、アスモデウスは「ごめんな」と謝った。
謝らなくていいのに。アスモデウスはいつも自分が謝って済まそうとする。
別にアスモデウスが何しようがサタンには関係がない。そう言えばアスモデウスは少しだけ困った様に笑う。
『何で謝んだよ』
『心配してたって……ルシファー様が』
『あいつ余計なことしか言わないな』
そうだ。口ではなんと言おうと心配してたのだ。自分の親友が死んでしまうことに恐怖を覚えた。
また罪が溜まれば悪魔は復活を遂げる。
でもアスモデウス……7つの大罪の罪の大きさは一般の悪魔とは桁違いだ。何百、下手したら何千年も待たなければならなかったかもしれない。
それが嫌だった。そんなに長い時間を孤独で過ごすのが嫌だった。
そして自分に何も言わずに、人間の女に惚れて、こんな事態になったアスモデウスに憤りも感じていた。
自分に胸の内を話してきたアスモデウスに、サタンもお返しといわんばかりに己の胸の内を言葉にした。
『俺は気に食わなかったよ。お前が人間臭くなっていくのが』
『そう……』
途端になくなってしまった会話。サタンは少し気まずげにまた頭を掻いた。
その空気が気まずくなったのか、アスモデウスは立ち上がって歩き出した。
『おい』
『行こう。ルシファー様が待ってる』
さっさと歩いていってしまうアスモデウスをサタンはただ呆然と見ていた。
中々立ち上がらないサタンを見て、アスモデウスは少し離れた所で待っていた。
『とろいなサタンは』
『てめぇに言われたくねぇ!』
その言葉で現実に戻されて、サタンは立ち上がりアスモデウスに近づいていく。
そしてその時に思い出した事があった。
急にサタン思い出したように声を上げたので、アスモデウスの肩が跳ねた。
『何だよ』
『そうそう。やるよ』
サタンがアスモデウスの放り投げたのは、宝石がついた十字架のピアスだった。
綺麗に光を反射するそれにアスモデウスは感嘆の声を上げた。
『綺麗だな……』
『すげーだろ。ダイヤ、オニキス、サファイア……中々手にはいらねーぜ。土産だ』
『何で俺に……マモンにあげればいいのに』
『まぁいつもお前からは色々もらってっからな。何だよ嫌なのかよ』
『そう言う訳じゃないけど』
『こないだアザゼルと狩りに行ったときに宝石を見つけてよぉ。ラハグに作らせた』
サタンは満足そうに笑い、それを手に入れた経緯を自慢げに話し出す。
あいつは手先が器用だから。そう言って笑うサタンは幼子の様。
大方嫌がるラハグを脅して作らせたんだろう。彼は少し泣き虫で怖がりだから。
『泣かせたんだろ?』
『すこぉし脅したかもな』
『アザゼルは怒んなかったのか?ラハグにくっつかれてんのに』
『あいつもグルだからな』
『可哀想』
アスモデウスはピアスをしげしげと眺める。
小さい十字架の下にサファイアが埋め込まれた鎖、そしてその鎖に繋がった大きな十字架。
十字架にはオニキスやダイヤ、ルビー、ペリドット……いろんな宝石が埋め込まれている。
こんなもの自分には勿体ない。アスモデウスはそう思った。
人間にも悪魔にも成りきれない、そんな自分にとって目の前を歩くサタンは羨望の対象だった。
ルシファー様と戦友の間柄、そしてルシファー様を呼び捨てにして許される数少ない悪魔、それがサタンだった。
性格も悪魔そのもの。快楽主義者で行動は破天荒、そしてその強大さゆえに誰も彼に逆らえない。
そんな彼がなぜ自分にこんなに構ってくるのか……それがわからなかった。
ただサタンはいい奴だし、親友だと一方的かもしれないが思ってる。その自己満足でアスモデウスとサタンの関係は成り立っていた。
『サタン』
『あ?』
『このピアス、片耳だけでいい』
『意味がわかんねぇ』
サタンは怪訝そうに顔を顰める。
気を悪くさせたかな?そう思いながらもアスモデウスは言葉を続けた。
『俺は左耳につけるから、サタンは右耳』
『2つするから意味があるんじゃねぇか』
はい、と言ってピアスを片方渡してくるアスモデウスにサタンは首をかしげた。
なのに何でアスモデウスはそんなにニコニコするのだろう。
それがサタンには分からなかった。
『人間の世界では大切な物を半分にして分けるんだって。半分こって言うんだ』
また妙な入れ知恵を……そう思いながらもサタンは渋々受け取った。
アスモデウスは人間が作った言葉をよく使う。特に半分こは彼のお気に入りだ。
自分が取った獲物、食いもの…何でもアスモデウスは半分にするのが好きだった。
『サラの入れ知恵か?』
ピアスを耳につけながらサタンがアスモデウスに問いかける。
それをアスモデウスは嬉しそうに頷いた。
『そうなんだ。よくしてくれてたよ。なんだか少し気分が良くならない?』
『自分の物を何で無償で分け与えんだよ。理解不能』
『そっか、ならいいよ。俺の自己満ってことで受け取っといて』
アスモデウスがゆっくりと歩いて行くのを後ろから付いて行く。
なんとなく隣を歩くのは気まずかった。
それほど今日のアスモデウスは大人しく、また寂しそうだったから。
『ルシファー様の話って何かな?』
『大方審判のことだろ。大体はわかってるけどな』
『やっぱそうだよねー』
アスモデウスの後ろ姿を見てサタンは思う。
なぜ彼が悪魔なのか?こんなに温厚なのに、自分とは正反対なのに、色欲の悪魔……昔はそうだったかもしれない。でも彼は変わった。変わってしまったんだ。
人間の少女と恋に落ちてから。
アスモデウスは堕ちて行く。罪を体に刻みこんで。
そして彼が行きつく先は一体どこなのか……
『アスモ』
『ん?』
『お前は悪魔だ。人間じゃない』
『何だよそれ。わかってるよ』
アスモデウスは笑うけど、サタンは笑えなかった。
何やらさっきから嫌な予感がするから。
『お前が……罪を重ねそうで嫌な予感がするぜ』
『気のせいだろ』
気のせいならいいんだけど。じゃあこの所在ない焦りはどこに向ければいい!?
心の中が掻き毟られる様な焦燥感に駆られながら、サタンとアスモデウスはルシファーの塔に向かっていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『遅いわねぇ、あの2人は』
マモンが宝石を手でいじりながら不満そうに声を漏らす。
それを聞いてルシファーは少しだけ苦笑いを漏らした。
『仕方がない。はじめておくか……まずは諸君に予言の結果を話そう』
ルシファーが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく1枚の紙切れが出てきた。
紙きれはルシファーの手元に収まり、ルシファーがそれを開いて行く。
『あら?星見の予言が出たのかしら?』
『あぁ、地獄屈指の預言師ネビロルのな。諸君、心して聞いてくれ。ネビロルの預言の成就が近付いている』
ルシファーがその言葉を放った瞬間、それぞれが感嘆の声を漏らした。
『ついに、か』
『私達の大切な希望……』
ベルフェゴールが長かった……と呟く。
ずっとずっと待ち続けてきた物が数万年の時を超えて現実になろうとしている。
レヴィもポロポロと涙を流しながら、ルシファーの言葉に喜びを表す。
『あぁ、実に長かったよ。我らの希望は……』
数十万年の苦痛と恥辱に耐え続けてきた。そして復讐の時は刻一刻と迫っている。
彼のエネルギーを体の中にため続けてきた希望はどんな姿なのか、あぁ愛おしい。数十万の時を経て、やっと彼とその希望に会えると思うと。
『さぁ諸君、我らの愛しい希望を迎えてやらねばな』
そしてもう1つ。面白い報告を見つけた。
側近バティンに色々調査をさせていた。そんな中、大変面白い報告が……
もう1枚紙を出したのを見て、全員が再びルシファーに視線を向ける。
『ルシファー様、まだ何か報告が?』
『あぁ。非常に面白い報告がな』
バティンが送ってきた紙には1人の少女の写真が写されていた。
まだ残っていた。とっくに全て消えたと思っていたが……
ルシファーがそう呟いた後、妻のグレモリーにも報告しておこう。そう言って、再び笑みを浮かべた。
『この少女もいずれは地獄に招待したいものだな』
投げた紙を見て、全員が顔を顰める。
確かに写真だけ見ればどこにでもいる普通の人間の少女だ。
『ルシファー様、こいつがなんなんですか?』
『よく文面を読んでみてくれ』
全員、紙に書かれた文を見て笑みを浮かべる。
これ以上の面白い報告はあるだろうか。奴の手綱を握るに最も相応しいと思わないか?彼女を私の手元に置いておけば、必ず奴は全てを彼女に投げ打ってくるだろうから。
ルシファーの言葉に全員が頷く。
『……まさか生きてたとはなぁ』
ベルゼバブも興味津津の様だ。それは仕方がない。誰もが消えたと思っていたのだから。
収穫が多すぎて困るものだ。まさかこんな形で彼女を見つけられるなど。
そしてずっと待ち続けてきた。その指輪の継承者となる者を。
天使の餌として選ばれてしまった哀れな希望を私たちが愛でてあげよう。
さぁ私たちの愛おしい希望よ、その愛くるしい顔を私たちに見せてくれ。
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