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第3部
第109話 愛情のなれの果て
愛しの我が子……あなたの将来を憂いているの。
それだけはわかって。あなたの為を想っているの。愛しているの。

だからこんな私を許して……


109 愛情のなれの果て


「私はなんて酷い事を……なんて駄目な母親なのかしら」

私がそう呟いた瞬間、空間が歪み、奴が姿を現した。
またやってしまった。カッとなって罵声を浴びせ、手を上げてしまった。
朝、優里がぶつかった子たちはこの光景を呆然と見ていた。そして私の事も……

『貴様は何も悪くない。これも全てあの娘のためだ』
「でも今だに部屋に戻ってこないなんて……やっぱり探しに行かなきゃ」
『それでまたあの娘が付け上がっていいのならな』

この化け物、バラムが言うには、優里の性格を直さなければ優里は近い将来、優里を疎ましく思う者に殺される。そう助言された。
確かに甘やかしていたせいか優里は内弁慶なところがあるが、でもバラムの予言を聞いて、背筋が凍った。
なんとか優里を助けなければ!そう思い、バラムの助言を聞く為だけに契約した。本当にそれだけだった。

契約内容はとても不利なものだったけど……それはバラムの意見には絶対に逆らわないこと。

いくら理不尽なことを要求されても、それを拒めない事。
いや、悪魔のせいにしてるだけだ。確かに私は力で優里を抑え込もうとしているのだ。
それを悪魔のせいだ。それだけでは済まされない行為。それはわかっているのに……
こうでもしなければ言う事を聞かない。そう思い込めば思い込むほど、仕方がないと納得している自分がいる。
なんて最低な母親なのかしら……

ピーンポーン。

優里?優里が戻ってきたの!?
私は慌ててバラムに姿を消すように命じ、ドアを開けた。
しかしそこに居たのは、今朝優里とぶつかった男の子だった。

―拓也side―――――
優里ちゃんのお母さんはビックリして俺達を見つめている。
それが気まずくて、とりあえず何か言おうと頭を下げる。

「あの、すいません。こんな時間に……」
「あ、いえ……何かしら」

急に訪ねてきたにもかかわらず、優しい笑みを向けてくれた事に少し驚いた。
こんな優しそうな人が、あんなに表情を変えるんだ。そう思ってしまった。
でもどう話を切り出したらいいんだ?そのままなんて言っていいかわからない俺を見て、シトリーはお母さんに話しかけた。

「あんたと少し話したいことがあるんだ。誰も居ないところで話したい」
「この部屋には私1人しか居ないわ。それよりも私は部屋を出たいの。話はまたに……」
「あんたの娘は俺達の部屋に居るよ。心配すんな。それよりこの部屋、本当に誰も居ないんだろうな?」
「優里がいるの?どうして?」
「それは後で話す。俺の質問に答えろ。誰も居ないんだろうな?」
「居ないと言ってるでしょう。何が言いたいの?」
「そうだな。例えば、透明人間とか居たりしないよな?」

透明人間?何言ってんだ?

「ヴォラク、透明人間って……」
「バラムの能力の1部さ。自分、あるいは契約者の体を透明にすることができるのさ」
何だよそれ。透明人間ってありえねーだろ……

「あんたは……何者なの?」

声のトーンが低くなり、優里ちゃんのお母さんの目つきが鋭くなる。
でもシトリーは動じずに話を進めた。
「だからそれは誰も居ない場所で話すっつってんだろ。お前が言わないなら俺が言うぜ。バラム、出て行け」
え?ここに居るのか!?
シトリーは壁をジッと睨み付ける。

「人間は騙せても、俺とヴォラクは騙せねーぜ」
『ふん。こざかしい……』

何だよこれ……
壁から声が聞こえたと思った瞬間に壁から悪魔が現れやがった!
シトリーの言ってた通りだ。雄牛と尾羊の頭が肩から生えたひげ面の親父が出て来やがった。
見た目の怖さも相まって、思わずヴォラクの後ろに後ずさる。
そんな俺を見て、バラムは鼻を鳴らす。

『かような弱き者が継承者とな……サブナックといいザガンといい、なぜ貴様なぞに手傷を負ったというのだ』

声はしわがれており、何より低い。
ドスの聞いた声に怖くて返事ができない。

『ふん。声も出せぬか』
「あんたの声にびびってんだよ。いい加減、そのいかつい声何とかしたら?」

ヴォラクがバラムの前に出て睨み付ける。
一触即発の状況に、俺はオロオロするしかなかった。
そんな中、黙ってた優里ちゃんのお母さんがバラムに視線を向けた。そのまま強い口調でバラムに向かって命令する。

「わかったわ。バラム、お願い出て行って」
『我に歯向かうか?』
「歯向かってないわ。お願いよ。今回だけ…」

バラムは何も言わず、不満そうな表情を浮かべて(怖いだけだが)部屋から出て行った。
しかし悪魔が廊下にいるってだけで怖いんだけど……このホテル壊されやしないだろうか?
ヒヤヒヤしてしまい、とても会話になんて集中できない。
確かめてみなければと思い、俺はヴォラクに問いかける。

「何か仕出かしたりしないよな……」
「大丈夫とは思うけどね。怖いなら俺が見張っててやろうか?」
「いや、いい。お前居なくなるのも怖いし……光太郎のとこもちゃんと鍵掛かってるしな。あいつは透明になるだけで、部屋をすり抜けたりはできないんだよな」
「まぁね。見えなくなるだけだから」

なら大丈夫だよな…大丈夫……?本当に大丈夫か?
ヴォラクの肩を掴んで、俺はシトリーと優里ちゃんのお母さんの会話を眺めた。
シトリーはふてぶてしくベッドに腰掛けて、問いかける体制に入る。
お母さんもテーブルの椅子に腰掛けて、話を聞く体勢を取った。

「さ、俺の質問に答えてもらおうか」
「それよりあんた何者なの?何でバラムの存在を……」
あ、そうか。それから言わなきゃいけないんだよな。

「俺はシトリー。ソロモン72柱の1角だ。あっちの子供がヴォラク。あいつもそうだ。そんでその隣の奴が俺達の契約者であり、ソロモンの指輪の継承者だ」
「指輪……そう。あんたが探してた子ね」
探してた?俺を?
シトリーが突っ込めば、お母さんは首を横に振る。

「どう言う事だ?」
「知らないわよ。探してるって事だけしか」
「ちっ手掛かり無しか……まぁいいか。じゃあ話しすっかな。娘から話し聞いたぜ。あんたが虐待してるって」
「そうね。そうかもしれない」

え、あっさり。
あっさり白状したお母さんにヴォラクも俺もシトリーも、驚きを隠せない。
「じゃあ何で。本当に気に食わないからか?」
「これはあの子の為なの」
「殴るのがか……」
「好きで殴ってると思ってるの!?」
突然声を荒げたお母さんにシトリーは顔をしかめた。

「でもあんた、必要以上にやってると思うけど」
「それは……こうでもしないとあの子は聞かないのよ!
「だとしてもやりすぎだろ」

シトリーがそう言えば、お母さんの動きが止まった。
そのまま固まってしまったお母さんに問い詰めるように次の言葉を口にする。
「あんたにとって優里は何なんだ?それと何のためにバラムと契約したんだ?」
「……」
「答えろよ」
シトリーが問い詰めた瞬間、お母さんの目から涙が零れた。

「シトリー言い過ぎだって!」
「え!言いすぎ?寧ろかなり優しく聞いたんですけど!」

確かにシトリーの問いかけは優しい口調とまでは行かないけど……そんな責める口調じゃなかったはず……なんで急に泣き出したんだ!?
お母さんはポツポツ話し出した。

「あの子の……あの子の未来を変えたいの。こうでもしなきゃ変えられない」
「未来を?」
「私の夫は宝石商なの。だから生活もそれなりに裕福よ」

まぁそうだろうな。こんなホテルに泊まるくらいだから。でもそれが何の関係が?

「夫はプライドが高く、自分の父親の会社、宝石会社を継いでから、人に頭を下げることをしなくなった。まるで自分が世界の中心かのように」
「……」
「それは当然、子供達にも影響を与えたわ。特に優里に……優里の兄は年が離れてて今は17歳なんだけど、あの子は昔の夫を見ていたから何の影響も受けなかった。素直でいい子に育ってる。でも優里は違う。あの子は5歳くらい、物心ついた時からずっとあの夫の背中を見続けてきた。そして優里に夫はこう教えたの。自分が中心でいいんだって」

なんとなく話がかみ合ってきたかも。あの少しずうずうしい態度にも納得だ。

「そのせいで優里の我が侭は酷いものになった。欲しい玩具があれば泣き喚き、暴れまわって……それは学校でも同じ。そのせいで友達もできなくて、苛められて……そのショックが爆発して暴力事件を起こして学校を転校した。友達に椅子を投げつけたのよ。そんな簡単な見境もつかないの」

お母さんは悲しそうに顔を歪ませる。

「そんな時にバラムが現れた。そして彼に言われたの。このままだと娘は不幸になるって……だから……」
「あんたはあの娘の性格を矯正しようとしてたって訳か」

お母さんは小さく頷く。そう言う訳だったのか。
でも何で契約までする必要があるんだろう?話を聞いただけで教育方針を変えてれば問題なかったんじゃないのか?
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、シトリーも同じことを突っ込んだ。

「何であいつと契約する必要があるんだ?躾なら自分1人でできるはずなのに」
「いくら性格を直させても、未来が変えれないんじゃ意味がない。未来が変わったとバラムから言われるまでは契約していないとと思って……」

あぁそういう事か。じゃあやっぱこの人、悪い人じゃないんだよなぁ。
ただちょっと行きすぎてるだけ?いや、それもどうなんだ?
考えれば考えるほど、複雑で難しい問題だ。

コンコン……

あれ、優里ちゃんが帰ってきたのかな?
ヴォラクが勝手にドアを開けると、そこにいたのは光太郎だった。
「光太郎、どうしたの?」
「いやー1人で居るとやっぱ気になってさ。俺も話しに混ぜてもらおうと」
1人?どう言う事だ?

「光太郎。優里ちゃんは?」
「さっき部屋に戻るって言って出て行ったけど……」

部屋から出てった?まずい!バラムも部屋の外に!
お母さんが真っ青な表情で、部屋から出て行く。慌てて止めようとしたけどもう遅い。
お母さんは廊下を走って行ってしまった。

「あ、ちょっ……!」
「拓也、こりゃ急いだほうがいいかもしんねーぞ。くそ……まさか部屋から出るとは思わなかったな」

シトリーは部屋の鍵を持って、後を追いかけていった。
その後をヴォラクが続く。
「何がどうなってんの?」
取り残された俺に、光太郎が首をかしげる。

「……悪魔が優里ちゃんを攫ったんじゃないかって……優里ちゃん?」
「え?どこに!?」

俺と光太郎は窓から顔をのぞかせた。
窓からは中庭が見えて、そこに優里ちゃんらしき小さな女の子の姿が見えた。
暗くてよく見えないから、本人かはわからないけど……とにかく俺達は急いで中庭に向かった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「優里ちゃん!」

中庭に立っている女の子に光太郎が大声で呼びかける。
やっぱり!振り向いた女の子は優里ちゃんだった。
俺達は走って優里ちゃんの前に行く。

「何であんな嘘なんかを……お母さん心配してたよ。帰ろう」

優里ちゃんは光太郎の手を取らない。それどころか不機嫌そうに光太郎を睨み付けている。

「優里ちゃん?」
「ままのとこになんか帰らない。ままは優里のことが嫌いだから」
「どうしてそんな……」
「ままは優里のことが嫌い。だから優里もままのことが嫌い。それだけだよ」

それだけって……そんな……

「拓也!光太郎!」
声が聞こえて振り返ると、シトリーたちがこっちに走って向かっていた。
後ろにはお母さんもいる。
お母さんが優里ちゃんを見つけると、安堵の表情を浮かべ、優里ちゃんの元に走っていこうとした。

「来ないで!」
「優里?」
「今さらままぶって……優里、ままが嫌い」
「そんな……」

お母さんは首を振って、優里ちゃんに近づこうとする。
でもその度に優里ちゃんも一歩ずつ下がっていく。

「ままは優里の事嫌いなんでしょ?」
「そんなことあるはずが……!」
「じゃあなんで優里だけあんなに叩くの?なんで優里だけいっつも怒るの!?」
「……!」
「まま知ってる?ままのせいで家の中めちゃくちゃなんだよ」
「めちゃくちゃ……?」

優里ちゃんは薄い笑みを浮かべながら、お母さんを言葉で追い詰めていく。
何かが吹っ切れたかのように。
今までの我慢が爆発したんだろうか。それなら原因はお母さんなのか優里ちゃんなのか分からない。
どっちが悪いかももう分からない状態になってる。

「お兄ちゃん、ままのこと恐いって!嫌いだって言ってたよ!ぱぱもね、ままに会いたくないから毎日遅くまで仕事してるんだよ!全部ままが変わってから家の中めちゃくちゃになったんだよ!」
「そんな……」

優里ちゃんは一歩一歩お母さんに近づいていく。
でも今度はお母さんが動けない。
そんなお母さんを庇うように、光太郎が前に出て優里ちゃんを諭す。
「優里ちゃん、もう止めろよ」
「優里はね。教えてあげてるんだよ。ままが悪いことばっかりするから…」
「優里ちゃん……」

「優里、ままが嫌い。大嫌い。ままなんていらないよ」

お母さんの目が見開かれて、その場に膝を着く。
「優里ちゃん!」
光太郎が優里ちゃんの肩を掴もうと近寄っていく。
その瞬間、優里ちゃんの体が宙に浮いた。

「ちっバラムか……ヴォラク、結界を」
「りょーかい」

何が起きてるんだ?優里ちゃんが宙に浮いてるのも、そのバラムの仕業なのか?
ヴォラクが結界で俺たちを包んでいく。
そして、ゆっくりと悪魔が姿を現した。
そこには巨大な熊に乗っている優里ちゃんと悪魔の姿。優里ちゃんが宙に浮いたと思ったのは、熊に乗ったからだったんだ。

『ふふ。人間の絆とはすぐに壊れていく。かように脆いものとはな』

バラムは薄い笑みを作りながら、優里ちゃんの母親を眺めている。
優里ちゃんは熊に抱きつきながら、嬉しそうに呟く。

「優里はね、優里の好きにしていいんだって!バラムが優里をお姫様にしてくれるんだって!」
「お姫様?何言ってんだよ……」
『かの御方の暇つぶしにはちょうどいいと思ったまでだ。そしてお前もな、継承者』

自分に指を指されて、少し後ずさってしまう。

『かの御方の復活の為に地獄に送らせてもらう』
「復活?」

それは誰のことだ?こいつが尊敬語を使ってるもんだから、きっと偉い奴だ。
でも地獄で一番偉い奴ってルシファーなんだろ?
ストラスの話を聞いてる限りではルシファーって奴は普通に行動できてて……誰のことを言ってるんだよ。
でもそんなことをこれ以上考えてる余裕なんてない。
この状態は優里ちゃんを人質に取られたようなもんだ。しかも優里ちゃんは逃げる気なんて全然ないし……

『優里、ここで待っておれ。すぐに終わらせる』
「……何するの?」
『かの者たちに罰を与えるのだ。無論、お前の母にもな』
「ままにも?」
『あぁ。母親の魂を献上すれば、お前は地獄で姫として扱われるだろう』

優里ちゃんを熊から降ろして、今度はバラムが熊にまたがる。
そして斧を持ってゆっくりとこっちに近づいてくる。

「光太郎、母親はおめーに任せたぞ」
「シトリー?」
「……いけるかヴォラク」
「いってやるさ」

せっかくの旅行を楽しんでたのにマジでもう何がどうなってんだよ……


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