やせ衰えた木立ち。崩れかけた墓標。
ここは町から随分外れた場所にある忘れ去られた墓場である。
しかし、普通とは違う。 なにが違うかと言うと、処刑された罪人達が葬られる場所なのだ。
今宵、深い夜霧がたちこめ、月はない。
重苦しい雲が濃紺の空に漆黒のビロードのようにたゆたう。
風の音ではない、耳を澄ませば聞こえて来る。
……処刑された、罪人達の……歌が……。
『♪ライフ・イズ・ベリー・ショート
あの娘の為なら死んだって構いやしないとおもってた』
枯れ木のマイクスタンドに自らの墓標をお立ち台にし、蝙蝠のスポットライトの中で、まだ肉の腐れていないリーゼントのゾンビが歌っている。
その後ろでは、それぞれのゾンビが、馬の屍体と落雷で倒れた樫の樹でできたウッドベースと、野良猫の骸骨でできたピアノ、カラスの骸骨と猫の髭でできたギターを鳴らして楽しげだ。(コーク、ハッシッシ、あるいはチキンレースで死んだ元・ロッカーズ)
もちろん観客もなかなか賑わっている。
十代から二十代の女の子だったゾンビ達(元・レディ・モブスターズ)が、熱烈に黄色い声を上げている。バイク事故で死んだので、皆揃いの擦り切れたレザージャケットに所々破れたミニ・スカートでなかなかセクシーだ。
そこから離れた場所にはアル中のバーフライ・ゾンビ達がたむろすバーもある。
拳銃の密売に関わっていてマフィアに殺されたバーテンダーの作る“ブラッディ・メアリ”は大好評。
楽しげに笑うバーフライ・ゾンビ達の輪からさらに離れると、片隅で背中を丸めた新入りゾンビの男が、割れたグラスからバーボンを啜っている。
最近、処刑された男で、愛する女の為に、毛皮に宝石、テディベア、リップスティック、マスカラ、チョコレートをかっぱらい、銀行強盗やカージャックをして、最後にポリスマンを銃殺したその場で蜂の巣にされた。前科666犯の窃盗犯だった。
名前はジャスコー。
享年23歳。
『よぅ、新入り。うかねえ顔だな』
ふらりと闇から現れた、ハットを被ったスーツ姿の骸骨が、ジャスコーの肩を叩いた。
地獄の底で鉄扉が開いたような嗄れた声は低く威厳があった。
それでも、ジャスコーは恐れる素振りも見せずに溜息をつくばかりだ。
『けっ。死んでも死にきれねぇみたいなツラしやがって。おら、悔いが残ってんだろ?話してみやがれってんだ』
男はまたジャスコーの肩を荒々しく叩くと隣りに腰を下ろした。
ジャスコーは、渋い麻のスーツ姿の骸骨にようやく視線を向けて、頬杖をついた。
『……遺してきた妻のアイリーンが、気がかかりなんだ……』
ジャスコーの答えに骸骨男は高らかに笑った。
『妻か!ウエディングベルは銃声一発、銀行強盗が共同作業、オンボロ・フォードが愛の巣で、男を身代わりにして逃げた女が気掛かりとは!』
『愛してたんだ……、いや、今でも、愛してる。彼女がうまく逃げ延びたか、心配で仕方ない』
骸骨男の挑発的な嘲笑も意に返さず、ジャスコーは、また背中を丸める。
その様子に骸骨男も、笑うのをやめて、改めてジャスコーをみた。
『まぁまぁ、しかめっ面も浮かない顔もやめろよ。しけたツラして、あの世までとぼとぼ歩いて逝くつもりか?』
『あの世に逝くのか?』
ジャスコーは、墓場で楽しんでいるルーディーやバーフライ共を指した。
『アイツらは地獄から送り返されたんだ。やかましいからな。もともと天国にだって逝けやしないだろ?だから、ここにいるしかねえんだよ』
骸骨男は肩をすくめ、ジャスコーは少し笑った。
『おめぇ、わざわざこんな処にとどまる必要ねえぞ?この世で犯した罪はあっちじゃ猫の糞より、他愛もない。ポリスマンを殺ったのがネックだが、神様ってヤツは、愛が好きなんだ』
『アンタ……何者だ?』
ジャスコーは骸骨男の空洞に宿る青い炎を覗きこんだ。
『ブルーズマンじゃねぇのは確かだな』
骸骨男が肩を竦めると、関節が妙な軋みをあげた。
『まぁまぁ、一服しろよ』
骸骨男がスーツの懐から、極太の葉巻を二本取りだし、一本をジャスコーに渡した。
指を打ち鳴らすと、指先に青い炎が浮かび、二人はそれで葉巻に火を点ける。
『悪いが、おめぇさんの気持ちは解ってやれない。さっきも言ったように、俺はブルーズマンなんかじゃないからな』
どこで吸い込んでいるのか、何故ブルーズマンにこだわっているか、ジャスコーにはわからないが、骸骨男は、真紫の煙をぷかぁっと吐き出した。 表情はないはずだが、さも美味そうに葉巻を楽しんでいる。
ジャスコーも煙を口に含み、舌で転がした。
甘く深く、太陽に熟成された豊潤な大地の香りがした。
『さしずめ俺は魔術師で、夢か幻か、面白いものを見せてやっても構わないが?するってぇと……何だ?俺は道化者か?』
骸骨男は頭蓋骨を時計回りに回しながら、首を傾げたふうだった。
『あはははっ!骸骨の道化者なんて、生まれて初めて見たよ』
『死んでやっと見れた、の間違いじゃねぇか?』
骸骨男は歯をカタカタ鳴しながら高笑いをした。
死んで以来、久しぶりに笑ったジャスコーは、気を良くして、骸骨男にバーボンを馳走した。
と言っても、仕入れ先は街の中央にあるブルジョアジー達の墓地から、かっぱらってくるだけなので、代金はいらないのだが。
『おぅ。グランダッドか。俺は好きだぜ。処女の生き血の次にな』
骸骨男はグラスを呷り、また、歯をカタカタ鳴しながら高笑いをした。
『くぅ〜〜っ!骨身に染みるぜ!!』
骸骨男は上機嫌だった。
びしゃびしゃと土にまかれた琥珀の液体を視界の端でみやりながらジャスコーも笑った。
『アンタが酔っ払う前に大地が酔いどれそうだ』
『んん?そうかぁ?そりゃ気をつけなくちゃあな。地球が急性アルコール中毒なんかになってみろ、大地震が起きちまう』
骸骨男は、また肩の関節を軋ませながら肩をすくめた。
『よぅ、ジャスコー。おめぇさんに酒の礼をしよう』
すっかり出来上がった骸骨男はふらふらと踊りながら、再び懐から葉巻を取り出した。
『ありがとう。この葉巻好きだよ。すごく美味い』
ジャスコーは嬉しそうに葉巻を受け取った。
『ヘイ、ジャスコー、かみさんの話を聞かせてくれよ』
骸骨男は再び指先で火を点けながら、そう促した。
ジャスコーは少しはにかむと、煙を転がし、ゆっくりと吐き出した。
『……アイリーンは、そうだな……、星の綿毛みたいなプラチナブロンドで、ダンスがとても好きなんだ……』
夢見心地に語り出す唇の先から吐き出された真紫の煙が辺りを覆い、その中に一人の女が浮かんだ。
プラチナブロンドの痩せた女が、オンボロフォードのバックシートでうずくまっている。
骸骨男は、ほほ笑みを浮かべているように見えた。
ジャスコーは、目を凝らして、真紫の煙の中で女の姿を探した。
『アイリーン……?』
ようやく探し出した女は、力なく顔を上げた。
『ジャスコー……?』
青ざめた顔、以前の溌剌とした愛嬌は消え失せ、化粧もはがれかけている。
震えた声、腹からは血が流れ出していた。
『アイリーン!』
『ジャスコー……、これは……夢なの?』
アイリーンはジャスコーの頬に手を伸ばしてゆっくりと笑った。もう片方の手にはデリンジャーが握られている。
『どうしたんだ?アイリーン!』
『あんたが、いない世界なんて……大嫌い。毛皮も宝石も、ちっともつまらない』
『アイリーン……』
『だって、いくら着飾ったって、あんたがいなけりゃ意味ないじゃない……』
『アイリーン……、可哀相に……、苦しいだろう……』
『……蜂の巣にされたあんたよりマシよ……』
アイリーンは涙を流しながら笑った。
『会いたかったわ。ダーリン……。アタシのジャスコー……』
ジャスコーは、アイリーンの手を取り、冷たくなった指先に口づけを繰り返した。
遠くから、ビックバンドの、スローなブギーが聞こえる。
『……ジャスコー、踊りましょうよ』
アイリーンはゆっくりと身体を起こした。
『アイリーン!だめだ!怪我してる!』
ジャスコーは必死で彼女を寝かせようとしたが、やんわりと押し返された。
『ふふ。大丈夫よ。もう、痛くも寒くもないわ』
アイリーンの表情には、以前の愛嬌が戻り、ジャスコーの手を引いて、フォードを降りた。
パトカーのサイレンと回る赤いランプ。二人を囲むようにヘッドライトで照らしている。
銃を捨てろ!
お前は包囲されている!
そんな声が聞こえたようだが、ビックバンドの演奏が、二人を包んだ。 ジャスコーはアイリーンだけを、見つめていた。
アイリーンもジャスコーだけを見つめている。
二人の周りだけ、時間がゆっくりと進んでいるような感覚だった。
アイリーンは楽しげに踊る。
ジャスコーはそんな彼女をエスコートして踊る。
二人は、ジャイブを踊った。
赤いサイレンのライトボール、鳴り響く銃声のピストルディスコ。
野次馬達が、一人の女の最期のダンスを見ていた。
アップライトに照らされた横顔は楽しげな笑みを浮かべていて、人々は見とれていた。
『愛してるわ……』
女はそう呟いて、ゆっくりと崩れ落ちた。
紫の雲の合間から、グレープフルーツムーンが顔を出す。
天国に向かって、銀色の車が走り出す。
幸せな恋人達を乗せて。
忘れ去られた墓地では、スーツ姿の骸骨男が、グラスを掲げて笑っていた。 |