私は今よりももっと幼かった。まだ小学校五年生だった。
その秋に、それまで仲が良かった小学校四年生の男の子から、突然手紙をもらった。
『あやの 姉ちゃんへ
あやの姉ちゃんは、ほんとうのお姉ちゃんじゃないけど
ぼくはほんとうのお姉ちゃんのように思っています。
これからもよろしくおねがいします』
と、たどたどしい字で書いてあった、あの手紙は今でも忘れられない。
当時、私は小さい子たちと仲が良かった。だからその男の子もその一人だった。
それなのに、お姉ちゃん、お姉ちゃんと一番に慕ってくれたこの子は、
まだお姉ちゃん、と慕ってくれていたのだ。
その子にはお母さんが、いなかった。
その子を産んで、亡くなってしまったらしいのだ。
私はその話を聞いて、何も言わなかった。ただ、黙っていた。
しばらくして、その子が言ったのだ。
「お姉ちゃん、あやの姉ちゃん。」と。
それから二ヶ月くらいたって、はじめの手紙をくれたのだ。
そして私が中一になったとき、その子は小学校六年生になった。
その子はまだ私を「あやの姉ちゃん」と呼び続けていてくれたし、
たまに手紙を書いてきてくれる時もあった。
七月のことだった。
いつものようにあやの姉ちゃん、と呼び止めてその子は何かを差し出した。
差し出したのは、どこか外国のコインだった。
「きれいやねぇ」
と私がいうと、その子は黙って私のてに握らせた。
「どしたん?」
「好きな人が出来た」
とその子は言った。
「だから、姉ちゃんに好きな子が出来たらあげて。もう要らないから」
そういうその子は・・・なぜか寂しそうだった。
「どうしたん?」
しばらくして、私はもう一度訊いた。
訊くと、その子は首を振って、つけたした。
「姉ちゃん、なんか楽器吹いてたんだよね」
私は小学校の時、ブラスバンドクラブでトランペットを吹いていた。
それをこの子はまだ覚えていたのだ。
「うん」
「それみて」
私はそのコインを見た。
「楽器・・・?」
「なくさないでね、好きな人にきっとあげてね」
その子はそう言っていってしまった。
きっと何かかくしているんだろうとは思っていた。
翌週、その子からもう一度だけ手紙をもらった。
『引っ越しします。』
とかすれた鉛筆でそう書いてあった。
そして、必ずコインを好きな人にあげるように、との追伸がつけてあった。
最後の日、その子は会いに来てくれた。
「あやの姉ちゃん、ほんとに大好きだったよ」
と言ってくれて、私は本当にうれしかった。
でも、寂しそうなその子の目が、ほんとに泣きそうに悲しそうなその子の目が、
なぜか今でも忘れられないでいる。
またくるね、といってその子は行ってしまった。
中2になった私は恋をした。中三の、おなじ部の先輩だった。
私は告白してしまいたかった。
しかし、その前にいつもあの子のコインがあった。
一度渡したら・・・帰ってこない。
そのとき、あの子の「大好きだよ」の気持ちがわかったような気がした。
あの目。いまの私の目とおんなじくらい、寂しそうだった。
あの子の好きな子は、私だったのかもしれない。
自意識過剰かもしれないが、私はそう思ってしまう。
あの子にとって、本当に私はお姉ちゃんだったのだ。
あれから私はその先輩に告白し、コインを渡した。
まだ「好きな子にあげて」とは言わなかった。
ただ、一枚しかない、外国のコインだといった。
先輩はどう思ったのだろうか。私には一生わからないままだろうと思う。
あの日から、あの子は一度も私に会いに来ないし、先輩はもう中学を卒業していった。
ついに私はあの子のように・・・・一人きりになってしまった。
もし、また先輩に出会えたならきっと言うだろう。
「先輩に好きな人が出来たら、あのコインをあげてください」
と。
きっといつか、本気だったことに気づいてくれると信じて。
|