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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第2話 やっぱり!セーラー服
6/20

Bパート セーラー服かブレザーかそれが問題だ

 旧校舎の裏。一昨日、橋本をバニーガールにした、学校一、人の来ないところであった。

(またここなんだね)

 あまりいい思い出のないこの場所に美奈子はげんなりした。

「話って、何かな? 錦織君」

 美奈子は慎重に話を進めたかったが、持って回った言い方をして相手に持っていないカードまで渡す危険を避けるために単刀直入に切り込んだ。

「簡単な話だよ。君の着ているセーラー服は鷹羽山中学刀根沢分校のものじゃないだろう?」

「え? なんのことかしら? わからないよ? これ、前の学校の制服だよ」

(制服を知ってる奴がいたのか? そこから調べてばれた?)

 美奈子は内心滝のような汗を流していたが、全然そんなそぶりも見せずにとぼけて見せた。

「とぼけても無駄だ。そのセーラー服はその学校、いや、日本全国津々浦々探しても採用している学校は、今はない!」

「そんな……そんな事どうして言い切れるのよ。証拠でもあるの?」

「それは今から十七年以上前の水鶴女学院中等部のセーラー服だ。しかも、袖の生徒会役員だけが許された鶴の刺繍。ほとんど市中に出回っていない幻の逸品。見間違えることはない!」

(し、しまった! マ、マニアだ、こいつ! どうしよう……く、あの手を使うか!)

 二進も三進もどうにもこうにもならないと美奈子は腹を決めた。

「……嘘ついて、ごめんなさい。これ、実はお母さんのなの。引越しする時に前の制服がどこかに紛れ込んで、誰もあんな田舎の中学の制服なんて知らないと思って……それに可愛い制服だったから一度着てみたかったの。……本当にごめんなさい」

 美奈子はなるべく可愛らしく、女らしく、ちょっと媚びるような上目使いで謝った。美奈子自身、そんな事をしている自分に悪寒がするほど気持ち悪いが、この場を切り抜けるためには仕方ないと割り切って可愛い娘を演じ続けた。

「あの……みんなには黙っていてくれます?」

 無反応の錦織に不安を感じながらも美奈子は演技を続けた。

「……」

(もしかして逆効果だったかもしれない)

 背中に嫌な汗が伝って落ちるのを感じた。

「……」

(もう限界だ。きっと、ここで乱暴されて18禁規定に引っかかるんだ。掲載も中断されて作者だけが肩の荷がおりたとホッとするんだ)

 美奈子が観念したちょうどその時に錦織は小声で何か呟いた。

「……じんだ」

「?」

「理不尽だ!」

「は?」

「何故だ! こんなにも似合っているのに! もうすぐ、この子もブレザーを着なければならなくなるなんて!」

「えーと……」

「何故だ! 全世界の女子学生の制服がセーラー服になってしまわない! この世に神はいないのか!」

「ちょっといいですか?」

「何故だ! 俺が入学する年にセーラー服がブレザーに変わるんだ! そして、今こうして理想のセーラー服少女にめぐり合ったというのに、この子もあの神秘性の欠片も無いブレザーの魔の手に冒されてしまうというのか! なぜだ!」

「あのー……」

「うおおおお! なぜだ! なぜだ! なぜだ!」

 彼は美奈子の存在など忘れてしまったかのように目を血走らせ、髪を引っ張って頭をかきむしり、上体を激しく揺らして苦悶していた。

「それはセーラー服が旧世代の遺物って事だよ、錦織信二君」

 校舎の影から見計らったように現れた小太りの男子生徒が錦織の問いに答えた。

「なに!」

 錯乱しているとしか見えなかった錦織だが、しっかり周りは見ていたのか、小太りの男の出現に素早く反応し、その闖入者の名を叫んだ。

「き、貴様は浜崎康彦!」

「ふふふふ、覚えていてくれたかね。光栄だよ」

「忘れるものか! 貴様が、貴様さえいなければ、この学校をブレザーの魔の手から救えたというのに!」

 錦織は親の敵でもこれほど憎悪を込めないだろうと思うぐらいものすごい形相をして浜崎を睨みつけていた。

「ふふん、自分の力不足を人のせいにするとは落ちたものだな。あの時、君と僕とは正々堂々勝負して、そして、僕が勝って、君は負けたのだ。それは君も認めていることだ。違うかね」

「くっ! 確かにそのとおりだ。だが、浜崎康彦! もう一度俺と勝負しろ!」

「いいだろう。もう一度勝負してやる。君が勝てばそこの女子生徒がそのセーラー服で登校することを認めさせよう。だが、もし、君が負ければ……」

「わかっている。セーラー服革命軍を解散し、今後、一切の活動を停止する」

「よろしい。では、勝負だ!」

「あ、あの!」

 美奈子の存在は完全に無視され、二人はバトルモードに入ってしまっていた。この隙に逃げ出してもいいが、もし、二人に追いかけられたら、すぐに捕まってしまう。そうなれば、本当にどうなるかわからないと美奈子は逃げるに逃げられなかった。

(やっぱり、魔法を使うしかないのか?)

 一度変身してしまうと悪いことをしない限りこの仮の姿にも戻れないので、できればファンシー・リリーとか言う魔法少女がもう少しレベルアップしてからにしたいと美奈子は思っていた。三日会わずば剋目して見よ、と言うが、まだ二日しか経っていない。無意味に戦いを重ねて向こうのやる気を削いでは元も子もない。

 美奈子が魔法を使うか使わないか迷っているうちに二人の間のバトル温度は最高潮に達したらしく、間合いを取ってにらみ合っていた二人が同時に動いた。

「はっ!」

「やっ!」

 錦織と浜崎はお互い同時に鋭く気合を発すると、勢いよく学生服を脱いだ。

「!!!」

 学生服を脱ぐと錦織はセーラー服を下に着込んでいた。浜崎はどういう仕組みになっているかは謎だが、学生服を引っくり返すとブレザーになっていた。

 錦織の、筋肉質の体に食い込むピチピチのセーラー服。丈が足りないので割れた腹筋が顔をのぞかせている。

「どうだ! 今流行りのへそだしルックだ!」

「むむ、やるな。しかし、こちらも負けていないぞ」

 確かに、ただ単なる小太りなのでブレザーを着ていても、変ではあったが、パッと見のインパクトは錦織のセーラー服には勝てない。しかし、よく見ると白いブラウスの胸のあたりに黒い陰が写っていた。黒のブラジャーをしていて、それが写っているのであった。

「どうだ! 見せる下着だ!」

 美奈子は脳髄の芯を絞られるような目眩を覚えて何でもいいから早くこの場を立ち去ることを決意した。しかし、その決意は少し遅かった。

「「そこの女子!」」

 いきなり二人同時に呼びかけられた美奈子は、今、逃げようとしていた、まさにその時だったので心臓が飛び出さんばかりに驚いて身を強張らせた。

「わ、わたし?」

 ぎこちなくゆっくりと振り返って美奈子はおそるおそる自分の方を指差した。

「そうだ。他に誰がいる。さあ、選んでくれ、どっちが美しいか!」

「ブレザーか! セーラー服か!」

 不気味な女装した男たちが美奈子の方にポーズをつけて自己アピールしながら近付いて来た。下手なホラーなど太刀打ちできない恐怖感が美奈子を襲い、気を失わないようにする努力をかなり要した。

「さあ!」

 浜崎が一歩前へ寄ってきた。美奈子は一歩しりぞいた。

「さあ!」

 錦織が加えて一歩近寄ってきた。美奈子は一歩後退した。

「どっちか」

 浜崎がそして一歩にじり寄ってきた。美奈子は一歩引き下がった。

「選んでくれ!」

 錦織が更に一歩迫り寄ってきた。美奈子が一歩下がろうとしたが背中に校舎の壁が当った。

 ぷち

 美奈子の頭の中で何かが音を立てて切断された。

 美奈子は右手に意識を集め、魔力を集中させた。その魔力によって存在確率を引き上げられた扇子バトンが出現する。美奈子は出現したバトンを掴むと、それを合図に、髪の毛は毛先から金髪に変化し、ポニーテールにまとまり、セーラー服が飴のように溶けて黒のミニスカートレザースーツ、悪い魔法少女のコスチュームに変わり、暗黒魔法少女ラスカル・ミーナに変身した。

「おお?!」

 目の前で変化を見せ付けられた二人はさすがに驚いて数歩後ろに下がった。

 ミーナは目に怒りの炎を燃やし、扇子をハリセン状に広げ、魔力を注ぎこんだ。ハリセンが青白く輝きだし、周囲の大気を陽炎のように揺らしていた。 

「男が……お前らが着て似合うか!」

 ミーナは渾身の力でハリセンを横薙ぎに一閃させ、二人をしばき倒した。

 しばき倒された二人はまばゆい光に包まれ、その光の中で、錦織の筋肉質の体は無気味な音を立てながら圧縮され、セーラー服の似合う小柄な童顔でやや発育不良なスレンダーな少女に、浜崎は逆にちょっとセクシーな大人っぽい顔立ちの豊満なボディーの、ブレザーに身を包んだ少女に変身していった。

 変身が終了し、二人を包んでいた光が拡散すると、錦織と浜崎、お互いの姿が目に入って、しばし呆然としていた。

「き、きみはもしかして、錦織……さん?」

 ブレザーの少女が隣のセーラー服の少女に声をかけた。ちょっと鼻にかかったような声は美声ではないが、なんともいえない甘さがあった。

「そういう、きさま……あなたは浜崎さん? あなた、女の子になっちゃってるよ」

 セーラー服の少女が応えた。少し舌足らずの発音の曖昧な声が妙に可愛らしかった。

「え? あれ? 錦織さん、そう言うあなたも女の子になってるわよ」

「……(むー、なんなの、きれえじゃない)」

「……(なに、ちょっと、かわいいじゃない)」

 しばらく顔を見合わせていたが、キッとミーナの方を睨むように視線を向けた。

「「鏡!」」

 二人同時に見事にハモってミーナに命令した。

「へ?」

「はやく!」

「ぐずぐずしない!」

「あ、ハイ!」

 二人の迫力に押されてミーナはバトンを振って、校舎の壁の一部を鏡に変えた。

(何でわたしが……)

 素直に命令に従っておいて愚痴を言うのもどうかと思うが、ミーナはなんだか釈然としない気持ちになっていた。しかし、そんな彼女のことなど全くお構いなしに錦織と浜崎は自分の姿に魅入っていた。

「……(かわいい)」

「……(きれい)」

 ふっと、勝利の笑みを浮かべて錦織は鏡から目を離した。

「あははは、やっぱり、セーラー服の方がかわいいわ」

 浜崎もそんな台詞を黙って聞くほど大人しくはなかった。

「ふふふふ、何を言ってるの。ブレザーの方が綺麗よ」

「冗談! こっちの方がずーとずーといいに決まってるじゃない。ばっかじゃないの!」

「バカねぇ。こっちの方がめちゃめちゃいいに決まってるじゃないの。冗談きついわよ!」

「なによ!」

「なにさ!」

 二人はお互いににらみ合いを続けていたが、やがて、セーラー錦織がくるりと踵を返して、背中を向けて、

「いいもん!わかってくれなくたって! 他のみんなにわかってもらうもん!」

 再び回れ右して今度は舌を突き出してアカンベーをした。

「そんなのみんなのいい迷惑よ! みんなにはブレザーのよさをもっとわかってもらうんだから!」

 ブレザー浜崎も負けずに口を左右に引いてイーッと返した。

「それなら勝負よ! どっちがより多く制服を変えられるか!」

「望むところよ!」

「あのー、ちょっと……」

 勝手に話が進行していくことに悪い予感を覚えてミーナが話に割って入ろうとしたが、もうすでに二人の世界を築き上げて乱入する隙もなかった。

「負けないわよ!」

「負けるもんですか!」

「おーい!ちょっとぉ!」

 ミーナの叫びも聞こえずに二人は校舎の方に駆け出していた。

(ま、まずい!このままじゃ、この間の二の舞だ。とっとと二人を止めないと)

 ミーナは二人の後を追ったが、時既に遅かった。

 校舎の中は既に阿鼻叫喚の花園であった。

 今度の二人の能力には伝染はないようだが、その分、高い変身化能力があるらしく、セーラー錦織がセーラー服のリボンを手裏剣のように飛ばすと、それがホーミングミサイルのように生徒の首に巻きついて、巻きつかれた者はセーラー服を着た少女に変身させられていた。ブレザー浜崎の方は胸のワッペンを飛ばして、それが張り付いた者の制服がブレザーになり、ブレザー少女の出来上がりである。ちなみに、浜崎のブレザーは一ノ宮中学女子指定制服のブレザーとはデザインが異なっている。

「これがボクぅ?」「見て見てくるっと回るとスカートがふわっと広がる!」「スカートって、スースーする!」「うわ、柔らかいんだ。背中に手が回る」「カラオケでセーラー服を脱がさないでを歌いに行かなくっちゃ」……

 校舎の中はたちまちパニックになり、逃げ場を求めて校庭へと移動する生徒たちの群を、狩りをする獣のように二人はその毒牙にかけていった。

「あああ、もう! なんでこうなるんだよ!」

 騒ぎは既に全校に及び、逃げ場所の無い校舎よりも校庭へとほとんどの生徒が避難したために狩人の二人も校庭へと戦いの場を移して激しい変身競争を繰り広げていた。

「二人ともいいかげんにしろ!」

 ミーナは二人を止めるために叫んではみたが、そんなことで止まるはずもなく、二人にかけた魔法を解く以外に手はないことはわかってはいたが、激しく動き回る彼女らだけを正確にピンポイントで捕捉するのは至難の業であった。

(一昨日のあの子みたいに周りを多少犠牲にしても足を止めるしかないか)

「んぐぐ! んぐ、ぬぐんぐぐんぐ! んぐうぐうぐ」

 ミーナが無差別攻撃に出るべきかどうか迷っていると背後から意味不明の怒鳴り声が聞こえた。

 ミーナがその声に振り返ると青と黄緑をベースにピンクのラインで縁取りされたひらひらの恥ずかしい格好をした少女が朝礼台の上でポーズを取っていた。衣装は替わっているが、一昨日の正義の魔法少女だった。

「リリー、口の中の物を飲み込んでから喋った方がいいよ」

 お供のぬいぐるみ犬が呆れながらもリリーに耳打ちした。

「……うぐ……うぐうぐ…………うっ!」

 喉に食べ物が詰まったらしく真っ赤な顔が次第に青く変わっていった。

「ほら、慌てないで。はい、お水」

「……ごく。ぷはぁーー。あー、死ぬかと思った」

 多分、それで死んだら、史上かつてない情けない負け方をした魔法少女として永遠に歴史に名を残していただろう。

「気をつけてよ。世界の平和は君にかかっているんだから」

「わかってるって。それじゃあ、あらためて……」

 そう言って再び気合を入れ直して、リリーは朝礼台の上でポーズをとって、

「昼休み、チャイムと同時にダッシュして、ようやくやっと手に入れた、売切れ御免の焼きそばパン! それを食べてる至福のときを、邪魔するなんて許せない! たとえ天が許しても、このわたしが許さない! 魔法少女ファンシーリリー! ちょっぴり怒って推参です!」

(また、ややこしくなりそうだ)

 ミーナは見つからないようにして騒ぎをこっそりと収拾させようと思って、リリーから隠れようとした。

 しかし、リリーは目ざとくミーナを見つけ出し、

「ラスカル・ミーナ!また、あなたの仕業なのね!」

「あ、あの、これには事情があって、その、こんなことになるのは予想外で、すぐに騒ぎは収めるからここはひとつ、勘弁してくれない?」

 ミーナはとにかくややこしくなるのだけは避けたい一心でリリーを拝むように頼んだ。

「こんなことをしておいて見逃せって言うの? どんな事情があったか知らないけど、食べちゃった焼きそばパンは帰ってこないのよ! 観念しなさい!」

「食べ物の恨みは怖いね」

 ぬいぐるみ犬はいつにもなく気合充分のリリーに満足そうだった。

(ああ、もう、仕方ない。ここは悪い魔法少女になりきって無差別攻撃で騒ぎを止めるしかない)

 ミーナはそう決心して、再び悪い魔法少女になりきることにした。

「せっかく、見逃してあげるというのに、わざわざ戦いを挑んでくるなんて、お・ば・か・さ・ん」

「なんですって!」

 ミーナの突然、態度が豹変するのは前回で免疫ができているのか、さほど驚きませずにリリーは応じた。

「おととい、こてんぱんにやられたのをもう忘れているなんて、鳥よりも忘れっぽいんじゃない? チキンヘッドリリーに改名したら?」

「あれはわたしの作戦勝ちよ! あなたのバニー帝国の野望は潰したもん!」

「あらあら、そんなふうに考えるなんて、なんてポジティブさん。大きな事を言うのもいいけど、あなた程度の実力じゃあ、チキンハートじゃなくっちゃ長生きできないわよ、リリーちゃん」

「きぃー! この間のわたしとは一味違うのよ! 三日会わずば何とやら! 天才のわたしは二日で充分! 史上最高の魔法少女の実力を見せてあげるわ。あなたなんて道路の真ん中に落ちてる軍手みたいにボロボロにしてやるんだから! それでそのまま市中引き回して二度と悪いことできないように二ノ宮尊徳像に下に封じてあげるわ! それとも桜の木の下がいい?」

(なんか前と同じ展開だけど、さすがに今回は不意打ちは無理か)

 ミーナは決着つけるのに多少手間がかかりそうになりそうで、内心焦りがでてきていた。いつの間にか変身競争から直接対決に移行して、ますます暴れまわっているセーラー錦織とブレザー浜崎を横目に見ながら焦る気持ちを必死で抑えていた。

「……なんで!」

 何とか早く決着をつける方法を考えていたミーナに対してリリーが怒りを含んだ声を吐き捨てるように口にした。

「は?」

「何で今回は奇襲かけてこないのよ!」

「隙がないのに奇襲はかけられないよ」

「ちっ! 私の完璧すぎる防御のオーラが邪魔していたとは皮肉なものね」

「へ?」

「せっかく、奇襲してきたらこのハンマーでぺしゃんこにしようと思ったのに」

 そう言ってリリーはどこにどうやって隠し持っていたのか、後ろから「5t」と書かれたでっかいハンマーを取り出し、地面に放り投げた。それが地面に落ちると同時に体が浮き上がるような地響きがし、ハンマーに書かれていた文字についてJAR○に電話する必要は少なくともないようだった。

「何も捨てなくてもいいのに」

 こちらの攻めてくるのを待っていれば有効に使えるのに勿体無いとミーナは思ったが、そんなことを言ってももう遅いし、第一、言っても聞かない。それならば、

「同じ手が何度も通じると思われていると思っているなんて、自分で自分をおばかさんだといってるみたいなものね、リリーちゅぁん」

 ミーナはリリーを挑発しつづけた。頭に血が昇って大技を使えばその分隙が出来るので、ミーナはその隙をついて短気決戦に持ち込むつもりであった。

「ぬぁんですってー!」

 リリーはミーナの思惑通りにその挑発に乗って、頭の先から湯気でも出そうなぐらい怒り心頭に達していた。

「これでも喰らいなさい!」

 リリーが発した謎の光線をミーナは上体をかがめて避けると魔法を放った後の無防備な懐に楽々と入り込んだ。

「ちょっとは成長しなさいよ!」

 ミーナは前回とは比べ物にならないぐらいバトンに魔力を注ぎ込み、斜め下から逆袈裟に切り上げた。

 手応え充分。ミーナはそう感じたが、実際、リリーはダメージを受けた素振りも見せず薄ら笑いを浮かべて平然と立っていた。

「な、なんで?!」

「これで終わりよ!」

 ミーナは一瞬パニックになってリリーの反撃に対応するのが遅れた。

(や、やった! やられる!)

 しかし、実際はちょっと衝撃があった程度で全くと言っていいほどダメージはなかった。

「な、なんで?!」

 ミーナは再び同じ台詞を吐いて、とりあえず、間合いを外してリリーと対峙した。

「リリー、やっぱり、攻撃力が落ちてるから通用しないよ。だいたい極端すぎるんだよ、リリーは」

 どうやら今度は攻撃力を犠牲にして防御力を高めたらしい。魔力容量の大きなリリーがそうすれば、生半可な攻撃は通用しないが、逆に常人以下に落ちた攻撃力ではミーナにも致命的ダメージを与えることは出来ない。

「少しは考えて行動すれば?」

 本気で呆れてミーナはリリーに忠告した。

「僕もそう思う」

 ぬいぐるみ犬もミーナに同意して頷いていた。

「ウッちゃんまで敵に味方するの!」

「だって、そうだもん!僕の言うことを全く聞かないじゃないか。それに僕の名前はウッテンバーガーハイト。いいかげん覚えてよ!」

「ちゃ、ちゃんと覚えてるわよ。ウッテンハンバーガーポテト。言いにくいからウッちゃんでいいじゃない。正式愛称、ウッちゃん! それにたった今決定! 抗議する場合は今から48時間前までに文書で所定の窓口に提出すること!」

「名前、間違ってるじゃないか! それに、勝手に縮めるなんて、ひどいよ! ……由緒正しき名前なのに……」

「あー、もしもし? 一応、戦闘中ってことになってるんですけど……内輪もめは後でやってくれない?」

 防御力が異常に高くなければこの隙に攻撃して終わらせている所だろうが、魔法制御力は高いが、魔力容量はそれほど高くないミーナには、無駄とわかっていながら無闇に攻撃などする余裕はなかった。

「もう! わかってるわよ!」

 湯水のように魔力を消費するだろう絶対防御魔法服に身を包みながらも一向に疲労の色を見せないリリーは睨みつけるようにミーナの方を見てきつい声で答えると、ウッテンバーガーハイト、たったさっきから正式愛称ウッちゃんの方に視線を戻して、

「それで、魔法少女のサポート役としてはどうするつもり?」

「もう、しかたないな。結局、僕を頼るんだから……」

「お仕事♪ お仕事♪」

 ウッちゃんはぶつぶつ言いながらも何処に持っていたのかノートパソコンのようなものを取り出して何やらキーを叩き始め、数秒もしないうちに、

「準備完了。実行するよ?」

「オッケー!やっちゃいなさい!」

 ウッちゃんはリリーに何やら確認すると悪魔のような笑顔でそれに応えた。

「それじゃあ、シュート!」

 ミーナは何かわからないが、背筋に嫌なものが駆け抜けて、これまで修羅場を生き抜いてきた野性の勘に従ってその場から飛び退いた。

 数瞬遅れてミーナのさっきまで立っていた所に光の柱が立ったかと思うと、地面が赤く熔けて熱気が頬を打った。

「れ、レーザーこうせん?」

 ミーナは泡食った。角度からして高高度からの狙撃であるが、空を見上げても飛行機はおろか鳥も飛んでいない。

「ウッちゃん、外れたわよ」

「わかってるよ。コントロール奪いながら照準まで合わしてるんだから仕方ないよ。それに実験的に配備されたものだからね、レーザー軍事衛星ディプロマッドは」

「下手な鉄砲数うちゃ当る!バンバン打っちゃいなさい!」

「ある程度のエネルギーが貯まらないと当っても効果ないから、そう連発で打てるものじゃないって」

「ちっ! 使えないわね」

「でも、当れば、魔法少女ラスカル・ミーナといえども骨までウェルダンだよ♪」

 明るく軽やかに朗らかな声で言う台詞ではない。

「ま、魔法少女の闘いでなんでレーザーなんて卑怯だよ! 魔法を使えよ、魔法を!」

「世の中、勝てば官軍!卑怯云々なんてのは所詮、負け犬の遠吠えよ。正義の名のもとには全ては正当化されるのよ!」

「開き直るな! うわっ」

 レーザーが発せられるたびに野生の勘と女の勘をフル活用してミーナはレーザー攻撃を避けまくった。TRPGならGMがサイコロを調べたくなるぐらいに。

(とりあえず、あのノートを何とかしなきゃ)

 ミーナはウッちゃんが持っているノートパソコンを狙って攻撃を仕掛けたが、その度にリリーによってそれはことごとく阻止された。

(仲が悪そうだけど、役割分担はきっちりして、ちゃんとチームとして機能しているじゃないか)

 自分の身が危ない時に妙なことを感心していたミーナの視界の端に黒い影が映ったかと思うと何かかなり大きなものが彼女に体当たりしてきた。不意をつかれたこともあってミーナはその物体ともつれるように地面に倒れこんだ。

「な、なんなんだ!」

 ミーナは自分に覆い被さっている物体を見ると、それはブレザーは着ているが、変身の解けたブレザー信奉者の浜崎のなれの果てであった。

 レーザーを避けるのが必死で忘れていたが、どうやらブレザー対セーラーの戦いはセーラー服に軍配が上がったらしい。校庭を見渡しても全員セーラー服を着た少女となっていた。

「あははは、ブレザーなんて所詮はその程度よーだ。浜崎くん、今回はあたしの勝ちね」

「む……無念……」

 セーラー錦織はがっくりと首を項垂れた浜崎の台詞に更に高笑いを続けていた。

 ミーナはあっけに取られていたが、今はそんなことをしている場合ではないと気が付いて慌てて立ち上がろうとしたが、予想以上に重量のある浜崎を除けるのにてこずった。

 もたもたしているミーナが頭上から嫌な空気を感じてそちらへ視線を向けると、身の毛のよだつような微笑を浮かべているリリーが彼女を見下していた。

「ミーナ。あなたのことは忘れないわよ。骨は拾ってあげられないけど、安心して。死して屍拾うだけの物も無しにしてあげるから。ウッちゃん!」

「了解! 3、2、1、シュート!」

 ぬいぐるみ犬がその不細工な太い指でノートの実行キーを押した。

 ミーナはできるだけレーザー攻撃に耐えるために全魔力を防御に回して、運を天に任せた。しかし、一向にミーナにレーザーは襲ってこない。

「……何にも起きないじゃない!」

 この隙にミーナは覆い被さっている浜崎を蹴り飛ばして立ち上がり、体勢を立て直した。

「おかしいな? ……ん? あ! あいつらコントロールを取り戻すためにサブシステムを立ち上げたんだ。馬鹿だなー。僕がそんなことに気が付かないとでも思ってるのかい? 見くびられたものだね。ほら、ウィルス起動。そんな罠にも気付かないなんて無能だね。これで誰もコントロールに手は出せないよ。ざまあみろ」

「誰もって、こっちも手が出せないって事?」

「そんなわけないよ。ちゃんとワクチンが用意してあるから、ちゃんと取り戻すよ。まあ、しばらくは自動照準で撃ってもらう事になるけど」

 確かにレーザー光線は相変わらず降り注いでいる。校庭にいる誰彼かまわず無差別に。

 設定が連射になっているせいで、一発一発の出力が弱く、直撃しても魔法が解けるだけで生徒に外傷はないが、ショックで気を失って倒れ、校庭には気絶した生徒がうなぎのぼりに増えていった。

「その自動照準って、目標は?」

「一ノ宮中学校」

「だけ? 他には限定は?」

 リリーの顔が引きつっていた。最悪の事態を予測できたのだろう。

「……あは、忘れてた」

「あは。じゃないわよ! さっさと攻撃を止めさせなさい!わたしたちにも当たっちゃうじゃない!」

「わ、わかったよ。……あれ? あれれ?」

「何なの? 今度は!」

「電話料金が設定を超過したから回線を切断されちゃった……てへ」

「何でそんなことになるのよ!」

「やっぱり、国際電話って高いからかな? 協会、貧乏だし……」

「そんな設定さっさと外しちゃいなさい!」

「できないよ。僕が組んだプログラムだもの。イッツパーフェクトさ。誰にも外せないよ」

「胸張って威張ってる場合?どうするのよ!」

「それよりも、突然強制切断されたからカモフラージュもしてないんだ。だから、形跡たどられたら……」

「……ハッカーは長いよ。務所には面会に行ってあげるわ。差し入れは何がいい? 糸鋸?」

「いやだなあ、リリー。僕らは一蓮托生じゃないか。それにあれは非公式だから刑務所に行く前に消されちゃうよ、きっと」

「うふふふふふふふふ」

「あはははははははは」

「なんて事するのよ!逃げるわよ!」

「ラジャー!」

 一目散に二人は明日へ向かって走り出した。

 しかし、その目の前にセーラー錦織が立ちはだかった。

「なんて事してくれたのよ!あたしの野望を!」

「やかましい!」

 リリーは魔法服を若草色と青色をベースとした通常モードに戻すとバトンに思いっきり魔力を込めて立ちはだかったセーラー錦織を引っ叩いた。

 引っ叩かれたセーラー錦織は見事に吹っ飛ばされて校舎に当たって跳ね返り、リリーの目の前に再び帰ってきたところを更に地面に叩き落とされ、変身が解けて筋肉だるまに戻ったところを蹴り飛ばされ、地面に転がったところを衛星からのレーザーを食らわせてこんがりウェルダンに仕上げられた。

 大元のセーラー錦織がやられたことによりセーラー服姿にされていた生徒たちも元の学生服かブレザーに戻っていた。

「リリー、何だか知らないけど、ミーナの悪巧みは阻止できたみたいだよ」

「そ、そうみたいね。偶然倒した相手が今回のキーマンだったなんて、わたしって、もしかして天才?」

「……そうだね」

「ミーナ! あなたの悪巧みはきっちりと阻止させてもらったわよ! 今回はわたしの勝ちね! 今は忙しいからあなたにとどめを刺さないけど、また、悪事を働いた時は……」

 そこまで言った時、リリーの頭上に光が差し込んだ。100MJのエネルギーを持ったコヒーレントな収束された光が。

「きゃう!」

 さすがに絶対防御魔法服ではないが普通の魔法服を着ているおかげもあって気絶するまでには至っていなかった。とはいえ、ダメージは確実に受けており、防御機構によって熱エネルギーを衝撃と音に分散されたせいでリリーは目をまわしていた。

「ミューニャ! きょうにょときょりょはこれきゅりゃいにしゅておいちぇあぎぇりゅわ! ちゅぎにゅあったてょきぃぎゃ、あにゃたにょめいにゅちにょ! (ミーナ! 今日のところはこれくらいにしておいてあげるわ! 次に会った時があなたの命日よ)」

 ふらつきながらも、あさっての方向を指してでもミーナに忠告をするところは見上げた根性だと感心していた。

「リリー! 早く! 奴らだ!」

 ウッちゃんが叫ぶと同時に、校門に黒塗りの車が横付けされ、中から黒い背広を着た黒のサングラスに黒帽子を目深にかぶった男達が次々と現れた。

「何人乗りよ、その車!」

 幾分回復したリリーがわらわらと黒服を吐き出す車にツッコミを入れた。

「リリー! そんな事、突っ込んでる場合じゃないよ!」

 その言葉を証明するかのようにリリーの後ろの校舎の壁にごっそりと円形の穴が空いた。

「ニードルガンだ。マジでヤバイ……って、リリー! 待ってよ!」

 自分を置いてさっさと逃げ出したリリーをぬいぐるみ犬は必死で追いかけ、学校の塀の向こうへと消えた。黒服の男達も逃げる一人と一匹の後を追いかけて塀を乗り越えて消えた。

 それを呆然と見ていたミーナははたとあることに気がついた。

「あー! 待て! 衛星止めていけ! ばかやろう!」

 叫んだところで、既に逃げてしまった後であったため、ミーナは結局彼女らの後始末に衛星を破壊しなければならなかった。

 こうして、「一ノ宮中学セーラー服vsブレザー最終決戦」は昼休み終了のチャイムと同時に終結した。


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