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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第2話 やっぱり!セーラー服
5/20

Aパート 自分のクラスに転入?

品質には万全を尽くしておりますが、希に体質に合われて笑われる方もございますので、飲食しながらの読書はおやめください


前回までのあらすじ

 存在自体がトラブルを引き起こすトラブルメーカー、皆瀬和久は悪の魔法少女ラスカル・ミーナとなり、バニー橋本を使って全世界バニー化計画を実行させた。しかし、そこに現れた正義の魔法少女、ファンシー・リリーの捨て身の攻撃によってその野望はこなごなに砕け散ったのであった。

 さて、今回、ラスカル・ミーナはどんな騒ぎを起こすのやら……

(本編とは若干異なる点もございますので、前作をお読みくださることをお勧めいたします)

「はあ」

 黒髪の美少女、白瀬美奈子はハンガーにかかったセーラー服を前に深いため息をひとつついた。

「まさか、自分がセーラー服を着るとは思ってもいなかった」

 彼女の通うことになる一ノ宮中学の女子の制服はブレザーだが、何故か彼女の目の前にあるのはセーラー服であった。

「女の子になったんだから一度はセーラー服を着ないともったいないじゃない。だから、明日はこれを着ていきなさい」

 琉璃香が昨日の晩に自分が中学生時代に着ていたセーラー服を引っ張り出してきて渡したのである。二十年以上前の代物なのに全然そんな風には見えず、昨日店で買ってきたのではないかと疑いたくなる保存状態のよさであった。

「もったいなくないよ、そんなの。セーラー服なんて着たくない」

「じゃあ、ブレザーならいいの?」

「いや、そんなわけじゃないけど……」

「じゃあ、別にいいじゃない。着る種類が増えたって。それに、制服違った方が転校生らしくていいわよ」

「転校前に制服作っておくよ、普通は」

「時間があればそうするけど、急な転校だったらできないでしょう?」

「それはそうだけど」

「じゃあ、一昨日女の子になったばっかりのあなたの女子用制服があるはずはないわね。昨日の朝言われて晩には出来ているなんて魔法使いのおばあさんでもいなきゃできないわよ」

「母さんは魔法使いだろう」

「残念、おばあさんじゃないのよね。それに魔法使いじゃなくて魔法少女なの」

「何が少女なんだよ。もう、今年でさ……ふひゃふわはむふぇ」

「美奈子ちゃん。口裂け女になりたい?」

 目以外は笑顔で琉璃香は美奈子の口に入れた指を左右にゆっくり広げた。

「|ふぉふぇんふぁふぁぁい《ごめんなさーい》」

「よろしい。じゃあ、文句もないわね」

 と強引に着る羽目になってしまったのである。そのときはしょうがないと納得したが、いざ、こうしてセーラー服を目の前にすると抵抗を感じずにはいられなかった。

「はあ……」

 再び深くため息をついてはみたが、いつまでも下着姿でいるわけにはいかず、美奈子はついに観念してセーラー服に袖を通した。前や後ろと自分の姿を鏡に映して、身だしなみをチャックすると、カバンを手にとって自分の部屋を出た。


 パシャ!

 廊下に出た美奈子にいきなり強烈な閃光が浴びせられ、一瞬視覚を奪われた。

「?!」

 やがて、視覚の回復した美奈子が最初に見たものは一眼レフのカメラを持って狭い廊下を、所狭しとアングルを変えてシャッターを切りまくっている父、賢治の姿であった。

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ×30……ジィーーーーーーー

「父さん……モータドライブ無しなのに一瞬で三十六枚撮り終えるって……」

「初めて高速巻上げが役に立った。ん、今の表情をもう一回やってくれないか? 巻き取りの途中で撮れなかった。やっぱり、二台はいるな……望遠と広角も併用したいし……ビデオカメラもいいが、生で見られないのがなあ……」

 カメラの巻き戻しをもどかしげに見ながら賢治はぶつぶつと呟いていた。

「どっちでもいいじゃないか、そんなこと」

「いや、生で見て、記憶に刻み込んでこそ、父の愛。写真として記録に残すのは子供のため、親の愛だ。父として、親として、どちらも大事にしたいのだ。わかるだろう?」

「わからないって。自分の息子が女の子にされて、それを喜ぶ父さんの気持ちなんて」

「ふむ、お前もいずれわかるときが来る。その時わかってくれればそれでいい」

「できれば一生わかりたくないよ」

 賢治を半ば無視するように美奈子は脇をすり抜けて階段を降りようとすると再び背後でシャッターの切れる音がした。

「父さん!」

 美奈子はいいかげんにして欲しいと振り返りつつ怒鳴った。

「いい! いいよ、その表情! 最高だよ」

 がしかし、ボクサーのように上体を振ってシャッターを切りまくっている賢治の耳には届いていなかった。美奈子が呆れてものが言えずにいると、彼の動きが調子に乗ってますます大きくなり、そして鈍い音が廊下に響いた。

「あう!」

 上体を振りすぎて壁に頭を強打してうずくまっている父親にかける言葉を知らない美奈子は意識が遠くなりそうになるのを必死で堪えていた。

「……(しっかりしろ、僕。この人の血が最低半分は僕の中を流れているんだ)」

 普段は渋い父親、クラスメイトにも羨ましがられるほどの優しさと威厳を兼ねそろえた雰囲気を持つ自慢の父親だっただけに、その父親像が砂の像のようにもろくも崩れていくのは美奈子にとってショックは大きかった。

「なに二人で遊んでるの? 早く朝ご飯にしないと遅れちゃうわよ」

 琉璃香が一階の廊下からお玉を持って二人に声をかけた。

 美奈子はまだうずくまっている賢治を放っておいて食堂の自分の席についた。メニューはちなみに、トースト、目玉焼き、サラダ、牛乳である。

「で、そのお玉は何に使ったの?」

「何にも使ってないわよ。何だか、これを持っていると、食事の用意をしていますって感じがしていいでしょう?」

「……(ちゃんとしろ、僕。残り半分もこの人の血が流れているんだから)」

 美奈子はこめかみ辺りが引っ張られるような感覚に襲われながらなんとか意識を保っていた。

「お、珍しいな。今日はトーストか」

 何とか復活したらしい賢治が頭に大きなたんこぶを作って食堂に現れた。

「そういえば、そうだね。いつもはご飯なのに」

「当然よ。ご飯じゃ、咥えながら学校に行けないでしょう?」

「誰が行くんだよ、誰が」

「そんなの美奈子ちゃんに決まってるじゃない」

 琉璃香が手に持ったお玉で食堂の時計を指差した。

「時計がな……えっ! 8時12分!?」

「転校初日から遅刻ぎりぎりで、トーストを咥えながらダッシュで登校。途中の曲がり角で不良っぽい男の子とぶつかる。学園ラブコメの定番よ」

 琉璃香はお玉を持った手をぐいっと出してウィンクした。賢治も「ナイスだ、母さん」とにこやかな笑顔で賞賛した。

「うそ! なんで? 目覚ましでちゃんと起きたのに! セーラー服着るの渋ったせい?」

 女の子の身支度は時間がかかるのでいつもよりも早く起きたのにと美奈子は混乱していた。

「昨日の晩、こっそり時計を遅らせておいたに決まってるじゃない。14分よ」

「冗談もたいがいにしてよ!」

 美奈子は目玉焼きをトーストの上に乗せて、むりやり牛乳で胃に流し込むと洗面所で申し訳程度に歯を磨き、カバンを引っつかんで玄関へと急いだ。時刻は8時19分。

「ちゃんと女の子らしくするのよ」

「わかってるよ。注目されて正体がばれるかもしれないって言うんだろう?」

「わかってるならいいけど、いつもと同じように教室に直接行かずに校長室に行くのを憶えているのなら、何も言うことは無いけど」

「……」

「忘れてたわね」

「行ってきます!」

 美奈子はごまかすように8時20分、家を飛び出していった。


 美奈子の家から学校までは徒歩でだいたい15分ぐらい、走って8分。校門が閉まる8時30分まであと10分はあるが、女の子になっている自分の脚力に信頼がない分、美奈子は全く安心できずにいた。

(やっぱり、遅い。やばい。ぎりぎり……いや、間に合わない)

 時計をちらりと見て、いつものラップタイムより遅いことに美奈子は焦っていた。とにかく1秒でも早くたどり着けるように全力疾走を続けた。

 作者が書くのを忘れていたのか、不良とぶつかるハプニングはなかったが、全力疾走の甲斐なく、あと、そこの曲がり角を曲がって30メートルで校門という所で無情にも彼女の時計は校門を閉める時間、8時30分を刻んでしまった。

(ああ、もう! 初日から遅刻なんて目立ちすぎちゃうよ! ばれたらどうするんだよ! 母さんの馬鹿!)

 美奈子は自分の不幸と不運を嘆き悲しんだが、全力疾走は止めずに曲がり角を曲がり、校門を視界に収めた。

「あれ?!」

 美奈子は予想していた風景と違っていることに驚いて、思わず歩度を落とした。目の前に見える校門は開いており、何事も無く、まばらではあるが普通に登校してくる生徒と正門当番の先生との間で呑気に朝の挨拶などが交わされていた。美奈子は時計を見たが、8時31分、2分になったところである

 美奈子があっけに取られて校門まで10メートルぐらいのところでボーっとしていると正門当番をしている一人、女性の先生が美奈子に気がついて彼女の方へ歩み寄ってきた。

 現代国語の柏原先生である。授業の厳しさでは学校一、二を争う先生で、そして、皆瀬和久の担任でもあった。美奈子は彼女が自分の方へ近づいてくることがわかり、自然と緊張した。

「えーと、あなたは、もしかして今日転入してくると聞いている……」

「え? あ、はい、そうです。皆…白瀬美奈子です」

 不自然でないように装おうとすればするほど余計に妙な力が入って不自然に美奈子は答えてしまった。美奈子はしまったと思ったが、柏原先生はちょっと怪訝な顔をしただけで、気に止めずに会話を続けてくれた。

「そう、白瀬さんね。白瀬さんは学校が好きなのですね。もう少し遅くてもよかったのに」

「え、でも……」

 美奈子は自分の腕時計を指差そうとして、8時ちょうどを指している校舎の大時計が目に入って絶句した。

「あらあら、随分とあわてんぼうさんみたいね。お家の時計を見なかったんでしょう?」

 柏原先生は美奈子の腕時計が三十分以上早くなっていることに気が付いてくすくすと笑った。三十路後半だけど、笑うと表情が可愛い。和久も授業の厳しいのは嫌だが、この先生のこういう表情は好きだし、話もわかるので、好きな先生の一人であった。他の生徒も和久とほぼ同意見らしく、授業の厳しさの割には生徒に嫌われてはいない稀有な先生だった。

「まあ、早い分には何も問題は無いわ。校長室へ行って校長先生に挨拶してらっしゃい。ああ、校長室は正面玄関入って右の突き当たりの校庭側、右側の部屋だから。下駄箱は、今日は来客用を使いなさい」

「は、はい。ありがとうございます、柏原先生」

 美奈子はぺこりと頭を下げてお礼を言うと正門を抜けて正面玄関へと向かった。

「柏原先生。今の女子生徒は?」

 もう一人の正門当番の先生が不審な顔で美奈子を見送りながら戻ってきた柏原先生に訊いた。

「今日編入する事になっていた転入……いえ、うーん……」

 柏原先生はいいかけていたそれを止めて、しばらく考え込み、ぽんと手を叩いて笑顔を浮かべて、

「転校生。転校生の白瀬さんよ」

「はあ、そうですか(国語の先生はやっぱり、言葉に拘りがあるのかな?)」

 尋ねた先生は曖昧な返事を返し、次々と登校してくる生徒たちと挨拶を交わす方に注意を戻した。


 白瀬美奈子は校長室で校長と世間話をしていると後ろの扉がノックされるのを聞いた。

 校長が入室を促すと扉を開けて入ってきたのは柏原先生であった。

「紹介するよ。彼女が君の編入するクラスの担任の先生、柏原佳子先生だ。柏原先生、この子が……」

「ええ、今朝正門で会いました。白瀬美奈子さんですね。これから宜しくね、白瀬さん」

 にこりと微笑んで柏原先生がぺこりと頭を下げた。

「いえ、あの、こちらこそ宜しくお願いします」

 先に頭を下げられ、慌てて美奈子も頭を下げた。

「それじゃあ、後は頼みましたよ」

 校長のその言葉を合図に校長室を退出し、美奈子は柏原先生に連れ添われて、2年2組のプレートが上がった教室の前にまで案内された。

 美奈子は改めて教室の前に立つと妙に緊張している自分に気がついた。

(なんだか転校生の気分だ)

 彼女以外にとっては、そのものずばりのその通りである。

(上手くやれるかな?)

「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。みんな、そんなに悪い子じゃないから、すぐに仲良くなれるわよ」

 よほど緊張しているように見えたのだろう、柏原先生は美奈子の背中をぽんと叩いてにっこり微笑んだ。

 その笑顔に少し気持ちが落ち着いて美奈子も微笑み返すと柏原先生は教室の扉を開けた。


 パン! パパン! パン!

 扉を開けた途端に十数個のクラッカーが美奈子たちを出迎えた。何が起きたか理解できずに呆然としている美奈子などお構いなしに、

「ようこそ! 一ノ宮中学2年2組へ!」

 クラス全員による歓迎の言葉の大合唱が浴びせられ、更に何事か把握できなくなって硬直している美奈子をいつのまにか後ろに回りこんでいた女子生徒が教壇の横まで推し進めた。

「それじゃあ、先ずは、クラスを代表して学級委員長の平田博士君より歓迎の挨拶でーす。張り切ってどうぞ!」

 いつも間にか教壇横に立っていた小柄な少女、上田恵子がマイクの代わりにしゃもじを持ってコロコロした声で一人の男子生徒をアナウンスした。

 アナウンスされた男子生徒は勿体つけるようにゆっくりと立ち上がり、一度俯きグッと気合を入れてから頭を振り上げ絶叫した。

「ウェルカムトゥーーマーーーーーイクラス! イン、イチチュウ」

「いつからお前のクラスになったんだ?」

「うるさいぞ、越前君。私が学級委員長になってからに決まっているだろが。そして、今年の会長戦でマーーイスクールにする予定だ。明日の学園を支配するのはRではなく、この……」

 そこまで言って平田は顔面にハリセンを食らって沈黙した。

「お馬鹿さんに任せたのが間違いでしたわ。……それじゃあ、改めまして、ようこそ、白瀬さん。わたくしたち、2年2組は心よりあなたを歓迎しますわ」

 ハリセンをテニスのラケットのように持ちながら、見た目品のよさそうな女生徒、副委員長の相原庸子が深々と優雅にお辞儀をした。それを見て美奈子も慌ててお辞儀を返した。

「ハイハイ、もう気は済んだ? でも、転校生のことなんて昨日は一言も言ってなかったのに、よくわかったわね」

 呆れるやら感心するやらで柏原先生は教壇に立ってクラスを見渡した。いつの間にか、きっちりとクラッカーのごみは片付けられているし、動かしてあった席も元に戻っていた。今のクラス編成になってから一月半ほどしか経っていないのに見事なまでのチームワークである。

「私たちの情報網を甘く見ないでくださいよ」

 美奈子を後ろから押して教壇横まで連れて行った女子生徒、井上美穂が得意げに発言した。ショートヘアーの快活そうな印象を受ける少女で、いつも好奇心旺盛そうな瞳を輝かせていた。

「ハイハイ、先生が悪うございました。それじゃあ、白瀬さん、何だか、今更みたいだけど自己紹介してくれるかしら?」

 美奈子は黒板にチョークで自分の名前を大きな字で書いて、クラスメイトの方に向き直り、

「えーと、白瀬美奈子です。鷹羽山中学刀根沢分校から転校してきました。皆さん、仲良くしてください。よろしくお願いします」

 最後にぺこりと頭を下げて何とかそつなく挨拶を終えると、歓迎の意味の拍手がクラスメイトから返ってきて、美奈子はほっと一息ついた。


「白瀬さんは皆瀬君のまた従姉妹で今は皆瀬君の家に下宿しているのね」

「はい。皆さんのことも和久君から手紙で色々と聞いていましたので、なんだか初めてじゃない感じがします」

 美奈子はにっこりと可愛く笑顔で答えた。

 昨日、まる一日、琉璃香の急造女の子講習の特訓を受けていた成果が実り、練習以上に上手く笑顔で答えられたことに美奈子は胸を撫で下ろした。

「くーーー! かわいい! 皆瀬のやろう! こんな可愛いまた従姉妹がいたならいたで教えてくれたっていいのに」

「あんたに教えたら何されるかわかったものじゃないからじゃない?」

「うっせえ! 男女!」

「なに!」

「ハイハイ、安田君に尾崎さん、喧嘩はそこまで。今日はあなたたちのイベントのおかげでホームルームの時間が減ってるんだから。それじゃあ、白瀬さんは皆瀬君の席に座って」

 美奈子が丁度、席についた時にホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた。

「ああ、もう。ホームルーム、終わっちゃったじゃない。じゃあ、今日決められなかったことは明日決めるから、学級委員はちゃんと用意しておいてね。それじゃあ、これで終わります。あ、そうそう、一時限目の社会は伊藤先生がまだ退院できないから自習よ。副委員長の相原さんはプリントをもらいに行くように」

 柏原先生は礼を済ませると慌しく出て行った。それと同時に美奈子の周りに人だかりができた。

「ねぇねぇ、白瀬さん、前の学校はどんなところだったの?」「彼氏とかいるの?」「向こうで何が流行ってた?」「格好いい子とかいた?」「何座?」「血液型は?」「タレントは誰が好き?」「ドラマとかよく見るの?」「スポーツとか何かしてるの?」「映画好き?」「そのセーラー服可愛いね」「お父さん何やってる人?」「綺麗な髪ね。シャンプーとかはなに使ってるの?」「スリーサイズは?」「今、何問め?」「化粧品はどこの使ってるの?」「今度デートしようよ。町を案内してあげるよ」「携帯の電話番号教えて」「メールアドレスも」ets.ets.……………

 美奈子は昨日制作した質疑応答マニュアルを思い出しながら、それらの質問にてんてこマイマイで対応していった。

(ひぇー! みんな、そんなに興味持たないでくれ!)

 しかし、お祭り好きの2年2組の面々にはそれは無理な注文なことは美奈子自身百も承知であった。


「白瀬さん」

「はひ?!」

 やっと質問攻めから開放されてほっとしている所へ再び声をかけられて美奈子は再び緊張した。

「そんなに緊張しないで。なんだか、わたくしがいじめているみたいですわ」

 中二とは思えない物腰の落ち着いた少女、相原庸子が口に手を当ててくすくすと笑っていた。良家のお嬢さんだけあって、こう言う仕草が嫌味にならないのはさすがと、美奈子は妙な感心をしていた。

「あ、ごめんなさい。相原さん」

「チッチッチッ”相原さん”なんて堅苦しい呼び方なんてダメですわ、白瀬さん」

 日本で二番目と言い出す人と同じように人差し指を左右に振って彼女は美奈子に注意した。

「わたくしのことは……」神妙な面持ちで彼女は間を置いて「ヨーコちゃん! と呼んで下さい」

 相原庸子はそれまでの落ち着いた雰囲気を一気に崩して軽いノリで答えた。そのあまりの豹変ぶりに美奈子はずっこけて机にしがみついていた。

(……相原さんてこんなキャラだったっけ?)

「……ダメかしら? 白瀬さん」

 黙っている美奈子に不安になったのか寂しそうに人差し指を唇に当てて庸子は言った。

「あは、あははは……うん。それじゃあ、ヨーコちゃん、わたしも美奈子でいいよ」

 美奈子はにっこりと微笑んで庸子の不安を取り去ってあげた。

「それでは美奈子ちゃんでいいかしら?」

 美奈子の答えに庸子は破顔し、お互い相互を崩していた所へ誰かが騒がしく近づいてきた。

「なになに? ヨーコちゃん、もう、美奈ちゃんと友達になっちゃったの? いいなあ、あたしたちも仲間に入れてよぉ」

「恵ちゃん、ちゃんと自己紹介しないと、美奈子ちゃんが困るわよ」

「あ、ごめんごめん。あたし、上田恵子。てんびん座のAB型。みんなからは恵ちゃんって呼ばれてるの。だから、美奈ちゃんって呼ぶね。なんだか、皆さんみたいで変かな? いいよね? ダメ?」

 中二とは思えない落ち着きのない少女、上田恵子は机の前にへばりついて上目遣いに美奈子の事を見ていた。こう言う態度が嫌味にならないのは一種の才能だなと美奈子は変に感心していた。

「いや……うん、いいよ。これからよろしくね、恵ちゃん」

「へへへ、よろしく、美奈ちゃん」

「私は井上美穂。将来の夢は映画監督になること。それでブルーリボン賞を獲るの。美穂でいいよ。よろしくね」

「わたしの事も美奈子でいいよ。よろしくね、美穂ちゃん」

「うー、ちゃんは要らないけどなあ。じゃあ、私も美奈子ちゃんて呼ぶね」

「うん、いいよ」

「僕は……」

「里美、里美!また僕って言ってるよ」

「あ、ごめん、つい癖で。ええっと、あたしは尾崎里美。さんもチャンもつけずに里美って呼捨てで呼んでくれよな。僕も呼捨てにするから」

「よろしくね、里美……」

 ちゃんをつけようとしたが、里美が無言の圧力をかけているので美奈子はその言葉を飲み込んだ。

「おう。よろしくな、美奈子」

 里美はやんちゃな笑顔で笑って答えた。美奈子には里美の言動はボーイッシュを通り越している気がするが、それはそれでなかなか魅力的ではあった。

(こんなことなら僕も無理して女の子らしいくすることなかったよな)

 美奈子は元々女の子の里美よりも女の子っぽくしている自分におかしさを感じずに入られなかった。


「でも、残念ですわ。あと二日早く転校していらしたらよかったですのに。とても楽しいことがありましたのよ」

 自己紹介の後に他愛ない会話を交わしていた途中で庸子はふと思い出したように悔しがった。

「え? えーと、二日前に何かお祭りでもあったの?」

 美奈子は内心びくびくしながらとぼけて庸子に訊いた。

「まあ、お祭りと言えなくもないかな?」

「実は、信じられないことかもしれないけど、魔法少女が現れて、学校の生徒を次々バニーガールに変身させたのよ、女子も男子も教師も」

「へ、へぇー! そ、そんなことがあったんだ」

「公的には集団幻覚ってことになってるらしいけど、あれは絶対幻覚なんかじゃないってな!」

「そ、それは大変だったんだね」

「へへへ、でも、結構面白かったよ」

「うーん、一瞬でも胸が大きくなったのは嬉しかったんだけどねえ。あの衣装はちょっと……」

「美穂ちゃんは着られただけいいですわ。わたくしなんてその日は用事で早く帰ってしまって、着られなかったのですから。残念で仕方ありませんわ」

「着たかったのか?あのはずかしい衣装!」

「当然ですわ。大人になったら一度は絶対着て見せますわ」

(お願いだから一度でやめてね、ヨーコちゃん)

 全員が心の中で一斉に突っ込んだ。

「でも、本当に皆さん、こんなに可愛く綺麗になれて、うらやましいですわ」

 庸子は手帳の中から写真を数枚取り出してため息混じりにそれを眺めた。そこには恵子と美穂と里美のバニーガール姿が写されていた。

「な! なんだ、そりゃ!」

「昨日の帰る途中、校門すぐ横で怪しい男を捕らえましたら、この写真を男子に売りつけていましたわ。思わず、わたくしも所望したんです。でも、三人とも可愛いですわ」

「そ、そんなものが出回ってるなんて……もう恥ずかしくって外歩けないよ!」

 なかなか魅力的に写っている写真で、よく見ないと誰かわからないものだが、里美はそれでも死ぬほど恥ずかしいのか泣き出しそうな表情をしていた。

「大丈夫ですわ。ちゃんとその方とお話して、写真とネガはもう処分しましたし、売れた分の写真もまだ出回ったばかりですから全部回収して、あと残っているのはこれだけですもの」

 庸子はにっこり笑って、あっさりと言ってのけた。その費用がいくら掛かったかは謎だが、さすがは相原グループ総帥の孫娘である。経済力は並ではない。しかし、それを充分有効に生かせるだけの機転と行動力が庸子に備わっているからこそではあったが。

「あ、ありがとう、ヨーコちゃん」

「ですから、この写真は私がもらっておいてもよいですか?」

「……人に見せたりしない?」

「約束しますわ」

「それじゃあ、いいよ。ヨーコちゃんが持っていても」

 美穂と恵子も里美の意見に同意した。

「ありがとうございますわ。でも残念ですわ。これに美奈子ちゃんの写真が加われば完璧でしたのに……。もう一度、起きてくれないかしら、あの騒ぎ」

「……ヨーコちゃん」

(今まで同じクラスだったけど、こんな性格だったとは知らなかったよ)

 美奈子はクラスメイトの新たな一面を発見して、女の子になって初めてちょっと得をした気分になっていた。


『ピンポンパンポーン。二年二組の相原さん。二年二組の相原さん。柏原先生がお呼びです。至急、職員室まで来てください。二年二組の相原さん。至急、職員室まで来てください』

 新館と旧館を繋ぐ渡り廊下を渡ろうとしたところで校内放送が美奈子の隣の女子生徒を呼び止めた。

「あらあら、何の用かしら? せっかく、美奈子ちゃんに学校の中を案内してさし上げている最中なのに」

「うん。もういいよ、ヨーコちゃん。大体、案内してもらったし、あとは一人でぶらぶらしてるから」

「そうですか? ちょっと残念ですけど……それじゃあ、ちょっと行ってきます。あ、昼一番は柏原先生の国語なので絶対遅れないでくださいね」

 庸子は失礼しますと頭を下げて足早に新校舎の中へと消えていった。一人残された美奈子は人気のない渡り廊下でほっと一息ついた。

(ちょっと一人になって、気を抜かないとへばっちゃうよ)

「……瀬さん」

 美奈子がどこか一人になれる場所を頭の中で検索していると、どこからともなく名前を呼ぶ声がした。

「?」

 美奈子が視線を上げると目の前には体格のいい男子生徒が目の前に立っていた。

「錦織、クン?」

 美奈子は見覚えのあるその男子生徒の名を呼んだ。

「もう、名前を覚えてくれたのか?」

 陸上部の砲丸投げの選手で県大会でもそこそこの成績を収める、彼女と同じのクラスメイトの彼は嬉しそうに笑った。

「あ、うん。和久君からの手紙にも書いてあったし……」

 うっかり知るはずのないことを知っていてもこの手で乗り切ることにしていたので、美奈子は日頃から積極的に使って、皆にそのことを印象付けることにしていた。

「そうなのか……でも、君とは趣味が合いそうだ」

 錦織は口の端だけ引き上げるように笑って目を細めた。

「はあ、そう?」

 錦織にスポーツマンには不似合いな粘液質な空気を感じて美奈子は背筋に嫌なものを感じ、早く話題を切り上げてこの場を離れようと思った。

(そう言えば、午前中もこんな空気を感じたけど、錦織だったのか)

 美奈子は警戒心をレッドゾーンまで引き上げ、強引にでもさっさと立ち去ろうと決意した。

「ちょっと、話したいことがあるんだが、ちょっとそこまで付き合ってくれないか?」

 校舎裏のほうを肩越しに指差して錦織は言うと、美奈子の耳の側まで顔を近づけて、

「君の秘密を知っている。ばらされたくなかったら一緒に来るんだ。君にも悪い話じゃないからね、くくくくく」

 美奈子は血が滝のように引いていくのを感じて顔面蒼白になった。

(ひ、秘密! バス事故でお母さんと入れ替わって……はいないけど、ラスカル・ミーナってばれてーら? いや、何言ってるんだ、僕? 皆瀬和久だってばれてる可能性もありんす。おいらんか、僕は? ひみつひみつひみつひみつ、ひみつのミーナちゃん♪…………ああ! なに考えてんだ、僕は! しっかりしろ! まだ完全にそうとは決まってないじゃないか!)

 美奈子は自己崩壊一歩手前で現実社会に復帰して可能性と言う未来の掛け橋に賭けた。

(でも、今までその綱が切れなかったためしがないけど……)

 そのことを思い出していっそのこと自己崩壊した方が幸せではないかと美奈子はふと思いもしたが、頭を振ってそれを否定した。

(なげたらあかん!逃げちゃダメだ!×10回)

「どうしたんだ? 来ないのか?」

 錦織は一向に動こうとしない美奈子にじれて声をかけた。

「う、ううん、行くよ」

 美奈子はそう答えて錦織の後を追った。


 それから1分も経たずに相原庸子はさっきまで美奈子といた渡り廊下に戻ってきた。

「間違い放送なんて驚きましたわ。美奈子ちゃんはまだその辺にいるのかしら?」

 庸子は美奈子の姿を探して周囲を見渡したが、すでに美奈子は錦織と校舎の裏へと向かった後であった。


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