EDパート それぞれの夜 そして戦いは続く
「母さん!どう言うことだよ!元の戻らないじゃないか!」
ミーナは騒動が終わって気絶している生徒や先生たちが目を覚ます前にとっとと退散した。近所の人間に見られないようにして、やっと家に帰ってきたのは既にとっぷりと日が暮れたころだった。
「だって、しょうがないじゃない。正義の魔法少女に勝っちゃうんだもの。ある意味反則よ、それ。条件付けは負けること。だから解けないのは当たり前。納得した?」
何を当然なことを言わせるのといわんばかりに物分りの悪い息子に琉璃香は説明した。
「納得いかない!」
「まあ、なんにせよ、あの魔法少女に負けるまで続けることね。でも、しばらくは無理でしょうね。あの魔法少女、潜在能力はあるみたいだけど、まだまだ力押しだけで、魔力と技術があなたのレベルまで全然追いついてないから、まず、あなたが手を抜かない限り負けないわよ」
「だから、手を抜けないんだって! あ! そういえば、真琴お姉さまは?」
今更ながらにミーナはこの姿にした張本人のことを思い出して居間を見渡したが、真琴の姿は見えなかった。
「ここのテレビであんたたちの戦いを観戦したらすぐに帰ったわよ。そのマコちゃんから伝言。しばらく、あの子の相手よろしく。びしびし鍛えてあげて――だって」
「そんな! だいたい、こんな格好で外を歩いていたら一発で正体がばれちゃうよ。それでも構わないの?」
世間体ってものがあるだろうとミーナは琉璃香に詰め寄った。
「それは悪の魔法少女の美学に反するわね。ええ! あなたがあの悪の魔法少女だったの! と最終回で驚いてもらわないとね」
世間体よりも別のことで真剣に悩んでいる琉璃香を見てミーナは目眩を覚えた。
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
そう言うと琉璃香はどこかへ電話していた。しばらくしてから居間に戻ってきた琉璃香はご機嫌な顔をしていた。それを見てミーナはかなり不安に襲われたが、自分ではどうにもならないので運を母に預けることにした。藁どころか、重りのような気もするが。
「真琴と相談して、魔法を解いてあげることにしたわ」
「あ、ありがとう、母さん!」
思いがけない一言にミーナは狂喜した。やっぱり、何だかんだ言っても母親なのだと疑った自分を恥じていた。
「どう?」
魔方陣を描いてちゃんとした準備を整えて琉璃香は施術しおえて和久に鏡を手渡して声をかけた。
「やった! ……って、髪の毛が黒くなっただけじゃないか。こんなのバレバレだよ!」
受け取った鏡に映っているのは黒のエナメル魔法少女服が白のブラウスとチェックのスカートの普段着に変わった以外は、ポニーテールの金髪がセミロングの黒髪になっただけの美少女ミーナが写っていた。
「そんなことないわよ。髪飾りが変わっただけでも、正体がばれないのが魔法少女の特権なんだから」
「……」
和久は納得いかないと顔に書いて無言の抗議をした。
「世の中そんなものよ」
しかし、そんな控えめな抗議が琉璃香の面の皮を突破できるほど甘くはなく、あっさりと跳ね返されてしまった。
「魔法を解くって言ったじゃないか!」
やっぱり口はしゃべるためにある。和久の口は生まれてこの方、琉璃香に抗議することに少なくても五割は使用されている。
「全部解くとはいってないわよ。一部よ、一部。嘘は言ってないわ」
あんたは詐欺師か! と叫びたくなったが、言っても無駄とわかっていたので、別方面から攻めることにした。
「父さん! 父さんも何とか言ってよ!」
いつも最終的に頼る先、和久の最後の砦に応援を依頼した。
それまでソファーで一言も発せずに新聞を読んでいた渋い中年男性、和久の父親、皆瀬賢治は新聞を脇において、おもむろに和久をじっと見つめた。居間には妙な緊迫した空気が充満した。
「和久」
その外見に見合った、低くよく響く良い声で和人は息子の名前を呼んだ。そして、しばらくの沈黙の後、
「かわいくなったな」
賢治は和久をいきなり抱きしめた。
「な、何するんだよ、父さん!」
いきなり抱きしめられてその腕の中でもがくが、大人の男に敵うわけもない。
「父さんは娘が欲しかったんだ! 母さん! よくやった! 今日は赤飯だ!」
和人は片手でしっかりと和久を逃げられないように抱きながら、ビシッと親指を立てて琉璃香に満面の笑みを向けた。
「当然よ! 鯛の尾頭付きよ!」
琉璃香も親指を立ててそれに応える。
「何、なに言ってるんだよ、父さん!」
「悪いが、今回ばかりは父さん、琉璃香の味方だ。全面的に絶対的に!」
「息子がこんなになってるのに!」
「和久。父親とはかわいい娘を手放したくないものなのだ。諦めろ」
「……!」
和久はこの憤りに何を何と言っていいか分からずに口をパクパクさせるだけだった。
「あ、かずちゃん。あなたは一応、私のいとこの子供で、我が家に下宿している白瀬美奈子って事で学校にも編入手続きしてあるから安心してね」
魔法でそれくらいは朝飯前なのだろう。しかし、何を安心しろというのだとミーナは言い返す気力も無かった。
「魔法少女のときはミーナと名乗っていたんだろう? 私はてっきり、偽名は美子にすると思っていたけど、美奈子か……いい名前だ、かわいいぞぉ」
父親は生えかけたひげでじょりじょりする頬を美奈子の柔らかい頬っぺたにすり寄せた。
「何言ってるんだよ、わからないよ、父さん!」
美奈子は気持ちの悪い頬擦り攻撃を避けようと更にもがきつづけた。もがいている途中で美奈子は重大なことを思い出した。
「母さん! 白瀬美奈子はいいとして、和久はどうなるんだよ!」
「それもちゃんと考えておいたわよ。インドの山奥で虹男になるための修行に行ったと言うことにしといたから」
抜かりはないと琉璃香はビシッと答えた。
「嘘だろ! 無茶苦茶だ! 学校なんか行くもんか! ぐれてやる!」
半乱狂になって暴れようとしたが、賢治にしっかり抱きしめられているのでそれもままならない。
「あら? 自分でさっき言ったじゃない、"白瀬美奈子はいい"って。言ったからには責任取りましょうね、美奈子ちゃん」
「いやだあ!」
皆瀬家一家の夜は騒々しくも賑やかに更けていった。
こうして二代目暗黒魔法少女ラスカル・ミーナが誕生したのであった。
「そうか、上手くいったか。ご苦労さま、マコちゃん」
執務机に座ったまま真琴の持ってきたビデオテープを再生しながら柊陽介は冷笑に近い笑みを浮かべた。
「それで、マコちゃんの感想は?」
しばらくビデオを眺めて再び、陽介は真琴に向き直った。
「なかなか楽しませてくれそうよ。センスがいいわ。まあ、何せあの琉璃香の息子だもの、これぐらいは当然でしょう」
「マコちゃんがそう言うのなら安心だ」
陽介は口の端をゆがめて笑うと背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見た。そこにはカラフルな衣装に身を包んだ少女達の肖像画が彩り鮮やかにずらりと並べられていた。少し古いものの中に真琴に似た肖像画もあった。
「せめて、あと一年……いや、言うまい。ありがとう、疲れただろう。もう、ビデオも明かりも消してくれて」
真琴は指を鳴らして、小気味よい音が広い部屋に響き渡るとそれまで煌々と室内を照らしていた照明が一斉に落ち、一気に真っ暗闇になった。
「今回の収益で来月には電気と水道は支払いできそうだ。苦労かけるな」
真っ暗闇となった中、申し訳なさそうな小声で陽介は囁いた。
「そんなこと気にしないで、あなた」
それぞれの夜が過ぎていき、それぞれの思惑が交錯し、目に見えない何かがゆっくりとだが動き始めた。
「ちょ、ちょっと!主人公の私を放っておくなんて、どういう了見よ!」
「由利ちゃん、あんまり動かないでよ。治癒魔法かけたからましでも結構、重傷なんだから」
なにやら奇妙な文様が書かれた包帯でぐるぐるに巻かれた少女をぬいぐるみ犬が宥めていた。
「だって、ナレーションの人、あたし忘れてるんだもん!」
「出てきて一撃で吹っ飛ばされたらねえ、文句言えないよ」
「う!ゆ、油断しただけよ。次はきっちり、三倍にして返してあげるんだから!」
「はいはい。ああ、そうだ。真琴様から伝言が入ってたよ」
「え?真琴お姉さまから?なになに?なんて?」
「えーと、読むよ。ウサギごときに負けるなんて根性が足りません。罰として、若宮神社の石段うさぎ跳びで10往復して根性をつけること。だって」
「ええ!由利、頑張ったのに!」
「世の中、いくら頑張ったかよりも結果なんだよ、由利ちゃん」
「ふえーん」
だから、放っておかれた方がよかっただろうに。ナレーションに突っ込むから自業自得だ。
それでは仕切りなおして、……それぞれの夜が過ぎていき、それぞれの思惑が交錯し、目に見えない何かがゆっくりとだが動き始めた。
「さっきと同じ台詞なんて手ぬ……ごふっ…………」
……つづく……のかな?
次回予告!
バニー事件の翌々日、通っていた学校に白瀬美奈子として転校することになったラスカル・ミーナこと皆瀬和久。
同級生から熱烈&強烈歓迎を受け、古くも新しい友達たちに流される美奈子。
そんな平和な学園生活を満喫する間もなく、確執の渦に巻きこまれ、
更にライバル?ファンシー・リリーと星の国の五角形の脅威が天空より襲いくる。
絶体絶命のラスカル・ミーナ。
第二話にして最大の好機。
このまま敗北し、平凡な男子学生に戻ることができるのか?
第2話 やっぱり!セーラー服
お楽しみに!
いかがでしたでしょうか? 馬鹿馬鹿しいお話をお楽しみいただけましたでしょうか?
とあるサイトで「学ラン姿の男の子が悪い魔法少女に変身させられる」というイラストを見て、ふと思いついた話を書いたのが私の小説を書くきっかけでした。
処女作ということもあり、読み返すと色々と手を入れたくなりますが、あえて誤字脱字などの修正以外はしないで掲載することにしました。