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魔法少女ラスカル・ミーナ  作者: 南文堂
第4話 誰でもウェートレス
12/20

Bパート 目指せ! ウェートレスの星

 そして、アルバイト初日の週末の土曜日。

 喫茶『じぱんぐ』のオーナー、守部登(もりべ のぼる)はにこやかな笑顔を美奈子に向けていた。

 登は精悍な顔立ちの中年男性で、上背がある上に、何かで鍛えているのだろう、喫茶店のオーナーにしては不必要なほど引き締まった体つきをしていた。しかし、今はそんな精悍さは何処へやら、鼻の下を思いっきりのばしていた。

「いや、まさか本当に、女子中学生を寄越すとは思っていなかったよ」

「あの、ご迷惑でしょうか?」

「いや、そう意味じゃなくって、そうならありがたいが、多分、そんなことはないだろうなと思ってたもんでな。うん、さすがは孝治だ」

「はあ」

「それじゃあ、早速、これに着替えて」

 手渡されたのは赤みの強いピンクをベースにしたエプロンドレスであった。

「あ、あの、これって……」

「ここのウェートレスの制服だよ」

「えーと、そういう経験ないんですけど……」

「誰にでも初めてはある。接客は誠心誠意。お客さんの気持ちになって行動すれば大丈夫! 失敗してもフォローするから」

 そこまで言われてはもう何も言えず、美奈子は制服を持って更衣室に向かった。

「従業員休憩室、ここだな」

 美奈子がロッカールームを兼ねている休憩室の扉を開けると下着姿の大学生ぐらいの女性が白のストッキングをガードルに止めていた。

「す、すいません!」

 美奈子は慌てて扉を閉めて、扉の脇の壁に背中をあずけた。

「び、びっくりしたぁ、女の人が着替えてるなんて……」

 美奈子はまだドキドキしている胸の動悸を抑えようと胸に手を当てた。手の平から少し硬いがふくらみを感じ取った。

(あ……自分も女の子だったんだ)

「何やってるの?」

 中で着替えていた女性が下着姿のまま、ドアを少し開けて、表にいる美奈子に声をかけた。

「あ、あの……」

「今日から手伝ってくれる子でしょ? オーナーに聞いてるわよ。さあ、入った、入った」

 彼女は美奈子の手首を掴むと強引に部屋の中へと引き込んで、扉を閉めた。

「え、えっと……」

「あたしは風島なぎさ。大学二回生。あなたは?」

「し、白瀬美奈子、中学二年です。よろしくお願いします」

「あははははは、本当に中学生雇ったんだ。オーナーやるぅ!」

「すいません、中学生で」

「むくれない、むくれない。可愛いお顔が台無し……でもないか、むくれたお顔も可愛いわよ。美人って得よね、あたしもいつも思うけど。まあ、何はともあれよろしくね、美奈子ちゃん」

「えと、こちらこそ、よろしくお願いします。風島さん」

「なぎさでいいよ」

 お互い自己紹介が終わり、美奈子も着替えを始めた。女の子の身体に慣れてきたとはいえ、いまだに朝の着替え、お風呂では赤面してしまう、体育の着替えなどは嬉しさよりも気恥ずかしさが先立って、隅のほうでこそこそとしている美奈子には大人の女性の着替えを真正面から見る度胸は当然なく、やっぱり、部屋の隅のほうでなぎさに背を向けながら着替えていた。

「へえ、結構いいプロポーションしてるわね。可愛いおしり♪」

「ひゃ! や、やめてください!」

 着替えが終わったなぎさが美奈子の背後から忍び寄って軽くお尻を撫でた。美奈子は突然のことにびっくりして、身をよじって逃げようとしたが、それより早く胸を後から鷲掴みのように掴まれた。

「お、結構胸もあるんだ」

「や! やめてくだひゃい!」

 背筋を変なものが走り抜ける感覚に少し腰が落ち、美奈子は必死にもがいたが、身体を密着されていてはそう簡単には逃げられなかった。

「このまだ少し硬い、青い果実みたいなところがまたいいわ。さすがは中学生♪」

「な、なぎささん。も、もう、やめて……」

 背中に押し当てられているなぎさの胸の感触で和久の男の理性は暴走寸前、胸から伝わる感触に男の感覚が困惑混乱。頭の中では上を下へ、男を女への大混乱でオーバーヒート寸前であったが、その前になぎさが体を離した。

「なぎささん?」

 期待していたわけではないが、あまりに突然のことで美奈子は怪訝な声でなぎさに問いかけたが、なぎさは人差し指を立てて唇にあて、「黙って」の合図をし、気配を消して、そっと入り口の方に移動した。

 なぎさはドアのノブに手を軽く添えて、これ見よがしに大きな声で、

「あーら、美奈子ちゃん。感じちゃったの? こんなに濡らしちゃって!」

「な、なぎささん!」

 美奈子は赤面して怒鳴ったが、そんなことは全く意に介さずに、なぎさはドアノブを引っつかんで回し、扉を内側に開いた。それに連れもって、黒い塊が室内へと転がり込んできたが、それを確認する間もなく、扉は閉じられた。なぎさの全身のばねを使って繰り出されたローリングソバットによって。

 あまりの強力な蹴りによって一度閉じた扉が反動で再び開いた向こうには鼻血を流して廊下に倒れている登の姿があった。扉には心理テストで見せられるような形の血痕がついていた。

「オーナー! 覗きはダメだって言ったでしょう!」

「あんまり遅いから様子を見に来ただけだ。だけど、女性の着替えている最中に不躾に入ってはいけないと思ったから、そっと中の様子を伺っていただけだ!」

 鼻をハンカチで押さえながらもオーナーは反論した。それ以外は何処も大丈夫らしい。よく鼻の骨が折れなかったものだと美奈子は変なところに感心した。

「それなら、外からノックして『着替えは済んだか?』とか言うだけで充分でしょうが!」

「それでは男のロマンが……俺の右脇腹の浪漫回路が満足せんのだぁ!」

「バカ野郎!」

 なぎさはなぜかそこにあったサバ缶を投げて、登を見事に撃沈した。

「現役女子中学生を弄ぶなんて滅多にない機会だったんだぞ! しかも、美穂みたいに洗濯板じゃない女子中学生! あたしの青春を返せ!」

(怒りの原点はそこなのか……)

 拳を握り締め、天井を仰ぎ見て心底悔しそうにするなぎさと、廊下にだらしなく横たわる登を見て、美奈子はもはや呆れて物が言えなくなっていた。

「なんだよ、登おじさん、またなぎささんの着替え覗こうとしたのかよ。まったく、ちょっとは進歩しろって」

 美奈子が乾いた笑顔を浮かべていると、登と同じ黒のベストに蝶ネクタイをした少年があきれた声でそう言って部屋の前までやってきた。

「に、西脇……君?」

 美奈子はその少年の名前、和久だった頃よくつるんでいた友人の名前を口にした。

「し、白瀬さん?!」

 少年は部屋の中に美奈子の姿を見つけて、彼女を指差したまま固まっていた。

 団結力がある二年二組といえども男子と女子の間にはやっぱり何かしら隔たりがあり、それに仲良く話などしていようものなら、「お前ら付き合ってるんじゃねーの?」などと茶化しに来る奴が一人や二人は絶対いるので、和久も美奈子になって以来、西脇を始めとする男の友人とあまり会話できずにいた。

 そんなこともあってか、美奈子は毎日学校で会ってはいるが、妙に懐かしさを覚えた。

「どうして、白瀬さんがここに?」

 依然固まったままの西脇が尋ねた。

「理事長先生にここの手伝いを頼まれて……西脇君は?」

「お、おれは、登おじさんの手伝い。登おじさんは俺の叔父になるんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「うん、そうなんだ」

「……」

「……」

 美奈子は、西脇が依然固まったまま瞬き一つせずに自分を凝視していることが不思議に思い、その原因となっているだろう自分の姿を見るために視線を落とした。

 その途端、顔面の毛細血管が精一杯広がり、立っていられなくなるような羞恥心が全身を駆け巡った。自分でも信じられないくらい女の子な悲鳴をあげてその場にうずくまった。

 その悲鳴で西脇の金縛りも解け、理性を取り戻した彼は回れ右すると美奈子に背中を向けて「ごめん!」と謝って、走り去った。その際に登を踏んで行ったが、おそらく、踏んだ方も踏まれた方も憶えていないだろうから、問題になることはないだろう。

 何とか騒動も一段落し、美奈子はなぎさに教えてもらいながら、白いストッキングを履いてガードルに止め、パニエを身に付けドレスを被り、襟に赤いリボンを結び、エプロンを身につけて、髪の毛を纏め上げて、フリルカチューシャを頭につけて、鏡の前で全体をチェックした。

「な、何だか恥ずかしいですね、これ」

 鏡に映る自分の姿に照れながら美奈子は感想を漏らした。

「そのうち慣れるって。よく似合ってて、可愛いわよ。思わず襲いたくなるぐらい」

「やめてくださいね」

「何言ってるの。女同士の戯れじゃない」

「そっちはその気でも、こっちは違うんです」

 確かに元男の美奈子には違った。

「もしかして、その年でもうその道に目覚めたの? そりゃ、本気になられたら、あたしも困る」

「ち、違います!」

「まあ、嗜好は人それぞれだから、がんばりなよ。だけど、あたしは勘弁ね」

「だから違うって!」

「さて、また覗きに来ないうちに行きましょうか」

 美奈子の抗議は無視してなぎさはさっさと休憩室を出て店内へと移動した。美奈子も文句を言いたげにその後を追った。

「おお。美奈子ちゃん、似合ってるじゃないか。なあ、(あきら)?」

 登は鼻にバンソウコウをしてカウンターに立っており、その隣にいた西脇彰に話を振った。

「ああ、……うん……」

 彰は照れているのか下を向いて曖昧な返事を返した。そんなに恥ずかしがられては着ている美奈子の方が余計に恥ずかしくなって、俯いて小さくなって赤面し、小さな声で「ありがと」と返すだけが精一杯だった。

(まさか、西脇の前でこんな格好を晒すとは思ってもいなかった)

 向こうは美奈子が和久とわからなくても自分がそう感じてしまい美奈子は赤面したままであった。

「ほらほら、そんなのじゃ、仕事にならないでしょう? いくらお手伝いでも、これは仕事。仕事は仕事。割り切らなくちゃ。恥ずかしがってちゃ駄目。いい?」

 なぎさは美奈子のお尻を軽く叩いて背筋を伸ばさせると今までにない少しきつめの語気で美奈子に言った。

(そうだった。ここで恥ずかしがって、何も出来なかったら、お給料もらえなくなって、何しに来たのかわからなくなっちゃう)

 美奈子は自分自身のスイッチを切り替えて、気合を入れ直した。

「はい! わかりました」

 決めるまでは時間がかかるが、一度決めたら迷わない美奈子は先ほどとは別人みたいにしゃきっとして、なぎさに返事をした。

「うん、いい表情よ。やっぱり、女の子は切り替えが早いわ。彰君もいつまでも恥ずかしがってちゃ駄目よ。あなたが恥ずかしがると美奈子ちゃんも恥ずかしいんだから」

「う、……うん」

 まだ照れている彰はなぎさにも曖昧な返事を返した。それを聞いてなぎさは美奈子に向かって肩をすくめて苦笑を浮かべて見せた。やっぱり、男の子はだめね、と言いたげに。それに対して、元男の美奈子は苦笑を浮かべるしかなかった。

 その後、美奈子は仕事の手順などを説明されたが、一度で全部覚えられるはずもない。しかし、よく飲み込めていないうちに「習うより慣れろだ!」と実戦投入された。

 そんなわけだから、

「ご注文はトンカツサンド、ハムトースト、焼きそばパン……(中略)……アイスコーヒー3つ。以上でよろしいですね」

「違う違う。アイスコーヒー3つじゃなくて、アイスコーヒー1つにアイスレモンティー2つ」

 など注文を聴き間違ったり、はたまた、

「すいませーん。イタリアンスパゲティーを注文されたお客様はどちら様でしょうか?」

「おねえちゃん! こっち、こっち!」

 などと注文を受けたテーブルを忘れて何処に持っていけばいいのか迷ったり、さらには、

「ご注文はおき……あ! も、申し訳ありません!」

「あ、いいよ、いいよ。服にはかからなかったし」

 パニエで広がったスカートの裾を計算に入れていなかったためにコップを引っ掛けて水をこぼしたり、後は

「ありがとうございます。ブレンドコーヒー2杯で700万円になります……あれ?」

「なんでやねん!」

 と言う風にレジスターの操作を間違って吉本新喜劇的な値段を請求してみたり、他には、お皿を片付けようとして落として割ったり等、数々の失敗を繰り返していった。


「しかし、今日はやたらとお客さんが多いな」

 登はひっきりなしにやってくる客の多さに喜びながらも、何かイベントでもあったかな? と考えをめぐらせていた。もちろん、思いつくものもなかったが。

 そう思っているところへまた扉のベルがカラコロと音を立て開いた。

「いらっしゃいませ! ……って、ヨーコちゃん?!」

 扉をくぐって入ってきたお客さんを見て美奈子は接客にあるまじき素っ頓狂な声を出した。

「あら、美奈子ちゃん?! どうしてこんなところに?」

 来店した庸子に、美奈子はタオルのためにお金を稼いでいることがばれたのではないかなど色々と勘ぐってみたが、どうやら、彼女の方も美奈子がここで働いていることを知らなかったようで、驚いているのを見てとりあえずは胸を撫で下ろした。

「理事長にここの手伝いを頼まれたのよ。それだけ。本当に、それだけの話」

 美奈子はやっぱり嘘をつくのは気が引けて、少し不自然だったが、半分だけ本当のことを言った。

「はあ、そうなんですか。わたくしはおじい様に、可愛い制服の店を取材してくるように頼まれまして。それで、その取材の途中で、『ドジっ娘で可愛いウェートレスさんのいる喫茶店』があるとそこで聞いたものですから、来てみたのですけど……もしかしなくても?」

 そう言ってウェートレスの制服に身を包んだ美奈子を指差した。

「あはははは、確かにドジっ娘ウェートレスさんだったわよ。見せてあげたいぐらい」

 なぎさが豪快に笑いながら美奈子の失敗の数々を庸子に話して聞かせた。

「ああ! そんなことでしたら、もっと早くやって来ればよかったですわ。折角ビデオも持っていましたのに!」

 庸子は心底悔しそうにしてカバンの中からビデオカメラを取り出した。

「ヨ、ヨーコちゃん……」

「そんなに見たいのなら、見れなくもないよ」

 それまで黙っていた登が会話に加わった。

「本当ですか?!」

「うちの防犯ビデオはカラーで音声付♪」

「オ、オーナー!」

「ダビングしてください。お願いします」

「本当はダメなんだけど、誰にも見せないって約束してくれるんならいいよ」

「します! します! わたくし、個人的に楽しめればよいだけですから」

「それじゃあ、やっておくよ」

「きゃあ! やった! ありがとうございます。ダビングできましたら、ここに連絡くだされば、すぐに取りに参ります」

 庸子は普段の落ち着いた雰囲気は何処へやら、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜び、自分の名前と連絡先を書いた紙を登に渡した。その後、庸子のビデオカメラで美奈子の働く姿をひとしきり撮影していた。

「ありがとうございました」

「ご馳走様でした。それじゃあ、美奈子ちゃん。また明日も来ますわ」

「はははは、ありがとう」

 もはや笑うしかない美奈子はちょっと乾いた笑いを浮かべて、うきうきの庸子を見送った。


「ん? キャベツと玉ねぎ、にんじんをそろそろ補充しておかないとダメだな。豆も……オリジナルとブルマンが切れかけてる。美奈子ちゃん、彰、悪いが、裏の倉庫からちょっと取ってきてくれないか? ついでにちょっと休憩してくるといいよ」

 登はお客さんが一段落着いたところで、予定以上の来客で減った物資を補充するために二人を倉庫に派遣した。

「はい。ありがとうございます。いこ、西脇君」

 美奈子は彰を誘って裏手の路地へと出た。エアコンは効いていない屋外、少し気温は高かったが、風があるのでそれほど不快でもなく、人工的な快適な環境よりも少しぐらい快適でなくても、自然の方が好きな美奈子には心地よかった。

「でも、おどろいた……わよ。まさかこんな所で西脇君に会うなんて思ってもみなかった」

「俺もだよ。無茶苦茶びっくりした」

「でも、コーヒー煎れるの上手だね。尊敬しちゃうよ」

 和久の時も知らなかった彰の特技を知って美奈子は尊敬の眼差しを彰に向けた。

「あ、ああ、結構好きだったから小学生の頃から煎れてたんだ。変だろ? コーヒー好きの小、中学生なんて……だから、あんまり、誰にも言ってないんだ」

 彰は照れくさそうにそう言うと頭を掻いて照れ隠しした。

「ううん、そんなことないよ。とっても大人って感じがするよ。それに、わたしは苦いのがあんまり得意じゃないけど、西脇君の煎れたコーヒーはおいしかったよ」

「ありがとう。でも、まだまだ、登おじさんには敵わないけどね」

「向こうは年の功。こっちは若さで勝負しなくっちゃね」

「それもそうだな。……俺、将来、喫茶店のマスターになるのが夢なんだ。何だか地味な夢で恥ずかしいけど」

「そんなことないよ。立派な夢だよ。わたしなんて、何にも将来のこと考えてないから、それに比べたらお釣りがくるほど立派と思うよ」

「そ、そうかな?」

「うん、そうだよ。それに、西脇君なら絶対、いい喫茶店のマスターになれると思うよ。わたしが保証する」

「何だか、そう言ってもらったら、自信が出てきたな。よーし、頑張るぞ!」

「その時はわたしも常連さんになるよ。だから、安くしといてね」

「ああ、もちろん。……あ、それで、あの……」

「あ、もうこんな時間だ!そろそろ、品物もって戻らないとオーナーが怒っちゃうよ」

「……そ、そうだね」

「ん? あ、ごめん。さっき、何か言いかけてた?」

「ううん、なんでもないよ。あ! 倉庫の鍵を持ってくるのを忘れてた。ここで待ってて、取って来るよ」

「うん」

 美奈子は彰が何を言いかけていたのか考えたが、何も思い浮かばずに倉庫の前で一人ボーと待っていた。

「おじょうさん」

「はい?」

 一向に戻ってこない西脇を呼びに行こうか迷っていた美奈子に一人の中年男性が声をかけてきた。四十代前半ぐらいで頭に少し白髪が目立ち始めたが、額の後退はまだ始まっていないが、顔の表面には脂が浮き、こってりとした印象は受けさせる。身長は平均よりも高めだが、少し小太りなためにそれほど高くは見えず、どちらかと言うと太った印象を強く受けた。

「君はそんな格好をして、それは私を誘惑しているのだね?」

「え? なんのことですか?」

 その中年男性は舌なめずりしながら美奈子に近付いてきた。美奈子は生理的嫌悪感で、一歩後退した。

「かまととぶっても無駄です。私には君が私を誘っていることがわかるのです。なぜなら! 私はウェートレスさんが好きなのだから!」

「ちょ、ちょっと! な、なんなんですか!」

 いきなり逝っちゃっている中年男性に美奈子は身の危険を感じ、店の中に逃げ込もうとした。しかし、見た目とは裏腹に中年男性は素早く、美奈子の退路を切断した。

「逃げようとしても無駄です。離れれば離れるほど私に近づいているんです。だって地球は丸いんだもーん」

(ああ! また変なのが! 平穏な日常がぁ!)

 美奈子は、ここは変身するしか、逃れる術はないのかと諦めかけたその時。

「お待ちください!」

「はへ?」

 声のした方を見ると路地に並ぶ五つの影。それぞれ外食産業のフロアースタッフの制服に身を包んだ女性たちが立ち並んでいた。

「にっこり笑って、お客に接し」

「かわいい仕草でお客を魅了」

「些細な失敗、笑顔でカバー」

「お気楽仕事に見えるけど、結構ストレス溜まってます」

「ストレス溜めても笑顔は絶やせぬ過酷な職業」

「そんなウェートレスの守護神! 我ら、ウェートレス五人衆! ここに見参!」

 とっても恥ずかしい自己紹介を終了すると更に恥ずかしい決めのポーズをして、静止。ここで背後に爆発でも起こればまさに特撮戦隊物である。

(ちょっと! 爆発が起きないじゃないの)

(昨日の雨で火薬が湿気ちゃったのよ)

(ああ、もう。外装ケチるから!)

(仕方ないでしょう! 予算少ないんだから!)

(それよりどうするのよ、結構、このポーズ疲れるんだけど)

 誰もいない静かな路地ではひそひそ話もよく聞こえるもので、美奈子は「また、ややこしいのが出てきた」と辟易していた。

「何だね、君達は? 君達は私の邪魔をするのかね? それなら、例え可愛いウェートレス姿といえど容赦はしないよ!」

 美奈子と違ってオヤジの方は、せっかくよいところを邪魔されてずいぶんとご立腹で五人に抗議した。

「まあまあ、そう言わずに、お客様。ご注文は?」

 その抗議によってやっと静止ポーズから開放された五人はホッと一息つきながら、ちょっと卑屈にそう言った。

 これはチャンス!と美奈子は

「助けて!」

 そう言おうとしたが、それよりも先にオヤジが注文してしまった。

「帰ってくれたまえ。以上だ」

「以上でご注文はよろしいでしょうか? それではご注文を繰り返します。『帰ってくれ』一つ。以上でよろしいでしょうか?」

「ああ、早く帰ってくれ」

「かしこまりました」

 五人は一斉に頭を下げるとそのまま帰ろうとした。口々に「今日は楽だったね」「いつもこうだといいんだけど」などと言い合っているところを見ると本当に帰ってしまうらしい。

「ちょ、ちょっと待って! 助けに来てくれたんじゃないの?」

 美奈子はこの際、ワラでも何でもすがりたい気分で五人を呼び止めた。

「でも、お客様のご注文ですし」

 五人のウェートレスは立ち止まって振り返り、その内の一人が困った顔をした。

「この人はお金を払っていないからお客じゃない」

「ああ、なるほど」

 困った顔をしていた女性がぽんと手を打った。

 しかし、オヤジは財布から素早くお金を出して福沢諭吉を五人、扇状に広げて見せた。

「「「「「毎度ありがとうございます」」」」」

 五人の綺麗なハーモニーが路地裏に響いた。

「正義の味方が買収されるな!」

「だって、あなたがお金を払っていないからお客様でないと言うから、こうなったんじゃない。買収じゃないわ。商売よ。あなたも他人ばっかり頼らずに自分の力で何とかするように努力なさい。それが、天があなたに与えた試練です」

 ウェートレス五人衆はそう言い残して、福沢諭吉を連れて立ち去ってしまった。

「さて、邪魔者もいなくなった。五万円も払ったんだ。存分に楽しませてもらうよ」

「わたしは貰ってない!」

「そんなのは君の勝手だ。私が五万円払ったことには変わりはない」

「それこそ、あなたの勝手でしょうが!」

「ああ、そうだ。だから勝手にさせてもらう」

(くそ! また、自分で何とかするしかないのか!)

 美奈子は覚悟を決めて、手にバトンを出現させた。

 赤みの強いピンクが黒へと色を変えつつ、身体のラインにぴったりするものへと変化し、袖が手にそって解け落ちて肘まである長手袋へと姿を変え、白いストッキングが黒いロングブーツになっていた。黒髪が金髪に変わり、今回は纏め上げていたので髪がまとまるシーンはカットされた。

「魔法少女、ラスカル☆ミーナ。悪い心に惹かれて参上です!」

 ミーナは名乗りとポーズを決めた。そこまでして、ミーナははっと我に返った。

(し、しまった! 芽衣美ちゃんに無理矢理、練習させられた登場シーンを無意識にやっちゃった!)

 ポーズのまま固まっているミーナ。事態についていけず硬直するオヤジ。間抜けな一幅の絵画が路地裏に展示公開されていたが、すぐにそれは取り払われた。

「き、きみはなんだ! 何処から湧いて出た! 私の、私のウェートレスさんを返せ!」

 幼児のように手をぐるぐる回しながらオヤジはミーナに襲い掛かってきた。

「だ、誰がお前のものだ! いっぺん自分がセクハラされろ!」

 ミーナは襲い掛かってくるオヤジに、バトンに力を込め、ハリセンにすると、光の軌跡を残しながらカウンター気味に叩き飛ばした。

 オヤジの背広がショッキングピンクの色に変わったかと思うとエプロンドレスへと変化して、頭にフリルカチューシャが生えると、メイド型ウェートレス変態オヤジバージョンが出来上がり、そこから一気に、髪の毛が淡いピンクに変色すると腰まで伸びて、腕はか細く、脚は滑らかに、首は細く、顔は小さく、瞳は大きく、唇は柔らかく、鼻は愛らしく、頬はふっくら、胸は膨らみ、腰はくびれ、お尻は丸く愛らしいウェートレス少女の姿に変身した。もちろん、片手にお盆とコップ、反対の手にはお冷のポットが握られていた。

「やった! 成功よ!」

 思わぬ方向から歓声が上がってミーナはそっちを振り向くと、そこには先ほど風のように現れて、オヤジから五万円を掠め取って去って行ったウェートレス五人衆の姿があった。

「ありがとうございますぅ、スカイチーフ」

 ウェートレスオヤジはちょっと舌足らずなソプラノボイスでそう答えた。

「なかなかよくってよ、広沢」

「これも全部、ロイヤルチーフの計画が完璧だったおかげですぅ」

「ふふふ、でも、まだこれは第一段階。これからが本当の勝負よ」

「わかってますですぅ、フジチーフ」

「今回は上手くいきそうですね、グランドマネージャー」

「当然よ。今回はいつもと元手が違うもの」

「当然ですぅ。私たちの理想は全人類総ウェートレスさん化。その理想が叶うためにはいくらつぎ込んでも惜しくはないですぅ」

「それじゃあ、第二段階作戦はわかっているわね?」

「もちろんですぅ、マクドチーフ」

「それじゃあ、ウェートレス広沢! 発進!」

「広沢、行きまーす!」

 ウェートレス広沢は路地からカタパルト発進されるかのごとくダッシュで表通りに駆け出して行った。五人衆もその後を追うように路地を後にし、その一人のポケットから封筒がひらりと舞い落ちた。

 事態がまったく飲み込めずに一人置いてけぼりを食らっていたミーナが、とりあえず、その封筒を拾い上げて、どうやら何かのダイレクトメールのようだが、既に開封されているその中身を取り出して広げた。

「え?えーと……『全日本ウェートレスマニア振興協会御中

 草木も深緑を増す……(前略)……さて、この度、当研究所ではあなた方の計画をより現実的に実行するためのお手伝いをするサービスを開始いたしました。どんなことでもさせられる悪の魔法少女を破格の値段でレンタルいたします。

 悪の魔法少女? 我々は正義と真理の使者だ。そんな者の手は借りない。そう仰るところもあるかと思いますが、悪の魔法少女なのですから、どんなに利用してポイ捨てしても、まったく良心の呵責を感じる必要はありませんし、正義と真理を実行するために利用されたのなら、悪の魔法少女も少しは世間の役に立つというもの。それに、正義のためなら多少の手段は正当化されます。

 しかも、悪の魔法少女といえども、まだ子供。手玉にとるぐらいは他愛もありません。もし、計画に万全を尽くしたいと言うことでしたら、こちらで作戦立案もいたします。お気軽にご相談ください。

 この機会にあなた方の夢を実現してみませんか?

暗黒魔法少女 ラスカル☆ミーナ 主な能力:

他人を伝染性変身させられる。もしくは限定変身魔法の使えるようにさせられる。

連絡先 暗黒魔法少女研究所……所長 マコト』って、これって?真琴お姉さまの仕業?! ……どうあっても平穏な毎日を送らせてくれないのか……くそ!」

 だって、じーとしてたら全然事件とか起こしてくれそうにないんだもの。そう言う声が聞こえてきそうだが、ミーナはダイレクトメールを握りつぶして、その場に捨てると表通りへと急いだ。

(とにかく! 騒動が大きくならないうちに、あの広沢とかいうオヤジの魔法を解いてしまおう)

 そうミーナはウェートレス広沢達の後を追ったが、それは少し遅すぎたようだった。彼女が表通りに着いた時には既に通りはウェートレスでごった返していた。

「いらっしゃいませぇ」

「なんだね、きみは? 店に入った覚えはないよ」

「まあ、そう言わずに。お水は如何ですか?」

「いや、結構だ」

「ええ?! 飲んでくれないんですかぁ? ぐすっ……エリカの、エリカの接客が悪いからなんですね……」

「い、いや、そんなことは……わ、わかった。水を飲むだけでいいんだね。飲むから、泣かないでくれ」

 そうして、中年サラリーマンは水を飲むとくるくる巻き毛の可愛いウェートレスさんに変身してしまった。

「さあ、新しいお客様をゲットするのよ」

「はい、お姉さま」

 こうして、次々とウェートレス化が進んでいく。しかも、飲ませなくても水をかぶせるだけでも効果があるらしく、派手に転んで、ターゲットに水をぶっ掛けて変身させているウェートレスもちらほらいた。

 通りは状況を飲み込めずに右往左往する人と、騒ぎを見に集まってきた野次馬達で混乱を極めていた。

「くそ! これじゃあ、どれがウェートレス広沢かわからないじゃないか!」

 人が多い上にコスチュームは統一性がなく、種類は千差万別である。ミーナはそれでも何とかウェートレス広沢を捕捉しようと周囲を見渡して探した。

「すごいすごい! 見る見る人がウェートレスさんに!」

「このペースで行けば、『全人類ウェートレス化計画』なんてすぐに達成してしまいますね」

「ああ! ついに長年の夢が適う時が来たのね」

 歩道の花壇の上に仁王立ちするウェートレス五人衆を見つけたのはそんな時だった。

(あいつらを人質にとって、おびき出すしかないか?)

 ミーナは最も効率のよい作戦を思いついたが、何だか考えることが悪役じみてきた自分に嫌気を感じて、実行しようかどうか逡巡していると、

「人の迷惑顧みぬキャッチセールスお断り! 無理矢理人を変身させる悪逆非道のその蛮行! 黙って見過ごしてなんかいられない!」

 聞き覚えのある声と口調がミーナの耳に響き、そちらの方を振り返ると、円柱型ポストの上に見覚えある派手な衣装に身を包む少女が立っているのを見つけ、ミーナは目眩を覚えた。

「愛と正義と良心の魔法少女、ファンシー・リリー! オーダー無しでも即参上!」

 リリーはポーズをとろうとしたが、ポストの上ではバランスが悪いので上半身のみの中途半端な格好でかなり不細工なものだった。

「正義の魔法少女? なんでそんなのが出てくるのよ?」

 ウェートレス五人衆は口々に帰れコールをリリーに浴びせた。

「世の中全員ウェートレスになったら、一体誰に給仕するのよ! 世の中全員失業者にするつもり?」

(いや、それもそうだが、それ以前の問題だろう?)

 ミーナは心の中で突っ込みながらも、ここで出て行こうかどうかタイミングを計っていた。

「う、うるさいわね! そんなのはなってから考えればいいのよ!」

「無計画この上ないわね!」

 リリーに言われたらお仕舞いなような気がしたが、無計画なのは確かだった。

「その点、私なんかは作戦ばっちり! 大元の変身したウェートレスがどれかわからないように隠しているようだけど、そんなことは無駄よ!」

 リリーはそう言って、バトンを振って雷撃を加えた。攻撃目標はウェートレス五人衆の一人。

「な、なにするのよ!」

 ロイヤルチーフと呼ばれていた女性が雷撃で黒焦げになって倒れて、足の先を痙攣させていた。当然と言える抗議が四人になった五人衆からリリーに浴びせられたが、リリーはそれを無視して、周りのウェートレスに向かって大声で呼びかけた。

「さあ! 最初に変身させられたウェートレスさん! 早く出て来ないと大事な幹部の人たちが黒焦げになるわよ!」

「せ、正義の味方が脅迫するな!」

「正義のためなら多少の手段は正当化されるのよ♪」

 リリーはバトンを振って更に一人、今度はスカイチーフと呼ばれていた女性を屠った。三人になった五人衆は顔面蒼白、戦々恐々であったが、その一人、マクドチーフが思い出したように口を開いた。

「そうだ、私たちにはラスカル☆ミーナがいたんだ! ラスカル☆ミーナ! でてきて、あの無茶苦茶な魔法少女をやっつけちゃいなさい!」

 その途端、全員の視線がミーナに集中した。群集の中でよく見つけられたものだと思ったが、周りは全員ウェートレス姿。それ以外の服装をしているミーナを見つけることなど他愛もないことだった。

「ラスカル☆ミーナ! また、あなたの仕業なのね!」

「仕業というか、なんと言うか……」

 ミーナはしどろもどろでなんと答えていいか迷っていた。

「言い訳無用! この間の崖から落とされた分も含めてきっちり借りは清算させてもらうわよ!」

「そ、それはわたしじゃない!」

「問答無用! 行くわよ! ウッちゃん! 準備オッケー?」

「もちろんだよ、リリー」

 ぬいぐるみ犬のウッちゃんは大きな耳を奇妙に丸めて耳に入れていた。絵的にはかなり変であるが、妙に自信満々である。

「ふふふ、喰らいなさい! 新必殺技! 広域魔法『爪黒板』!」

 そう言うとリリーはポシェットの中から黒板を取り出してそれに爪を立てて思いっきり引っ掻いた。

 魔法によって増幅させられたその音が周囲の人間の鼓膜を震わせて、神経を障りまくった。耳を塞いで逃げようとする者、力が抜けてその場でうずくまる者、希にだが、恍惚としているものもいた。

 ミーナも決して例外でなく、両手で耳を押さえて、眉間にしわを寄せた。背筋が気持ち悪く、全身が粟立ち、腰が落ちるのを何とか我慢していたが、大音量で響くあの音にいつまで耐えられるか自信はなかった。

「ふふ、効いている。効いている。どんどん行くわよ!」

 ウッちゃんに耳を塞いでもらっているリリーは音の影響を受けずに心行くまで黒板を引っ掻き回した。

 攻撃しようにも両手を耳から離せば、その途端、力が抜けてその場にへたり込みそうで怖くて離せない。

(そうなると、足技か……でも、この格好で蹴るのは……パンツが丸見えになるから、いやだなぁ)

 それでなくても、今回は下着姿を二度も晒しているのでミーナもさすがに躊躇った。

 二度あることは三度ある。行け! ラスカル☆ミーナ! みんなのために。大丈夫! 文章だから見えやしないさ。想像されるだけだって。

 何処からともなく、そんな声が聞こえてきそうだが、それはさて置いても、このまま手をこまねいて負けてしまったら、「手抜き」になってしまうかも知れず、どうしようかミーナは心の中で葛藤を続けていた。

 葛藤を続けているミーナの肩をぽんぽんと誰かが叩いた。彼女が後を振り返るとそこには猫耳メイド姿の芽衣美、マイティー・メイが平然と立っていた。

『ミーナおねえちゃん。助けに来たよ』

 テレパシー領域も不快音で満たされているのでテレパシーも使えず、落書き帖に筆談でメイが呼びかけた。

『何で平気なの? 耳が四つもあるのに』

 落書き帖とペンを受け取り、ミーナは耳を塞いだまま器用にそう書いた。

『耳栓してるからだよ』

 メイが黄色いスポンジのようなものを取り出してミーナの耳に入れてあげた。

『なるほど。これでひらめちゃんの歌も……じゃなかった、両手が自由に使えるわ』

『それじゃあ、ぱぱっと済ましちゃおうよ。今日の晩御飯は鮭のホイル包み焼きだよ』

 リリーは自分の技に陶酔して周りを見ていない。ウッちゃんがメイの出現に気がついてリリーに注意を喚起しているが、耳を塞がれていては聞こえない。テレパシーも使えないので、気が付くわけがなかった。

 すたすたと近付いてくるミーナとメイにウッちゃんは一人恐怖していた。

 残り20メートル。リリーは快調に黒板を引っ掻いている。

 残り15メートル。ウッちゃんの顔が青ざめてくる。

 残り10メートル。リリーはシンフォニーホールで独奏するヴァイオリニストのように恍惚と自分の世界へと入っていた。

 残り5メートル。ウッちゃんはついに意を決して、リリーの耳を塞いでいる手を離して、リリーに警告した。

「リリー! ミーナとメイが近付いてきてるよ! 目を覚まして!」

 しかし、突然、音源の一番間近でダイレクトにその不快音を聞かされたリリーは警告を理解するよりも早く、その音に精神の奥まで侵食されてその場にへたり込んでしまった。

「リ、リリー!」

 ウッちゃんは自分の行動の間違いに気がついたが、既にその時は遅く、アッパースイングで繰り出されるミーナのバトンによってリリーはお星様へと変わっていた。

「リリー! ミ、ミーナ! 無抵抗の人間を攻撃するなんてひどすぎるぞ! ジュネーブ協定で訴えてやる!」

 ウッちゃんは遠くできらりと光るリリーを追いかけて全速力で追いかけた。余裕はないはずなのに捨て台詞は忘れないところが律儀であった。

『さて、それじゃあ、ウェートレス広沢を探すとしましょうか』

『ミーナおねえちゃん。もう、耳栓外せば?』

「あ、そうだった」

「ところで、ウェートレス広沢って誰?」

「周りの人たちをウェートレスに変えた元凶。そいつの魔法を解けば全員元に戻るから、メイちゃんも一緒に探して」

「周りの人って、全員普通の人だよ」

「へ?」

 リリーに気を取られていて周囲を見ていなかったが、道で脱力しているのは普通の格好の人ばかりでウェートレスなど一人もいない。

「くそ! 広沢があの音に弱いことを知って仕掛けてくるとは、ファンシー・リリー! やるわね。今日は一時撤退よ!」

 グランドマネージャーが正体を無くしてヘロヘロになって、元の中年男性に戻っている広沢を引きずって、他の二人が黒焦げの二人を背負って徒歩で撤退して行った。

「やっぱり、車ないと辛いですね、グランドマネージャー」

「今回の費用にうっぱらったから我慢しなさい」

「貧乏は辛いですね」

「言うな! モットーは欲しがりません、勝つまではでしょう?」

「何だか悲しいですね、それ」

 夕日に向かって撤退していく全日本ウェートレスマニア振興協会の全構成員はミーナが追い討ちをかけるのも躊躇うほど、哀愁に満ちていた。

 こうして、喫茶『じぱんぐ』前ウェートレス騒乱事件は収拾した。

 この事件がきっかけとなり、毎年、事件のあったこの場所でウェートレスカーニバルが開かれるようになったのはあまりにも有名な話であり、これは後世の歴史家も認める全日本ウェートレスマニア振興協会の功績だが、それが語られるのはまだ少し先の話であった。


続く


次回予告!

漆黒の闇に咲く一輪の赤い薔薇。血のように赤く美しく、その美しさに惹かれた者はその刺の犠牲となる。

悪の組織の紅一点。無意味な高笑いも高露出も高飛車もあなただったら全てオッケー。

毒々しいコスチュームに身を包む、残忍非常な情熱家。

次回、第5話! なんたって女幹部!!

お楽しみに!



 お楽しみいただけましたでしょうか?

 接客業って大変ですよね。同じ店で同じマニュアルなのに、できる人とできない人の差がありありと出てくる。その差は、ほんのささいな差なんですけどね。

 それでは、また来週、金曜日の24時に。

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