修正前
59.また会う日まで―See you again―
ある病院の一室、心電図の音だけが室内に響き渡る。
「…………」
俺は、ベッドで横たわる御霊を横目で見つめ、寝ている彼女に話しかける様に呟いた。
「御霊、今日はお前に話があって来た」
俺は、少しだけ間を置いて、次の事を口にした。
「俺な、この街出る事にした……やらなきゃいけない事があるから……」
それは、皆が側にいると出来ない事だ。
「他の奴には、言ってない……雅と亮は、知ってるけどな」
しばらく、雅の家で厄介になる事になったし……
「お前の事は、亮の知り合いが定期的に様子を見に来てくれるそうだ……感謝しないとな」
この街に住んでる女性らしいが……梓ではないらしい、あいつの女好きもたまには役に立つものだ。
「いつ帰るかは、まだ決めてない……最も、帰れる保障なんてないんだけど」
あの黒い刃の男と決着を着けるまでは、帰ってこれないだろうしな……
「でも、約束する……お前が目覚めた時は、必ず顔を出すって」
それくらいしないと後で、何されるか分かったもんじゃないしな……
「それじゃあ、そろそろ行かないと……電車の時間に間に合わなくなるからな……」
俺は、時計を確認し、他に寄る所があるので早めに病室を後にする。
「御霊、……またな」
別れ際、静かに眠る御霊の顔を目に焼きつけ、決して忘れない様頭に記憶させる。
俺は、家に戻り荷物を担いで外に出た。
寄る所というのは、いつも一緒に行動していた三人の所だ。
最後にもう一度だけ顔を拝みたくなった……ただそれだけなのだが……
最初に家が隣である日向の家に訪問したが、残念な事に彼女は留守だった。
日向の祖母に帰ってきたら手紙を渡してくれる様頼み、俺は日向の家を後にした。
次は、木葉の家……奴は、旅行の後、はしゃぎ過ぎたのか風邪をこじらせ寝込んでいるのだ。
俺は、見舞いも兼ねて彼女の家を訪れた。
「……どちら様ですか?」
俺が彼女の家を訪ねると木葉の奴は、パジャマ姿で出迎えてくれた。
「よ、どうやら馬鹿は風邪引かないってのは嘘らしいな」
俺は、悪戯顔でそう呟き、手土産であるコンビニの袋を見せてやる。
「せ、先輩っ!? ま、待ってください! 今、きがえ――」
木葉は、パジャマ姿が恥ずかしかったのか、慌てて中へ戻ろうとドアを閉めるが……
「ごほっ、ごほっ」
興奮したせいか、咳き込みその場で気分が悪そうに顔を俯かせた。
「おい、無茶すんなっての……お前は寝てろ、俺は寝たままで良いから」
俺は、彼女を無理矢理家に入れ、寝ていた布団に戻らせる。
「うぅ、かたじけないです……」
お前は、いつの時代の人間だ……
「まさか先輩が見舞いに来てくれるとは、思っていませんでした……」
俺も本当なら、見舞いくらいじゃ来ないんだけどな……今回は、特別だ……
「まぁ、あの時深夜に探し回るの許可したの俺だしな……それで責任感じた訳だ」
俺は、木葉の寝ている横で用意されていた林檎の皮を剥いてやる。
「別に気にしなくても良いんですけどねぇ……でも、嬉しい……かな」
木葉は、照れた様に布団に包まり、その隙間から俺を覗いている。
「その様子だと夏休み明けには、元気になってそうだな……安心したぞ」
学校初日から休むなんて、洒落にならんしな……
「はい、また皆で大騒ぎ出来ますよー!」
…………。
「ほら、出来た……喰え」
俺は、喰えるサイズに切り分けた林檎を木葉に差し出した。
「へへ、ありがとうございます」
それを嬉しそうに頬張る彼女の姿を見て、俺は一瞬気に迷いが生じる。
だから、俺はそれを見ない様に顔を伏せながら、用意していた手紙を彼女に渡した。
「ん……何ですか、これ?」
木葉は、その手紙を不思議そうに見つめている。
「俺がお前に書いた手紙だ……だけど、今開けるのは禁止だ……明日の朝、気が付いた時にでも開けてくれ」
開けたそうにしている木葉から、手紙を取り上げ近くの机に置いておく……
「分かった、先輩はまた何か企んでるんですね……? でも、今の私はそう簡単には驚いたりしませんよー?」
驚くか驚かないかは、知らないが……読んだら、多分お前は怒るだろうな……
「伝える事は、伝えた……そんじゃ俺は、他に行く所があるから……」
俺は、木葉を見下ろす形で立ち上がり、そう彼女に告げる。
「え、もう行っちゃうんですか……? もうちょっとゆっくり……」
……これ以上、ここに留まれば決断が鈍る可能性だってある……木葉のその申し出は、聞けそうになかった。
「別に、夏休み明けには嫌でも顔を合わせるんだ……そん時で良いだろ?」
納得がいかないという表情で木葉は、こちらに視線を送ってくるが俺は別れの挨拶を済ませ、彼女の部屋を出た。
そして、靴を履き終えると俺は彼女の家を後にする……。
立ち去る瞬間、少しだけ彼女の部屋の窓を見つめ、今までの事を思い出す様に目を閉じた。
その時、玄関の方から声がした。
「先輩!」
それは、部屋から必死に走ってきたのか息を切らせた木葉だった。
「……お前、寝てろって言っただろ? 風邪が悪化したら、どうする――」
だが、俺のその言葉を言い終える前に、木葉から告げられた言葉で俺は言葉を失った。
「卒業式……絶対出てくださいよ! 約束してください!」
俺は、その彼女の問いに黙って顔を上下に動かし、その場を去った。
それは頷いたのではなく、言葉を失い……顔を俯かせた動作に過ぎない……
俺は、彼女に何度も謝りながら誰もいない歩道を歩いた……。
次に向かった場所は、以前縫い物をしている日向と遭遇した公園……
俺は、そこに目的の人物に昨日の夜、電話で来てくれる様頼み、待ち合わせ場所にしたのだ。
公園に足を踏み入れるとすぐに彼女がやって来ているのが分かった……。
なぜなら、前々から何度かお世話になっている馴染みの鴉がこちらに飛んできたからだ。
そして、警戒する事もなく俺の肩へ止まる。
「ストーカー騒動の時とか、夏祭りの時とか……お前には、結構お世話になったな」
俺は、ポケットに入れていたお菓子をその鴉に与え、公園内のベンチを目指した。
「あ、豊さん……お待ちしてました」
目的のベンチには、予想通り鴉達に囲まれた霧の姿があった。
「遅れて悪かったな……呼び出したの俺なのに」
俺は、そう頭を下げながら、霧の横に座る。
「い、いえ、私も今来た所なんですよ……だから、全然平気です」
この分だと待ち合わせ時間より先に来た可能性大だな……悪い事をした。
「それで今日は、どうしたんですか? 昨日の夜、突然電話があってびっくりしましたよ」
まぁ、夜中いきなり明日会えないか? なんて聞かれたら、驚くのは当然か……
「いや、別に深い意味はないんだけどな……今日は、これをお前に渡したくて呼んだんだ」
俺は、先程木葉に渡したのと同じ手紙を霧に手渡す……
「手紙……ですか? 豊さんが、私宛に?」
やはり、霧も木葉と同じ様に不思議そうな顔をしている。
「あぁ、でも今開けるのは禁止だ、明日の朝……気が付いたら、開けてくれ……大した内容じゃないしな」
そして、木葉に伝えた事と同じ事を彼女に伝える。
「……? 意味が良く分かりませんが……了解です、あ、そうだ! 私も豊さんに渡すものがあるんですよ!」
そう言って霧は、持っていたバックから可愛らしい紙袋を取り出した。
「豊さん、はい、これ」
そう言って霧は、笑顔でそれを俺に手渡してくる。
「ん、ありがとう……甘い匂い? 何かのお菓子か?」
俺は、その紙袋から匂う美味しそうな匂いに腹の虫が鳴りそうになる。
「そうです……私が焼いたクッキー、良くこの子達の為に作るんですけど……今日は、豊さんにあげようと思って」
……有難い、行きの電車の中で食べるとしよう
俺は、誘惑に負け、一個だけ紙袋から中身を取り出し、口に放り込んだ。
「美味い……」
俺が素直にそう感想を述べると霧は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「夏も……もう終わりですね……」
その後、二人でしばらく周りから聞こえる鈴虫の声に耳を傾ける。
「そうだな……」
隣で目を閉じている霧に習うように、俺も瞳を閉じた。
もし、俺が祓魔師の資格がなく本当に普通の人間だったとしたら……
彼女と知り合う事は、なかったんだろうな……そう思った。
だから、今の自分を受け入れよう……拒絶すれば、彼女との出会いも汚す事になるのだから……
別れ際、肩に乗っていた鴉を霧の元へ戻し、彼女に視線を送る……。
「それじゃあ、霧……また新学期に……な」
俺は、表情を読まれない様に顔を俯かせ、そう別れの挨拶をする。
すると、霧は突然俺の手を掴み、自分の胸元へとそれを置いた。
「……あの日、豊さんに伝えた事……あれに嘘偽りは、ありません」
霧は、優しそうに微笑み、傷心する俺の心を癒す……
「……例え、どんな事があっても私は、豊さんから返事を頂ける時まで待っているつもりです……」
彼女の瞳から、伝わる思いが……それを真実だと物語っている。
「だから、いつか……気が向いた時にでも……返事をください」
もし、全てが片付いて……ここに戻る機会があるのなら、俺は必ず彼女に自分の気持ちを伝えよう……それが想われた者の義務だ。
「豊さん……また会いましょう」
その彼女の言葉と共に、俺はその場所を後にした。
俺は、手にしている腕時計で時間を目にし、電車の出発時刻を確認する。
日向に挨拶出来なかったせいか、予定より一時間近く空きが出来てしまった。
「まぁ、駅前で座って待つか……」
俺は、その考えに至り、そのまま駅前へ歩を進ませる……。
線路の横にある歩道を俺は、無言のまま歩いた。
普段から、そこは人通りがないせいか……周りには人影が一切見当たらない……
それは、誰もいない世界に迷い込んだ様な……そんな不思議な感覚だった。
でも、そこには人がいた……。
それは、いつからここにいたのか……俺がここを通るのを知っていたのか……
とりあえず、馬鹿な奴……それしか頭に浮かばなかった。
「よぉ、何やってんだ……こんな所一人で?」
俺は、目の前の彼女に近づき、そう質問を投げかける。
「別に……」
素直じゃない彼女は、近づく俺にそっぽを向き、強引に何かを手渡してきた。
「何だよ……これ?」
良く見るとそれは、以前必死に彼女が編んでいた赤いマフラーだった……。
それは、相変わらず所々穴だらけで……初めて裁縫やりましたってのが、一発で分かる程だった。
「そうか、お前が話していた転校生って俺だったのか……はは」
あの時、俺はゲームかフィギュアじゃないと嬉しくないって思ってたけど……
いざ貰う立場になると……なんかな……こんなんでも嬉しいって思えちまう……
「ありがとな、……やっぱ、お前にはお見通しだったか」
俺は、苦笑いを浮かべながら、彼女に視線を送った。
「当たり前よ、あんたとは……一番付き合い長いんだから」
そう……だったな、一年しか経ってないのに……長年一緒に過ごしてきた……そういう錯覚に襲われる。
「私ね、初めて会った時からあんたは、いつかこうなるんじゃないか……って思ってた」
…………。
「あの時のあんたは、嫌なもの全てを投げ出して逃げてきた……そんな私と同じ目をしてたから」
こいつも……両親の事で、色々あったみたいだしな……
「そして、御霊が街を出た翌日……あんたの目を見て、確信したわ……あぁ、こいつは全てを受け入れる事にしたんだなって」
こいつ、考えてない様に見えて結構色々考えてたんだな……
「だから、私も受け入れる事にしたんだ……これから起こる全ての事を……」
こいつは、知っているんだろうか? 記憶が消え去ってしまう事も……
「私達は、大丈夫……あんたがいなくたって、今まで通り楽しくやれるわ」
……そうだな、お前らなら全然平気だと俺も思うよ
「でも、あんたがどこに行って、何をするのかなんて知らないけど……」
しばらく、雅の所で面倒見てもらう事になったけどな……
「ここは、確かにあんたと私達が過ごした街……また逃げ出したくなったら、いつでも戻ってきなさい」
ただ逃げる為に住んでた街だった……自分の命を失わない為に来た街だった……
だけど、自分でも自覚がない内に……守りたい街……帰りたい場所になっていたんだな……
「いや、今度はもう逃げ出さねぇさ……前の俺みたいな事には、絶対にならねぇ」
俺は、決意を込めた眼差しで日向を見つめる。
「……そっか、私も……その内、あんたみたいに強くなれたら……良いな」
日向と両親の間に出来た溝は、まだ埋まってない様だ。
「今度戻ってくる時は、全てを終わらせて堂々と胸張って学生生活を送れる様になった時だ」
そして、それは必ず実現させてみせる……俺と雅、亮の三人で……
「なら、卒業式までには顔出しなさいよ? 流石に留年してまで、待つつもりはないからね?」
そんな日向の冗談で、互いに笑みがこぼれる。
だが、そんな時間がずっと続く訳がなく……予定する時刻まで、後僅かとなった。
「それじゃ、俺……行くから」
そう言って荷物を担ぐと立ち止まっている日向とすれ違いながら、前へと進む。
「さよなら……日向」
俺は、彼女とすれ違う時、そう別れの挨拶を済ませる……。
「馬鹿ね……そんなの私達らしくないでしょ?」
その日向の言葉を聞き、俺は苦笑し、言い直す事にする。
「またな……日向」
それは、再会を約束する言葉……
「またね……豊」
次会った時、彼女が俺を覚えているはずがないのに……
俺は、それを振り払う様に、首を振り、早足で駅前へと向かった。
そこには、既に荷物をまとめた雅と亮の姿があった。
「約束通り……来たわね、合格」
雅は、上機嫌にそう言うと俺に微笑んだ。
「さぁ、そろそろ電車が来ますよ……行きましょうか?」
俺と雅は、その亮の提案に頷き、三人で駅のホームへと入る。
電車を待つ間、不意に横にいた雅が俺に話しかけてきた。
「ちゃんと……お別れ出来た?」
こいつは、こいつなりに俺の事心配してくれてるんだな……
「……あぁ、結局街を出る事は伝えられなかったけど……これで良いんだ」
そう、これで良い……そう思わないと、また気の迷いが生じてしまうから……
「梓に頼んで彼女達の記憶の操作をさせるつもりです……もう彼女達が、危ない事に巻き込まれる可能性は低いでしょう」
亮のその発言で俺は、少しだけ不安が晴れた。
そして、電車が着き俺達は、中へと乗り込む……。
俺は、窓際の席から見納めにと町並みを見続けた……。
その瞬間、電車は動き出し……町並みは段々遠ざかって行く……
しかし、先程日向と話した場所に差し掛かった時……俺は、見た。
日向の奴は、まだ同じ場所に立っていた……そして、こちらにずっと視線を向けている。
何かを言われた気がした……多分、頑張れ……だったと思う……
あぁ……俺は、頑張るさ……またこの街に戻ってくる為に……
その日、俺は住み慣れた街を離れ、新たな地へと旅立った。
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