それが、僕の夢。
※『願うのは、ただ一つ』、『求めるのは、ただ一人』のディークの兄の息子目線。
自分の家のおかしさに気付いたのはいつの事だったか。
違和感は、昔から少しはあった。それでも昔の僕はまだ家族の事、好きだった。それがいつしか嫌悪に変わったのはいつだったか。
考えてみれば、そう、あれは僕が10歳になった夏の日からだ。
その年は、魔物の繁殖期だった。
たまたま遠出に出かけて居た僕の乗っていた馬車は魔物に囲まれた。公爵家の子息の僕には当たり前に護衛が居た。だけれども護衛ではどうしようもないほどの存在が、まぎれてた。
それは、ドラゴン。
僕の体の何倍もの大きさを持つドラゴンが、居たのだ。それはまだ子供だったと後から聞いたけれども、子供のドラゴンだろうとも充分な脅威だった。
僕を守ろうと体を張った護衛が、ドラゴンの巨大な体に蹴散らされて行った。
馬車の中に居た僕はただ震えていた。情けないのはわかってたけれども、恐怖で動けなかった。
死を覚悟した。
だけど、そんな中であの人達が現れた。
それはまだ若い、二人の男女だった。
一人は赤髪の男。彼は長剣を手に、ドラゴンに向かっていった。ふと見えたその顔が、妙に父上に似ていて僕は驚いた。
もう一人は、茶色の髪の背の低い女。彼女は長剣と魔法の両方を使って、ドラゴンを追い詰めていった。
―――――僕の家の雇った護衛が手も足も出なかった存在は、たった二人の強者によって蹴散らされた。
僕はその戦い様に魅了された。その強さに、目を惹かれた。その戦いが脳内に焼きついた。
「大丈夫か?」
と、戦いの後に問いかけたその人は僕の顔を見て酷く驚いていたようだった。
その後、君はアブルスト家と関わりがあるか聞かれた。素直に当主の次男だと答えれば、男の人の目は何処か苦しそうに揺れた。どうしてなのか、わからなかった。
「ディー、関わりたくないなら私だけでこの子を安全な所まで連れていくけれど…」
「…大丈夫だよ、ミーナさん」
その会話の意味は、僕にはわからなかった。ただ男の人が『ディー』で、女の人が『ミーナ』という名前であることが頭に残った。
後から知った。僕を助けた二人がギルドでも有名な二人組なのだという事を。もう十五年近くギルドで働いている魔物討伐のプロであるらしい。繁殖期において最も魔物を討伐したとされる二人でもあるという。
そして家に帰って、自分を助けてくれた『ディー』さんと『ミーナ』さんの話を家族にしてから、その時初めて自身を助けてくれた『ディー』さん―――本名、ディーク・アブルストが僕の叔父なのだと知った。
************************
そもそも、僕は叔父―――父さんの弟はルイスさんだと思いこんでた。当主の兄弟であるならば、この家に住んでいてもおかしくないからだ。貴族の兄弟が結婚しても働きもせずに身内の世話になるなんてよくある話だった。
ルイスさん――僕が叔父と呼んでいたその人はお爺様とお婆様にとって息子だからこそ、父上にとって弟だからこそ、家に置いているんだと思ってた。
だけど、聞いてみれば叔父はお爺様の兄の息子らしい。十四の時にこの家に住みついてからずっと此処に家族のように住んでいたのだと言う。
僕が叔父を叔父だと勘違いしていたのは、父上達が誰も本当の叔父であるディーク・アブルストについて欠片も話さなかったからだ。まるで存在そのものが抹消されたかのように、彼らはディーク・アブルストのことを気にしていなかった。
兄上も、それをその時初めてしった。驚いていた。僕はディーさんに助けられたから、彼について知りたくて聞いた。そうして何故ディーさんが此処に居ないのか聞いて兄上と共に驚いたのをよく覚えてる。
『だって、あの子、ルイスを嫌いなんていったのよ』
いつも優しいお婆様はそう口にして、醜くその顔を歪めた、
『勝手に居なくなってルイスを心配させた揚句、優しいルイスにそのような事をいった奴など息子ではない』
貫禄に満ちた自慢のお爺様はそんな風にいって、嫌悪の表情を浮かべた。
『あんな奴勘当されて当然だ。ルイスを傷つけたのだからな。全くルイスがこんなに優しいというのに、ルイスを嫌いなどと…』
憧れだった父上は、自身の弟を酷くこき下ろした。
『そうね。私はあったことはないけれども、あんなに優しいルイスくんを嫌うなんて此処にいなくてせいせいするわ。そんな子が義弟になるなんて嫌だもの』
大好きな母上は、そんな風に心の底から安堵しているという様子で笑った。
『そうね。うちにはルイスだけ居ればいいのよ。ルイスを嫌う人間なんていなくていいんだわ』
叔母さんは、本心からの言葉とわかるような笑みを浮かべてそういった。
――――そして叔父は、
『もう、そんな事言うなよ。ディークにだって何か事情があったんだと思う…。俺がディークに何かしてしまったのかもしれないし…』
などと悲しそうに口にした。
悲しそうに口を開いた叔父。それを見て、僕の家族は異常なほどに反応して、叔父に見えない所でディーさんを罵った。
――――悲しませるなんてと。こんなに優しいルイスを嫌うなんて。本当に信じられない。あんな奴勘当して当然だわ。いなくてせいせいする。何でまだ生きてるのかしら。ルイスをこんなに悲しませて。大体あの時だったルイスが許してやるって言ってたのに――――ルイス、ルイス、ルイスルイスルイスルイス……。
叔父の名を口にして、ディーさんを異常なほどに罵る家族の姿が僕は怖かった。全てに好かれる人なんていないのだから、ディーさんが叔父を嫌っても仕方がない事ではないか。
嫌ったからと、傷つけたからと何故、実の息子を切り捨てられたのだろう。それがわからなかった。
―――僕が、叔父を嫌いだと言えば皆どういう反応をするのだろう。
それは好奇心だった。怖かったけれど、知りたかった。
そしてやってみたら、『あんたみたいな子、産んだつもりはない』『ルイスに謝れ』『ルイスに何て事を言うんだ』『出て行きなさい』―――罵倒された。
それはもう、思いっきり。
優しかった家族が、ルイス・アブルストのことになると豹変した。
僕はどうにか謝ってことなきを得たけれども、それから家族に対して明確な違和感を持った。
僕は知ったのだ。
僕の家族は僕が、叔父を嫌ったら僕を敵とみなすという事を。どんな理由があるとか関係なしに、僕が叔父を嫌えば、僕は悪者と認識されるのだと―――。
そしてそれから叔父と家族を見て、何処までも家族が、というより使用人も含めて皆が叔父を優先している事を実感した。
僕の願いよりも、叔父の願いが優先させる。
僕のわがままよりも、叔父のわがままを皆聞く。
叔父の意見が、絶対なのだ。
僕や兄上が叔父の意見に反した事を言い続ければ「我儘を言わないの」と怒られる。だけど叔父はどれだけ主張しても怒られはしない。「ルイスの頼みなら――」と全てを叶えてしまう。
此処は、叔父を中心に回ってる。
叔父に違和感を覚えないうちはいいかもしれないが、覚えてからは居心地が非常に悪い。
「―――――…ディーク叔父さんは、これが嫌で家を出たのかもしれないな」
兄上は二人っきりの時、そういった。
僕もその通りだと思った。
そしてルイス叔父への嫌悪と違和感からこの家を出たというのなら、助けられた時に僕と関わりたくなかったのも当たり前かもしれない。第一、ディーさんは、ギルドでもトップクラスの実力の持ち主で王家ともつながりがある。パーティーにも呼ばれることもある。でも、彼は決してアブルスト家が居る時には出席しない。
それに繁殖期においての活躍で、爵位を受け取るという話も出て居たらしい。最もそれは断ったと聞くが。多分貴族としてアブルストに関わるのが嫌だったからだろう。
でも、僕はディーさんとミーナさんに会いたかった。
三年前、繁殖期において助けられた時、僕は二人に憧れた。ディーさんとミーナさんのように強くなりたいと思った。
「…ねぇ、兄上、僕将来ギルドで働きたい」
きっと父上も母上も、祖父母も皆反対するだろうけれども、あの日から僕はそんな夢を持った。
「そうか。父上達は反対するだろうが、俺は反対しないから頑張れ」
兄上のそんな言葉が嬉しかった。
十五歳になったら、誰になんて言われようとギルドに入ってやろうと僕は決意する。きっと家族は反対するだろうけど、それでも僕はあんな風になりたいと望んでしまったから、だから、ギルドに入る。
それが、僕の夢。
―――――それが、僕の夢。
(家族が反対しようと、僕はギルドに入る。ディーさんとミーナさんに会いたい。そして、あんな風になりたい。そう、臨むから)
僕
ディークの兄の次男。10歳の頃にディークとミーナに助けられて、憧れる
将来ギルドで働きたい。家族には最近嫌悪しかない。
兄上
ディークの兄の長男。『僕』同様、家族に嫌悪がある。
『僕』の夢を唯一応援してくれそうな人。
ディークとミーナは立派にギルドで働いていて、有名になってます。王家とも色々あって知り合ってたりします。
ちなみに、此処では触れてないけどディークとミーナには子供もいたりします。