ハッピーバレンタイン。PDFで表示縦書き表示RDF


 私の他の恋愛作品より、恋愛っぽさが高いです。
 ご注意を。
ハッピーバレンタイン。
作:摩璃藻


「……できた」

 家の小さめのキッチンで、黒く短い髪の少女、片浜 陽歌かたはま ようかが呟いた。
 その手には、可愛いラッピングがしてあるチョコレートの箱。
 そう。
 世はバレンタインである。




「……」
 陽歌は、学校の昇降口が開くのを待っていた。
 他にも沢山の女の子が、その時を待っている。
 そして、用務員さんが、引け腰になりながらも、そこを開けた。


 一斉に走り出す女の子達。


 その間を駆け行く風。


 風、彼はいち早く教室に到着して、ほとんど全部の机に、手際良く袋を置いていく。
 全てを置き終えたとき、ようやく他の女の子達が到着した。

「あー! また負けちゃった」
「樹夜君速いよお」

「ごめんね」

 彼、少年、黒縁 樹夜くろぶち きやは謝った。
 ここで、この学校のバレンタインについての校則を教えよう。

 ・バレンタインの日は、交換禁止。

 である。
 これが何を意味するかおわかりだろうか?
 友チョコは先にプレゼントした方が勝ち。そんなゲームまで発生している。そして、チョコをプレゼントした数が多いと褒め称えられたり、誰にもバレずに男女で交換できたらそのカップルは幸せになれる等のジンクス、そして最後にチョコをあげられるチャンス、集会。ただし皆の前で。勿論飛び入りOK。
 男も女も関係なし。
 どこか熱くなれる、そんな校則である。
 チョコをもらってもホワイトデーにしか返せない。いやそれは普通だが。
 ちなみにチョコ以外でもいい。
 どうしても貰いたくない相手にはシャーペンの芯をプレゼントする。
 嫌いの意思表示さえ出来るのである。



「……」
 陽歌は、彼には折角作ったチョコがあげられないけど、それでも彼の手作りのものが食べられるのなら、と、諦める事にした。
 彼女はこれでも、女子の中では一番速い。
 まあ運動系でないし、どちらかというと暗い陽歌は友達も少ない。
 作ってきたのは彼のものだけだし、友チョコなんて貰えないだろうし、ホワイトデーに……と考えたが、気付く。
 自分の机には袋がない。
 彼女は愕然とした。
 自分は貰えないのかと。
「……あ、えっと、片浜さんの分は、ないんだ」
 優しい瞳、少し長めのさらさらの髪、ちょっと悲しげな表情、少し赤い頬。
 彼女は机を見て固まっていたため、彼の表情はさっぱり見えなかった。


 ―――ああ……。
 陽歌はショックを隠せずにいた。
 ―――私は確かに暗い、彼は人気者、ここまで嫌われてるとは思っていなかった。
 そんな事を考えながら机に突っ伏していた彼女は、
 ……陽歌をちらちら見る視線にはまったく気付かなかった。


 五限目の体育が終了して、次は集会。
 ―――……一応、チョコレートは持っていこうか。
 ―――勇気を振り絞って、告白してみようか。樹夜君に。
 そして、ロッカーを開けた彼女の目に飛び込んできたのは、
 鞄だけだった。
「……え?」
 ―――チョコレートが、盗まれた。
 その事に気付くのに数秒かかったが、何とか気付いた彼女は、思わず座りこんだ。
「嘘……え、嘘……」
 何で?
 まったく理由が思いつかない。
 嘘……。



 呆然としながらも、陽歌は体育館にやってきた。
 集会が始まる。
 最初に、ここで告白すると決めていた人からだ。
 OKなら、何かを返す。
 それは貰ったチョコでも髪の毛でも、いっそキスでも何でもいい。
 断る場合はチョコの受け取りを拒否する。

「好きです!」
「付き合ってください!」

 何人かがステージに上がり、チョコを渡す。男女関係なく。
 晴れてカップルになった二人や、断られてショックを受けたり、友達に慰めてもらう人もいる。
 陽歌は出来ない。チョコがないから。
 ―――何を思って、あれを盗んだんだろうか。
 ―――……来年、そう、来年……
 今年かなり良い出来だっただけに、陽歌は悲しみのどん底だった。

「もう、いませんか?」

 実行委員が言う。ちなみに実行委員の彼女の隣には、彼氏がいる。ついさっきだ。
 そして、一人が手をあげた。

「はーい、……一年、黒縁樹夜クン」

 ……。
 ―――そっか、本命ぐらい、いてもおかしくないよね。
 ―――優しい彼を断る人なんて絶対いないはずだ。
 ―――さようなら、私の恋。
 あの人気な彼の相手は誰なのかと、ほとんどの人が身を乗り出す中、陽歌はぼーっと宙を眺めていた。

「一年、片浜陽歌さん! ステージに、お願いします!」
 彼の声。
 ―――……私と同姓同名って、同じ学年にいたっけ?


 陽歌は押されるがままにステージ上へ。
 ―――あれ、私、何でここに?
 目の前には、顔を真っ赤に染めた樹夜がいた。
「……片浜さん、受け取ってください! 好きです! 付き合ってください!」
 頭を下げて、綺麗なラッピングが施されたチョコレートの箱が差し出される。
 ―――センス良い上、器用だなあ。
 ―――私のとは比べ物にならな、……って、え?
 陽歌は、ようやく、その状況を理解した。
 ―――私が、樹夜君に告白されてる?
「……え、あ、え? あの、ご、ごめんなさい」
 これ、一体?
 そう続けようとした彼女は、鋭いオーラを感じ取った。
 あんな少年の告白断るなんて、なんて女だ。
 ……そんな感じの、女の子達からの妬みの。
 そこで、断ったと思われてる事に気付く。
 樹夜は固まっている。
「あ、あ、違うの! えっと、私も」
 ―――これがドッキリじゃないのなら、私もチョコを、
 そう思った瞬間、盗まれていた事を思い出す。
 ―――あ。

 陽歌は座りこみ、泣き出した。
「……うあ」
 樹夜も慌てふためき、何故か一緒に座りこんだ。
「……わ、わた、私、樹夜君にあげようとしてたチョコ……ぬ、盗まれたの」
 ぼろぼろ涙を零しながら、たどたどしく言う。
 樹夜は目を丸くした。そして叫ぶ。

「お、俺にだったの!?」

 ……。
 その反応は?



 昼休み終了前。
 体育の着替えは女子は更衣室で男子は教室。
 一番最後になった樹夜は、いつもの優しい顔と違って厳しい表情をしながら、【片浜陽歌】という名札の貼ってあるロッカーを開けた。
 樹夜は唇を噛締める。
 ―――いけない事だ。最低な事だ。俺は最低だ。
 そして、そのチョコレートを、盗んだ。
 ピンク色で、可愛らしいラッピングのチョコレート。
 ―――片浜さん、本当に、ごめんなさい。でも、これを誰か他の男に渡すのを見たくないんだ。渡るのが許せないんだ。
 宛名のないチョコレート。
 色々咬み合わさってしまった。



「本当に、ごめんなさい……」
 彼の落ち込み方はかなり凄かった。
 最低だ俺、と何度も呟く。
「あ、あの、じゃあ」
 陽歌は、膝で樹夜の元まで歩いた。



 ―――体育館から、歓声があがった。














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