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ロックオン・スター・スナイパー

作者:デイリー
                  Ⅰ


『コーヘイ』
 抑揚の無い機械音声で、そいつは俺を呼ぶ。小枝のような指がキーボードを叩いて、ワンテンポ遅れで音声を出力させる。
『コーヘイ、遊んで』
 ベッドに寝かされて、口からよだれをたらしながら、そいつはくりくりとした瞳を向ける。いつだってそいつは、そうすれば何かとびきり良いものが出てくると思っているかのように、俺を呼ぶ。
「これ読み終わったらな」
 答えつつ、俺は読みかけの資料から視線を離さない。とちった担当官のインシデントレポート。帰投直後、搭乗中の操縦士に労いの言葉をかけに近づいて、まだ火器管制がロックされていなかったジアドライフルに撃ち抜かれて蒸発した。操縦士に相当フラストレーションを溜めさせていたらしい。馬鹿め。
『コーヘイ、何読んでる?』
 小枝がカタカタとキーを叩く。こいつは自分で息をすることもできない割に、タイピング操作はやたら素早い。その上ところどころ言葉を端折るから、ほとんどリアルタイムで会話ができる。
「同僚がお仕事に失敗したって報告」
『ふーん。その人、どうして失敗?』
「意地悪な奴だったからな、操縦士に嫌われたんだよ」
『コーヘイみたい』
 人形並みに無表情だった顔をかすかに歪ませて、そいつは笑った。短めに切り揃えた黒髪はいわゆるおかっぱ頭という奴で、こいつの人形臭さに拍車をかけている。そのくせ、喉元の気官切開部へ伸びるカニューレからは、人工呼吸器の駆動音と共に息吹きが聞こえてきて、こいつが確かに生きていることを実感させる。
「ばかやろう。一緒にするな」
『だって遊んでくれない』
「仕方ない。嫌われちゃかなわん」
 おおげさにため息をつくと、俺は持ってきた鞄の中からゲームボードを取り出す。といっても、長方形の板の先が扇形に広がっており、端っこに点数が書かれた旗が立っているだけの簡素なものだ。旗の奥側にボール紙の壁が取り付けられており、一面に星空の写真が張り付けられている。旗だけじゃあんまり殺風景だからと、こいつの要望であつらえたものだが、これが余計に手作り感を際立たせている。
 ベッドサイドのオーバーテーブルを引き寄せ、ボードを乗せる。あとは高さをそいつの顔に、つまりベッドの高さに合わせれば準備完了だ。
「ほれ」
 プラスチック製スプーンの柄を向けて差し出すと、そいつは小さな口で器用に咥えた。何が嬉しいのか、下唇を動かしてバットのスイングのようにスプーンを振って見せる。ほほえましいような、どこか後ろめたいような胸糞悪い気分が湧いてきて、俺は黙ってビー玉をゲームボードの発射地点に置いた。下唇がスプーンを振り、ビー玉を打つ。写真の星空めがけ、50センチほどの平面をコロコロと転がって、ビー玉は見事に旗に衝突した。
『やった』
 スプーンに唾液を滴らせながら、そいつは笑う。表情はほとんど変わらないが、目を見れば分かる。
「相変わらず、百発百中だな」
『ほんとは時々外れてる。当たるけど、まぐれ』
おちょぼ口が照れくさそうにスプーンを振るう。
『空にいる時のほうが、簡単』
 確かに、こいつの射撃成績は超優秀の一言だ。同期の操縦士の中でも、長射程火器の命中精度でこいつと肩を並べる者は数えるほどしかいないだろう。命のやりとりの最中に、コンマ数ミリの照準修正を瞬時にやってのける力が、こいつにはある。それが、こいつがこんな身体になった代償だ。
「じゃあ、楽しいのはどっちだ?」
『秘密』
 悪戯っぽい笑みを作ると、そいつはスプーンではるか遠くのビー玉を指し示した。
『とって』
 瞳をきらきら輝かせておねだりする様がやけに子供らしい。こうして見ていると、俺たちがこいつに命を委ねているのが信じられなくなってくる。
「おう」
 こうなると長い。星空に向けて、こいつは飽きることなく延々とビー玉をはじき続ける。今日は遅くまで帰れないだろう。
「ほいよ」
 旗を倒して転がったビー玉を拾って、口元に持っていく。こいつにとっては、ビー玉もジアドライフルも変わらないのだろうかと、ふと思った。無邪気に、ただ定められたところへ狙いをつけるための道具。
『コーヘイ』
 瞳が旗を捉え、唇が震える。驚異的な集中力で、思うように動かず、時に痙攣する身体のぶれを計算に入れているのだ。
「なんだ」
『私、怖い?』
 スプーンが振るわれる。ビー玉は先ほどと寸分たがわぬコースで、旗を薙ぎ倒した。


 俺はこいつを怖がっているのだろうか。チエ・カザハラ、このわずか12歳の小娘を。呼吸器系と遠心性神経系に障害を抱えて、身体を動かすことも自発呼吸もままならないこの少女を。
 駆動音と電子音がこだまするガレージで、黙々と乗機の調整をするチエを見上げながら、俺は考えていた。コクピットである鉄の巨人の胸部にすっぽりと収まり、神経接続によって巧みに操るその姿は、普段、ベッドで寝たきりになっている姿からは容易に結び付かない。
 しかし、こいつにはそれができる。エアゲトラムの操縦士なのだから。俺たちの世界を外敵から守護できる唯一の存在、エアゲトラムの。
 はるか昔、人類はその運命を大きく変える一つの発見をした。それが『ジアド粒子』、既存の四つの元素のいずれにも当てはまらない未知の粒子だ。ジアド粒子がもたらす新しいエネルギーは、人類の文明を大きく前進させると思われた。
 しかしある日、そんな人類の前に、一つの脅威が現れた。『カガナハ』。ジアド粒子によって構成された身体を持つ、蛇とも龍ともつかぬ、巨大な生命体。大西洋に突如出現したそれは、接触した物質全てを白い光の粒子へと変性させてしまうジアド粒子の性質から、既存の兵器のことごとくを無効化し、瞬く間に人類の生存圏を壊滅させた。人類に残された手段は、地球を捨て、宇宙へ脱出することだけだった。
 俺たちが住む町、景色、空。それらは全て、境界面航宙艦、『リア・ファル』の内部にある。赤い海にそびえ立つ塔を思わせる、円柱状の船リア・ファルこそが、俺たち人類の最後の居場所であり、太陽系を覆い尽くしたジアド粒子の海、『ジアド海』に浮き立つ希望だ。いつか訪れる打開の日を信じて、人類という種を保存し、技術、知識、分化を保持・発展させることが、リア・ファルに生きる俺たちの使命だ。
 どれだけ長くかかろうとも、決して途絶えさせてはならない歩み。俺たちにとっては、一日一日が、人類の未来をつなぐための重要な一歩なのだ。
 しかし、カガナハは人類を逃がしてはくれなかった。やつらはジアド粒子に惹かれ、今もジアド海の深層から浮上し、リア・ファルに断続的な攻勢をしかけてきている。ジアド粒子をエネルギー源とし、既存の兵器を凌駕する機動性と装甲、火力を併せ持っているやつらに対処する術は、人類には一つしかない。
 それが、エアゲトラム。ジアド粒子を動力源とし、無数のパーツを結合させて組み上げられる人型機動兵器だ。カガナハを凌ぐ機動性、脆弱な装甲を補完する粒子装甲『ジアドスフィア』、ジアド粒子を加速させて生み出される、桁違いの動力。そして何よりも、カガナハを唯一傷つけることのできる、ジアド粒子を転用した兵装の運用。既存のあらゆる兵器を時代遅れにしたその性能は、まさに人類にとって救世主そのものだった。
 しかし、エアゲトラムには一つ、運用上の問題があった。その機動性の高さ、搭載火器の豊富さからくる、操作性の著しい悪化だ。そこで、四肢では到底足りないエアゲトラムの操作性を補填するために考案されたのが、神経接続による機体の直接制御だった。四肢を介さず、機体を自分の身体のように操作する方法。脊髄に楔と呼ばれる端子を埋め込み、機体の操作系に直接接続するのだ。
 だが、神経接続を行うための処置は、成人には負荷が大きすぎた。適性を持ったほんの一部の者を除いて、楔の拒絶反応に耐えられる者はいなかった。
 そこで、人類は考えた。成人が適応できないのであれば、発達段階の初期から処置を施して、成長と共に徐々に適応させればよいのではないかと。
 そして、生後間もない乳幼児の段階から、処置を受けた子供たちが出現することとなる。それが操縦士だ。彼らは機体を文字通り自分の手足として認識しており、自由自在にエアゲトラムを操ることができた。
 しかし、楔は当然ながら人間にとって異物であり、中枢神経系に多大な負荷を与える。処置を受けた子供たちには、成長過程において多種多様な障害が生じた。脳・神経障害に始まり、呼吸器、循環器、消化器、泌尿器、生殖器、筋・骨格、あらゆる場所に異常が生じるようになった。その発生機序は個々人によって全く異なっており、現在の所、抜本的な対処法は見つかっていない。加えて、操縦士の脳はエアゲトラムの機体形状を自身の身体としてそのまま認識するため、生身の肉体との間に認識の齟齬が生じないよう、人工的に身体機能を制限される場合まであった。
 例えば、四脚の機体の搭乗者は、操作性を保つために、自身の足で歩けないようにする、というように。
 こうした状況の中、上層部は、若年層ばかりの操縦士を管理し、エアゲトラムの操縦及びカガナハとの戦闘をスムーズに行えるようにするための、専門職を創設した。それが教育担当官、通称担当官。俺の仕事だ。
 教育担当官はその理念として、年若く、かつ様々な障害を抱えた操縦士たちの身体的・精神的育成と健康の維持を図り、戦闘への安定した継続参加を掲げている。要は子供を戦場へ送り込むことが仕事だ。ただでさえ、日常生活において多大な負担を被っている子供に対して、死と隣り合わせの戦場へ行って来いと言わなければならない。そのためには、操縦士に対してイニシアチブを握り、指導的に接しつつ、良好な人間関係を構築することが必要とされる。
 操縦士は、一度エアゲトラムに搭乗してしまえば、このリア・ファルで比肩する者のない戦闘力を手に入れることになる。止められるのは、同じエアゲトラムだけだ。だから、操縦士との関係形成に失敗すると、当然、その力の矛先を向けられる可能性がある。あのレポートに載っていたやつのように。
 鋼鉄の巨人と、その胸に収まる少女を見上げながら、俺は自問した。今この瞬間も、チエはこの機体の足の一本でも動かせば、俺をひき肉にすることができる。だが、無論、そんな心配はしていない。それだけの関係は出来ているはずだと、俺は思っていた。
 怖がってなどいない、はずだ。
「よし、次。狙撃姿勢制御」
 雑念を振り払うようにインカムで呼びかける。
『了解』
 チエはすぐさま機体のコントロールを始める。脳神経に発生したインパルスが、脊椎に埋め込まれた楔を介し、神経線維ケーブルを通じて出力される。すると、チエの乗機である細身の四脚機体が四つの足を外旋させ、ガレージの外壁にへばりつくように設置させた。実際は、それぞれの足底に高密度のジアドスフィアを発生させ、宇宙空間内で力場を生じさせることで、好きな方向に重心を固定させることができる。同時に、背部に搭載されていた砲塔が、脇の下を通って機体の直上へ向けて展開される。機体全長のゆうに二倍はあろうかというこの火砲が、チエのエアゲトラムの主兵装であった。収束させたジアド粒子を発射することで、高威力と長射程を実現したスナイパーカノン。チエの最大の役割は、カガナハの攻撃の射程距離外からこいつをぶち当てることにある。
『大丈夫。この子、ちゃんと言うこと聞いてくれる』
 カノンの砲身を細かく稼働させ、微調整をしながらチエは言う。神経接続で音声情報を出力しているため、タイピングの手間がはぶけ、いつもより饒舌だ。表情はうかがい知れず、声も変わらず電子音声のままだったが、その様は何となく、楽しそうに思えた。無理もないのかもしれない。ほぼ日課となっている機体調整と稼働テストだが、こいつにとっては、自分の意志で何かを動かせる数少ない機会なのだ。
『コウヘイの顔もよく見える』
 目を向けると、頭部に搭載されたアイカメラが俺を向いていた。狙撃用エアゲトラムに搭載された超高倍率のものだ。その気になれば、30メートル程度の距離にいる俺の皮膚の毛穴一つ一つまで見えるだろう。
「ふざけてないで、さっさと終わらせろ。時間の無駄だ」
『はーい。あ』
 アイカメラが今度は左を向いた。
『お姉さんだ』
 見ると、三つ向こうのガレージスペース、距離にして900メートルほど向こうに、火が入ったエアゲトラムが見えた。中~軽量の二脚型。操縦士の姿は、俺には判別がつかない。
「なんだ、知り合いか?」
『うん。空に行くとね、時々一緒になるの。すっごく強い。けど意地悪。私のこと、どんくさいって』
 こいつに、そんな風に言い合える操縦士の知り合いがいたとは意外だった。作戦中の通信記録には全て目を通していたつもりだったが、いつの間に他の操縦士とコミュニケーションをとっていたのだろうか。
 当然ながら、エアゲトラムの操縦士に作戦中の私語は許されていない。しかし、ジアド粒子による光学的・電子的ジャミングのため、担当官は作戦行動中の操縦士と交信することは不可能だ。戦場において肩を並べる彼らの間の繋がりは、ある意味で、俺たち担当官にとってはブラックボックスでもある。
「お前、いつの間にそいつと仲良くなってたんだ」
『ううん、戦闘時通信以外は話したことない』
 首を傾げたそうな様子が伝わってくる。
『空にいる時に、何となく分かった。この人、そういうこと思ってるんだろうなぁって』
 俺は思わず苦笑した。なるほど、恐らく、機体のジェスチャーや戦闘時通信の声色に込められたニュアンスを読み取って、そう考えたのだろう。操縦士同士のささやかな繋がり。リスクはあるが、それだけなら俺にとっては見過ごせないという程ではない。それ以上に、こいつらにもそんなしがらみや交流があると知れたことが、何故か嬉しかった。
「友達なのか?」
『うーん、どうかな。でも、話してみたい。ねえコウヘイ、いい?』
 そのためには、担当している監察官を調べてアポ取りし、同意を得る必要があるだろう。話の分かる奴ならいいんだが。
 教育担当官という仕事はノウハウの蓄積が未だ十分とは言えず、各人の経験と知識でもって行われている側面が大きかった。担当官によっては、操縦士を自分以外の人間関係から完全に隔絶し、徹底的に自己の管理下に置こうとする者もいる。そうすることで、操縦士の心身をベストな状態に維持できると信じているのだ。戦果につながればそれでいいのだが、俺にとっては都合が悪い。
「そうだな……」
 俺は、まだ見ぬ担当官の人柄についてあれこれ推測を始めた。
その時だった。不意に、ガレージの空気が一変する。一瞬、奇妙な静寂が舞い降り、俺の背筋に予感と戦慄を走らせる。次の瞬間、けたたましいサイレンと共に、非常放送が始まった。 
 管制官が緊張した声色で告げる。リア・ファルの直下、エアゲトラムの潜航可能深度ギリギリまで、カガナハが侵攻しているのを捉えたと言うのだ。索敵班の怠慢によるエマージェンシー。くそったれ。
『コウヘイ』
 チエは既に機体姿勢を戻し、スナイパーカノンを格納していた。この瞬間、最も早く動けるのは当然、ガレージにいる操縦士だ。そんなことは百も承知とばかりに、チエは機体を上昇用リフトに移動させる。
『行ってくる』
 既に機体の動作確認は終了している。作戦概要は俺の携帯端末に届いていた。無論、チエの脳神経にも。把握も認識も必要なく、全ての情報が楔を通して直接、脳に入力される。こいつらのスクランブル出撃にブリーフィングは不要だ。
「無茶すんなよ」
『大丈夫。空は綺麗だから好き』
 リフトが上昇する。四脚の鉄の巨人が、少女を乗せて上昇していく。出撃間際になって長々と言葉を交わす必要は無い。戦う術、生き残る術、そんなもの、操縦士は既にその脳にインプットされている。それを実行できるだけの精神力は、日常の中で既に獲得させていなければならない。
 俺はエレベーターを乗り継ぎ、戦闘指揮所へと向かう。とは言え、操縦士と交信することができない以上、何もやることはない。ただ、見守るだけだ。
やがて、端末にカタパルトの映像が表示される。簡素なカウントダウンと共に、エアゲトラムが射出される。無限に続く星空と、ジアド粒子の海へ。


                  Ⅱ

 担当官は因果な職業だ。操縦士を戦場に送り込んでおきながら、一方で、操縦士同士のコミュニケーションの心配までしなければならない。
 コーヒーを飲み、先日の作戦ログに目を通しながら、俺は人を待っていた。人気の無い寂れた喫茶店のさらに一番奥、一際薄暗いスペース。店内は一応、洋風の内装をしているが、そこかしこに手書きで『カツ煮込み定食』だの、『焼き魚定食』だのと書かれた半紙が張り付けられており、その何でもアリの混沌とした有様が、悲壮感すら感じさせる。そんな中、俺は端末のディスプレイ画面をテーブルに広げ、先の戦闘時に、チエのエアゲトラムによって記録された映像を再生していた。
 星空の下、ジアド粒子の海に浮かび、狙撃用スコープにカガナハを捉えるチエの機体。出撃から15分後、チエは接近する二体のカガナハを補足していた。同時に、ソナーがおよそ生物のものとは思えぬ鳴き声、あるいは歌のようなものを記録しはじめる。ドーンコーラス現象。カガナハが生じさせる、電磁波の歌。これは個体ごとに全く異なるパターンを形成し、個体識別に役立てられている。が、今回は個体識別をする時間は無かった。アイカメラに捉えられた二体のカガナハは、白い蛇のような形状をしており、それぞれが身体の中心部分で右と左に歪曲していた。遠目に見ると、ちょうどハートマークを形成しているように見える。平均的なサイズのエアゲトラムよりやや大きい。俺は便宜上、右に歪曲しているものを『右』、左に歪曲しているものを『左』と画面上に表示させた。
 射程距離に入った瞬間、チエが動く。彼我の相対距離、障害物の有無、未来位置、ジアド海が生じさせる重力の影響、全てを二秒以内に計算し、照準装置のブレを修正。四肢を展開し、ジアドスフィアを発生させ、発射に必要な足場を形成。既に展開済みであったスナイパーカノンが発射される。星空に向け、白い閃光が走る。
 次の瞬間には、『右』の下半身が吹き飛んでいた。咢を広げ、苦悶するように、ドーンコーラスのテンポが加速する。ハートマークは調和を外れ、はじけるように散開する。チエは躊躇うことなく、『左』に狙いを定め、続けざまに発射する。閃光が、『左』の胴体部分を捉え、抉り取る。白い光の粒子をまき散らしながら、『左』は加速し、猛然とチエの機体に接近しようとする。
 静寂に包まれたコクピットの中で、チエの心音と人工呼吸器の駆動音だけが、規則正しく刻まれている。ロックオンサイトがジェットコースターの主観カメラのように旋回し、接近する『左』を補足。大きく咢を広げたそれの口内に照準をつけた。
「まずいな」
 俺は思わず呟いた。次の瞬間、索敵兵装がアラートを鳴らす。サブカメラに、全身を針のように直線状にした白い蛇が、大口を開き、チエの機体を飲み込まんとしているのが映し出された。言わんこっちゃない、先ほど吹き飛ばされた『右』が、形状を大きく変えて、足元から急接近していたのだ。サブウェポンの近距離迎撃用小型ミサイルが六基、はじけるように発射されるが、高速化したカガナハは誘導装置の補足限界速度を越え、弾幕をすり抜け、猛然と迫りくる。
 だが、チエは『左』から照準を外さない。不規則に軌道を変える『左』をサイトに捉え続ける。極めて冷静に。
「で、こいつか」
 俺は映像を一杯までスローにし、サブカメラの画面を拡大表示する。迫りくる『右』の咢がチエの機体に届こうとした瞬間、画面外から光の塊が飛び込んできて、『右』をはじき飛ばした。衝撃で体の一部を粒子化させながら、『右』はすぐさま態勢を立て直そうとする。が、きりもみ回転する『右』の身体が安定を取り戻すことは無かった。
 飛び込んできた光の正体は、細身の二脚型のエアゲトラムだった。そいつは衝突により一部霧散したジアドスフィアを解除すると、右手首のウェポンマウントから小型のブレードを展開させた。人間でいえばダガーナイフ程の大きさのそれを、そいつは振りかぶる。と、ブレードの周囲に粒子が収束し、たちまち光の刃を形成させた。
 俺は映像を一旦停止した。光の刃はコンマ数秒で、機体の下半身ほどの長さまで伸長していた。恐らく、ジアドスフィア展開のために使用していたジェネレータ出力を、刀身形成に振り分けたのだろう。通常ならば自殺行為だ。
 一旦停止を解除する。白銀の刃を構え、そいつは『右』に向けて突進した。背面に取り付けられた、恐らく重量二脚型かタンク型用のものであろう追加ブースターが火を噴き、一瞬、画面をホワイトアウトさせる。光の翼を持った天使を連想させるそいつは、夜空を羽ばたき、スロー再生でも表示がぶれるほどの速度で『右』を両断していた。
 同時に、チエの機体がサイトに『左』を捉え、カノンを発射する。『左』は頭部に綺麗に大穴を空け、白い粒子となってジアド海に霧散した。
 撃破を確認したチエが、アイカメラを天使に向ける。ブレードを格納したそいつもまた、拡散する粒子をまとわせながら、チエに視線を向けていた。ジアド粒子の海の上で、言葉を交わすことも無く向き合う二機のエアゲトラム。
 戦闘開始から一分二五秒。こうして、リア・ファルに接近していた二体のカガナハは、二機のエアゲトラムによって始末された。こちらの被害はほぼゼロ、スクランブル出撃にしてはこの上無い戦果。この天使が、チエの言っていた『すごく強いお姉さん』だった。なるほど、確かに。だが、少々強すぎる。正直言って、こういうタイプは厄介だ。
「はいよ」
 頭上の声に顔を上げると、店主のおばちゃんが湯気の立つコーヒーを突き出していた。
「あ、へいへい」
 戦闘ログに没入していた意識を切り替え、俺は端末をしまうと、おばちゃんからコーヒーを受け取った。そう、ウェイトレスではない、おばちゃんだ。恰幅のいい身体に、頬かむりに割烹着というスタイルは、どう見ても食堂のおばちゃんだ。何年も前から、このスタイルは全く変わっていない。
「おばちゃん、まだその恰好して接客してるのかよ」
「マスターと言いな。学生時代は散々世話してやったのに。あんたこそ、えらくなってもぜんっぜん代わり映えしないじゃないか」
 それはあんただろ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。学生時代、この店には長らくバイトさせてもらっていたが、その時からおばちゃんはおばちゃんだった。なのに、十年以上経った今も相変わらずおばちゃんでいる。
「イズミちゃん、まだ来ないのかい? 久しぶりだねぇ。元気かねぇ」
「知らねえよ。俺だってもう何年も会ってないんだ」
「あんたたち、出会ってすぐ付き合い始めた割に、あっという間に別れちゃったもんねぇ」
 おばちゃんはため息をつくと、店内を見渡した。
「変わり者同士気が合うと思ったんだけどねぇ。うちにバイトにくる子は、何故か変わり者ばっかりだから」
 それはこの店が変わってるからだろ。
「もう昔の話だ。それに、今日は別に思い出話をするために会うわけじゃない。仕事だよ」
「そうかい。まぁ、あんたら喧嘩するってわけでもなかったから、心配してないけど」
 十年来、代わり映えのしないやりとりをしていると、チリン、とドア鈴が鳴り、待ち人が姿を現した。
「こんにちはー!」
 店の陰気さも、落ち着いた空気も全部吹っ飛ばすような明るい声。学生時代とは対照的な、耳元でばっさり切り揃えられた黒髪。身に着けた教育担当官の制服が予想以上に板についている。顔にも落ち着きが出てきていて、成長を感じさせる。そいつはつかつかとテーブルまでやってきて、ぺこりと敬礼した。
「お久しぶりです、先輩。それから、マスターも」
 イズミ・チトセ。学生時代の俺の後輩で、恋人でもあった女性。一時の交際と破局を経て疎遠になっていたが、こんな形で再会することになるとは。
「でも、驚きました。まさか先輩が、チエちゃんの担当官になってるなんて」
「驚いたのは俺の方だ。お前こそ、いつの間にこの仕事に就いてたんだ」
「卒業後にストレートで養成学校入ったんで、先輩の二年後です。こっちでも先輩は先輩ですね。いやー偶然偶然」
 しっつれいしまーす、と呟きながら対面に座り、イズミはコーヒーを注文した。その仕草があんまりにも自然で、俺は拍子抜けてしまった。こいつには気まずさだとか気後れといった心情は無いのだろうか。少しは話易かろう、と考えてこの店を指定した俺が馬鹿みたいだ。
 先日の戦闘後、チエが話したがっている操縦士の担当官にアポを取るため、俺はあの天使を思わせる機体と操縦士を特定し、連絡を取ろうとした。登録されていた担当官の名前を見て、何かの間違いだろうと思い、相手の公用端末に電話をかけた。そして、俺は懐かしい声を聞くことになったというわけだ。
 操縦士の名はアリーシェ・べクスター。一四歳の少女。そして、担当官はこいつだ。
「実は、チエちゃんのことはアリーシェから聞いてたんです。頼りになるスナイパーがいるって。あの子、操縦士の登録名簿で名前を調べていて、機会があったら会いたいってせがまれてたので、丁度良かったです」
「良く言う。そこまで分かったなら、担当官が俺だってことも分かったはずだろうが」
 こいつ、さては俺から連絡するのを待っていたな。
「いやー、どこかで見た名前だとは思ったんですけどねー」
 目を泳がせながら微笑している。図星のようだ。俺は鼻を鳴らした。
「まぁいい。早速本題に入ろうじゃないか」
 俺は端末を操作し、アリーシェのプロフィールを表示させる。精巧な西洋人形のような少女の、無表情の写真。肩口まで伸びたブロンド。白磁を思わせる肌。冷ややかな瞳。十四歳の女の子にしては特異な印象を受けるが、操縦士としては決して珍しくない。だが、問題は抱えている障害と、戦闘成績にある。
 戦闘経験はゆうにチエの三倍。その内、機体を中破以上に追い込まれたことは数えるほどしかない。機体重量に見合わない高出力追加ブースターを装備した、じゃじゃ馬のような高機動機体に乗り、近・白兵戦に特化した戦術でこの経験値は、異常とも言える。
 そして、このアリーシェが抱えているという障害。全身性の突発性神経痛。機能障害こそ無いが、日常生活をまともに送るのは不可能なはずだ。エアゲトラム搭乗時でさえ、発作に襲われる可能性がある。
「アリーシェ・べクスター。こいつがチエに会いたがっているのは何故だ?」
 その上で尚、生き残っている。これが意味するところは、おそらく精神面に深刻な問題を抱えている可能性があるということだ。価値観や倫理観、死生観、いずれかの部分に歪みが出ているはず。あのインシデントレポートに載っていた、担当官を蒸発させた操縦士のように。
「何故って、会って話したいことがあるからですよ。友達になりたいって言ってました」
 俺の問いかけに、イズミはこともなげに答えた。
「そんな子供らしい理由ならいい。だが、俺の予想では、アリーシェの感性はイカれているはずだ。チエにどんな影響があるか分からない」
 一切の装飾を捨て、俺は思ったことをストレートに口に出す。操縦士のメンタルケアはフィジカルケアと並んで担当官の最優先事項だ。義理や慣習でリスクを取るべきではない。
 イズミはため息をついた。
「その言い方、昔から変わりませんね」
「俺は真剣だ。下手な言い変えをしてどうなる」
「チエちゃんはどうなんですか?」
 イズミの瞳が真っ直ぐに俺を射抜いている。
「会いたいと言っていた。話をしたいと」
 だが、それで済む問題でもない。
「どうして操縦士の意志が決まっているのに、それを無碍にしようとするんですか」
「そのほうが良いと思ったからだ。その方があいつのためになると」
 俺は正面からイズミを見返した。こいつとはこれまで何度、こんなやりとりをしただろう。遊んでいる内はよかった。だが、こと重要な事項を決める局面に関して、俺たち二人はあらゆる意見が平行線だった。
「確かに、アリーシェは変わってます。チエちゃんと友達になることで、傷つけることもあるかもしれない。けど、それがなんだって言うんですか」
「お前はどうして、そう簡単にことを運ぼうとするんだ」
「先輩がああだこうだ考えすぎるからです。会わないより、会ったほうが良いに決まってます」
「イズミ」
「あと、どれくらいなんですか」
 瞬間、店内にかかっていたBGMが耳に入らなくなる。二つの真っ直ぐな瞳だけが、俺に向けられている。
「チエちゃん、もう長くないですよね」
「お前」
 何故それを、と言いかけて、俺は押し黙った。担当官なら、操縦士の治療経過や身体状況のデータを参照する権限はある。
「先輩のことだから、もう大体の見当はついてるんでしょ」
「何が言いたい」
「私は」
 静寂の中で、イズミの声がはっきりと響く。
「アリーシェに後悔して欲しくないだけです。会いたい人に会えず仕舞いになって欲しくないだけ」
 どのくらい沈黙していただろう。いつの間にか、BGMが再開していた。
「俺は、お前のそういうところが苦手だった」
「私もです。苦手です。こういう性格」
 でも、譲る気はありません。イズミの両目はそう言っていた。


 翌日、チエの病室に向かう俺の足取りは重かった。
 出撃後、時折、チエが急激な血圧低下をきたしているのは分かっていた。その頻度が徐々に増加し、血圧が再上昇するまでの時間が長くなっていることも。そして、心臓移植に耐えるほどの体力は、チエには残されていない。もってあと二,三か月というところだろう。
 だが、操縦士は常に誰もが死と隣り合せである。これまでも終末期を迎えた操縦士は何人も見てきたが、ベッドの上で死ねたのは数えるほどしかいない。 
 それでも、いやだからこそ、俺は操縦士に死期が近いことを告知したことは無かった。操縦士はただでさえ、不安定な心理状態にあることが多い。自らの死期を知らされたとなれば、捨て鉢な行為に走る可能性がある。それ以上に、俺はチエには平穏に日々を過ごして欲しかった。それが一番、幸せなはずだ。あいつにとって。
 だが、それで本当にいいのだろうか?
 いつもなら躊躇なく開けてしまう病室のドアの前で、俺は立ち止まった。こんな感覚は久しぶりだった。新米担当官として、初めて操縦士に面会する時に感じていたのと同じ感覚。
 ふざけるな、何年この仕事をやってきたと思っている。
 雑念を振り払いノブに手をかけた時、唐突に、向こう側からドアが開いた。
「あなたがチエの担当官ね?」
 白磁の肌にブロンドが揺れる。アリーシェ・べクスターがそこに立っていた。
「お前、どうしてここに」
「ちょっとお話をしに来たのよ。心配しないで、もう帰るとこ」
 人形のような無表情を浮かべたまま、アリーシェは脇をすり抜ける。
「待て。チエに何を話した」
「安心して。おっさんが心配するようなことは、何も言ってない」
 後ろ手を振りながら、アリーシェはスタスタと歩き去ってしまった。
 イズミのやつめ、部屋番号を教えたな。こういう強引なところは、全く変わっていない。俺はなし崩し的に開いてしまったドアをくぐり、病室に入った。
『あ、コーヘイ』
 チエはいつもと変わらぬ様子で、ゲームボードで遊んでいた。アリーシェがセットしていったのだろう。
「よう」
 俺はつとめて平静を装い、ベッドサイドの椅子に腰かけた。
『お姉さん、来てくれた』
 か細い指がキーボードの上を踊る。表情も、心なしか楽しげだった。
「そうか。友達になれたか?」
『うん。それで、これくれた』
 チエが視線を向けた先には、ゲームボードに張り付けられた星空の写真があった。よく見ると、新しいものに差し替えられている。現在リア・ファルが航行する宙域よりはるか彼方の星々のものだ。リア・ファル内部でこいつを見るには、索敵班の超高倍率カメラを用いるしかない。見る者が見ればわかる。これは、エアゲトラムの狙撃用スコープで撮影されたものだ。
「お前、いつの間にこんなものを」
『出撃する時、いつも撮ってる。空を見るの、好き』
 チエはきらきらした瞳で写真を見ていた。
『でも、印刷できなかった。お姉さん、かわりにやってくれた。用事思い出したって言って、すぐ帰っちゃったけど』
「馬鹿野郎。そのくらい、俺に言えばいくらでも」
『だって、コーヘイ、迷惑だと思ったから』
 こいつ、そんなことを気にしていたのか。担当官が気を使われるとは、完全に立場が逆だ。これではアリーシェに感謝しなければならない。
「こんなことで咎めたりしねえよ。こんなことで」
 俺はチエと一緒に写真を覗き込んだ。ビー玉に薙ぎ倒された旗の向こうに、リア・ファルのはるか彼方にある星々が浮かんでいる。無数の恒星、惑星、渦を巻く銀河。人類の誰一人として知らない、無限に広がる世界。
「よく撮れてるじゃねえか」
『綺麗でしょ。私、星見るの好き』
 その世界を、チエはじっと見つめていた。
『行ってみたいな』
「馬鹿野郎、何億年かかると思ってる」
『お姉さんのエアゲトラム、すごく速い。連れてってもらう』
 冗談めかして、チエは笑った。
 それはきっと楽しいだろうと思った。アリーシェとチエが、ジアド海に浮かび続けるしかないこの箱舟から飛び立ち、誰も見たことの無い世界を旅する。戦いも、死と隣り合せの日常も、何もかも忘れて。こいつの瞳は、新しい星空を見る喜びでいっぱいになるだろう。
 その時、病室にけたたましいサイレンが鳴り響いた。緊急放送。新たなカガナハの侵攻。たちまち、端末に出撃指令が下る。
『コーヘイ』
 チエは写真から目を離し、精一杯顔を上げた。
「もう少し見てたっていいんだぞ」
 チエは目を逸らさない。その表情は既に、操縦士のそれだ。あどけなさが影をひそめ、闘志と使命感が顔を出す。小枝がキーボードを矢継ぎ早に叩く。
『お姉さん、言ってた。お姉さん、もうすぐ死んじゃうんだって。だから、それまで好きなようにするんだって』
 小さな瞳で、チエは懸命に俺を見上げていた。一瞬、言葉に詰まる。こいつが次に何を言うのか、俺には分かったからだ。
『コーヘイ、私ね』
 か細い指はキーを叩く。こいつの意志を乗せて。
『死ぬなら、空がいいな』


 大破したチエのエアゲトラムが、リア・ファルのブリッジに不時着したのは、それから一時間後のことだった。


                   Ⅲ


 ICUに備え付けられたイスで、俺は戦闘ログを何度も再生していた。敵は一体。迎撃に出たエアゲトラムは四機。勝負は一瞬だった。リア・ファルを発艦後、チエのエアゲトラムは戦術通り射撃体勢をとり、射程距離ギリギリに迫るそいつに狙いを付けた。背筋が上方に湾曲したタイプのカガナハ。魚のように、背筋のひれ状の構造体を揺らして、高速で接近している。チエのスコープが捉えたのとほぼ同時に、そいつはうろこをまき散らし、人型に変異した。光り輝く粒子が収束し、瞬く間に砲塔状の構造体を形成させる。その姿は、長射程カノンを構えた二脚型エアゲトラムに酷似していた。
 瞬間、チエがスナイパーカノンを発射する。白い閃光が空を走る。カガナハは臆することなく、その軌跡に重なる形で、ジアド粒子の塊を発射した。白い閃光が交錯し、画面がホワイトアウトする。この時点で、チエのエアゲトラムは下半身をほぼ全損し、チエは意識を失った。
 その後の戦闘は凄惨の極みだった。対峙したエアゲトラムの機動を全て読んでいるかのように、人型カガナハはジアド粒子砲で正確無比な射撃を行い、さらに二機のエアゲトラムを戦闘不能に追い込んだ。これまで、原始的な行動原理をもっていると目されていたカガナハに対する常識からは、ありえない行動パターンだった。最終的に、アリーシェのエアゲトラムがジェネレーターの限界出力一歩手前まで応戦することで、撤退させることに成功したのだった。
 何度繰り返したかわからないその映像を切り、俺はチエを見やった。ベッドの上に横たわる枯れ枝のような身体は、ぴくりとも動かない。心原性ショックによるチアノーゼで、四肢末梢は青紫色に変色していた。心電図、人工呼吸器、輸液ポンプ、医療スタッフの足音、指示を伝える声。ごちゃごちゃとした音の渦の中で、チエは静かに横たわっていた。
「先輩」
 いつの間にそこにいたのか、イズミが声をかけてきた。イズミもまた、チエを真っ直ぐに見据えていた。
「チエちゃん、あんなに小さかったんですね」
「まだ十二歳だからな」
「あれぐらいのころ、私、何にもできなかったです。不満なことがあるとすぐ親に文句言って、あれ欲しいこれ欲しいって。配給制なのに、馬鹿みたいでした」
「当たり前だろ。子供なんだから。なんにも知らねぇんだ」
 俺だってそうだ。子供とはそういうもんだ。だのに、俺たちはあいつらに戦えと命じている。デカい荷物を背負わせて、その上命のやりとりをして、俺たちを守れと命じている。あいつらは大人になることも無く死ぬ。
 人工呼吸器の駆動に合わせ、チエの胸郭は機械的に上下していた。
 意識を取り戻すかどうかは五分五分だった。よしんば取り戻したとしても、次の出撃には身体が耐えられまい。チエは死ぬだろう。俺の予想よりはるかに早く。
 それがなんだというのだ。そんな場面に、俺はこれまで何度となく直面してきた。その度に区切りをつけ、新たな操縦士を担当してきたのだ。今回も、その一つに過ぎない。十二年間、この世界を見続けていた一つの魂が、消えてなくなる。それだけのことだ。
 だが、それならば何故、俺は生きている? 何故、この世界はあり続ける? あいつは死ぬと言うのに。
 まただ。また、この疑問が俺に突きつけられる。何度も自問し、人類のため、世界のため、大多数の人々の平和のためだと思い込み、寝かしつけてきた疑問が。操縦士の死を何度経験しても、その疑問は消えるどころか、回数を重ねるごとに勢いを増している。俺の足元を突き崩そうとする。
「イズミ。お前ならどうする。どうしてやる。あいつに」
 気が付けば、絞り出すような声が俺の喉から出ていた。イズミは黙っていた。黙って、俺の言葉を咀嚼しているようだった。
 数刻の後、真っ直ぐな瞳が俺に向けられた。軽蔑でも同情でもなく、ありったけの意志を込めて。
「分かりません。私はチエちゃんの担当官じゃないから。先輩じゃないから。だから、私なら、なんて仮定は意味がありません」
 イズミはきっぱりと言い放った。こいつも、俺と同じことを考えてきたのだろう。だから知っているのだ。これが俺自身の問題だということを。他ならぬ俺自身の。他ならぬこの瞬間、俺がどうするかということの。
そこまで思いめぐらして、ようやく、踏ん切りがついた。
「分かった。ありがとよ」
 パン、と膝を叩き、俺は立ち上がった。
 歩き出そうとした俺の背中に、イズミが言う。
「あのカガナハ、ドーンコーラスの解析が終了したそうですよ。パターンから付けられた個体名称は、イクトゥス。指令部は、イクトゥスのリア・ファルへの再接近を確認し次第、迎撃するよう命令を下しました」
「なるほど」
 俺は足を止めずに答える。
「もちろん、チエちゃんも意識が回復し次第、出撃要因に組み込まれます」
「だろうな」
 それがなんだと言うのだ。今はまだ、カガナハは再接近していない。今はまだ、チエは意識を取り戻してはいない。
今はまだ。
「どこ行くんです?」
「リフォームだ!」
 振り返ることなく、俺は歩き去った。


 段ボール箱を抱えておばちゃんの喫茶店に行くと、なんと、アリーシェがそこにいた。ブティックショップで商品に目移りする女の子のように楽しげに、テーブル一杯に広げられた写真を眺めている。
「お前」
「あら、遅かったのね。先に始めてるわよ」
 言うが早いが、アリーシェはプリントアウトされた写真を一枚手に取ると、壁のメニュー表の上から張り付けた。『焼き魚定食』が消滅し、漆黒の宇宙と無数の星々が顔をのぞかせた。
「待機命令が出ていたはずだぞ」
「私は誰の指図も受けない。やりたいようにやる。誰にも邪魔はさせないわ。おっさんにもね」
 言いながら、アリーシェは次々と壁に星空を広げていく。店の隅っこで、おばちゃんが肩をすくめていた。
「この子、イズミちゃんとこの子かい? 驚いたよ。突然来たと思ったら、写真を張らせてくれだなんて言うもんだから」
「ああ、そうだ。で、俺もそのつもりだ」
 段ボールを床に下ろす。衝撃で、中から何枚か写真がこぼれ出た。大破したエアゲトラムの頭部CPUからサルベージした画像ファイルの山。何千枚にもなる、あいつが見ていた世界の青写真。
「仕方ないねぇ。どうせなら、とびきり綺麗にしておくれよ」
「リフォーム代はサービスしとくよ、マスター」
 アリーシェに負けじと、俺も作業に加わる。何だかんだでおばちゃんも手伝ってくれ、二時間ほどで、店の壁と言う壁と天井は、星空でびっしり埋め尽くされることとなった。まだ人類の誰も見たことの無い世界が、そこに広がっていた。
「ふーん、こんなもんかしらね」
 額の汗をぬぐうと、アリーシェは両手をはたく。俺は彼女に頭を下げた。
「ありがとう。礼を言う」
「おっさんに言われる筋合いはないわ。私は友達のためにしたのよ」
 はじけるような笑顔が浮かんでいた。こいつ、こんな顔もできるのか。どことなく、昔のイズミと似ている。なるほど、似た者同士と言うわけだ。
 その時、再び、あの警報音が鳴り響いた。同時に、俺の端末に着信が入る。
「先輩。チエちゃん、意識を取り戻しました」
 俺は答えなかった。今この瞬間ですらも、無駄にする気はない。仕舞い込もうとした端末から、イズミの声が続いた。
「出撃命令です」


 ガレージにたどり着いた時には、チエは既にエアゲトラムへの搭乗を終えていた。大破した機体は、そのパーツをほぼ全て同規格のものと交換することで、既に修復が終えられていた。ありとあらゆる部品を交換可能にすることで、エアゲトラムは成り立っている。操縦士も例外ではない。例え身体所見から意識が確認できなくても、脳波さえ生じていれば操縦は可能だ。その意識の最後の一片まで、こいつらは利用されなければならない。
 俺は黙ってコックピットへ続くリフトアームを上り、巨人の胸部に収まったチエに声をかけた。表情は無く、目は閉じられていて、本当に人形になってしまったようだ。
「チエ。正直に言う」
 キャノピーに手を振れる。楔の接続部が発光しているのが分かる。チエの意識はそこにある。
「俺はお前が怖かった。お前に危害を加えられるかもしれないからじゃない。お前と向き合うのがだ。死を前にした人間と向き合うことがだ」
 この土壇場で、俺は何を言っているのか。本当に、笑わせる。
「どうすればいいか分からない俺自身と向き合う度胸が、俺にはなかった。お前に何もしてやれない俺を認めることが」
 チエは答えない。ただ眠るようにそこにいる。あのきれいな瞳は閉じられたままだ。俺は届けと祈るしかない。
「だから、俺はお前に謝る資格はない。けれど、一つだけ言わせてくれ」
 出撃態勢に入るアラートが鳴り響く。リフトアームが強制的にコクピットから離れていく。
 この出撃で、こいつは死ぬだろう。空で死にたいと言っていた、こいつの望み通りに。
「最後まで、幸せに死ね。お前に死んでもらうしかないのなら、せめて幸せに死んでくれ」
 エレベーターが起動し、エアゲトラムが上昇していく。星空へ向かって。
「チエ、好きなようにしろ。お前が望むとおりに」
 瞬間、インカム越しに声が聞こえた。
『コウヘイ』
 消え入りそうな電子音声。エアゲトラムの駆動音にかき消されそうなそれは、だが確かに聞こえた。
『私、怖くないよ』


                  Ⅳ


 チエとアリーシェ、二人の機体が駆けていく。じゃじゃ馬と死にかけを先行させることで敵戦力を削り、残りを温存させる。それが、司令部の下した今回の作戦だった。
 敵は一体。人型のカガナハ、イクトゥス。
 ノイズ交じりの映像がかろうじて、指揮所に映し出される。迫りくる対象を捉え、チエの機体が狙撃体制に入った。ジアド海で四つの足を一杯に広げ、スナイパーカノンを構える。瞬間、彼方から白い閃光が先んじて駆け抜ける。チエの機体はたちまち、二本の足を失った。
「お前、ここにいていいのかよ」
 隣にいるイズミに声をかける。チエたちが抜かれたら、次に襲撃されるのはこの指揮所だ。
「いいんです。私もやりたいようにやる。それが、アリーシェとの約束ですから」
 食い入るように画面を見つめ、一歩も動かない。
「そういうところ、本当に変わらないなお前は」
「先輩に言われたくないです」
 チエの機体が体勢を立て直す。機体各所から火花が飛び散り、流出したジアド粒子が拡散していく。ジェネレーターが完全に出力限界を突破している。次に射撃を行えば、機体は大破するだろう。
 構わずカノンを構えるチエの目前に、イクトゥスの姿があった。アリーシェの機体を思わせる光の羽を背中に広げ、縦横無尽に翔けている。速すぎる。いくらチエでも、照準が付けられない。右に左に、上に下に、残像すら見せずに機動するイクトゥスを、チエは懸命にエイミングするが、捉えきれない。
 その時だった。イクトゥスの足元から、天使がもう一人、駆け上がってきた。大出力ブースターを全開にし、両足にしがみつく。ジアドスフィアがイクトゥスの体表面構造体と干渉し、霧散するのがはっきりと見えた。アリーシェは、構うことなく腕部ブレードを展開し、イクトゥスの右大腿部に突き立てる。まるで目印のように、白い光が噴出した。俺にも、彼女が何を言っているのか分かった。
 撃て。
 チエが引き金を引く。星空に真っ白い絵具のような閃光が走り、イクトゥスの身体を貫いた。着弾と同時にアリーシェが手を放すと、イクトゥスの身体は粒子へと分解され、消滅していく。ドーンコーラスがわずかに加速し、やがて潰えた。同時に、チエの機体が爆炎を上げて、ジアド海へと沈み始める。
 やった。やったのだ、あいつが。よだれをたらしながら、ビー玉を転がすあいつが。
 チエのアイカメラが明滅する。見ているのだろうか、この星空を。あいつが行きたがった世界を。人類の誰も知らない世界を。
 お前は幸せなのだろうか。
「ごめんなさい、先輩」
 唐突に、イズミが言った。
「アリーシェ、頑固でわがままなんです。私に似て」
 次の瞬間、天使が光の羽を広げ、沈みゆくチエの機体に手を差し出した。重量二脚用の大型ブースターが、ジアド海の重力をものともせずホバリングしている。ジアド粒子の海面で、二機のエアゲトラムが見つめ合う。二人は交信しているのだろうか。それともただ黙って、互いを見ているのだろうか。
 数刻の静寂の後、チエの機体のアイカメラが、煙を上げて吹き飛んだ。強制パージ。続いて脚部、腰部、バックパック。コアと腕部以外のパーツが、ことごとくジアド海に飲み込まれていく。最後に残った右腕で、チエはアリーシェの手を掴んだ。
 重量脚部用の大型バックブースター、天使の羽が、チエを引きずり上げる。天使が浮上する。光の翼を広げて、リア・ファルに戻ってくる。
 二機のエアゲトラムが着艦すると、俺はリフトアームに飛び乗り、チエのコクピットに駆け寄った。ジアド粒子による汚染のことなど頭から抜け落ちていた。
「良かったのか」
 満天の星空の下で、俺は聞いた。
『何が?』
「お前、言ってただろ。空で死にたいって」
『うん。綺麗だった。だからね』
 今、俺たちは空の下にいる。人工呼吸器の駆動音も、聞こえることはない。遥か彼方の光が見える世界に、俺たちはいる。
『コーヘイにも見て欲しいって、思ったんだ』


 その日も、俺はいつもの店で、おばちゃんが淹れたコーヒーを飲んでいた。担当する操縦士の資料に目を通しながら、思案する。生じている障害。残存機能。戦闘方法。機体構成。性格傾向。そういったデータを頭に叩き込み、教育計画を立てる。エアゲトラムに乗って戦えるように。効率よく、俺たちを守らせるために。
 だが同時に、こうも考える。俺はこいつと何を話せばよいだろうか。厳しく接するべきだろうか。優しく接するべきだろうか。こいつは何を考えているのだろうか。こいつにとっての幸せとは、何だろうか。
 考えても尽きない疑問が浮かび、俺は息をつく。もう何度目かの作業なのに、一向に慣れる気配がしないのは、しかし、俺が未熟なためだけではない。今から俺が面会するそいつは、消耗品の操縦士だ。だが、それだけではないことも、俺は知っているのだ。
 コーヒーを飲み干し、凝り固まった肩を回しながら、俺はふと、店の壁の一画を見る。焼き鯖定食とコロッケ定食のメニュー表の間。そこに、一枚の写真が飾られている。
 見る人が見れば分かるだろう。これがリア・ファルから遠く離れた、はるか彼方の星系の写真だと。そして一部の人は、これがエアゲトラムに搭載される狙撃用スコープによって撮影されたものだと気付くだろう。
 そして、誰かが。例えば自身の運命と戦いながら、それでもこの世界を守ろうとする誰かが、この写真を見たなら、その時、そいつは想ってくれるのではないだろうか。この景色を見ていた者のことを。
 死と隣合わせの日々の中で、はるか彼方の星空を見ていた、小さな瞳を。




                 ロックオン・スター・スナイパー (了)

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