『ねぇ、見えた?』
高校の帰り道、信号待ちで友達の未羽と二人で話をしていた。
そしたら車がすごい勢いで、横断歩道を歩いていた女の人に突っ込んでいった。
悲鳴を上げる暇もなかった。
女の人は人形か物のように吹っ飛んでいった。
車はそのままスピードを落とすこともなく電柱に正面から突っ込んでいって、凄い音を立てて止まった。あれでは運転手も無事じゃ済まないだろう。
私たちは今見た光景が信じられなくて、まるで映画の一場面を見たようなそんな気になって、呆然としていた。
信号待ちしていた大人たちが慌てて動き出す。そこでようやく今までの光景が現実なんだと理解し、同時に心臓が痛いくらいにバクバクいいだした。
「……ねぇ、見えた?」
掠れた声で隣にいた未羽が私に声をかけてきた。私は事故の直前に見た光景を思い出し、ドキッとした。
「ぶつかった車の運転手、女の人だったけど……確かに笑ってたよね?」
「え!?」
私が見えたのはそれじゃなかったから、つい驚いて返事をしてしまった。
私が見たのは。
横断歩道を歩いている女の人に、子供ぐらいの大きさのもやがまとわりついていた。
あれは何なんだろう、と思って見てたら女の人が車に跳ね飛ばされたのだ。
その後、救急車やパトカー、それから電信柱に激しくぶつかった車が炎上しないようにと消防車まで駆けつけて大変な騒ぎとなった。
事故処理とか、状況見聞とかで事故現場を目撃した人たちは警察から話を聞かれていたが、私たちは若いからという事ですぐに帰らされた。
その数日後、噂で轢かれた方も轢いた方も死んでしまったと聞いた。
そして更に数日後、轢かれた女の人が、轢いた女の人の旦那と不倫していたという事を聞いた。どこまでが本当かわからないが、奥さんが妊娠中に不倫して発覚。奥さんはショックで流産し、不倫相手は妊娠。事故の数日前に、奥さんは壊れてしまっていたそうだ。
「……だから、あの時、あの人は笑ってたんだね……」
車がぶつかる直前に、笑っていた顔を見たという未羽は涙声でぽつりともらした。
そんな未羽の背中をさすりながら私は思い出す。
そういえば、あのモヤは子供のように見えた。
迫ってくる車のほうに向かって、イヤイヤをして首を振っているように見えた。
自分の母親を守ろうとした、不倫相手のお腹の子か。
それとも。
追い詰められた母親をとめようとした、奥さんの死んでしまった子供だったのか。
「旦那だけ、ずるいよね」
旦那に関しての噂はもっとあいまいだ。今回のことで仕事を辞めさせられたとか、そうじゃなくてどこかに転勤になったとか、そもそも異動もなにもなくて今までどおり変わらぬ生活を送っているとか。
ネットで探せばぐにわかるんだろうけど、事故を目撃してしまった記憶もまだ生々しくて、しばらくはそれ関連の話は遠慮したい。ついでに言えば、ワイドショーでもひっきりなしに持ち上げられているのでテレビもしばらくは見ていない。
「男なんて……ね」
それが、事故で男女関係のもつれを見てしまった私達が言える感想だった。
「あ、あれ……」
休日、未羽とショッピングに街でぶらぶらしていた。
二人とも事故のショックからなかなか外出できず、学校に行くにも親の送り迎えが必要なほどだった。
それが今日、ようやくちょっと遊びに出かけてみようという気になったのだ。
未羽が指差しているのは、遠くに見えるビル。
その屋上。
遠くてよく見えないが、人みたいなのが屋上の縁でふらふらしている。
「あれ、人じゃないよね?」
ふるえる未羽の声。
屋上の端っこに人。
先日人の命が失われる現場を見てしまった私達には、嫌でも結びついてしまう。
「やだあれ、アドバルーンみたいな風船だよ。ほら」
「え、ほんと? う~ん、そう言われればそうかも……やだ恥ずかしい!」
私は未羽の興味を他のものに誘導した。
そしてもう一度ビルの方をちらっと見たが、すでに人のようなものは見えなかった。
見えるわけないよね。
だって、もう飛び降りた後だもの。
ビルの屋上にいた人は遠くてよく見えなかった。
でも、その人に子供が二人と女の人が二人ぶらさがっているのはよく見えた。
だからその人がどうなるのかわかったから、未羽に見せちゃいけないって知ってた。
『ねぇ見えた?』
耳元で子供と女の人の声がした。
だけど私はその声を無視した。
今の私にはそんな声よりももっと気になるものがあるからだ。
隣で楽しそうに笑っている未羽を見る。
ショッピングを楽しんでいる普通の女子高生。それが、私にはとても眩しく輝いて見える。
私は小さい頃から、他の人には見えないモノが見える。
それらが巷で言う死者の霊なのか、もしくは生きている人間の念みたいなものかはたまたそれ以外のモノなのか、よく分からない。
ただ見えるそれらは、うまく言えないけど全て負の気をまとっている。縁起のいいものじゃないことだけはハッキリしている。
そんなものを小さい頃から見続けていた私の感性は、周りの大人曰く『普通』からずれているのだそうだ。
そんな私にとって、普通に生きて泣いたり笑ったりする感情豊かな未羽を見ていると、自分も生きている人間だって実感できる。
コチラ側の人間なんだって安心できる。
だから。
笑顔の未羽をじっと見つめる。
妻と不倫相手が死んだ男。その男がビルから飛び降り自殺したとあれば、またテレビや人々の噂で賑わうだろう。
どんなに未羽がテレビをつけず自分から情報をシャットアウトしていても、どこからか知ることになるだろう。もしかしたら、今日見たのがまさに飛び降りの瞬間だったことにも気が付くかもしれない。
その時、未羽はどんな反応をするんだろう。
私はその時のことを考え、体がぞわぞわと興奮で震えた。
泣くだろうか、それとも怖がるだろうか、今度こそ立ち直れないようなショックを受けてしまうだろうか。あぁ、早く彼女の生々しい反応を見たい! 生きている人間の眩しい感情の爆発を見たい!!
「どうしたの?」
「え?」
我に返ると、未羽が不思議そうに私の顔の覗きこんでいた。
「何かぼぉっとしてたから。疲れた?」
「ううん、ちょっと考え事してただけ」
「そっか。なら良かった」
私の返事に、未羽は安心した様に笑った。変に思っている様子はなさそうだったので安心した。
私のこの本性は未羽に絶対に見せてはいけない。
誰にも知られてはいけない。
そのことだけは重々承知している。
未羽の変わらぬ笑顔に笑い返しながら、その無邪気な笑顔がどのように歪むのか想像して思わずごくりと唾を飲んだ。
『ねぇ、見えた?』
私には、人の心の声が聞こえる。他の人には言ってないし、家族も知らない。
私には友達がいる。
彼女はクールで大人だけど、子どもっぽい私と一緒にいてくれる。
私はずるい人間だから、彼女にもこの秘密は言っていない。
だけど私は心の声が聞こえるから、彼女の秘密を知っている。
彼女は普通の人には見えないモノが見える。
そして、私が泣いたり笑ったりするのを見てとても喜んでいる。
それが意地悪な感情じゃないのを知っているから、私はそれに気が付かないふりをして受け入れている。いや、彼女が喜ぶような感情豊かな人間を演じている。
彼女は自分が普通からずれていると思っているが、小さい頃から生きている人間の醜い面を聞き続けていた私はもっとねじくれている。正直なところ、彼女が自らをずれていると自嘲している姿を見てとても可愛いと思っている。
素直な彼女が私は愛おしい。人間をみて喜びを感じる彼女が、とても綺麗で美しいものに見える。
だから、私は心の声を聴き続けながら、真実から目を背けて美しい人を守るために演じ続ける。
私の反応を伺いながら、私に対する妄想にひたっている彼女が可愛くって愛おしくて微笑みかける。
あぁ、あなたを前にすると私は自然と笑顔になってしまうの。
『ねぇ、見えた?』
「ううん」
見 て な い よ