なにかを求めてここにきてはならない。
なにもないからこそそこがあなたに向かってくる。
1.
簡単な同意の署名をもらっておこうか、ここで怪我しようが何か紛失しようが一切の文句はお断りだ。
築 30年強 木造 平屋 どこをどう増築したか やたらと広い100坪あまり
内壁仕切りは万力型、作業小屋跡で天井は高い。平屋とはいえそこは昔がたきの大工の棟梁が自分の仕事場としていたところだ。いたるところに細工二階が施されている。梁をわたしただけの通路。なにがしまってあるかシートをはずして見なければわからない物のやま。それはそのままで、いつかの誰かの楽しみになるだろう。
西日が差し年来の木くづが光差すところにまう。水中でゆっくり吹きあがる砂粒みたいだ。
今日は予定通り朝一の銀行で固定資産税を10万円ほど支払ってくる。
世界の値段としては破格の安さだ。
300坪の土地に100坪の家屋。車どおりの少ない旧国道が脇をはしり周りに隣接した住宅はなし。
それでも周りには気を使う。実際のところ境界から5メートルほども中心に向かってよらなければホンとの所有地とはいえないほど緊張した時代だ。
その中心に向かっての方向に建物はあり完全な世界をそこに認めた。
存在はいまのところ異様ではなかった。
月夜に輝き黒い瘴気をたたしているようではなく、身をかがめて日向ぼっこをしている猫の静けさ。うずくまる鳩の群れ。そこが気に入った。怖いのは苦手だ。それはまた誰かほかの人の分野だ。
とにかくそこは自分にあった、場所だった。
多少の手間はかかるが素人仕事でまにあった。
豊富な廃材を拾い、組み合わせて机と椅子。
さびた鉄のプレートがついたままの台テーブル。
平らでないものには面に平釘を打ちベニあ板をしいてシーツをかける。
しかし傾いた椅子に傾いたテーブル。ぎしぎしユウ床。木工のにおい。
場所によっては金属と油。ペンキとシンナーのエリア。ある種のアロマ効果。
香を焚くのも遠慮する。
そこにタバコと香水とアルコールの匂いが充満する。考えてみたが期待で胸が膨らむ。
あの煙の波が想像される。どんな薬剤師も調合してみようとも思わないからできないであろうであろう匂いが脳髄にピンと極細の針を刺す。
人が入る前にしばしそこを独占する一日。
旧世界に対抗するためのそれをふまえ補った先端ではなく、旧世界に対抗させ先端を飲み込むいわば旧世界の旧。
ここに目をつけるとはわれながらとひとりごち。上をみあげる。
パソコンにネット、それらとは繋がらない。
相互しない。相互するのはあくまで旧世界でありそれは先端をいく世界と同じ。
先端からは流れ込むだけで循環させない。先端が川なら吸い込む泉のフェイク。
少し昔は旧世界そのものを壊そうとした。正確には思った。
しかしそれは必要なものとわかった。
1なるものは壊せない。
1なるものを今度は2たつをあわせて不完全な1をつくる時代になりつつあった。
しかしそれは昔からそういう決まりなのかもしれないが今は新しくそうおもえた。
1なるものにしろ完全ではない。だから不完全な1を2たつあわせてつくることに反対はできない。ベースはつねにいまある1である。
先端には追いつけない。
旧世界には別れを告げた。
ここでなすことは旧の旧を掘り起こすこと。
1なるものが1なるものになるまえの1を創造する。
なぜならそれは自分にはわからないから。いまの1なるものから創造し、先端を利用する。
まあそううまくいくまい。
勢いだけでは続かない。
しばらく眠った。
おびただしい疲労が二本足で歩行することを拒否した。足が背中にあるかのごとく、地を這うがごとく、軟らかで暖かい綿布の中で蠢いた。
なにが生きていることか。夢が現、現が夢。こぽこぽと沸く水の泡、実際は海えと続くどぶ堰の呼吸。朝がきて今日も一に始まり一に終わる。希望とは何か。目を開く前に意識が目を開くことをとどまらせる。なにがなんとなるんだ。血が流れてこない。だれか教えてくれ、眠りからさめるのはなぜか?
たぶん頭が痛くなるからだ。眠りすぎると頭が痛くなるからだ。だれか教えてくれ。頭が痛くならないために起きること意外の理由があるならば。それともこれが夢の始まりか。
場所にきてほこりを吸い込む。翼が地底にもぐりこむ。空気より軽く。煙を吐き出す。それが沈んでいかないようにかすかな祈りを捧げる。それもこれも昨日と同じことを繰り返す。ホントは昨日だけじゃあない。昨日もあさっても明日も去年も。同じこと。
テレビを背に背負いやがて満ちる。
その店が廃墟たることは満ちては欠け欠けては満ちるこの世の理。ではこの世こそが廃墟のすべてとも言い切れる。人の手とはすごいものだと感心する。この世を彩る魔性の技。いまとなってはまれなる廃墟。この手は無色透明。廃墟の食糧。ほこりは我が飯。
それは生きている。わづかにかろうじて生きている。人の手にかかるということは時を止められるということである。廃墟は時が止まっていない。止まっているのは人の家だ。死んでいるのは人が食う肉だ。それらはすべて生かされる。廃墟はそうではない。みな無意識的に知っている。
木曜日の夜十一時に開店した。初日に客が何人か通り抜けた。それからも何人かが通り抜けた。ある場所にはある人が、正確にはある曜日のある時間のある場所にはある人が留まるようになった。
自分の意志で決まったことを何度も繰り返す。月夜の晩も風の日も雨もあられも自分の意志は変わらずそこにある。それらは必ず残るものでありこのバーとともにあることでもある。
いつもの客がやってくる。彼はいつだか持ち込んできた酒を渡した。いつも自分がきたらこれをこうこうこうゆう風にして出してほしいらしかった。それだけが彼の言い分だったが、それを言うのも本当はためらわれたに違いないくらい神妙な面持ちだった。なんてことはない近くのスーパーにいけば売っているお酒で細工も特別なものではなかった。だからでは決してない雰囲気がかんざすの売りでもあったからなにも間違いは起こらなかった。次からは黙ってそれがそうなった。次に彼がここで何かを変えたいと思うまでそうなるのだろう。
客と客の間にちゃんとしたわずらわない距離があるのはお客同士の配慮でもあるが高い天井と広い空間にあった。なにもここに留まらないようでいてみえないうねりの隙間にいすがありテーブルがあった。すぐに流れに乗って帰っていけるし。通り抜けるだけも出来る。
事実そこを眺めるだけ眺めて帰る人は多かったし最初から最後まで文句も言わず居座る客も多かった。
あらかじめ決められた通りにことが運ぶ空間。決められなければ息を潜めて動かない空間。
それらがここで味わえた。
問題などおこらなかった。心配は取り越し苦労であればいいようにそうあればと願った通りに事は運んだ。それにもう手はかからなかった。
このバーのやり方は変わらない。お客のやり方も変わらない。とすれば何が変わるのか。みつづけている人にすれば根ゲームだ。
主人は思った。
助けてくれ、あさって、早く。 死んでくれ、明日。飛んでいけ、今。また血迷った行動。
閉じにかかりっぱなしのまぶたをなんとか切り抜けた。
救援が来るのはあさってだ。寝過ごすな、持ちこたえるんだ。
人は何回も繰り返すようになる。一日を繰り返し一年を繰り返す。一分一秒を繰り返す。
失ったものとまだわからないものを抱いて夜、眠る。
夢を見るのは寝ていなくてもできる。過ぎ去った日々は美しい。その時の何が残っているのか考える。匂いか映像か感覚か、表現しがたい。表現のしがたさが美しさの正体か。
時は動き出せば閃光のよう。死者への供物で辺りが充満し20本で300円。吸殻の数は減り、死んだ物や思いに祈りを捧げる奴は脇に追いやられる。
実際何かをはじめてみると時間が足りないなんて気づく。何かをはじめるまでの持て余す膨大な時間が嘘のように思える。
上へ登る階段は登るだけ。登った後で下の段へは戻れない。階段の下りを造るのは登って降りるために必要だ。登りっぱなしは息が続かない。上の酸素は薄い。下から積み上げるやり方もあるが上から下へ階段は造られる場合がある。
大義名分と迷信を失って何か他のものを見つけて生きていく。
昼の店はがらんどうだ。簡単な掃除をし息をつく。夜には夜の昼には昼の顔がある。どちらが年を取るのが早いのか、それは知らないがそれらは一緒ではないだろう。眠りも一緒。年を取る。年を取ることが成長することだけではないことは良く知られている通りだ。
壊れた食器を見ると残念に思う。これらの最初と最後を知っている。袋に詰めて埋葬する。
月曜日にはどこか遠くに行くのだろう。食器はカチャッっと最後の音を立て見えなくなった。それからは知らない。
もはや眠りまでも死に至たり、どこにもかしこにも終わりが見えてしまった。
こんな時ふっと肩をたたかれるんだろうか。しかしまだ何かが導いているような感じだけは消えることはなかった。何かがあるのだろう。そこにはいまだかつて到達したことがなく、ちょくちょくそこまでのチェックポイントらしきところにはたどり着く。しかしその都度そこがまだ終わりではないことをしらされる。また始まるのか?これが4なのか5なのか、100の内の何なのか10の内なのかもわからない。ただ、まだ先があるのがわかる。
気力でなにかを成すのならそれを失った時点で終わっていた。体力もなにもそれを失った時点で終わりだ。一瞬途切れただけでも終わりならなにが途切れずまだここに留まるのか。
よくこの世への恨み未練が霊魂をここにとどまらせるなんていうがそれすら途切れることがあるのではないか。いつまでも続くものではないのではないか。
一つの人生に千の感情があるのではなく千の感情一つ一つが命であり一つ一つの人生の結晶なのではないかと思う。終わりが見るって事はもうかなりの底まで落ち込んでいるっこことか、良い風に解釈すれば1UPしてるかだ。自分が悪徳を犯したのを全部知っていて、それをなを続けていてしまいにその重みに自分が耐えられなくなっている様子に似ている。墓穴を掘る。自分で自分の墓を掘ることが人生。誰にも見えなくなるまで深く冷たく掘りながらそこからすでに出られなくなっている。
かんざすはこの地方、最後の砦。ほかに見当たらなかった。いまだかつて見たことがなかった。だからいままで救われなかった。だから造った。背を丸くした者が入ってくる。アル中ぎみのもの。偏執狂。踊り狂うもの。きちがいどもの王国。それは静かで激しく伸びやかな場。明らかにされることなく明るい場。すべてが無駄に終わったと思わせない場。
開店と同時に入ってくる客などいない。閉店まぎわは別でそんな時に来る客は迷惑を持ち込んでくる。あちこちの病院をたらいまわしにしたあげくついにここにたどり着いた末期患者のようなただの酔っ払いだった。ぐだぐだ騒いで周りの客に突っかかった。閉店まぎわの最後の瞬間が台無しだった。これまでこんなことはなかった。だからあるのかはしれないが、いつもこんなときは誰かに試されているように感じた。まるでまだ三時間も早い日の出のような客だった。酒をくれというのでくれてやった。だがちっとも口につけはしなかった。水をくれというのでくれてやった。今度は少し口をつけた。男の前にコップが二つ並んだ。ツインタワーの間から深く椅子に座りまわりの客を値踏みするようににらみつけた。湿気た店に湿気た客とでもいいそうなそぶりでタバコを探った。火をつけ吹いた。客は一人またひとり泡吹く金魚の脇をだまって通り抜けた。そしてだれもいなくなり店の明かりは消え暗くなった。店に鍵がかけられ日が暮れるのを男は一人中で待っていた。
そんなものは一瞬だ。続かない。刷毛で簡単に塗りつぶされる。息継ぎだ。
バーは盛況だった。人づてに話は広まった。それなりの変わったものたちが集まった。どんな伝達がなされたか、埋もれていたなんでもない石ころに特別な価値が与えられたかのようだった。
死者がそこではよみがえった。工場では奴隷のように働く夜勤明けの戦闘員もその一人だった。懲役をおえかんざすへ来る。そこにいるのは仕事の何十分の一に過ぎない時間。
二三日して帰っていく。
ここにはひとりひとりの場所が与えられる。無表情でタバコを吹かしているだけでいい。
しだいにそこは現代と戦っていた。ひとりひとりが孤独な爆弾を持ち込むようになった。
小さな過激さが少しずつエスカレートしていった。それは誰も止めなかったからでもあった。
流行というものを単純に廻りものと見るのならそれは明らかな流行おくれの服ですらなかった。その円の中にいつまでもはいることのできない服を男はわかって着てきていた。男なりの男のつくりだすみごとなファッションショーだった。それは服だろうか、誰がなんの目的でこんな服を作り出し、なんで男はこんな服を買ったのだろうかと誰もに思わせた。それを感じさせただけでも男の価値だった。ある世界から別の流れを作り出すにはこの役は必要だ。男はおろかに見えたが男自身は自分の中に熱いものを感じていたに違いない笑みを時々浮かべた。常連らは次第に彼に敬意を評し穏やかに楽しんだ。
ここまではある程度の予定通りだった。旧世界の旧を作り出した。これを旧世界にしないためには更に旧を得なければならないのか。それしか方法はないのか。それでは先の先をいくことで優位性を得ているものとなんらかわりはないのではないか。これでは旧世界のおもうつぼではないのか。こいつは先を行ってる奴らも感じているジレンマか。なにか手をうたなくては。答えを探しているうちは進まないか進むかだ。
2.
大きな馬鹿騒ぎが終わったと思ったら、これからが本番とのことだった。これまではすべて大掛かりな練習に過ぎない。だと。
「はあ、そぉっすか」
「もをぼろぼろなんすけど、すくなくともオレは」
「だれか助けてくれるんすかね」
「ええ」
「はい」
自慢げな解説の割には舞台装置が今までと変わらなかった。額に汗をかき、失敗には赤面した。皆がこの世っていう酒のおこぼれをいただいた。いろんなものを煙にまいた。
あんたのこと一生好きでいるからなんてやってもいない女からの手紙がどっかから出て来て就職の合格通知と一緒に捨てたのが運のつき。物事にある種の関連性を見つけるのはオレの痛くない頭痛の種だった。
どうやらオレはここを消化しなくてはならないようだった。何時でも気づけばやりたくない役が廻ってきた。何十時間もぶっ通しでやったテレビゲームもがきの時分に忍者になりたくてつくった忍法帖も今はない。今度はそれらを作る役をやれってことだろうかと最近は働くことを理解するようにしているが、オレの造っているものがあちらと繋がっちゃあいないのはなあこれどう思うなんてガキにへりくだって聞かなくともわかる。
同じことを繰り返すばかりだった。愚痴るというかあきれるというか、こんなんでいいんだ、としばらくして思った。こんなんでとは、やらされてきた練習に対してのことで、本番はみなもっと適当であいまいだった。
「はあ、三人目ですか。男の子らしいっすね、名前はもう決まったんですか、」
「おめでとうございます。」
そもそも度胸が違った。ゆとりある行為が平和と繁栄を約束する。いつぞや作らされた標語のようだった。
偉そうに訓示たれてるやつは奮起を促しているのかと思いきや違った。必要なときに必要な言葉を。その場にあった状況を見ることをいつのまにか刷り込まれていた。それは必要だろうか。その言葉は必要だろうか。誰かが言わなければと思うこと自体が罪ではないのか。黙って聞いているいることを馬鹿にしてるんではないだろうか。挑発してるのか。しかし違った。オレラは皆して壇上の奴のちんぽをしゃぶってやってんだ。がっかりだ。汗をかいてきてオレはそこを病欠した。
オレはまだここをクリアしてなかったって訳かサッカーの練習もそこそこに野球でいきなり本番。ならされちまってる。しかしこれはきついぜ。
仕事から戻ると酒をグラスに注ぎ、風呂に入る。まあ風呂っても専らシャワーだけだが、あがって一杯。テレビをつける。放送は年々すごみを増していた。眺めのいい女がただで裸になる。ありがたい時代の恩寵としかいえない。たまらずこのまま引きこもりたくなる気持ちを抑え家から出るときどんな朝でも誰にもおはようなんていえるはずもなかった。
なにがおはようなんですか。ホントにおきてるんですか。なにをしてなにをやろうとしてるんですか。今日もまた。
ごくろうさんはわかる。仕事が終わってお疲れ様もいい。でもオレはおはようはしない。
いつからか夜は明けていないのはちゃんとわかっていた。
己が弱者で虐げられているとも思ったこともあったがそういうことではなかった。むしろ、だから、これでいいのかという方だったから、余裕があるんだろう。長い計算を繰り返した。そんなに時間をかける必要はなかったのかもしれない。とにかく全力を賭けるんだと答えはでていた。
こっちでやれないじゃないか。全力をつくしてないじゃないか。こっちで半分でやってんのに満足できないんだろう。こっちでも全力でやっている奴はいる。お前はそれができないんだろう。だからこっちにくるんだ。過去からの手紙が毎晩のようにきていた。
気づいて、それはとにかく夜だったけどかまわずオレは出発した。
列車は海沿いを鈍行各駅で走る。24のカレンダーがゆれているのはオレが23をめくってやったからだ。なんでだかしらねえ、オレはどの未来に向かって歩いているのか、息を吐くたび酔いがまわってきて時計も午前一時を回っていた。時間はそれが必要なとき図るべきだ。あてもなく見るもんじゃあない。オレはポケットから23をまるめた紙くずを取り出して足元に落とした。
寒い、寒さだ。目を覚ますと意識して感情を捨ててきた今までと違う。ホントに残ったものからもさらに殺ぎ落とされる。オレは問いと答えを持っている。自然に出るソレを何に使おうか。売るべきか売らざるべきか。何のために苦労してきたんだい。学校みたいな仕組みから逃れるためさ。そっから抜け出してもうまくやっていけるように努力してきたんだろう。しかし社会は学校の延長どころかより出来の悪いてきとうにつくられた学校そのもの。卒業が葬式かい。笑わせるほんと笑わせる。
しかし考えると社会ってのは学校より恐ろしい。
「オレやめっぜこんな仕事なんてやってらんねえ」
「確かにここはくそさ」
「まああれだボーナスでたらぱっと飲みいこうぜ」
休憩室で甘ったるすぎて糖分表示の出来ない缶コーヒーを飲みタバコを吹かし愚痴をこぼしあう。すでに口すら開けないベテラン達は確実で堅実な休みのとり方を知っている。ただ黙ってひとり座布団をたたみ横になる。だれも近づかない。
自分に力も頭もないのは知っていたがさらに博打の才能もなかったのにはがっくりした。休憩室でパチンコやスロットの話となるとからきしだ。そんなのには行ってらんねえよとは言うがすくなくとも勝ったり負けたり勝負になる自体がうらやましかった。オレはのめり込めねえ、いいことだといわれるが物足りなさを自分自身いつも感じていた。
幸い健康だけは昔から言う馬鹿のとりえってもんでそのため付け加えられた他人が病欠した分の仕事を引き受ける羽目にもよくなるのだがそんなときは長期の不確定な仕事の変わりに変則的で特別な休みをもらうことができる。何が違うんだっても思うんだがちょっとした続きの休みを利用して飛び出すことが多くなった。そして帰ってくる。
知らない町に行く。ほんの一日だったり何時間だったりもするが旅をしたりそこの住人のふりをしたり何らかの任務をよそおって行動する。ようするに現実逃避ともいえる。オレは人の分も率先して働き休みを組み合わせて度々旅をした。ラッシュ。オレのコインをたんまり稼ぐ。
労働時間に使う金なんてちんけなものだ。飯代タバコ代ジュース代。かなり働いて寝てさあ休みだと金をATMからやっとおろしてやっぱり飯代タバコ代ジュース代で生きてきた。人生も労働だ。まわりじゃあパチンコだとかスロットだとか言う奴もいる。車を買いパーツを買い走り回ってる奴もいる。キャバクラだとか飲み屋に金を落とす奴もいる。どれもこれも真似てかじってみたがピンとこない。
半端に金を使ってしまっていたとしか言い切れない。なんでオレはこんなんだとも今では思わなくなってしまっている。
それで飛び出した。そして帰ってきた。オレはいつだって半端もんだいつか帰らなくなるときがあるだろうとたかをくくったてコロッケの皿でカップめんを抑えごはんを茶碗に盛った。
次の休みはくそいつも文句と皮肉と批判ばっかり言いやがってる同僚と遅くまで飲んで夕まで寝ていた。
そんなのはうんざりだうんざりだと思って寝付いた。現実から逃げたいっていうけど逃げたい現実すら定かではない。毎日は何も張るものがないのに張らざるおえない負けるための集中力を切らしたギャンブルだ。目覚めると二つしかない目がぞろ目でないのを知っている。三つ目がどうにもならないのをしってとりに行く。
なにやってんだろうな。この小さな箱は無料の最高のドラックだ。テレビをつけてアメリカ万歳ってな。いってりゃいいんだろ。こんどはよー。ただでこんな価値あるなんて何かないなんて思うわけがない。馬鹿にしやがって。凡百の悪党。悪の凡才。自分に子供が生まれて子供に本当のことを話すか考える。ただ生まれたんだからただ生きろ。無料だ。テレビと同じだ。みんな見ているんだから恐くない。
3.
わたしの家族は年令相応に生きてるけどわたしには散々だった。わたしは家族の中で自殺を済ませていたから亡霊の立場で家族と呼ばれているものをみている。家族はわたしの代わりをそれぞれ務める。父がわたしのおじいちゃんにわたしの立場からものをいってたしなめる。おばあちゃんがわたしの立場で母に甘える。うまい役割配分だった。わたしにはつけいる隙がない。みなたくましかった。「おじいちゃん」だとか「ママ」だとか「パパ」だとか。わたしが幼かった頃が一番良かったんだろうか。わたしがそれらの言葉を使って家族と話していた時がうちの家族の黄金時代。わたしは年を食いいつのまにかいなくなってしまった。亡霊となり家族を見守っている。この家ではちゃんと朝になると先祖の仏様に飯を出す。わたしはその仏様のたぐいで生きてきた。
わたしがすぐに出発できたのは訳がある。わたしは普段から準備を怠らない。ここをいつか抜けると思っていた。これまで何があって、これから何があるんだろうか。多分何もないんだろう。わたしが思わなければなにもない。ホントに生きなければなにもない。わたしはそれをわかりすぎている。あまりに単純な答えにわたしは疑心暗鬼になっていた。それがここまで時間のかかった理由の全部にしよう。これまで何が残ってきたか確かめる。次に進むとしたら何を持っていくか。わたしはそれを考えるのが子供の頃から好きだった。夜寝る前に準備しておくもの。明日目がさめて今と全く違う場所に飛ばされる。そのときのための準備。それを考えながら眠りにつくのが一日で一番の幸せなひとときだった。
いくつかの戦友と呼べるしろもの。真剣に見つめれば大した物ではないかも知れないが長い付き合いが愛着をわかせる。それがわたしを笑顔にさせる。ここに残ったのには何か大事な意味があるんだろうなんて考えるのもまた好きだった。捨てる直前からまた使われて生き残ったもの。これからを供にする期待を込めて大事にしているもの。数はすくなくともソレがわたしに対して意味するのはわたしの生きてきた証。ともに生き残りしてきたそれぞれを繋ぐ証だった。
人生とは氷の発見だ。迷信を解凍するレンジが欲しい、溶かせ、飛ばせ。母親の迷信。ばあさんの迷信。この町の迷信。学校の迷信。社会の迷信。果たして何が残る。
「いまや本なんて誰も読みやしないんだろうね」
「そうですね」
ちょっとしたイベント会場の1階で行われる古本市のバイトで働いた。昔の人は本を読んで熱くなり行動したんだろうか。ラジオやテレビやパソコン、ネットの時代。わたしはかろうじて本とテレビによって思考をつくられた世代の人間だ。バイト先の古本屋の店長はテレビ・パソコン世代の若者について物言ったんだろう。わたしはそう理解した。わたしはその頃本を読んでいた。だからこそ何らかのつながりでこのイベント会場で働く気にもなったんだろう。それぞれのその世代が対面するものがなくなりつつあることは年を取ることで仕事がへることでもある。まだこんなに残っちまってとあるいは店長は思っているのかもしれない。これらを全部買う人がいたら全部売るんだろうか。その時の死は如何にあるのか。最近ドイツの作家と音楽に影響されたわたしは切れ味と信頼を意識した黒とベージュと純白を取り混ぜた服装にゾーリンゲンと名づけその地名が違ったかしらなんて思いながら誰にも聞けづひとり仕事をこなした。バイトはわたしだけだった。人の入りから考えればまあ妥当なところで買う人にかぎらず見にくる人はお年寄りか家族の買い物にうんざりしてふらついてたどりついた中年のおやじだった。
わたしは店長にいまはやりの若者の代表に思われていたが、まちがいなく今はやりの若者はバイトを選ぶ。こんな感じの仕事はしないんだろうなと思う。そんなはやりの若者は店長の頭の中だけにあってどこで店長はそれをイメージしてるんだろうとも思う。新聞にかいてんだろうか。なんらかの本を読んだんだろうか。むしろテレビやネットの一部分をかじったのが理由だろう。本を読めば昔の人をわかったつもりになる今のわたしと同じ。それぞれに向き合うものは興味を持ちあうんだろう。
忘れ去られた目立たない世代の人間には向き合うものすらない。まさしく時代は君のためにあるだなんて感じたことはない。わたしがファックなんて言葉を覚えたのはいつだったか。幸運のおまじないだと本に書いてあり、なにかの映画で誰かがいっていた。なんとかかんとか向き合うものがあった。がたがたででこぼこな世界で華がなくとも向き合えた。同級生が自殺したときもそれは新たな救いかと自問した。くそ。誰がいったいどこでなにをファックしたかは明らかだ。
「キミ魚の食べ方うまいねー」
「そうですか 普通ですよ」
「うまい うまい」
「ほら、ミホ見てみろ魚はこうやって食べるんだ。」
「七浦町だっけ。出身は、さずが漁港がある町の人は違う。きれいなもんだ」
わたしはお昼の焼き魚定食の皿を店長の娘のミホにさらしていた。ミホはわたしなんか見やしない。皿と魚の骨をじっとみつめていた。わたしは親子の間をじっとみつめていた。
店長は抜け目ない。娘の教育にも役に立ってんだ。それもバイトの内。
向き合うべきものと向き合うべき時期に向き合わされたとおりに向き合わなかった。
わたしはわたしのいる位置が嫌いだ。胡散臭いものになじまないように仕掛けを作った。
「最初にお魚さんにこおやって線を引いて両方に開くの、それから尻尾をおさえてこう」
ミホは聞くのと見るのをあわせても半分くらいの反応だった。圧倒する事。手早い処理。
有無を言わせない。仕事はこうするのよ。と目で訴えたがわたしは母親ではなかった。
子供が欲しいなんて現実や自分から逃げる奴の口実だと思っていたが案外よりそれと向き合うことになるんだなあと、すでにぐちゃぐちゃになってしまったミホの皿をみて思った。
過去にあったことを信じること。それを積み重ねるしかない。休まずに何かを成すなんて出来ないことだ。たしか神は7日目にお休みになったのではなかったか。
喜びごと、苦しみごと、両方に同時に人は走れない。
4.
かんざすはちょっとした名所になっていた。このような場所は余り近くにはなかったから集まる人と遠ざかる人がいた。最近では警察官が調査にきた。健全なる魂の持ち主に通報を受けたに違いなかった。ここは周りと違った場所だったからで周りと違った人たちがあふれるからだった。ものごとを複雑にするつもりはなかった。変化を促しているわけでもなく宗教でもない。かんざすがこの廃墟が巨大なテレビで有害な電波と騒音を出しているんなら止めなければいけないだろう。ここは静かな人が集まる場所だ。草木や花に光と水を。根を張る場所を。なんていってもわかりゃあしないだろうから警官にはあっちの常軌を逸しないようになんでまたこっちが気を使うんだってくらいおかしな話だ、なんにも考えない相手に抵抗しないように話してやった。奴はぼんくらでもないんだろう。機能していた。なにかあったら直ぐに連絡するように。と電話番号も教えなかった。サイレンを鳴らさずに帰った。それではいつまでたってもオレは警察を呼べない。
いままでひとりで考え行動することが強さであると思い描いたがそうともいえなかった。むしろひとりで考えることは人に影響されたものだったし行動も力なきものにとってはありきたりでせつないものだった。とあるちょっとした冒険は誰かがやったことがあるものだったし、ソレに対する感情も新しく発表するには値せずどこかの本やテレビで誰かが語った言葉でしか言い表せないものだった。この言葉ですら何千年と使われてきた一字一句の組み合わせで何通りなんて数えるだけで一生を終えるんだろう。
しかしひどい格好だ。面はだいぶましになってきた。自分のやりたいことができているせいだろう。晴れ晴れとした顔だ。この黄色のシャツは7年前500円で買ったっけ。友達2人と近くのデパートで赤 青 黄色。いったい誰が着るんだって センスの服で だれが作ってんだろうって服で 誰が売ってんのと 買ってんのは知っていた。
罰ゲームでコンビニに着ていって注目を浴びたのが始まりだったかもしれない。安定した明かりと適当な変化があるための新しさに浸りたくてコンビニに行く。それらを知る者にしては安価な買い物が出来る場所だ。
こんな服は地方にはごろごろしている。それらを買ってやり着てやりで成仏させてやるのが今のオレの仕事。これは本業より効果があり大事なことであると最近では確信している。
恥ずかしくなるのは誰だろう。オレではない。こんな服を着てという前に考えろ。店につくまでに人に見つかりきゃっきゃされる。奴らびんびんに反応してくる。こんな服に。だから造られてんだろう。反応がいいから、まさにこれらをデザインした人は本物だ。本質をついている。そして着るオレも突きまくりだ。これでギターでもひければ完璧なのだがそれは奴に任せよう。かんざすにいけば奴に会える。流行り病が集客する店。夢のギター引きと詩人がいる店。
それまでのオレなんて、あーおもしれえテレビ最高人間。人類皆兄弟、世界平和、人民みな平等。足をはこばなくったって目の前にすべてがあるじゃないか。空想オナニーしてやるぜ。そして夜と朝が毎日出会ってもなんともならないみたいにオレはテレビに見入ってる。その子をレイプすんのにも箱んなかに入らなけりゃっテ思う始末だ。ああそうだ部屋の中で紫の服着たって変わんねえ。町を分ラットあるきまわりんね、りんりんりん、オレの携帯がぶるった振りをしてやる。もしもし、ああ、うん、そうそうそう。だから、うん、わかった。じゃあ、ああ、また、うん。ぴ。だー。だりい。帰ろう。何も見なかった、聞かなかった。オレはちんけなサラリーマン。風俗通いに精を出し、南南と走らせる電車が朝には北へ着た。楽勝。
ああ夢か、心配だから内へ戻るよ、昨日はありがとう。えっ撮影されてるって。そんなもんあのバーにはなかったな、確かさ上をみてばっかのオレが言うんだまちがいない。下はって、あいつにきてくれ。そう。あいつだ。10円だな10円。ありがちだけどさ、まちがいない。そいつも間違いない奴だ。そいつの範囲では間違いない。
6
ねえ、だいじょうぶ。つい言ってしまった。道なんて適トーでいーよなんて強がりばかり言って脂汗。ここの右折だってかなり無理がある。こういうのは強引なんていわない。ちょっと頭をさげてみる。険しい顔のドライバーがあきれて譲ってくれた。
「ほらほらほら、これでいいんじゃねえ」
あたしのきのつかいなんてお構いなし。それから30分口をきいてない。どういうつもりなんだろう。こっちから口火を切りづらい。
あーでもだめだ。わたしが誘ったんだから。絶対切り返される。
目を開いたら、それがあなたの見たいもの。目に映るもの、それはあなたのみたいもの。
「そうそうそう、児玉きょう点決めるかな。あー楽しみ、スタジアムで新しいユニホーム売ってるんでしょ、あたし絶対買うからね」
わたしはこの人と結婚して主婦になるんだろうか。主婦って言うのはこれまで女の只一つの良い生き方の見本だった。すくなくともわたしが住んだことのある地方ではそうだった。
まわりに主婦以外の肩書きをもったまともな女性をみたことがなかったし、ひとりでいる年相応の女性は幸せそうではなかった。だから誰も冒険などできなかったし何よりひとりぼっちの悪い見本になりたくはなかったのだろうと思う。みなで主婦であることを共有した。幸せであるという幻想にすぎないものでも不幸も幻想にできたからその効果は大きい。
それは当たり前のことなのだ。
7
ちょっくら銭をためた。金ではないから年単位でかかった。まだ成していないならそれを認めることだ。底辺にたって底辺のシートを常にめくりつづける。それで下に落ちないようにするにはどうするか。
まあいいさちょっとしたなりをしてサテンを強襲。しかし今じゃあどいつもこいつも昼間にはでてこねえ、花は夜に咲くってレシートを出され、正午までお休み。男は昼働き夜に眠る、女は夜に働き昼眠る。女の方が進歩的なのかその手があったかと世界的時差を感じる。ロンドンとは9時間。果たしてどの子がお好みか。
どの子も散々洋モノに洗脳されやっパリ戦争は終わっていなかったと感じる。日本軍も侵略はしているのだが女を捕虜にされて敵に寝返るものもが図知れず書く言うオレも実は敵の術中にはまっている。
レンタカーでアメ車を借りてメイドイン香港の財布の中身を確かめる。チャイナ製のズボンにシャツ。パンツはインドネシアっ手ところが今日の一番の不安。
不安だけは日本製かよまったく。しかし月に一回でも別人になりきるのは悪くない。普段は何百円だかで支給された作業着と部屋に戻ってのジャージしか着ない毎日だ。それなりの格好はさせてもらう。
礼儀正しく通いつめたキャバ嬢とサッカーの話題で盛り上がりスタジアムデートを繰り返した。それだけが何よりの月の楽しみであり希望といえる未来への変化だった。馬鹿の一つ覚えとも言える。愚直までに繰り返す。それはSEXも同じだ。繰り返すんだ。規則正しく、今はそれで流れを造ることに専念。この小さなせせらぎがたどり着くところがスタジアムで人が大勢で家族ずれからカップルまでいまや老若男女の盛況ぶり。
ここに向かってんだ二人で、ここに至るまでの流れを作り出そうとしているんだ。
8.
流れに任せて進んでみた。
とりあえずでいいっていうのにこだわってしまう。最初っからうまくなんていきっこないのに。それでいつも駄目にしてるんだ。今回は違う。だからマスコミの連中にも対応してやった。何とでも成れというわけじゃあない。紳士的で誠実に。
「ほら、良く見ると窓のサッシ隙間開いてるでしょう、あそこから入ってくるんですよ、ええ、亡霊が。ええ、はい、嘘です、これ、書かないで下さいよ」
二日酔いでふて腐れた面したカメラマンがあたりをパシャパシャしながらうろついているうちに記事を書くらしい女性記者を対面で話をした。
年の頃は26ぐらいだろうか。そりゃアこの手の場所に二十歳そこそこの子が来てもどうしようってなるだろうがかなりいけてた。2.3個その雑誌のバックナンバーを持ってきてもらいぱらぱらと眺める。今日は開店してからも様子も眺めたいんだそうだ。時間はゆっくりあるらしいのでこっちからも取材ができそうだった。ヒマッていえば失礼なんだろうがこねもなんもないこの場所にきてくれたのは何ででしょうと尋ねたところ、あのカメラマンさんがねってのことだった。こういうの好きらしいみたい。あなたはどう思いましたかと聞くとちょっと恐いかなそれにわたしお酒飲めないしってなことだった。
「お酒飲めないんですか見えませんね」
「よく言われます、だからこういうのちょっとわかんないし苦手なんですよ。ごめんなさい」
わからないことが苦手なんんて素直なところがまたいい感じだ。で、何でこの仕事やってんだろうなんて聞きたかったが逆に聞かれてしまった。まあ全部が全部記事にするわけではないんでぶっちゃけ話で結構ですよって。
「ええ、まあ、仕事は仕事ですが何でっていわれると、恨みですかね。たとえばこの廃墟ですけどほおっておかれなければこんなにならないですよね、でも、ほおっておかれたから今がありこうして成り立ってる。なるべくして成ったともいえるし、どうしようもなかったともいえる。恨みって言うのは寂しさに由来するのかな。わかってもらいたいって言う思いがあります。チョコレートは甘いですよね。でもそれを甘いと決め付けたくはないんです。それにさらに言うと食べたことない人がそれを言うのもなしにしたいんです。
無関心さというものの次元を変えたいと思っています。それで寂しさを味わうことなくなると思うんです。関与しないところもしくはしてはいけないところを個人個人がはっきりとではないにしろ自覚するところからはじめます」
「あまりにも情報が繁殖しますよね、顕微鏡の中の細菌みたいに、正しさとか間違いとかそんなものは同でもいいくらいに、確かにそれらはどうでもいいことかもしれないです。しかしそれにきずかずに恐ろしいことをやられるのは恐いんです。たまに音を止めて欲しいことありませんか。自然が常に完璧とはいいませんが過剰な装飾が多くありませんか。
結論として何を言っているのが自分でもわからないんですが自分の言いたいことを自分の言葉でいっていることを知ってください。ちゃかしているつもりはありませんしごまかそうともしてません、それだけはわかってください」
相手が女性だから本音で甘えるのは自分の流儀のようだ。半端にくどいてるんだろうか。何について語ってそうなるんだろう。確か仕事だ。仕事って生きることだ。
仕事がつらいんです、死にたいんですって聞こえてるんだろうか。理解はしたが、答えがだいたいの予想していた可能性の範囲をこえていたんだろう。
とにかく、久しぶりに話を聞いてもらえて饒舌だった。かたくなに否定し避けてきたところからの客人なのに実際にはやってきたことと思っていることしか話せない。
9.
自分の人生を困難なものにしているのは自分自身だ。物事を複雑にしているもそのとうりだ。というような何かの文章を思い出した。話を聞いていて彼は純粋なんだと、そして彼の皮膚は複雑さであり彼のいるこの場所は純粋なんだと感じた。
彼は犯される前に自分で犯した。そしてそれにやはり傷つき防壁を作った。彼は何もかも自分でやろうとしている。ひとりでオセロを繰り返している。それにはちょっと胸がうずいた。しかし彼は傷つきおびえているだけではなかった。見た感じは神妙でとっつきにくい横顔。正面からまっすぐ見つめられるとかなわない。そしてそれを彼はわかっている。相手にそう思われていることをわかっているから、数秒してわたしの息がとまるくらいで彼のほうから視線をはずしてくれる。時にそんな気遣いは苛立ちをかんじさせることもあるがそれにすら彼はきずいているんだろう。そんなときの話題と開放された笑顔が彼の積み重ねてきた生きるための良さのように思える。もちろんわたしは人物評をしに来たのではないがどうしてもきになってしかたなかった。
彼が一番きずいていないのは自分自身どれだけ人を求めているかだ。それはこの建物にも
いえるのではないか。建物は朽ちる。彼も果ては朽ちる。建物は廃墟バーとして美しさを見せる。彼もそのようになりたいのだ。
廃墟は廃墟であり彼は彼だ。それだけならそれまでだから、廃墟がバーとなり彼はこうして今インタビューを受けている。しかしやはりインタビューを受け廃墟バーが注目を浴びることが望みではないらしい。それは自分にとっても同じと思うのだが。死ぬことの普遍性を真摯に甘んじる意志と生存本能の両立。
廃墟は人の手にかかることを望んでいるとお思いですか。
と聞くと、波が引き戻ってこなくなったように時を止めた。
いや、でも、
でも自分の手になら
と言いたげだったのだろうが押し留まった。
時を返したのはカメラマンだった。
彼にいろいろ質問をなげかける。
彼はそれに答えてやる。
それじゃあ同じだ。この人は更に自分を自分で塗りたくり混乱し結末は自殺してしまうのをきずいていない。あるいは感ずいているのかもしれないがそれを引いて逃げるような気はないだろう。行き着くところまで行く人だ。
人にどきどきするなんて久しぶりだ。
10.
廃墟は人を拒んではいないのだ。寄せ付けないわけでもない。拒み寄せ付けないような場所にはあるかもしれないが。そうではない。オレにはわかる。そうでなくてはオレはカメラをやる価値がない。
この廃墟の管理人に会うことができたのはこの雑誌の仕事はじまっていらいの役得だ。
車で通り過ぎたときぴんときた。胸を打たれた。車で歩いていると道端に車を止め三脚を立てて景勝地を写真に取っている人がいる。もっともだ。オレはオレこそはここだと思った。車を引き返し斜に構える。シートを倒しじっと眺める。いきかける。イクンダこれは。
一度いかなければ写真に取れない。これはよりどころだ。近年ないところだ。人通りもまばら、山んなか1時間も掛けていかなくとも良い。極上の立地環境。最近人があつまりだすのもうなずける。しかしバーとは考えた。昼はこいつを独り占めってわけか。廃墟といえば月夜のイメージでおどろおどろしい感じを抱く人は多いと思うが、オレは熱い灼熱の太陽の下下から見上げる建物のイメージだ。
しかし無理難題をおしつけられたもんだ。
バーを壊してだと。女はなんでも言うもんだって本当だ。
たしかにオレは壊すだろう。たしかにオレはそうするだろう。
それはそうと山の写真でもとって帰ろう。こういう小さな積み重ねが大事なんだよな。オレにはカスほどの才能しかねえ、それこそあの山のように写真を積み上げて一枚一枚腐るほどに積み上げてやっとそれらしい作品に仕上がるってもんだ。それで悪いか、気持ちが山ほどあるのさ。ピンからキリまで。やさしさだよ。紙くずみたいなだって使いみちはあるもんさ、それを才能あるやつは見向きもしないし、奴らは屁もこかない。糞もだしゃあしねえときた。
燃やしてやるよ、オレだってさやり方はしってんだ。
愛を形に。すぐにたどり着くさ。たどり着き方だって知っている。
オレはみんな知ってるんだ。
11.
人は人生においてみな平等にモノを得る。その感じ方は違う。気づかないだけなのかもしれない。一度一周して、喜びも悲しみも味わって終わって、また二周目に入るものもいる。時に三周 四周とするものもいる。これには骨がいる。とにかく人が一生に味わうものは同じでそれをコントロールできる奴もいるが二周目になればそれは薄くなるし一周目の1なる効果も薄れる。ただ高回転で廻している人もいるしじっくり一周一回に掛けるものもいるということだ。
一周目のぼくはようようにして何周目にも突入している人生のベテランに出会うことが多いがそれは彼らがぼくに対してであって彼ら自身が人生においてベテランなのではないことはよくわかる。彼らはぼくに対してだけであって自分自身ではそうでもないのだ。
だから、こんな仕事を持ち込んだりする。
これを仕事というのもどうかと思うが彼らはぼくに対してベテランだったから使う言葉を知っていたのだ。
あれはお前のものだと、あれ以外にお前のものはないんだよ。
あれを取らないで何をとるんだ。
言いたいのは檸檬の話だというのはわかった。
彼を仮に梶井さんということにしよう、。
しかしたしかにあれはぼくのものだという気はする、これを逃せばもうそれはないのだという気もする。なにせぼくは一周目なのだから気がするだけなのだ。
そんなぼくに何周もしているような気がする梶井さんそうだというのだからその気になるものわかる。ただだまされているような気もする。
しかし踏み出すのはお前次第だとか後で後悔するのは自分だとかベテランの言うことはよくわからなかったが、仕事だとさあ、平気でなんでもやるもんだといった時はホントのことを実感として話しているなと感じた。
ぷーのぼくはまったくみずから迷宮ダイダロスの掃除当番を毎日買ってでる。若いうちはっていつまでこうしてるんだってぼくの心臓病は隔離からの乖離。顎を上げ胸を張り背中に翼を意識してロケッティア。それだよ。突然の開放。まったくの突然に。死から生へ、生から死へ。
おい、いくぞってもう動いてる。半ばまで。それが原因だ。
12.
たぶん、このままでいいんだよ。これ以上の迷惑にまきこまれないかわりに未来を否定する。未来を否定しつづける。現状維持、いまのままでだいたい、いい。
未来の幸せに予約を入れる。
考えようだ。
しかしあいつはやっちまいかねない。だまされてんのをわかってもやりかねない。結果はどうなる、おわりだよ。馬鹿な話だ。夢物語。命ちじめてどうする。自ら苦境にたちむかう?映画の見すぎだ。
とにかく、どうしようもない。とめられるもんでもない。黙ってみてるだけなんだ。オレはいつだって黙ってみてるだけなんだ。
テレビの中で大騒ぎが起こっているのと同じだ。オレはスイッチを付けたり消したり。
オレは現実だ。虚構は向こうだ。
しかし苦労は報われるのか。努力と仕事への真面目さはどこで帰ってくるのか。給料日はいつだったか。務めはじめてもう十年目か年の暮れには表彰だと。そうだろうよ。
馬鹿メールみて消して、馬鹿電話しかとして、そして夜はふけていくってか。
それでいいんですかー。終わりますよー。二十代も終わりですよー。
オレは何やった。オレは何やりたい。オレはどうなるんだ。今ごろこんなネタ冗談じゃなきゃ誰にもいえない。
自分で自分を苦しめてんのは自分じゃねえか。
馬鹿くせえ。
くそ、しっかしこのコントローラーももう気かねえ。
K態の電源も直ぐに切れるし。
変えねえとな。そろそろ、一年経つし。
なに、オレわかってんじゃん。
愛してくれよ。お前がそれによって生きていけないくらいまで。
オレに流し込んでくれ、オレに新しい体液を。湧き上がる生命を。
あっそうか、オレ死んでんだっけ。
息継ぎがうまくできなくてそうそう、このオレは死んだんだった。
いまのオレはニーとだと。外人さ、生きてるだけで丸儲け、そう、とびっきりの映画をこうなりゃ見せてもらおうか。
それがオレの死と引き換えだ。
オレの死。死よ、健闘を祈るよ。がんばれ、死が死の仕事をやるんだ。
何が悪い。
13
死が春うららかな朝日の中、廃墟バーを炎上させた。陽の中、火は見えず、煙も近所の農家の焚き付けだと思ったらしいが死はじっと待っていたんだろう。その地方の消防が別件で都市部に皆でっぱらっているのを狙ったんだ。
死の仕事は一瞬だが何年も待ったときも時給に換算すべきだろう。
そん時、オレは女とサッカー遠出して見に行った帰りだった。
立ち会えてよかったよ。
死はあの取材の女とはよろしくしてたらしいが今は知らない。カメラマンが訪ねてきてそのそいつの指にリングがしてあったのを見たからだ。
死は警察につかまったという話も聞かない。
それも当然だ、自分の家に土地に火を放ち誰にも被害を出さなかった。
しかし皆、死を探した。
消防も警察もカメラマンもあの取材にきた女記者も
ただ、話をききたかっただけなんだ。みんな。
それはオレも同じだ。
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