一人の少女がとある少年に恋をした。
理由は簡単。少年がとても優しく語りかけてくれたから。ただそれだけのこと。優しさを知らなかった少女は、そのたった一瞬で恋に落ちた。
だが少年は気付かない。
「可哀想に……せめて一日だけでも幸せになっておいで ただ、日付が変わる前に戻るんだよ」
報われない少女への天からの助けだろうか。少年に気付いてもらいたい少女は何度も頷いた。
「もう少しでお前の季節も終りだな」
木の幹に触れ、呟くように語りかけるサスケ。少女の想い人である。
サスケは木の幹に背を預け、目を閉じ風の音を聞く。
「この風がなきゃ、もう少し綺麗なままでいられるのにな」
そしてゆっくりと目を開けると、先程まではいなかった少女が立っていた。
木に語りかけるなど、里の誰にも知られたくないところを見られてしまい動揺するサスケ。だが少女は意外にも、サスケを笑うことなどせずに微笑んだ。
「あなた、優しいのね」
「なに?……笑わないのか?」
サスケが問うと少女は不思議そうに首を傾げる。
「どうして笑うの?」
「どうしてって……木に話しかけるなんて変だろ」
「そんなことないわよ 私はとても素敵だと思うわ」
少女の言葉にいささか照れ臭そうに後頭部を掻いたサスケは少女に歩み寄る。
「アンタ、名前は?」
「私? 皆にはサクラって呼ばれてるわ」
サスケはサクラに恋をした。そして二人の距離は急速に縮まった。
「俺はサスケ なぁ、少し話さないか」
「いいわ 日付が変わるまで……たっぷり時間はあるもの」
なぜ日付が変わるまでと言ったのかサスケは首を捻ったが、すぐにサクラと話すことに夢中になり深く考えることはなかった。
あっと言う間に時間は過ぎていく。サスケは初めて、時間という単位を恨めしいと思った。
「なぁ、今日会ったばかりで変かもしれないけど……俺、サクラのこと好きになったみたいだ」
サスケは焦っていた。今日初めて会ったサクラと、また会えるという保証はないのだ。今思っていることを全て伝えてしまわなければと思った。
「会ったのは今日が初めてじゃないのに……私はもっと前からサスケ君のことが好きだったのよ」
記憶を出来る限り遡ったサスケだったが、サクラと会ったという記憶はなかった。でもそんなこと今はどうでもいい。サクラもサスケのことを好きだと言ってくれたのだ。
「本当か」
「……ええ」
笑顔のサスケとは対象的に、サクラは寂しげに微笑んだ。
辺りはもうすでに暗くなっていて、戻らなければならない時間が近付いてきていた。
「私そろそろ帰らないと……」
名残惜しげに背を向けるサクラ。サスケはその腕を取り、そのまま後ろから話しかける。
「また会えるよな?」
背後にいるサスケには見えなかったが、サクラは静かに涙を流していた。
「なんで黙ってるんだよ 会えるよな?」
「……さようならっ!」
サスケの言葉に答えず、手を振り払い走っていくサクラ。
答えを聞けず納得のいかないサスケはもちろんサクラを追い掛けた。
男と女。すぐに追い付けると、サスケの思いとは裏腹に、どれだけ走ってもサクラの姿は見えなかった。
「どこへ行ったんだ……」
気付けば辺りをぐるりと回り、元いた場所に戻ってきていた。
サスケは木の幹にもたれかかり、乱れる息を整えながら夜の黒に映える桜の木を見上げた。
「なぁ、サクラがどこに行ったか知らないか?……知ってるわけないよな」
ふっと笑みを溢すサスケの頬に一滴、雫が落ちた。サスケはその雫を手で拭い、空を見上げる。
「雨……?」
だが雨など降っておらず、落ちてきたのはその一滴のみだった。
その雫は少女の涙。自ら望んでサスケに会いに行ったが、こんなにも苦しいのなら止めておけばよかった。
それでも少女は懸命に微笑む。例え一日でもサスケと話すことができた。気付いてもらえたのだ。
少女は哀しみと喜びを胸に抱き、サスケを見下ろしながら散っていった。
桜が一瞬、一際華やかに見えたのは気のせいだろうか。いや、確かに風に乗ってたくさんの花びらが舞う直前、最後の力を振り絞るように限界まで花開いた。
サスケはその美しさに、全てが散り行くのを立ち尽くしてただ見ていた。
だが少年は少女に気付かない。
fin…… |