見慣れた校舎。見慣れた玄関口。見慣れたその場所で、二人――
「コホン……ケホケホ」
「おいおい、大丈夫かよ?」
風邪の病みかけといったところな状態の私に、彼は心配そうな顔をしてそう尋ねてきた。
大丈夫、と微笑もうとして、また咳を漏らしてしまう。
……うう、こりゃ完璧、風邪だなぁ。
はやく家に帰って休まりたいが、今はそうできない理由があった。
「止まないね、雨」
「ああ、そうだな」
続かない言葉。合間を繋ぐように鳴り響く、雨音。
私は、傘を持ってこなかったことをまたも悔やむ。
じょじょに重くのしかかってきて、私を苦しめはじめるしんどさ。ちょっとだけ足元もふわふわしはじめていて、正直ヤバイ。
堪えきれなくなって、片手の甲を額に押し付ける。
……手が冷たくて気持ち良いんだけど、熱いのに気をとられて倒れてしまいそう。
というか、すでにちょっとした風邪程度のものじゃなかった。今の私は病みかけなんて次元に居はしない。直感から、寝込むべきほどのもの。
空を見上げる。
私を裏切る、どしゃぶりの大雨。私は自然と、溜息を漏らしてしまった。
「……っと、あったあった」
嬉しそうな声に、私はカレへ目を向ける。
カレは、カバンに片手を突っ込んだまま、もう片手を私に突き出していた。
その片手に掴まれているのは、黒い布でできている何か。
「折り畳み傘。これ使って、先帰れよ」
「……でも……お前の……だし」
すぐに返したつもりの反応。しかし現状は、息も絶え絶えに紡ぐ断続的な呟き。
ふふんと笑ったカレは、有無を言わさぬ態度でさらにグッと傘を突き出してきた。
しぶしぶ受け取り、開く。
「……お前は……どうする……んだ?」
「つらそうにしゃべるなよ。俺のことなんて気にせず、さっさとぱっぱとかーえれー」
シッシッと私を追い払うようにするカレに、私は確信した。
……一人で待つんだね、雨が止むのを。
わかる。手に取るようにと表現してもいいほど、安易に。
だからつらくなった。優しくされてて嬉しいけど、痛かった。ぽつんと一人ここに立つカレを想像すると、私は歩くことなんてできなかった。
「それじゃ俺は、校内歩いて時間潰すわ」
片手をひらひらと振り、私へ背を向けるカレ。
私は咄嗟に手を伸ばし。
「あっ」
「……っと」
その小さな勢いでグラッと歪む視界に、吐気がこみ上げてきて力が抜けて、私はグッとカレの背中に抱きついてしまった。
ハッと気づいたときにはもう遅い――どうしたの? と尋ねてくるカレの背中に、私はこんがらがって駄目な頭ん中を捻って、でも言えそうなことが何ひとつ浮かばなくて、どうしようもなくなってしまう。
「ったく、仕方ないな」
そんなとき。
「ふらふらで歩けないなら、そう言えって」
こんな言葉を、そんな顔で言うなんて。
「家まで送ってやるよ……仕方ないから、一緒に帰ってやる」
ずるい――ほんとに、ずるい。
恋に落ちるしか、ないじゃないか。
さっきよりもぼぉっとしてきた頭で、思う。
――息が詰まりそう。
――だけど、嫌じゃない。とても心地良い。
――どうしよう。
カレの背中に、身を寄せて。
言葉もなしに、想いが届くと祈って。
「……仕方ないから、相合傘してあげる」
ぶっきらぼうに、私はそう言ったのだった。
ほんと、今の私は病みかけなんて次元に居はしない。
――寄り添いあって去る者が、いたんだとさ。
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