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My Precious
作:保



第5話〜4月4日〜


 今日も朝から快晴だった。
 町内に咲く、桜はどれも満開で、今日が平日でなければ、お花見にでも繰り出したい、そんな暖かい日でもあった。
 そんな桜木町の朝を、智也は昨日と同じく軽快に走っていた。
 いつものように町内を抜け、展望公園へ向かうルートに入る。
 最後のきつい階段を一気に登り、ベンチで一息ついていた智也だったが、しばらくして背後から、タオルが差し出された。
「智也くん、お疲れ様」
「あっ、千尋か。今日も来てたんだ」
「うん」
 気配に気付かず、慌ててタオルを受け取る智也の様子を、くすりと笑いながら、千尋は智也に話しかける。
「いい天気だね」
「ああ、そうだな」
 智也は、千尋を隣に招き寄せ、しばし会話を楽しむことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第5話〜4月4日〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「智也くんは、部活はうまくやっていけそう?」
「そうだなあ。先輩は面白いし、同期の男子は全員、顔見知りだったから、とりあえず問題なさそうかな」
「えっ、全員が知り合いだったの?」
「ああ。中学時代に、県の選抜メンバーの合宿とか、試合でやりあったことがあったんだ」
「そうなんだ」
 千尋は驚いた声を出す。
 男子に比べて女子は、面識があるメンバーが居なかったから、尚更だった。
「まあ、男子はちょっと偶然すぎかもな」
 智也はそう言い、苦笑する。
 真相は偶然ではないのだが、それを智也が知るのは、そう後のことではないだろう。
「女子はどう?」
「う〜んと、みんな優しい感じだし、仲良くなれそうかな。実力的には、女子は硬式経験者が少ないから、最初は苦労するかもしれないけど」
 新入部員7人の内、硬式経験者は千尋と美沙の2人で、残りの5人はソフトテニス出身者だった。
 ボールの質感は勿論、打ち方やラケットの重量、コートの大きさまで違いがあるので、慣れるのには相応の時間が掛かると予想されていた。
「そっか。千尋はどうなんだ?硬式経験者だし、結構期待されてるんじゃないのか?」
「慣れるまでは、わたしも大変そうかな。美沙ちゃんと違って、わたしはそんなに上手くもないし」
「ん〜そっか。俺も千尋の打つところ、見てないからコメントできないな。今日の初練習でじっくり見させてもらうよ」
「そ、そんなに見る必要はないよ。見ても面白くないだろうし」
「はは、分かった分かった。程々にしとくよ」
「んもう」
 最後はからかわれながらも、智也と会話が出来て、千尋は嬉しそうだった。
 しばらく談笑した後、智也がふと腕時計を確認したところ、既に家を出てから1時間は経過していた。
 そろそろ戻って準備しないといけない時間だった。
「じゃあ千尋」
「あ、待って智也くんっ」
 挨拶し、ベンチから立ち上がろうとした智也の腕を取り、千尋は言った。
「…どした?」
「あ、あのね。おとといのことなんだけど…」
「あ、ああ…」
「あ、あんまり気にしないでね」
「…え?」
 千尋が持ち出したのは、おとといの帰り際にキスをしたことだった。
 智也は今日、そのことを気にする素振りを極力見せずにいたが、千尋は内心、気が気でなかった。
「お、おとといね、キ、キスしたこと…。今日も智也くん、気にしてる素振りも見せずに話してくれてたから、すごく助かったんだけど、やっぱり言っておかなくちゃと思って」
 そこで一息つき、千尋は続ける。
「あ、気にしないでっていうのは、誰とでもしてるのとか、そういう意味じゃないよ?というか、ファーストキスだったし…あっ!」
「んなっ!!」
 千尋は1人で墓穴を掘る。
 智也は千尋の重大発言に盛大に反応した。
「あっ、つ、つまりね、わたしが言いたいのはね…あぅぅ…」
 千尋は、何とか言い訳しようとするが、二の句が告げない。
 そんな顔を真っ赤にして、すっかり縮こまってしまった千尋に、智也は助け舟を出す。
「…つまりおとといのことは、あんまり気にしないでこれからも接して欲しいってことかな?」
 朝日が当たり、金色に輝く千尋の髪を優しく撫でながら、智也は話しかける。
「あっ…そ、そうです。そういうことです」
「わかった。そう心掛けるよ」
「…はい」
 最後に、千尋の頭を軽く撫で、智也はニッコリ笑いかけた。
 千尋は真っ赤の顔のまま、思考が停止してしまった。
「あっ、綺麗な髪だったから、ついやっちまった…ごめん。じゃ、じゃあ千尋、また部活でな」
「…はい」
 今度は智也が慌てる番だった。
 昔から(今でも)、姉妹の頭を頻繁に撫でているので、同級生の可愛らしい仕草に、思わず手が出てしまっていた。
 幸い?本当に時間も押してきていたので、智也は急ぎ足で別れを告げ、帰っていた。
 千尋はしばらく固まったままだったが、付近を通った自動車の音で我に返った。
「わ、わたしも帰らなくちゃ…」
 慌てて踵を返す。
 千尋は帰宅途中、さっきの出来事を思い出しては頬を緩めてしまう。
 智也に、前日のキスがファーストキスだとばれてしまったが、彼はさほど気にしていなかったし、これからも友人として接してくれると言ってくれた。
 と同時に、髪が綺麗だと褒められ、撫でてくれた。
 千尋的には大満足の朝と言えた。
「ど、どうしよう。今日はお風呂入らないほうがいいかな…」
 毎朝、風呂に入って学校に向かう千尋は、そんなことを考えながら、行きよりも数段早いペースで自宅に向かっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「智也、メシ行こうぜ!」
「…恥ずかしいから叫ぶのはやめろ」
 授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。
 智也は大樹の呼びかけに応じ、食堂へ向かうことにした。
 智也と、黙っていれば相当なカッコよさである大樹が並んで歩くと、周囲から感嘆の声が上がる。
「そういえば、お前のところにはもう来たか?」
「なんのことだ?」
「あ、来てないか。インタビューだよ。何でも校内のイケメンと美少女は、入学当初から目を付けられるんだ。で、入学早々に取材されるらしい」
 大樹は自分の容姿を自慢しているわけではないが、そう説明する。
「…それはまた迷惑な話だな」
 日替わり定食の食券を手に、智也は列に並ぶ。
「しかも今回、その取材を担当するのは、あの『松風寮』のメンツだから驚きだよ。頭固そうなイメージがあったからなあ」
「ふ〜ん、そうか」
「おい智也、人事じゃないんだからな。前もって言っておいたんだぞ」
 役割分担で席を確保していた大樹の分の、日替わり定食を渡しながら智也は謝る。
「…悪い。そういうわけじゃないんだ」
「まあいいさ。で、そういう俺は既に取材されたわけだが、どんなことを聞かれたのかとか、ちょっとは気になるだろ?」
「多少は」
「よしよし。まあ聞かれることはそんなに多くないな。『好きな芸能人は?』とか、『この高校に入学した理由は?』とか、質問も普通なものばかりだったし。ただ」
「ただ?」
「最後に『親しい友人を1人教えて下さい』っていうのには、ちょっと驚いたな」
 そういって、大樹は猛然と定食を平らげる。
「確かに、答えづらい質問だな」
「だろ?入学早々で、親しい友人なんてまだいないって奴もいるだろうし。まあ、深い意味はないと思うけどな」
 自分と智也のコップにお茶を注ぎ足しながら、大樹は言う。
「ちなみに、なんて答えたんだ?」
「『安達智也くんです』って答えた」
「…そうか」
「なんだよう、その態度は。もっと嬉しそうにしてもいいんだぞう?」
「変な声を出すなっ」
 実際、智也は大樹の話を聞けて、ありがたいと感じていた。
 このところ、女の子に押しまくられている?印象が強い為、確実に女子の話題に上りそうな今回の取材の件を事前に知れたのは、良かったと思っていた。
「で、智也。そこで1つ提案なんだが」
「なんだ?」
「さっきの質問な、お前が聞かれたときはさ、『親しい友人は、鈴木さんです』って答えたほうが良いと思うんだが」
「…バカ言え。それこそ先方の思うつぼじゃないか」
 2人して食後のアイスを齧りながら、食堂を後にする。
「いや、よく考えてみろ。確かに、『浜田君です』と答えるのは無難だ。だが、これからの高校生活を考えると、鈴木さんの名前を出したほうが良いと思うんだ。鈴木さんがお前と幼馴染みっていうのは、ちょっと調べれば分かるだろうし。それに、変に鈴木さんのことを隠しておくと、後々面倒くさいことになると思うんだがな。堂々と言っておけば、『ああ、幼馴染みなんだ』って位で収まると思うし」
「…なるほど」
 智也は、大樹の言うことは、一理あると思った。
 高校でも、積極的に女子と関わるつもりのない智也にとっては、美沙との関係を隠しておくよりも、先手を打って自分から紹介しておいたほうが良いかも知れない。
 それに、取材の担当者が美沙との関係を疑っても、美沙であれば口裏合わせは容易いし、現状ではメリットが大きいような気がした。
「…わかった。検討しておくよ」
「おっ、そうかそうか。まあ最終判断はお前に任せるよ」
 大樹はそう言って笑う。
「美沙に言っておくかな…」
 智也は呟く。
 しかし、この時智也は気付いていなかった。
 美沙に『親しい友人だけど、彼氏彼女の関係ではないと口裏合わせして欲しい』と説明することが、どれだけ大変かということを…。
 大樹の、あくまで善意の提案は、後に智也にとって騒動の種となるが、それはまた後の話である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「じゃあ基礎練に入る。1面から岩尾、高野…」
 茂雄の掛け声で、男子の練習が始まった。
 最初は『基礎練』で、ミニテニスから始まり、ボレー、ストローク、スマッシュ、サーブといった一連の動きを行うものだった。
 この基礎練は、試合の前に必ず試合相手と行うものなので、晴海高校以外の多くの高校も最初の練習として取り入れている。
「…4面に平岡、間淵。安達は監督とだ。監督、お願いします」
 茂雄の声に、笑顔で返す志穂。
「よし、1年は時間厳守を忘れないように。お願いします!」
 全員でお願いします!と返し、コートに散っていく。智也もラケットを取り、コートに向かう。
「監督、よろしくお願いします」
「くすっ、智也くんこそ、お手柔らかにね」
 智也の、高校テニスがいよいよ始まりを告げた。
 
 
 
 
 
 一方その頃、女子テニス部もまた、練習が始まろうとしていた。
「各自アップ終わった?オッケー。じゃあ今日の練習始めます。最初に基礎練入ります。6面からひかる、私…」
 主将の順子が、練習帳を読み上げていく。
「…10面に明日香と夏子。1年生は打ち合わせ通り、次の練習から入ります。じゃあ、お願いします!」
 元気の良い声が響く。女子もまた、新入生を迎えて初めての練習が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「集合!」
 主将の声に、おうっ!と返し、智也も小走りで集まった。
「よし。今から10分間の休憩に入る。お願いします!」
 智也達1年の同期5人は、練習で使用していたコーン等を片付け、隅の芝生に座り込んだ。
「くわ〜、き、きつい…」
 祐一郎がゼイゼイ言いつつ漏らす。
「…俺もだわ。やっぱさぼり過ぎたわ」
「右に同じ…」
「(コクコク)」
 信之の言葉に、正俊が同意する。
 健一も同意しているが、声がでていない為誰も気付いていない。
「まったく。お前ら揃いも揃ってさぼり過ぎだろ。3月の一ヶ月間、何してたんだ?」
「「…(それどころじゃなかったんだよっ!)」」
 能天気な智也に、恨めしい目を返す面々。
 事実、4人とも晴海高校の受験勉強プラス合格後の準備で慌ただしく(全員の親が、晴海に合格するとは思っていなかった為、大騒ぎの3月だった)、テニスのトレーニングどころではなかった。
 健一に至っては、住居が決まったのも最近なので、練習不足だと言われても仕方がない状態だった。
「で、でもまあ、思ったより動けてたと思うし、なによりみんなセンスいいからな。ちょっと経てば、大丈夫じゃないか?」
 一応、引き攣った顔でフォローする智也。
「な〜に話してんだ?」
 とそこへ、周がやってきた。
「あっ、和田副将」
「いや、俺のことは周と呼んでくれ。副将なんて言われると背中がかゆくなる」
「そ、そうですか…」
 信之は恐縮して返事をする。
 周は男子で、副将の立場にあった。
 気さくな性格と、サウスポー独特のプレースタイルが特徴的な人物で、勉学面を除けば周囲の信頼は厚かった。
「頼んだぜ。っと、肝心の用を忘れるとこだった。智也、主将がお呼びだぞ」
「主将が?」
「ああ。ラストの『形式』のことらしい」
 ニヤニヤした顔の副将の言葉を、智也は訝しむ。
 今日の最後のメニューである『形式』は、試合形式の練習で、コートに入るのはランキング上位の上級生だけで、智也を含めた1年は全員、審判に回ると事前に聞いていたからだった。
「…分かりました」
「おう、いってこ〜い」
 智也はとりあえず、茂雄の元に急いでいくことにする。
 周は相変わらず、ニヤニヤしたままだった。
「…あの、和田先輩?」
「周ちゃんと呼べって言っただろ?…まぁいい。どした?」
 テンション高めの周に、信之は戸惑いつつも聞き返す。
「智也ですけど、なんかあるんですか?」
「ん〜、そうだな…お前らの予想通りだ」
「はあ、やっぱりそうですか」
「まあ、既にあいつはレギュラー格だよ。先輩達も今日の智也の練習を間近に見て、再確認したってとこだな。あ、もしかしてちょっとショックだったか?」
「いや、そんなことは全然ないです。ただ、ちょっと寂しいかなと…」
 思ったより信之が真剣だったので、周は内心驚いた。
「…寂しい?」
「ああ、まあ、込み入った話でもないんですけど…」
 信之は同期の3人に目配せする。周がみたところ、そのへんの事情を聞くにはどうやら、休憩時間では足りなさそうな感じがした。
「…よし、そのへんのことは練習終わりにでも聞かせてもらうことにするか。そうだお前ら、最近駅前にできた、評判のラーメン屋知ってるか?」
「あ、もしかして『東屋ひがしや』ですか?」
 電車通学の正俊が乗ってくる。
「お、そこだそこ。今日の夕飯は東屋に決定な」
「あ、いいっすねぇ!俺、東屋行ったことなかったんで、1回行ってみたかったんすよ!」
 疲労を吹き飛ばし、祐一郎も乗り気になった。信之も特に、依存はなさそうだった。
「よしよし、そんじゃあ練習終わったら速攻で…」
「あ、和田先輩…」
「ん?どしたよ間淵」
 周の言葉を遮ったのは、健一だった。
「あの、非常に言いにくいんですが…」
「ダメだ」
「ええっ!?せめて喋らしてくださいようっ」
 健一が続けようとした時、『集合!』と茂雄の声が聞こえて来た。
 周は立ち上がりながら、健一に早口で言った。
「間淵、用事があるなら先に言え!ちなみに強制参加な」
「あっ、ちょ、待ってください先輩!」
 健一が気付いたときには、既に周はいなかった。
「…うぅ(今日はインタビューしないといけないのに…)」
 不幸オーラ満載の健一に、祐一郎は優しく肩を叩いた。
「…健一、メンマおごってやるから。俺ら3人で」
「3人でメンマだけかよ!」
 健一の苦労は、部活が終わっても続きそうだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 男子が形式練習に入る同時刻、女子のほうは一足早く、今日の練習を切り上げてストレッチに入っていた。
「へえ、男子は今日、形式やるんだ」
 副将の明日香が、足首のストレッチをしつつ呟く。
「あの、明日香先輩」
「ん、彩音か。どうしたの?」
「形式って、毎日はやらないんですか?実践に一番近いメニューだから、毎日やるイメージがあるんですけど…」
「そうね、彩音の意見は正論だわ。でもね、うちの部活の『特性』を考えると、毎日やる必要がないのも事実なのよ」
「『特性』、ですか?」
 彩音は首を傾げる。
「ええ。彩音にもその内、ううんすぐに分かると思うわ。下手すれば今週中にね」
 明日香はそう言って笑う。
「はあ、分かりました」
 その内分かると言われ、一応納得しておく千尋。
「ちなみに、うちの形式は男女とも、レギュラークラスしか参加出来ないから、彩音も頑張らないといけないわよ」
「あう、頑張ります…」
「それにしても、男子のメンバーが気になるわね」
 いきなり話題を変える由美子。
 その視線は男子のほうに向けられている。
「メンバーですか?」
「うちの男子は3年が強くてね。毎回メンバーが固定されてるのよ。2年は和田君と、宮門君くらいね。そこに今回、新入生がどれだけ食い込めるか…もしかしたら今日の形式に、1年生が入ってるんじゃないかなと思って。新入生の実力を見るために、入部初めに形式に参加させることは、過去にあったからね」
「なるほど」
 彩音も頷く。
「まあ、1年生っていっても、現状では智くんしかいないんだけどね」
「えっ、ともくん、ですか?」
「あ、彩音は知らなかったかもしれないけど、わたしは夕陽丘出身なの。だから安達智也くんのことを、智くんって呼んでるのよ」
「…そうですか」
 嬉しそうに話す明日香を複雑な表情で見て、彩音は男子のほうに視線を戻す。
 男子の集合の輪は解散し、メニューに参加しないメンバーは審判や応援に散っていく。
 どうやら、その場に残ったメンバーが形式に参加するようだった。
「あっ」
「…智くん、出るみたいだね」
 気付けば、女子の殆どが男子のほうを眺めていた。
「みんな集合〜!」
 順子が号令を掛ける。
 彩音も明日香も、慌てて集合する。
「今日は特に連絡事項もないので、これで練習終わります。1年生は1日でも早く、慣れれるように頑張って。お疲れ様でした!」
 近年稀に見る早さで、終わりのミーティングは幕を閉じた。
「主将、いつもの数倍早いですね」
「ううるさいわよっ!」
 明日香の指摘に、順子は顔が真っ赤になる。
 女子全員が、男子の様子が見やすい場所へと移動する。
 順子と明日香は、コートに一番近い所に陣取る。
 やはり、順子も気になっていたようだった。
「コホン。さてさて、お手並み拝見といきましょうか。明日香ご推薦の『王子様』の腕前を」
「せせ、先輩っ!」
「あ〜ら、違ったかしら由美子さん?ことある毎に、智也君の話題を話してきたクセに」
「あうぅ…」
「ああ、そう言えば間違っていたわね。明日香ご推薦の『王子様』じゃなくて、明日香の『王子様』だったわけね。訂正するわ」
「…も、もういいです。許してください…」
 明日香も顔が真っ赤になった。
「ま、ここらへんでやめときましょう。私もじっくり見たこと無いし、ちょっと期待してるのよね」
 順子はやり返せて、満足したようだった。
 ナイターの照明に灯が入ったのを合図に、予想以上の観衆が見つめる中で、男子の形式練習が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 智也の相手は、3年の正人だった。
「…正人先輩、よろしくお願いします」
「おう、遠慮は要らんからな!」
 コートの中央で握手し、智也は自陣のコートに向き直る。
 智也の見る限り、正人はダブルスが得意で、長所を生かしてネットに出てくるものと思われた。
 とそこへ、小声で智也を呼ぶ声がした。
「智也くん」
「へ?あ、監督」
 いつの間にか、志穂が智也側のベンチに座っていた。
「頑張ってね。応援してるから」
「あ、はい。頑張りますが…」
 他意のなさそうな志穂の笑顔に、智也は困惑する。
 監督が1選手に肩入れしていいものだろうかと、ちょっと考えてしまう。
「あ、それとね智也くん」
「何ですか?」
「手加減しなくていいからね」
「…」
 志穂の目が一瞬、鋭くなったのを智也は見逃さなかった。
 いわんとすることは、明確だった。
 志穂は智也が試合中に、相手を気遣って手を抜くのではないかと、危惧していたのだった。
「…わかりました」
「ん、よろしい」
 智也が覚悟を決めた時、志穂は改めて極上の笑顔で智也に笑いかけた。
「…」
 よくよく考えれば、失礼なことをするところだったと、智也は思った。
 智也は試合前から、正人との実力差を感じていた。
 その為、智也はある程度正人にポイントを取らせて、きりの良い所で終わらせるつもりだった。
 だが、志穂の短い言葉により智也の考えは変わった。
(全力でやろう)
 そう思ったとき、智也の心に迷いは消えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ゲーム安達、2−0』
 審判の声がコートに木霊する中、観客となった女子からは、まだ歓声は1度も上がっていなかった。自分達の目の前で繰り広げられるゲームに、釘付けになっていたからだった。
「…凄いわね」
「はい…」
 順子の言葉に、明日香が生返事で答える。
 まだ序盤とはいえ、2人の目にも智也と正人の実力差は開いているように思えた。
『ゲーム安達、3−0』
 他のコートを尻目に、早いペースでゲームが進んでいく。
 まだ始まって、10分も経っていない。
「ねえ、明日香」
「はい…」
「智也君って、もともと両打ちなの?」
「はい…」
「…だめだこりゃ。え〜と、夕陽丘出身はと…美沙がいるじゃない」
 視線を固定して、固まっている明日香を置いて、順子は美沙に声を掛ける。
「ねぇ、美沙」
「…」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど〜、って…」
「…智也ぁ…かっこいいよ…」
 久しぶりに見た智也のプレーに、美沙も撃沈していた。
「…もういいや」
『ゲーム安達、4−0』
 順子がため息をついた時、早くも4ゲーム目が終了していた。
「は、早いわね」
 5ゲーム目は正人のサービスゲームだった。
「正人君も、シングル6番手で、決して弱くないんだけど…ダブルスは去年、県の選抜チームに呼ばれてるし…」
 正人のサービスは、ことごとく厳しいコースにリターンが返ってくる。
 これでは、正人得意のネットプレーが出来ない。
「何より、あのフォアハンドね。男子では珍しい、両手両打ちのプレースタイル。もともと非力な選手が、パワーを補う為に編み出したとされる打ち方だけど、智也君の場合は…」
 正人が必死に拾った球を、冷静に打ち込む智也。
 正人は一歩も動けない。
『ゲーム安達、5−0』
「…完全に自分のモノにしてるわね。腰より高いボールは、ほぼ満遍なく打ち込めるみたいだし」
 通常の選手の場合は、自分の好きな打点、間合いに入った場合に、強いボールを打ち込むことが出来る。
 これが優秀な選手になればなるほど、打ち込める打点・範囲が広くなっていく。
 智也の場合は、鍛えられた足腰により、自分の得意な打点に入ることが、高確率で出来る。
 更に、両手打ちの利点を最大限に生かし、何気ない打ち込みでも1発1発が重かった。
「ただ、難しいのよねぇ…」
 順子の言うとおり、両手打ちは難度が高い為、実際に両手打ちでプレーしている人は、プロ選手でも数える程しかいなかった。
 敬遠される理由は、ラケット性能の向上により、片手でも十分強いボールを打てるようになったなど、幾つかあるが、やはり最大の要因は、リーチが短くなることだった。
 テニスは相手から返ってきたボールを打ち返すスポーツである以上、返球しようとすれば、ラケットが届く範囲に必ず移動しなければならない。
 プレーレベルが上がれば、ラケットが届く・届かないといった、わずか『1センチ、2センチ』の差が、勝負を分けることになる。
 なので、よほどセンスのある人でないと、リーチが短くなる両手打ちをマスターすることは難しいと言われている。
 智也は、持ち前のセンスと身体能力を生かして、両手打ちにしているようだった。
「あ、安田先輩…」
 とそこに、智也のコートから順子の足元にボールが転がってきた。
 ボールを取り、間近まできていた智也に返す。
「はい」
「ありがとうございます」
「…ぁ」
 にこりと微笑んだ智也に、順子は顔を真っ赤にする。
 智也はすぐコートに戻り、試合を続行する。
「…」
 最後は、センターへのサービスエースだった。
 正人は予想が外れたのか、全く反応できなかった。
『ゲームセット安達、6−0。ありがとうございました』
 ゲームが終了し、最後に握手をする2人。
 智也と正人は志穂の前に立ち、指導されているようだった。
「主将、終わりましたね」
「…」
 明日香が弾んだ声で、順子に呼びかける。
 女子の大半も我に返り、自分達の後片付けをし始めた。
「安田主将?」
「…」
 明日香の呼びかけに、順子は反応しなかった。
 目は潤み、頬は薄くピンクに染まっている。
 周りを見ると、順子と同類の女子も何名かいるようだった。
「…だめだこりゃ」
 明日香はやれやれといった表情で呟くと、自分のことは棚に上げ、さっさと帰り支度を始めることにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…よし。じゃあ解散」
 茂雄の声で、男子も今日の練習を終えた。
 時刻は7時前。居残り練習に取り組む者、帰り支度を始める者、様々だった。
 智也は練習器具を、倉庫に運んでいこうとしたところ、後ろから声を掛けられた。
「智也っ!」
「健一か。どうしたんだ?今日の片付け当番は俺だから、健一の出番はないぞ」
「あ、おれは明日だったかなあ…って、違うわっ」
 健一は、かなり焦っているようだった。
 ただ、しっかりツッコむことは忘れていない。
「あのさ智也。唐突だけど、ひとつ聞いていいか?」
「おう」
「智也ってさ、水島さんと森井さんと鈴木さんの3人と面識ある?あるよな?」
「…まあ、面識はあるな」
 周りをキョロキョロ見渡し、挙動不審な健一に引きつつも、律義に答える智也。
「オッケーわかった。じゃあ智也の携帯番号とアドレス教えてくれっ」
「…会話を幾つかすっ飛ばしてないか?」
「時間が無いんだよっ!」
「時間?」
「さあ、早く教えろっ。いや、教えてください!」
 百面相の如く表情を変える健一に、智也は気の毒そうに答える。
「俺、携帯もってない」
「ええっ!?」
「いや、別に無くても困らんし。まあ最近夕…妹が欲しがってたから、そのうち買うかもしれないが…と、お〜い聞いてるか〜?」
 健一は、話の最中に掛かって来た電話に出ていて、智也の話を聞いていなかった。
 電話の相手はかなり声が大きく、『早く来い!』とか、『あと5分以内に来ないと…』といった、不穏当な言葉が智也にも聞こえる。
「わ、分かりましたっ!すぐ行きます…はぁ」
「…よく分からんが、お疲れだな」
「ああ、入学早々難題ばっかりだ。うう、ハゲそう…」
 智也は、ど〜んと影を背負った健一を、流石に気の毒に思ったので一応フォローしておく。
「まあ、そんなに悩むなって。俺に出来ることがあるんだったら、手伝ってやるから」
「ほ、ほんとか?」
 ばっと顔を上げる健一。
「おう。出来る範囲でな」
「うう、有り難い…」
「お〜げさだな。まあいいけど。で、さっきの話に戻すが、結局何が言いたかったんだ?電話番号聞きたかったとかじゃないんだろ?」
「ああ、そのことだけど…明日改めて時間貰ってもいいかな?今日はもう話してる時間がなさそうなんだ」
 健一は、心底申し訳なさそうだった。
「わかった。俺は明日、日直だから、朝に来てくれると助かる」
「了解!そうするよ。こっちから話し掛けといて悪かった!じゃあまた!」
「またな〜」
 ダッシュで去っていく健一。
 相談の内容はともあれ、健一は良い奴だな〜と智也は思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 智也が部室を後にし、校門まであと少しのところに差し掛かった時、前方で人だかりが出来ていることに気付いた。
「下校途中にしては人数が多いような…」
 校門の前には、10数名の男子生徒がたむろしているようだった。
 まあ自分には関係ないと思い、智也が人だかりの横を通り過ぎようとしたとき、人だかりの中心にいた生徒が智也に気付き、声を掛けてきた。
「智也くんっ」
「あ、智也さんっ」
 渦中の人物は、千尋と彩音だった。
 2人も下校途中のようで、制服姿にテニスバッグを手に持っている。
「…お、おう千尋に彩音」
 智也は、何気なく通り過ぎようとしたことをスルーして、とりあえず返事をする。
「んもう、待ちくたびれたよ智也くん。さ、行こ?」
「お、おい」
 笑顔で智也の手をとり、くい、と引っ張る千尋。
 と同時に、彩音にアイコンタクトする。
「そ、そうですよ智也さん。えっと、今日は駅前でガットを見てくれる約束だったじゃないですか。早く行かないと閉まっちゃいますよ?」
 千尋と反対の手を握り、こちらも笑顔で話しかける彩音。
 智也の手を握った瞬間、顔が真っ赤になったが、なんとかセリフは言い切った。
「…あれ、そんな約束してた…な。よ、よし、では行こうではないか。ははは…」
「うん。じゃあ皆さん悪いですけど…」
「そ、そういうことですので…」
 周りの生徒にニッコリ告げる千尋。
 彩音は少し、ぎこちなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しばらく歩いた後、千尋と彩音は大きく息を吐き出した。
「あ〜ドキドキしたね」
「そうですね。わたしもです」
 2人ともそれでいて、少し楽しそうだった。
「で、何があったんだ?」
 智也は、1人事情を飲み込めず、困惑している。
 ちなみに困惑している理由は、2人の美少女が自分の手を握って離さない今の状況も含まれている。
「あ、ごめんね智也くん」
「実はですね…」
 2人の話を要約すると、次のようなものだった。
 2人とも入学当初から、『森井さんの入学式のお姿に感動しました!』とか、『水島さんのファンクラブを作りました!是非水島さん公認のクラブとしてご承認のほどを!』とか言って、声を掛けてくるプラス付き纏ってくる男子が後を立たないらしかった。
「…なるほど。で、今日は部活終わりに2人で帰ろうとしたら、校門前で待ち伏せされていて、困っていたと」
「そうなんです。部活が終わる時間まで、残って待ってる方達もいないだろうと思ってたんですけど…」
「ちょっと甘かったみたい」
 あはは、と千尋も笑う。
「そっか。2人とも入学早々、大変だな」
 智也はまるで人事のように呟く。
「あれ、智也くんはそういうの、ないの?」
「そうですよね。わたし達より、よっぽどありそうな気がするんですけど…」
「俺?俺は…ないな」
 智也は実は、昨日に引き続いてラブレターを何通か、貰っていた。
 この分だと、ファンクラブが出来るのも時間の問題だったが、現状では直接アタックしてくる女子生徒が、まだ居ないのが唯一の救いだった。
「ふぅん、そうなんだ」
「ちょっと意外です」
「…そ、それよりもだな、今日の練習はどうだったんだ?俺も自分のことで精一杯で、女子の練習はあんまり見れなかったけど。あと、そろそろ手離してくれないか?」
 形勢悪しと、智也が強引に話題を変えた時、2人とも、納得のいっていない表情が一変し、智也に抱きつくように詰め寄った。
「凄かったよ智也くんっ」
「わたしも感動しましたっ」
「お、おい…」
「智也くんのプレーは、中学の時に見てたからある程度は知ってたんだけとね、今日は久しぶりに見て…」
「わたし、初めて智也さんの試合を見て、凄く感動しました。男の方にこう言っては褒め言葉になっていないかもしれませんが、なんというか、とってもキレイで…」
「…お〜い」
 2人とも、思い思いの言葉を熱烈に語る。
 智也は、腕から伝わる2人の暖かくて柔らかな感触と、甘い香りに必死に戦っていた。
「あっ、ごごごめんねっ」
「ちょ、ちょっとぼうっとしちゃいました」
「あ、ああ…」
 しばらくして、2人とも我に返ったものの、智也の手を離そうとはしなかった。
「えっとね、女子はそんなに厳しく無かったよ。今日は1年生は、半分が様子見みたいな感じだったしね」
「そうですね。特にわたしは硬式のボールを打つのが初めてだったので…」
 気を取り直して、2人は言う。
「そっか。まあ、今日始まったばかりだしな。その内慣れるって」
 当たり障りの無いことを、言っておく。
 実際にしっかりと2人のプレーを見ていないので、今度の練習は気をつけてみておこうと、密かに智也は決意する。
「あっ、そうだ智也さん」
「ん、どうした彩音?」
「わたしがさっき、校門で話したことなんですけど、本当の話にしてくれませんか?」
「ああ、確かテニスショップに行くって話だよな」
「はい」
「そうだな。別に構わないよ」
「本当ですか?」
 きらきらした瞳で、彩音が見上げてくる。
「ああ。俺もテニスショップには、ちょっと用があるしさ」
 特に考えることも無く、智也は言う。
「わかりました。じゃあ早速ですけど、明日の放課後にでもお願いしてもいいですか?」
「いいよ。あ、1時間位後でもいいか?ちょっとフリー練しておきたいんだ」
 テニス部の練習は、水曜日と日曜日が休みだった。
 ただ、日曜日は対外試合等が入る可能性が高い為、実質水曜日だけが完全な休みとなっている。
 そして、明日は水曜日だった。
「あ、全然構わないです。わたしも、その、打とうと思ってましたし…」
 彩音は、チラチラと智也を見やる。
「お、なんなら一緒に打つか?」
「えっ、いいんですか?」
「おう。今日は俺ばっかり見られてたみたいだし、今度は彩音のテニスもじっくり拝見させてもらうよ」
「わ、わたしそんなに打てないですよ」
「ははは、まあ基本が出来てたら、すぐ上手くなるって。俺も最初はな…」
 楽しそうに話す智也と彩音。
 彩音は特に、智也と明日の約束を2つも取り付けることが出来て、本当に嬉しそうだった。
「むぅ…」
 対照的に、千尋は面白くなかった。
 彩音が、どれだけ本気で智也のことを想っているか分からないが、少なくとも好意を抱いていることは感じられた。
 そして自分自身は、智也ともっと親密な関係になりたいと願っていた。
「ねぇ、智也くん」
「…あ、千尋?」
 千尋は、会話中の智也に声を掛け、智也と繋いでいる手はそのままに、そっと身体を寄せた。
 彩音は会話を遮られて、ちょっとムッとする。
「わたしも明日、一緒に行っていいかな?部活も本格的に始まったし、1度行っておきたいかなって。あ、ダメだったらいいんだけど…」
 上目遣いに見上げてくる千尋。
「あ、ああ。俺は構わんが…」
 智也はちら、と彩音に視線を送ると、コク、と彩音は頷いた。
「そうだな。じゃあ、3人で行くか」
「うん。ありがとう智也くんっ」
「むぅ…」
 笑顔が戻った千尋を尻目に、今度は彩音がご機嫌ナナメになる。
 が、その後は智也が如才なく(無意識に)話題を振り、千尋も彩音も、会話を大いに楽しむことができた。
 結局この3人のやり取りは、智也の家の前まで続くことになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいま〜」
「お帰りお兄ちゃんっ」
 智也が玄関を開けると、リビングから優菜の声が返ってきた。
 漂ってくる香りから、今日はビーフシチューのようだった。
「おっ、今日は豪勢だな。時間掛かったろ?」
「えへへ。ちょっと頑張っちゃった。勿論優花との合作だよ」
 優菜が上機嫌で鍋をかき混ぜる手並みは、なかなかのものだった。
「そっか。優花は?」
「お風呂入ってるよ」
「りょ〜かい。じゃ、優花が出てきたらメシにするか」
「うん」
 智也もブレザーを脱いでエプロンを付け、仕上げを手伝う。
 しばらくして優花が出てきたので、早速夕食にする。
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「これ見て」
 夕食後、リビングで優花の宿題を見ていた智也に、風呂から出てきた優菜が冊子を差し出してきた。
「…携帯電話?」
「うん。携帯電話のパンフレット。そろそろ欲しいかなって」
 優菜が持ってきたのは、携帯電話のカタログ冊子だった。
「お兄ちゃんが高校に行ったら、お願いしようって優花と言ってたんだ」
「うん」
 2人して頷く。
「そうだなあ…」
 智也はちょっと考える。
 資金面は、家から出て行った親が相当額の資産を残していったので、問題は無い。
 確かに携帯電話は、昨今の中高生の間では、持っているのが常識となりつつある。
 智也自身は特に必要性は感じていないが、優菜と優花は女子生徒だ。
 もしかしたら携帯電話を持っていないせいで、いじめにあってるんじゃないかとか、ちょっと先走った考えが智也の頭に浮かぶ。
「どう?お兄ちゃん」
「…よし、買いに行くか」
「ほんと?やったあ!」
「まあ、約束だからな」
 優菜は智也に抱きついて、喜ぶ。
 実際はいじめがあるからとかは全く関係が無く、単に姉妹が、兄が高校に行ってしまい、寂しくなったからだったりする。
「じゃあじゃあ、日曜日でもいいかな?部活が午前だから、午後から動けるんだけど」
「そうだな…俺も日曜だったら、いいぞ」
「りょ〜かい〜!あ〜楽しみだなあ」
 智也の胸に、頬を摺り寄せる優菜。
「それよりお姉ちゃん、宿題出来たの?」
 見かねた優花が、初めて口を開く。
「うっ…」
「晴海高校は内申も重視してるからな。面倒だが、宿題はやっといたほうがいいぞ」
「そ、そうだね…じゃあ、先に部屋に戻るね」
 そそくさと優菜が部屋に帰っていく。
 パタン、と扉が閉まったのを聞いてから、優花は智也に話しかけた。
「…大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「携帯電話のこと」
「…」
 言葉は短かったが、優花の言わんとしている事は、智也には分かっていた。
 優花は、携帯電話の契約の際は、『未成年者の場合は親の同意文書が必要』なのではと言っているのだ。
「弘士さんと君子さん、海外にいるんでしょ?」
「…ああ、そうだな」
 智也達の親である、弘士と君子は、2年前の春に弘士の仕事の都合で、海外へと旅立っていた。
 多額の金額が振り込まれている銀行口座と、幼い兄弟を残して…。
「まあ、そこらへんのことは心配するな。まさか、お兄ちゃんが無策でいると思っているのか?」
「ううん。お兄ちゃんはわたし達にウソつかないから、なにかあるんだなとは思ってるけど…」
「じゃあ、その期待に応えないとな」
「あっ。んもう、お兄ちゃんたら…」
 髪を優しく梳いてくる智也に、優花はウットリしてしまい何も言えなくなる。
「よし。分かったら優花も寝ろ寝ろ。俺も風呂入って寝るわ」
 最後に優花の頭をぽん、と叩いて、智也は立ち上がる。
「…うん、わかった」
 ちょっと残念そうにしながらも、優花も続いて立ち上がる。
「…」
 パタン、と優花の部屋が閉まるのを聞いてから、智也は受話器を取り、おもむろに電話を掛け始めた。
「…もしもし。夜分遅くにすいません。安達智也です。はい、お久しぶりです。遥さん、いらっしゃいますか」
 智也の電話は、夜遅くまで続き、通話が終了した時には、既に翌日の日付になっていた。


保です。

うちの智也くんは、ナチュラルに人を惹きつけていきます。

まだまだ序盤ですが、今後の智也くんの活躍にご期待ください。


次話では、千尋と彩音が本性をあらわします(笑)。











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