不思議不可視議相談所(1/3)縦書き表示RDF


不思議不可視議相談所
作:人見



File1:日本語の乱れ〜前編〜


規則正しい振動が体を揺らす。
向かいのサラリーマンも、斜向かいのお姉さんも、隣の学生も。
この空間にいる全ての人間が椅子に座り、一様に振動に身を任せていた。
時刻は正午ちょっと前。横一列にずらっと並んだ窓から陽光が優しく注ぐ。
 
あーいいな。と少女は素直に思った。
目鼻立ちの整った紛れもない美少女。だが綺麗と表現するよりは可愛いの方がしっくりくる顔立ちだ。
うん。と少女は胸の中で一人頷いた。
こーしてると、自分は紛れもなく此処に在るなぁ。
行き先は違うけれど、皆が同じ振動に身を預けて同じ方向に進んでいるなんて、なぁんかいいなぁ。
漠然と少女はそう思った。
 
タタン、タタンと二拍子。
規則的に響くその振動は、静寂では決してないけれど、静かな空間に心地よいリズムを刻んでいた。
 
不意に大音響の電子音が静けさを破る。
最新の流行に則った着うた。
辺りを気にかけようともしないノリの良い歌声に、周囲の人々は眉をひそめた。
「あーもしもし?」
横に長い座席の中央辺りに座る若者が喋り始めた。
よく見かける私立の高校の制服を着崩して、髪は茶色と金に染めてある。
その制服にある学校の名前と、着こなし、髪の色から、馬鹿っぽそうな雰囲気を醸し出している。
「あ?うん。そーだよ。今電車。あ?あぁ。後2、30はかかるな。あ?うっせー。しかたねぇだろ。」
歌声と同様に声高らかに会話を続ける。
早く切れオーラが漂う中、若者は会話を続けた。
「お前があんな遠いとこを言うからだろーが。」
彼の向かいに座るおじさんが咳ばらいをするが、若者は気付かない。
「それよりお前ちゃんとゲーム持って来てくれたんかよ。あ?お前持って来てつったろうが!マジありえねぇよ。お前死ねよ。」
隣に座るおばさんがジロッと彼を睨む。
「あ?お前が死ねよ。……いやお前が死ね……いーやお前だ。……お前だ、お前が死ね!」
口角沫を飛ばして若者は叫んだ。
最終的に、うぜー。とにかくまだかかっから。と言い残して彼は通話を終えた。
車内は一気に嫌な空気に満ちた。
優しく注ぐ陽光が、場違いに感じる程に。
 
なんかイヤな感じ。こんな所で死ねとか……。
あーもぅ。やんなるなぁ……。
少女も顔を雲らせた。
 
事情を知る由もない車掌が、のんびりと次の駅名を告げた。
 
      ◇
 
電車を降りた後になっても嫌な気持ちは拭えずに、少女は仏頂面で街を歩いた。
もう、何なのあれ、ちょっとは周りの迷惑も考えなよね!
と、心で叫ぶ。
鼻息荒く歩を進め、向かった先には“万、人生の悩み事お聞きします。”と看板を掲げるビルがある。
五階建ての貸しビルの三階の一角、何とも人を食った看板を掲げるそこが、少女の目的地だ。
名前を“不思議不可視議相談所”と言う。
 
「はい、いらっしゃ……。何だ、千歳ちとせちゃんか。」千歳と呼ばれた少女は、部屋の奥にドアを向いて置いてある机に向かって、ぷうと頬を膨らませてみせた。
「何だはご挨拶ですね、佐竹さん。」
言いつつ後ろ手にドアを閉める。
「ちょっと、佐竹さん……。」
と、呼びかけながら千歳は部屋を見回した。
 
十畳程の部屋は、四辺のうち二辺が窓という開放感抜群の角部屋だ。しかし、この部屋の残り二辺は、一面天井まで届く本棚に覆われている。つまり、この部屋では壁と本棚は同義語で、多少の圧迫感は仕方ない。
そして、ドアの向かいの辺、窓の近くにステンレス製の佐竹さんの机がある。中央にはソファー等の応接セット。他に、テレビやエアコン、コピー機が点在する。
二人きりで使うには少し贅沢な事務所だった。
しかし、今ではそんな感想は全く持てない。
床に直にものが積み上げられていたるのだ。
膝の高さから腰の高さまで様々で、ファイルだったり、バインダーだったり、プリントだったりと種類もバラエティーに富んでいる。
一階に共同玄関があって、土足ではないと言っても、これは異様だった。
何より歩きずらい。ちょっと間違ったら崩しそうで、千歳は恐る恐る佐竹さんに近付いた。
 
やっとの思いで佐竹さんに近寄ると、千歳は佐竹さんに言った。
「これ……。また随分小汚くなりましたね……。」
「失礼な。これは秩序ある乱雑さなんだよ。」
平然と返す佐竹さん。
「それは矛盾してますよ。」
 
「そういえば佐竹さん、聞いてくれます?」
応接セットに在宅模試を広げて、千歳が訊いた。
「どうしたの?……それは?」
手元の作業から顔も上げずに会話を続ける。
「これは在宅模試ですよ。……それでですね、今日此処に来るとき……」
模試に“県立波斗はと高校一年七組柳原やなぎはら千歳ちとせ”と書いて手を休める。
「来る途中ですごい嫌なことがあったんですよ。」
と話しを続けた。
「災難だったね。どんなこと?……あ、ねえ、そこから左に三、右に二番目のタワーの、上から五番目のバインダー取って。」
話しを聞いているのか、いないのか佐竹さんは淡々と返した。
「え、全部何処に何があるか解ってるんですか?……これですね。」
学問がくもん大准教授佐竹《さたけ》|未雪みゆき”と書かれた緑のバインダーを手渡す。
「ありがと。……それで?」
先を促す佐竹さん。
「はい、それが……」
しかし千歳の声は突然止まる。
ニュースから不意に聞き慣れた地名が飛び出したからだ。
 
 
ニュースが入りました。本日正午近く、波斗駅、井斗いと駅間を走行する列車の中で、私立白稜はくりょう高校の男子生徒が死亡しました。
男子生徒が直前に電話していた男子生徒もまた、同時刻に死亡したことを受けて、警察は自体の関連性を調べています。
 
 
流石にこのニュースには佐竹さんも手を休めて馴染みのキャスターを凝視する。
「この電車にわたし乗ってたんですよ……。波斗、井斗間って、わたしが降りた直後じゃないですか……。」
千歳の声はショックを受けている様で、実は遠い非現実的なニュースに対する坦々とした反応だった。
「うん。よく分からないけど、千歳ちゃんも気をつけてね。」
返しす佐竹さんも坦々としたものだ。目線は手元に戻っていた。
 
現実には悲劇が溢れている。
もし千歳が、その電車に乗っていればまた違う反応をしただろう。
しかし液晶画面を通すと、途端に事実は非現実的になる。
子供が親を殺した事件の後に、高校生が死亡して何だと言うのだ。
一々気にかけていたらこちらの身が持たない。
だから無視する。
自然なことだった。
 
      ◇
 
高校生死亡事件の翌日、千歳の通う県立波斗高校は終了式が予定されていた。
「あーもー。終了式なんて面倒だよ。さっさと通知表貰って帰りたい。」
一年七組教室ではある女子がそう愚痴を垂れている。
「そーそー。得に校長の話しが辛いよね。なんだかよく解んないことだらだら言ってさ。」
あれがなければまだいいのにさぁー。と声をあげる。
同調する周りの女子。
「あのハゲ、もっと髪生やせよ。さもなくば骨折でもすればいいのに。」
そー。笑いを堪えるのに必死だよ。と周囲が沸く。
「骨折の心は?」
「何か、転んだだけで骨折れそうじゃん。そうすれば壇上に出てこなくなるかな、と。」
一層周囲が沸き立つ。
うん、骨折すればいいんじゃない。と、幾人もの女子に伝播した。
やがて三々五々生徒は講堂に向かい始める。
その中に千歳もいた。
 
「校長挨拶。」
司会の言葉が講堂に響く。
講堂にはシートが何枚も並べて敷いてあり、椅子が並んでいる。
司会の言葉を受け、校長がすっと立ち上がり、壇上に向かった。
齢六十を超す名物教師。転んだだけで骨折りそう、と言われていたが、その足取りには迷いがない。
完璧に堂に入った姿勢に、周囲はただ圧倒される。
だが、それ故に次の瞬間の出来事は信じられないものだった。
ゴカン!とも、ビタン!とも着かない音と、ボキッとの嫌な音を立てて校長は、床に倒れ伏した。
躓くような物は何もない。
校長はしかし、ばったりと見事なまでに転んでみせたのだ。
しかもその後が悪かった。こともあろうに脚をかかえてうずくまってしまったのだ。
予想外の展開に周囲は慌てふためく。
「骨折したかもしれん、救急車を!」等、声が飛び交う。
一年七組の連中はその騒ぎの中、言葉を失い立ち尽くしている。

「先程近辺で虎、馬、鹿が確認されました。現在行方を捜索中です。皆様十分注意して下さい。」
外から拡声器の声がした。


初めまして。新参者の人見と申します。この度はこの散文にお目をお通し頂き、ありがとうございます。今回は初めてということで、投稿までの流れを掴もうと、前後編としております。出来るだけ早く後編も書きますので、宜しくお願いします。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




TOP


小説家になろう