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首が、ない

挿絵は、
http://www.marutomoi.com/
↑『まるともい』の作者の、まるやまさん作です。
挿絵(By みてみん)
 朝、出勤途中、電車の中。
 居眠りをしていた私がふと顔を上げると、目の前の座席に首のない身体が座っているのが見えた。女性の身体に見える。

 ――科学的な話をしよう。
 科学は、元々は哲学の一種だった。ほぼ演繹的思考のみに頼ったそれまでの理論構築方法に対する反感から生まれたガリレオやベーコンの『帰納主義』という考え方がその起源だ。帰納主義というのは、要は情報をたくさん集めて、その情報から理論を構築しようという発想で、その為に調査や実験を行う。つまり、今現在、私達が科学的手法と思っている発想とほぼ同じである。しかし、この帰納主義には幾つかの問題点があった。
 どれだけ客観的に情報を捉えようとしても、必ずそこには何かしらの主観が発生し、思い込みや先入観によって情報を都合良く分析してしまう。すると、それは主観によって歪められた結論となってしまう。その事は本質的には防げない。更に、情報を集める事自体にも限界がある。どれだけ情報を集めたところで、それは完全な情報では有り得ない。情報が足らない可能性は無限に存在するし、その情報の正確さの証明も不可能だ。そして、集めた情報にある程度の信頼がおけるとしても、その情報群から導ける結論は一つではない。同一の情報群から複数の結論に至れる。その内の、どれが正しいかの判断も不可能である。このような数々の問題点があったが為に、帰納主義からは、確証主義という考え方が派生した。
 人間は永久に真理には至れない。それは“確からしいもの”でしかない。
 帰納的思考に限界がある限り、全ての理論は仮説に過ぎない。ならば、仮説を容認するしかないのではないか、と考えたのである。この話には一つ教訓がある。それは、何かを判断する際には、自分が今持っている情報で、どれだけの判断が可能なのかをまず考えなければいけない、という事だ。もちろん、それは情報の正しさについても言及される。

 私は一度目を閉じてから、再び前の座席を見てみた。しかし、それでも相変わらずにその座席には、女性の、首のない身体が座っていた。なるほど。消えてくれない。少し、動悸が激しくなった。私は再び目を閉じ、開けると、それから観察を始めた。
 乗客は誰一人として騒いではいない。
 電車の中はそれほど混んではいないが、空いてる訳でもない。立っている人間が何人かいる。もし、座席に誰も座っていないのなら、この内の誰かは座ろうと考えるかもしれない。なら、他の乗客にも女性の身体が観えている可能性がある。しかし、首のない身体が観えているとするのなら、その仮定には無理がある。必ず、パニックが起こるだろうから。ならば、他の乗客には女性の身体は、通常の人間の身体に観えているのかもしれない。つまり、私の目にだけ首がないのだ。心霊写真に、身体の一部が欠損したものが時々ある。もしかしたら、あれと同じような現象が…… しかし、そこまで考えて、私はそれを否定した。それよりは、目の前の首のない身体が幻覚である可能性の方が高そうだ。電車の中に、時折何故か誰も座らない座席があるのは珍しい事ではない。女性自体は存在していて、首がないという幻覚を私が観ている可能性もあるが、そんな器用な幻覚よりは身体全体が幻覚と考えた方が良さそうな気もする。
 もちろん、他の可能性もあるけど。
 目の前の女性は、何か霊のようなもので、通常は視覚できない。しかし、気配だけは感じられ、だから、無意識的に誰も座席に座ろうとしない。まだある。他の乗客にも実は観えているが、私と同じように幻覚と考え、誰も騒がない。
 そんな事をあれこれと考えている内に、ある駅に電車は到着した。その瞬間、その首のない身体は突然に席を立った。動く。私は微かに戦慄したが、身体はフラフラとした頼りない足取りでそのまま電車を降りて行ってしまった。やはり、誰も騒がない。それから電車は下り方面である為、人の数は徐々に疎らになっていき、その後は、誰もその座席には座らなかった。目的の駅に到着したので、私も電車を降りた。
 その出来事はしばらく頭から離れなかったが、時が経つに連れて記憶が曖昧になってくると、私はその体験を夢だったのではないかと思い始めた。首のない身体を見る前、私は居眠りをしていたのだし、そう考えるのが妥当な気がする。だが、これは幾ら考えたところで、結論の出ない事だ。夢だった、というのは飽くまで説明の一つに過ぎない。そして、同じ様に霊だったというのも説明の一つで、他にも幾らでも説明ができる。その数多にある説明の内から、夢だったというものを採用しようとしているのは、私がそれを望んでいるからだろう。つまり、それは主観に歪められた結論だ。それを確定したものとしてはいけない。認識を決定するには、情報量が圧倒的に足らない。夢だったのか、幻覚だったのか、何らかの怪異だったのか。今の状態では、それは分からない。
 認識を決定、いや、仮説についての確証を得る為には、情報を集めてみるしかない。もちろん、それは情報を集める手段があった場合に限って言える事であるが。今回のケースはどうなのろう? 分からなかった。
 私の職業は、一応、プログラマーだ。性別は女。労働条件は厳しい場合もあるが、今の職場はそれほどでもない。開発が終われば、仕事の手は空く。それで私は、その暇な時間を利用して、情報を集めてみる事にしてみた。首のない女性の降りた駅の付近で、何か事件が起こっていやしないかとインターネットで調べてみたのだ。すると、一つだけ関係のありそうな記事を見つけた。駅の付近で、女性が一人首吊り自殺をしていたのだ。OLだそうだ。私は女性の姿を思い出してみる。OLと言われれば、そう思えなくもない服装だった。もし、何らかの怪異だとするのなら、あの時の首なしは、この記事の彼女なのかもしれない。首吊り自殺と、首なし。少しは関係がありそうな気もする。問題は時期だった。首吊り自殺をした女性が発見されたのは、私があの体験をした日から数日後だった。死亡したのがいつなのか分からないが、もし死ぬ前だったなら、その推測は間違っている事になる。否、女性が首吊り自殺をする、というシグナルを私が感知し首のない身体に見せていた、という考え方もできる、か。もちろん、こんな思考にほとんど意味などないが。もう一度、似たような体験でもしない限り。もっとも私は、その時自分が似たような体験をするとは少しも思っていなかった。しかし。
 目の前に、首のない身体があった。
 電車の中、帰宅途中、夜。
 つり革を持って立っていた私がふと横に目をやると、座っている人の並びに何かしらの違和感を感じたのだ。妙に気になったので、少し混んでいる車内を移動し、人の壁を掻き分けてみると、目の間に首のない身体があった。前と同じ様にOL風の女性の身体だ。普通に座っている。私は、それを見た瞬間に凝固した。しかし、思わず上げそうになった声を無理矢理に呑み込むと、ゆっくりと気持ちを整え、首のない身体を観察してみた。それは、首がない以外は普通の身体に見えた。首のない部分は完全に何も見えない。透き通っている。もし、首が見えないのが幻覚であったのなら、薄っすらとでも人の顔が見えるはず、と期待したのだが、それはなかった。何もない。次に私は、首の断面を見てみた。ちぎれた肉と骨でも見えたのであればかなりグロテスクだったかもしれないが、それはなかった。首の断面は、何もない。否、何もないというよりも、そこには闇があったのだ。浮遊しているような闇が。
 観察をし続けているうち、慣れてきた所為か、私の恐怖感は薄らいできた。すると、好奇心の方が俄然、大きくなってくる。それでもやや緊張したが、私は意を決すると、恐る恐る手を伸ばしてみた。もちろん、首なしの、首のない部分に。もしも、首がないのが私の幻覚であったのならば、私の感覚が根本的におかしくなっていない限り、何かしらの感触があるはずだと考えたのだ。だが、感触はなかった。手は虚しく空を進んだ。そこまで手が進むと、私は更に奥まで手を進めてみたくなった。つまり、首なしの断面。闇になっている部分を、触ってみたくなったのだ。だが、それが間違いだった。闇に手を触れたと思った瞬間、首なしの、身体の角度が変わった。それは、もし首があったのなら、私を見ているかのような傾き方だった。
 ……走ってコンビニエンスストアに駆け込んだ。そして、店内の一番奥の隅に身を隠す。そこから外の様子を窺ってみた。ガラス越しに見える外の風景は、コンビニから出る光以外に光源は存在せず、直ぐに光が途絶えてしまい、その先の視界は極めて不鮮明だった。闇が漂っている。観察が、できない。
 電車の中で嫌な予感を覚えた私は、首のない身体から距離を置くと、できるだけ見ないように心がけ、そのまま何もせずに最寄り駅までを過ごした。車内は空き始めていて、座る事もできたし、離れた場所から首なしを観察する事もできたから。しかし、それは既に遅かったのだ。最寄り駅に着いて私が席を立つと、首なしも同時に席を立った。それを観た私は不安を感じはしたが、気にしないようにして電車を降り駅を出た。が、しばらくして私が背後に気配を感じて振り返ると、そこには首なしが居たのだ。フラフラとした足取りで、私を目指している。戦慄したのは言うまでもない。滅茶苦茶なコースを歩いてみたが、それでも首なしは私を目指して歩いて来た。間違いはなかった。首なしは、私について来ている。理由は分からないが、私は首なしに憑かれてしまったのだ。
 そのまま家に帰る勇気はなかった。首なしが、私の部屋までついて来て、誰もいない部屋で二人きりなんて考えただけでも気分が悪い。それで私は、しばらく走って遠目のコンビニエンスストアを目指すと、そこに駆け込んで様子を見てみたのだ。10分程が経過しても、首なしは店内には入って来なかった。私は首なしを引き離せたと判断し安心をすると、ようやく家を目指した。家に帰って風呂や食事を一通り済ませて就寝する。が、異変はその後で起こったのだ。真夜中、妙な気配に気付いて目を覚ます。部屋は真っ暗だったし物音もしない、それでも、何かが居るような気がした私は電灯を点してみた。すると、ベッドの横にあの首なしが居たのだ。私を見下ろしているかのような姿勢で。私は思わず悲鳴を上げる。首なしは何にも反応をしない。その無反応さに却って恐怖を感じた私は、思わずこう怒鳴っていた。
 「あっちに行って!!」
 もちろん、意味があるなどとは思わなかった。しかし、それから首なしは、私の言葉通りに移動したのだ。隣の部屋へ入っていってしまった。

 ――科学的な話をしよう。
 調査や実験によって情報を集め、そこから世界を理解しようとする帰納的思考では理論の完全な実証ができない。よって、全ての理論は仮説になる。この事実は、科学と非科学の差を曖昧にする。例えば、霊現象の事例を多く集め、その情報から科学を立ち上げる、そういったような事が可能になってしまう。こういった試みを、帰納主義の観点からは非科学的と断定する事ができない。そこに登場したのが、ポパーの唱えた『反証主義』という考え方だった。彼は理論の完全な実証は不可能だが、理論の反証は可能であると考えた。 “幽霊は存在しない” これは、一体でも幽霊が見つかれば反証ができる。だから、科学的と呼べる。しかし、 “幽霊は存在する” これは、幾ら調査しても存在可能性は無限にあるので、反証は不可能である。よって、非科学的になる。この考えは、論理的な反証不可能性ばかりではなく、その態度にも言及をされる。つまり、反証を拒絶するような態度を執る研究は、非科学的なものであるとしたのだ。この考えを適応すると、精神分析学やマルクス主義は非科学的と呼べると主張されている。反証ができなければ、理論はいつまでも検証されずに残ってしまう。そういった事態を防ぐ意味からも、反証主義の有効性は主張された。しかし、この『反証主義』にも問題点があった。科学理論は単純ではない。様々なネットワークで構成され、一部が反証されても、それを補う形で修正し、幾らでも理論の正しさを保持できてしまえる。すると、一体、何処までが反証可能で何処までが反証不可能なのか、その境界は分からなくなるのだ。更に疑問点もある。そもそも、科学が暗黙の内に前提条件としている、この世の法則の“絶対性”と“普遍性”は、反証可能なのだろうか? 態度までにも言及されるのなら、或いは、これも反証不可能な前提条件と言えるかもしれない。
 つまり、『反証主義』も、完全な基準にはなり得なかったのだ。その他、様々な議論が為されたらしいが、どんな基準をもってしても矛盾点は現れてしまった。結局のところ、科学的合理性の基準は設定ができなかった。
 “科学とは何か?”という問い掛けの答えは未だに出ていない。

 首なしの存在は夢ではなかった。正直、翌朝目覚めた時は、夢か何かである事を願ったのだが、首なしは、隣の部屋にしっかりと居た。もし、夢であるというのなら、首なしに遭ってからの一部始終が全て夢という事になるだろう。もちろん私は、その可能性だって考えている。が、例え夢であったとしても、目の前の問題が消える訳ではない。首なしは、そこに存在しているのだ。ならば、それへの対応を考えなければならないだろう。首なしは、どうも、やはり他の人間からは見えないらしい。もちろん、だからと言って、それを霊のようなものだと断定するつもりはない。何度も述べるが、私の幻覚だという可能性は充分にあるのだ。他人から見えない、という事は客観性が存在しないという事だ。だから客観的に、そこに霊がいる、などと認識する事はできないのである。……だが、しかし、それは客観的思考が不可能であるという事とは必ずしも一致はしない。
 世界は分からない事だらけだが、取り敢えず分かっている事を手がかりにし、思考を進める事はできる。それは、科学的思考の基本の一つなのだそうだ。
 私は生活をしながら、首なしの性質を少しずつ確かめていった。それは、主観的な存在でしかない可能性のある首なしに対しての、客観的思考と言えるかもしれない。まず、首なしは私の近くに常に居ようとする。会社へ行っても、買い物に出掛けても、ついてくる。しかし、ある程度近くにいれば充分なようで、隣の部屋くらいの距離ならば、それ以上、無理に近付いて来ようとはしない。次に、首なしは私の命令に従う。消えてなくなれ、や遠くに去れ、といった類以外の命令にならば何でも従った。だから、「あっちへ行って!」と言ったら、その通りに隣の部屋に行ったのだ。また、その命令は思うだけでも充分なようだった。これは、首なしが私の妄想の産物である可能性を示唆しているかもしれない。だが、だと想定すると、次の性質の説明が苦しくなる。首なしは、他の人間に影響を与える事ができるようなのだ。物質に対し、物理的に作用する事はもちろんできない。しかし、それが人間の身体の部分ならば、首なしはそれを動かす事ができた。それがどんな原因からかは分からない。しかし、手を持って頭を撫でさせたりだとか、或いは、足を絡ませたりだとか、そういった事は簡単にできてしまったのだ。もしかしたら、首なしは私が映像としてイメージしているだけのもので、実際に人間を動かしているのは、私の超能力のようなものなのかもしれない。そう想定すると、首なしが私の命令に従っている事も説明ができる。それは、自分の意思が具現化したものに過ぎないのだから、私の意思通りに動いても何の不思議もないはずだ。もっとも、何度も言うが、それらは説明の一つに過ぎないのだが。認識を決定するには、情報が足らな過ぎる。まだ、今の段階では、首なしが、客観的な領域にも何らかの要因で影響を与える存在である事を確認できただけだ。首なしについての認識を決定するには、更に情報を集める必要があるだろう。まずは、首なしを見る事のできる人間を、私の他にも探す事が先決かもしれない。
 ……私はそんな事を考えつつも、この今起こっている事柄に関しては、こんな思考は無意味かもしれない、と心の何処かでは思っていた。もしも、この世の法則に絶対性や普遍性が存在しなかったら、客観的思考などに意味はなくなる。例えば、この“首なし”は、私の主観的世界においてのみの法則下で存在しているのかもしれない。もし、他の人間の存在する世界と、私の存在する世界とでは根本的に法則が違っていたとしたら、その場合、首なしの存在を確かめる事に意味などあるのだろうか? もちろん、それが馬鹿馬鹿しい考えである事は私にも分かっていた。しかし、こんな事が実際に起こってしまったからには、私はその可能性を考えない訳にはいかなった……。
 取り敢えず、首なしを見えるかもしれない人間を当たってみる事にした。実は、一人、見える可能性のある人間を私は知っているのだ。キミコ、という占い師。もちろん、可能性は薄いが、それでも試してみる価値はあるだろう。
 キミコは、私の高校時代からの知り合いだ。何年も会っていなかったのだが、久しぶりに連絡を取る機会があり、話してみると、いつの間にかに占い師などをやっていた。元々、話術に長けており、妙に説得力のある話の運び方をするので人と話をする商売は向いていると思っていたが、それでも少々私には意外だった。営業のような職業の方がイメージには合っている気がする。実際に会ってみると、やはり昔からの印象に変わりはなかった。占い師といった感じではない。
 「で、何よ、見てもらいたいものって? まさか、占ってもらいたいって訳じゃないのでしょう?」
 家はそれほど離れてはいなかったので、見てもらいたいものがあると言って、私はキミコの事を自宅に招いた。キミコは私の性質を知っているので、占いだとは思っていないようだ。私は意を決するとこう尋ねてみた。
 「見えない?」
 首なしは、初めから同じ部屋の中にいるのだ。それを聞くと、キミコは不思議そうな顔を見せた。
 「何? からかってるの?」
 やはり、見えないらしい。占い師は、霊媒師などとは違うから、見えなくても当然と思うかもしれないが、それは、キミコには当て嵌まらない。彼女は、表向きには霊とかそういったものにも精通していて、それらを利用して占っている事になっているのだ。私はため息を漏らすと、こう説明をした。
 「実は、さっきからこの部屋には、首のない身体が居るのよ」
 もちろん、キミコは信じなかった。ふざけているのかと疑った後で、私が真剣なのを察すると、「病院にでも行ったほうがいいのじゃない?」とそう言う。私はそれを受けて、「私も初めはそう思ったのだけど」と答えると、敢えて声に出して首なしにこう命令をした。
 「キミコの手を頭に置いて」
 キミコは不思議そうな顔を見せる。それから、自分の手が自然に頭に向かい始めると、それは驚愕の表情に変わっていった。
 「何? これ」
 そう漏らす。続いて私は、「紅茶を飲ませてあげて」とそう命令した。キミコの手が震えながら、ティーカップに伸びる。キミコは抵抗しているのだ。それから、首なしはキミコにティーカップを無理矢理持たせると、それを口に運んだ。「解放して」。私がそう言ってキミコを自由にすると、彼女は、
 「催眠術か何か?」
 と、驚いた表情のままでそう問い掛けてきた。
 「さぁ? 正体は、分からないの」と、それに私は正直に返す。
 「でも、思っただけでも、首なしは私の命令に従うから、少なくとも催眠効果ではないと思う。それに、催眠の効果ってこんなに著しくはないし。ただ、私の目に見える首のない身体は、私の命令を何でも聞くし、実際にこんな事だってできちゃうのよね」
 キミコはそれを聞くと、目を輝かせた。そして、
 「お願い! ちょっと、協力してくれない?」と、そう言ったのだった。

 ――科学的な話をしよう。
 理論的な背景としては、科学的合理性の基準を設定する事は人間にはできなかった。しかし、だからといって、科学と非科学の差を分けるものが皆無かというとそれも違う。反証主義だって物差しの一つにはなるし、実用性に着目をし、科学の社会性を考えるのであればその違いはそれなりに明確になって来る(余談だが、科学が社会的にも確立をするのには、その実用性と公開性が必要だったらしい。実用的に用いる事ができ、そして、その知識が公のものとならなければ、それは科学にはならなかったのだ。例え、同じ理論を得ていたとしても)。
 『道具主義』という考え方が、科学にはある。理論が真実かどうかは分からない。しかし、真実ではなくても、道具として実用的に用いる事ができるのであれば、それでいいのではないか、という発想だ。そして、実はこの道具主義の考え方に、多くの疑似科学は耐える事ができない。疑似科学は成果を出せないのだから、その理論を応用して何かに役立てる事は不可能なのだ(偽の理論でも効果がある場合もあるが、これはその背後に別の仕組みが隠れている。メスメリズムの裏には、催眠効果が隠れてあった)。例えば、医療。摩訶不思議な力で施される医療方法は、実は不治の病にしか生息域がない。歴史的事実として、医療技術の発展で治療できる病が増えてくると共に、そういった摩訶不思議な治療方法は生息域を狭めてきたというのがある。これは、知識の累積性のある科学では起こり得ない事である。疑似科学には発展性がない、とも言える。何年経っても、心霊科学が何か功績を残す事などない。心霊科学や、超心理学に、何か進展があっただろうか? もちろん、傲慢に全てを否定する事も賢明な態度ではないのかもしれないが。実用性や発展性がないからと言って、その全てが疑似科学とは限らないだろう。
 これらの事柄は、科学を考えるには、社会面も重要になって来るという事実を指し示しているとも言える。

 「霊波運命科学会?」
 なんだ、それは? 私の疑問の声を聞くと、キミコはこう説明してきた。
 「そういう団体があるのよね。まぁ、宗教団体みたいなもんよ。私、そこと契約しちゃってさ。お客を紹介すると手数料を貰える事になってるのよ。そのお客からまき上げたお金の三割。でも、これ、絶対に誤魔化してると思うのよね。私に払う額を。実際は、もっと稼いでる癖に。まぁ、いいわ。でね、その団体に紹介してたら、客から苦情を言われちゃって。後もう少しで、訴えられちゃいそうなのよ、私。取り敢えず、間もなく道を誤った霊波運命科学会には、天罰が下るはずだから、で誤魔化してるのだけど」
 私はそれを聞いて、もちろん驚いていた。まさか、そんな事までやっているとは思ってもいなかったから。「それで、何を協力して欲しいのよ?」、驚いた私が次にそう尋ねると、キミコはこう言った。
 「だから、天罰を下して欲しいのよね。とにかく、さっきみたいな事ができる訳でしょう? 理由なんか分からなくても、できればなんでもいいから、さ」
 ……霊波運命科学会、の研究施設(!)のある場所は、案外近くにあった。こんな施設が、それほど離れていない場所にあるとは少々意外だ。研究施設には、講堂が設えてあって、どうも、そこで講義のような事を行うらしい。科学会というだけあって、一応、そのような体裁にしてあるのだ。講堂は、大学の講堂にそっくりな造りになっていた。私はそこへ体験学習という位置付けで参加をした。講義が始まる。内容は道徳や倫理に、霊の話を混ぜたようなもので、新興宗教団体のものと然程変わらないように思えた。もちろん、首なしは私の近くに初めからいる。しかし、誰にも見えていないようだった。天罰。キミコは、衆人の前で研究長に怪我をさせてくれるだけでいいと言っていた。もちろん、私は初め嫌がっていたが、それで助かる人間がたくさんいるし、お礼もするからと言って、巧みに丸め込まれてしまったのだ。やはり、キミコは口が巧い。
 さて、どうするか。いざとなると、どう怪我をさせれば良いかが分からなかった。真剣には考えていなかったのだ。私は講義の内容を聞くうちに、怪我でなくても、ただ目の前で苦しがるだけでもいいかと思い始めた。幸運に恵まれ、健康に生きる方法を実践している者が、原因不明で苦しみ出したらそれだけで効果は充分ではないか。この人物は、自分の罪業が身を焼くというような事をしきりに述べている。それで私は、首なしに、首を絞めるようにと命令を出した。ある程度まで、苦しんだら解放してやればいい。
 首なしが首を絞めると、私の期待通りに、研究長は苦しみ始めた。しかし、私の思い通りにいったのはそこまでだった。離せ、と命令を出しても、首なしは何故か首を絞める手を離さなかったのだ。周囲は騒がしくなり、半ばパニック状態に陥り始めていた。或いは、それが雑音になって、私の命令が届いていないのかもしれなかった。そして、そのまま、研究長は死んでしまったのだ。
 「いやー まさか、ここまでやってくれるとは思わなかったわよ」
 「だから、事故だったのよ! 首を絞めるだけで終わりにするつもりだったの!」
 キミコは、上機嫌だった。もちろん、私は落ち込んでいた。故意ではないとはいえ、人を一人殺してしまったのだ。死因は原因不明の呼吸不全だったが、首なしが原因とみてまず間違いはなさそうだ。しかも、悪い事はそれだけではなかったのだ。
 『キョーイクっとは!』
 『ターナカさん! ターナカさん!』
 『アイダガギオギオを、捕まえるのだ!』
 首がぶらりと垂れ下がった研究長、の身体、のようなもの。それが何故か私の周囲をウロウロしていた。どうも女性の首なしと同じ様に、私に憑いてしまったらしい。何か訳の分からない事をしきりに言っている。もちろん、私だけに聞える声だ。私に文句を言っているようには思えないが、煩くて仕方がなかった。
 私達は、キミコの家で酒盛りをしていた。キミコはこの結果に満足をしているらしく、これでもう訴えられないとほろ酔い加減で喜んでいた。「ねぇ どうせなら、もっとやらない? これ、多分、他にも使えるわよ」。そんな事を言っている。私には、そんな話を聞いている余裕はもちろんなかった。
 夜中。自宅に帰っても、研究長はまだ相変わらずに喋り続けていた。『コウカイは、取り戻せる!』『盗んでも、文句をイワレナケレバ大丈夫!』『タイガーマスク!タイガーマスク!』。眠る事もできない。しかも、首なしと違って、この研究長は、私の言う事をきかなかった。深夜の二時を回っても休む間もなく言葉を発し続けている。遂に我慢ができなくなった私は、研究長の頭を持つと「いい加減、黙れぇ!」と、大声を上げつつそれを引っ張った。すると、首は簡単に引きちぎれてしまったのだ。頭を見る。頭は、まだ何事かを喋っていたが、その声はとても小さなものになっていた。布の下に入れてみると、その小さな声も聞えなくなった。身体の方を観てみた。首のない身体は、無反応で佇んでいる。私は、もしかしたらと思い隣の部屋に行くようにと命令を出してみた。すると、予想通り、元研究長の首なしは隣の部屋に向かったのだった。私の命令に従っている。
 キミコが再び連絡を取ってきたのは、それから数日後の事だった。彼女は、私の部屋に入ると、部屋を模様替えをした事に直ぐに気が付いた。「どうしたの?これ」、と尋ねて来る。どうしても一部屋空けたくて、私は無理矢理に荷物を部屋から出したのだ。「ちょっと、ね」、私は含み笑いをしつつ、そう返す。きっと、キミコがこの秘密を知ったら驚くだろう。キミコには分かるはずもないが、この部屋には、5体ほどの首なしが彷徨っているのだ。もちろん、私が捕まえてきたのだ。主に病院で、死にたての霊のようなものを見つけると、私は首なしを使って、その霊から頭を引きちぎっては首なしにしていった。首なし達は、面白いように私の言う事をきく。それが愉しくて、いつの間にかに私は、首なしコレクターになってしまっていたのだった。もちろん、ただ自分のモノにするだけじゃつまらない。手に入れたのなら、使いたくなるのが人情だ。
 キミコは早速、話を始めた。キミコの提案は、こんなものだった。不正をやって儲けている人間がいる。その人間が死ねば株価が下がる。その株を空売りしておけば、大儲けができるはず。つまり、私にその人間を殺せと言っているのだ。何処で情報を仕入れてきたのかは知らない。流石は、怪しげな占い師だ。「どうせ、何人も殺してるようなヤツよ。直接、手を下している訳じゃないけど。殺されたって文句は言えないわ」。キミコはそう言う。恐らく、私を説得するつもりなのだろう。「ええ、そうかもしれないわね」。私はあっさりとそう返した。すると、「え?」と呟き、キミコは意外そうな顔を見せた。どうやらキミコにとって、それは、予想外の反応だったらしい。
 殺人は、私の首なし達を使えば簡単に行えた。そして、キミコの言葉通りに株価は下がり、私達は大儲けをする事ができた。こんな事でお金が稼げるなんて、ふざけてる。まるで、本当にお化けみたいに実体がないじゃないか。私はそれに対して、そんな感想を持った。こんなやり取りで回転する経済の行く末には、一体何が待っているのだろう? 真っ当な事ではない気がしたが、気にはしなかった。どうだっていい事だ。私には。結果として、どれだけの人が死のうが。
 私はそれからも普通に仕事をしていたが、キミコは仕事を辞めてしまったらしい。最初の成功で味を占めたのか、株で生活をし始めたようだ。ただし、大体は、失敗して大損している。それでだろう、彼女は、時々、株の情報を持ち込んで来ては私に殺人の要求をして来た。初めのうちはその要求に応えていたが、徐々に断るようにしていった。流石に、人の死に方が不自然になってきたから、もう止めた方がいいと判断したのだ。それに、どうせ首なしを増やすのなら、もっと私好みの首なしがいい。中年男の首なしばかり増えても、面白くともなんともないじゃないか。
 「しょうがないじゃない! あいつら、インサイダー取引とか、汚い事バンバンやって株の売買やってるんだから! 普通にやったって勝てるはずないのよ!」
 ある日、私が断ると、キミコはヒステリックにそう叫んだ。
 「だから、株なんてやらなければいいのよ。私みたいに」
 そう言ってみると、怒ってこう応えてきた。
 「私は、あなたと違って、もっと上を目指すのよ!」
 そう言われても、株で儲けるような生活の何が上なんだか私には分からなかった。
 「何よ! 私のお陰で、大金を稼いだくせに! 私がいなかったら、あなたなんて何もできなかったじゃない! そんな力がどれだけあったって!あなたなんか無能なのよ。もう、頼まないわ!」
 そう、捨て台詞を残すと、キミコは私の家から出て行ってしまった。もう、あの子は駄目かもしれない。それを受けて私はそう思った。……殺してしまおう。一応、三日間の時間を置いてみた。証拠は何も残らないだろうが、赤の他人を殺すのじゃない。交友関係もあるし、不自然に金も巡ってる。慎重にするべきだろう。夜道、私は彼女の跡をつけた。通常の殺人とは逆に、人通りの多少はある場所を選んで、私は首なし達に命令をする。彼女を殺してくるように、と。他の人間が、私が犯人ではないという証人になってくれる。首なし達に取り囲まれると、キミコは突然に苦しみ始めた。首を掴んでいる。遠くから自分を見る私に気が付いたのか、その苦しみの正体を察したようだった。そして、酷く恨めしそうな表情で私を見つめ、私のいる方へ手を伸ばし、そのまま息絶えた。私は、それが妙に嬉しかった。どんな表情をしようが、どう足掻こうが、誰も、私には逆らえない。
 キミコの頭を抱え、私は家路に着いた。首なし達のうちの一体に、キミコも加わったのだ。これは、私のお気に入りのコレクションの一つになりそうだ。頭は、あの恨めしそうな表情のままで私を見ていた。私は家に帰ると、その為だけにわざわざ空けた私の秘密の部屋へと入った。この部屋には雛壇が造ってあって、そこには真っ白い布が被せてあるのだ。白い布を取り払う。
 「大分、壮観になってきたなぁ」
 その光景を見て、私はそう独り言を漏らした。そこには、私が首なしをつくる為に引きちぎった、たくさんの頭達が並べてあるのだ。「あなたも、今日から此処に加わるのよ、キミコ」。そう言って、私はキミコをそこに置いた。
 最近になって、少しずつ分かってきた。なんで、首なしが私の命令に従うのかが。彼らには頭がない。だから、意思がなくて、結果、唯一聞える私の声にただ反応するのだ。でも、それは、本当は首なしじゃなくっても同じなのかもしれない。ほとんどの人間は客観的思考などしようともせず、自分の感覚に従って行動するばかりだ。だから、例えばキミコみたいに株に溺れて、自分をコントロールできなくもなる。しっかりとした主体を持った人間なんて、滅多にいないのだ。
 私はそれから、夕飯でも食べようかと台所に向かった。しかし、そこで妙な違和感を感じてふと立ち止まってしまった。その違和感の正体が何かは分からなかった。首なし達じゃない。見回してみる。何も変わった事はないように思える。だが、ある時に気が付いた。鏡。そこは、大きな姿見の目の前だったのだ。首なし達が映っている。別に何の不思議もない、と思いかけた時だった。私が、その重大な異変に気が付いたのは。
 そこには、私が映っていなかったのだ。
 首なし達しか映っていない。私はもちろん慌てた。すると、目の前に写っている首なしの一体も同じ様に慌てた。よく見ると、それは見慣れない首なしだった。いつの間に手に入れたのだろう? 否、その首なしが着ている服には見覚えがあった。よく思い出してみると、それは私が持っている服と同じ服だった。それから私は、いつにそれを着たのかを考えてみた。間違いなく、その服は今日着たものであるはずだった。視線を移せば今だって着ている。だから、間違えようがない。という事は、……まさか。
 私は、恐る恐る自分の手を首にもっていった。

 ――科学的な話をしよう。
 科学が本当に合理性を持っているかどうか、実はそんな疑うまでもないような事も議論をされている。その代表的なものが、クーンのパラダイム論だろう。科学はある思考する為の基盤、パラダイム上で成り立っている。それを通常科学と呼ぶ。ある程度、研究が進むとそのパラダイムでは説明できない現象に行き当たり、危機が起こり、革命が起こる。そこに登場をした新しいパラダイムで、また通常科学が展開される。しかし、この思考の基盤であるパラダイム自体には、実は合理性がないというのである。それは、一つの信念でしかない。
 事の是非は分からないが、科学が一つの信念系に過ぎないといった捉え方をしている哲学者は他にもいる。ファイヤアーベント。彼は、科学を、宗教や思想といったものと同列に並べ、イデオロギーの一つに過ぎないと主張した。それについての一般的な見解は、権威主義への警鐘であるとされている。分かる為の唯一の方法であるなどとして、科学を権威にしてしまうと、却って盲目になり、正しさが分からなくなる。正しさとは、常に疑われる事によってしか証明できないからだ。実際、権威主義に陥った事により、これまでにも、様々な誤った結論を科学は提示して来てしまっている。そして、その権威は場合によっては、政治にも利用される。科学的に安全が証明された事により、原子力発電所の建設が開始される。など。
 これは、個人にも言えるのではないだろうか? 傲慢になり、自分を疑う事を忘れると、その途端に自分というものはなくなるのだ。コントロールができなくなる。

 鏡の中の首なしは、自分の手で存在しない頭部を触ろうとしていた。私と同じ動きで。間違いはない。あれは、私だ。
 私の… 私の、
 首が、ない。
挿絵(By みてみん)

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