告白(される)大作戦!
私、鈴野珠美には好きな人がいる。
想い人である深堂くんと出会ったのは数か月前、高校に入学したときのことだ。最初は、背の高いところ、鋭い目つきだけど笑顔が可愛いところが「ちょっといいな」と思うくらいだった。仲良くなったのは、成績優秀で面倒見の良い彼が隣の席のよしみで私の勉強を見てくれたのが切っ掛けだった。
「なんだこの間違え方!?」
私がやってきた苦手な数学の課題を前に、頭を抱えながらも懇切丁寧に、ここがこうで、この数式をあてはめて、と解説してくれた深堂くん。飲み込みの悪い私に時々怒りはしたけれど、愛想を尽かすことなく繰り返し分かるまで教えてくれた。なんて根気強くて優しい人なんだろう、と当時感動すらしてしまった。
「鈴野? 聞いてる?」
「えへへ、ごめん。あ、そっか、この数式ね。分かった! 気がする。なんとなく」
「なんとなくかよ! きっちり理解しておかないと、いつまでたってもひどい点数だぞ。あと分からないところは?」
「こことこことここと、あとここかな」
「全部じゃん……」
しばらくして席が離れてしまってからも、勉強を時折教えてもらうことが続き、深堂くんのおかげで数学の小テストの点数が前よりも少し上がった。それをお礼とともに報告したとき「良かったな」と、にっと笑う顔に心臓が飛び跳ねた。
日を追うごとに「ちょっといいな」どころか熱烈に好きになってしまっていた。彼女がいないことはリサーチ済み。女子の間で人気が高い彼に焦りもあって、もう告白してしまおうか、と思っている矢先のことだった。
深堂くんの様子がおかしい、と気づいたのは。
誰かの視線を感じて顔を上げると、やたら深堂くんと目が合う。「何?」と首を傾げるが、先に見ていたのは彼のはずなのに、
「こっち見るなよ」
と吐き捨てるように言ってそっぽを向いてしまうのだ。
休み時間、別の友達と楽しく喋っているときも、
「ぎゃあぎゃあうるさい」
いつの間にか現れた深堂くんが、冷えた視線と言葉を投げかけてくる。そしてその後、何事もなかったかのように、話に加わっている。立ち位置は必ず、私と、話していた相手の真ん中。
私の十六回目の誕生日、
「鈴野、誕生日……」
しかめっ面で言いかけて、止まった。まさか、春先のHRの自己紹介で言った時のことを覚えていてくれたのかと思い、
「え、覚えててくれたの?」
嬉しくて顔を輝かせると、深堂くんは眉根を寄せて視線を逸らした。
「なっ! ばーか。覚えてるわけ……。さっき誰かと話してたのが聞こえただけだよ。うぬぼれんな!」
そして、逃げるように教室から出て行ってしまった。
睨まれたり避けられたり、不自然な態度を取られることが数日続いて、最初は嫌われてしまったのかと落ち込んだ。でもよくよく見てみると分かる、私と目が合ったとき、そして話しているときの、さくらんぼよりも真っ赤な彼の耳。
もしかして――? もしそれが違っていたら自意識過剰にもほどがあるって、もういっそのこと消えてなくなりたいくらいだけれど、もしかしてっていう考えが頭から消えない。いても立ってもいられず、昼休み、彼の席に近づいていった。
「あの、深堂くんって、私のこと好きなの?」
探りを入れるだけのつもりが、緊張して随分と直接的な聞き方になってしまった。彼は飲んでいたカフェオレを派手に噴き出した。周りから口笛と野次の声が上がる。
「はぁっ? い、いきなり、なに……!」
「私は、深堂くんのこと、大好きなんだけど」
耳たぶどころか顔全体を真っ赤にして、パンを握りしめ絶句している彼を見つめていたら、なぜか緊張も羞恥心もどこかへ吹き飛んだ。そして淀みのない言葉がするりと口をついた。
「私と、付き合ってください」
周囲の歓声が一際大きくなる中、深堂くんは呆けたような表情でかすかに頷いたのだった。
◆◆◆
「ねえ深堂くん、来週のお祭りの日、ひま?」
「なんで?」
夏休みが間近にせまったある日のこと。この辺りでは一大イベントである地域主催の夏祭りに誘おうと休み時間に話しかけたのだけれど、深堂くんは手元のスマホをいじりながらあまり良いとは言えない反応を示した。
「なんで、って一緒に回りたいから聞いたに決まってるじゃない。でも、もしかして予定がある? それなら仕方ないね」
「いや待て! 予定……はないけど」
「え、じゃあ一緒に行ける?」
嬉しくてつい声が弾んだ。深堂くんは、
「行ける、行けるに決まってるだろ……!」
とうめくように言い、そそくさと仲のいい男子の元へと移動して行ってしまった。
「あはは、何あいつ可愛い。相変わらず異常な照れ屋さん!」
一部始終を見ていたらしい友人、咲恵が背後から現れた。咲恵は笑っているけれど、私は深刻に考え込んでいた。
「深堂くんって、本当に私のこと好きなのかなぁ」
私が告白し、深堂くんと付き合うことになってから一週間。夢みたいな心地で、一緒に帰ったり、放課後図書室で勉強したり。でも、彼はいつも通りのぶっきらぼうな態度か、勉強を教えるときに「違う!」と熱く怒るかで、二人っきりでも甘い雰囲気になることは皆無だった。付き合うことになってしまえば少しくらいはそれらしい感じで愛を囁いてくれたりするかも、なんていう希望はかないそうにもない。付き合えるだけで幸せだったはずなのに、気持ちをはっきり示してほしい、と欲張りな自分に我ながら呆れる。でも、あまりに素っ気なさすぎて、前と変わらぬ態度すぎて、少し不安になってしまうのだ。知らず小さく漏れたため息に気づいた咲恵が片眉をあげた。
「ぜーったい、大丈夫だから。……でもまぁ、その気持ちも分からないでもない。たま、一緒に作戦たてよう。深堂のやつに「珠美が好きだ!」って言わせてやるんだよ」
力強い言葉に勇気づけられた単純な私は、素早く立ち直り頷いた。そして、
「よーし!」
二人で手を握りあい、作戦を話し合ったのだった。
◆◆◆
昨日の夜、入念にトリートメントしたから髪はつやつや、姉に借りた高級パックのおかげでお肌の調子もばっちりだ。登校するなり咲恵にメイクしてもらって、少し香水も付けちゃったりして。手鏡に映る私はいつもよりきらきらしていて、我ながらいい感じ。これなら照れ屋の深堂くんも、良い反応を示してくれるだろう。心の中では、「珠美、かわいいよ。好きだ!」と見惚れ、褒めてくれる彼とほほえみ合う図でいっぱいだった。
どきどきしながら彼に近づき、
「おはよう!」
にっこりと笑いながら挨拶した。
「あー、おはよ」
いつもと変わらぬ深堂くん。
あれ? 何度も大きく咳払いをし、反応をじっと待っていると、思いっきり怪訝な視線をむけられた。
「なに?」
「えっ!」
あ、あれ? もしかして気づいていない? もっと濃い目のメイクにすればよかったのかな。焦りつつ、遠くから見守っている咲恵とボディーランゲージをまじえ、せわしなく目線をやりとりする。そんな私を見て、深堂くんはぷっと笑い声をもらした。
「朝から変なテンションだな」
無愛想な感じが一気に霧散した。こっちまでつられてにっこりしてしまうような笑顔に目が釘付けになる。あー、やっぱり笑顔が素敵。急速に頭がぽーっとなり、つい心の声が漏れ出てしまった。
「今日も恰好いいね」
……いやいやいや。いかん! 最初の計画はどこへいったの! 私の方が見惚れてどうする。
彼はといえば、視線を泳がせ明らかに狼狽えていた。
「……急にわけわかんねーこと言ってんじゃねーよ! それより、数学のプリントやってきたのかよ」
「えっ。一応」
「ほら、見てやるから。出して」
「はい……」
結局、HRが始まるまで勉強を教えてもらうことになってしまった。
出来が悪くガミガミと叱られた。そして、「何、この匂い。頭が痛くなってくる」 と香水のことも怒られる始末。あーあ、完全に失敗に終わってしまった。
でもここでへこたれてはいられない。こんなこともあろうかと、もう一つの作戦を立ててきたのだ。昼休み、各々昼食を取った後、彼が一人になるのを見計らって声をかけた。
「深堂くん。これ、あげる」
「なんだコレ」
「家で作ってきたの。上手に焼けたから、食べてほしくて」
可愛い容器に入っているクッキーを目を丸くして見つめる深堂くん。ふふん、意外でしょう。こう見えて結構お菓子作りは得意なのだ。鞄にしまわれないように、あえてラッピングはしなかった。「美味しいよ! 珠美、こんなに可愛い上に料理まで上手なんて……好きだ!」なんていう想像図を脳内に描いてにやけていると、
「おー! 鈴野さんのクッキー? 少しわけろ!」
深堂くんの友達、東くんが目敏く近寄ってきた。たくさん焼いてきたし、もちろん少しなら分けてあげてもいいと思うのだけれど、彼は東くんをひと睨みした。
「あ? 駄目に決まってんだろ。鈴野、後で食べるから蓋かして」
なんて言って、容器ごと鞄にしまおうとしたのだ! 私の見ているところで食べてもらわないと意味がないのに。
「けちだな、おい。ちょっとくらいいいだろ」
「駄目だって……」
「深堂くん、一つでいいから今ここで食べてほしいの。ほら、あーんしてあげるから」
「やっやめっ」
つめ寄る東くんと焦る私、うろたえる深堂くん。三人での押し問答の結果、もみくちゃにされた私の力作はバラバラと床に落ちてしまった。
深堂くんは困り果てた表情で、東くんはオロオロと私に謝ってくれた。
「す、鈴野、悪い……」
「ごめん! 鈴野さん!」
「ううん。いいよ。また作ってくるから」
残念だけど、私も少し強引だったし。反省反省。クッキーを容器に拾いながら次はパウンドケーキにしようかな、と考えていると、深堂くんが横からそれを奪い取った。そして、呆気にとられている私の目の前で、彼は床に落ちたクッキーを一気にムシャムシャと食べてしまったのだ。
「うまい」
とだけ言い、ぷいっとそっぽを向いた。その横顔に心拍数が急上昇する。
「うわー。鈴野さん、目がハート型になってる」
隣でつぶやく東くんの言葉に違わず、完全に恋する乙女の顔になっている自覚はある。やばい、ますます惚れ直してしまった。あれ! 当初の計画ってなんだっけ。
◆◆◆
迎えた夏祭りの日。休日に待ち合わせするデートらしいデートは初めてかもしれない。いつもと違って、特別な雰囲気の今日なら気持ちを確かめ合える絶好のチャンスだ。約束は夕方の四時。待ち合わせ場所には十分前には着いたのだけれど、そこにはすでに深堂くんの姿があった。見慣れない私服姿に、早速早鐘を打つ胸を押さえながら声をかけた。
「ごめん、待った?」
「いや、待ってな……」
そう言ってこちらを向いた深堂くんに驚きの表情が浮かぶ。口を開けたまま固まってしまった彼の目の前でてのひらをひらひらとさせた。
「深堂くん?」
「――何、その恰好」
「何って、浴衣だよ。似合う?」
親戚のお古でもらったそれは、白地に紫色のあやめ柄が大人っぽくて気に入っている。結婚式場で働いている姉は和装はお手のもので、浴衣もきれいに着付けてもらえた。その時、ピロリン、とスマホのメッセージ音が鳴ったので見れば咲恵からの「がんばれ」だった。深堂くんに「ちょっとごめんね」と断り、素早く返信していると、
「似合う」
「え?」
蚊の鳴くような声が確かに聞こえた。ぱっと深堂くんの方へ向き直ると、露店の方を向き口を真一文字に引き結ぶ顔があった。
「あ、ありがとう」
「浴衣! 可愛いーーーっ! 好きだっ」なんて、思い描いた反応ではなかったけれど、嬉しい。嬉しすぎる。でもいざ褒められるとなんとなく恥ずかしい。頬が赤くなるのが自分でも分かった。
「ほら、店いろいろあるからまわろう」
深堂くんはこちらを見ないまま言うと、露店のある方へとずんずん歩き始めた。私も慌ててそれを追う。色々なお店が軒を連ね、あたりは熱気に包みこまれていた。遠くに見えるメインステージの方ではこれから行われるイベントに向けてスタッフらしき人達が慌ただしく動いている。人はそれなりに多いものの、まだ時間帯が早目なせいかはぐれるほどではない。混雑を口実に手をつなげるかも、なんていう下心はかないそうにないな。
ちょうど目についたお面を売っている店で妹へのお土産を選んだ。女児向け戦隊アニメの、ピンクとブルー、どちらにしようか決められない。散々迷い、なかなか決断できなかったけれど、深堂くんは文句も言わずに付き合ってくれた。その後、結局イエローのお面を選んでしまった私に「きょうだい仲いいんだな」なんて笑った顔が素敵で、性懲りもなく胸が高鳴ってしまった。
さらに露店を見ようと移動しながら前を行く深堂くんの後ろ頭を見ながらしみじみ思う。
やっぱり、すっごい好きだなぁ。私がまたあらためて「好き」って言ったら、どんな反応するかな。「俺も」って、一言でいいから、言ってくれないかな。そしたら、後はもう何もいらないから。
なんて乙女なことを考えつつ、深堂くんとの距離をこっそりじりじりとつめていると、
「鈴野……!」
突然、彼が勢いよく振り返った。
「? 何?」
「わわわっ」
思いのほか私との距離が近いことに驚いたのか、深堂くんは奇声をあげて飛びのき、脇にあった電柱にぶつかった。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「……驚くに決まってるだろ。近すぎ」
「ごめん。さっき何か言いかけた?」
「……何でもねーよ!」
深堂くんがぶつけた腕をさすりながら赤い顔でうめくように言った時だった。
「猛!」
聞き慣れない声がした。深堂くんの下の名前を呼びながら、可愛らしいボブカットの女の子が足早にこちらに近づいてくる。清楚な白いシャツワンピースを身にまとった彼女は、彼に抱き着いた。上品な色合いのグロスがきらりと光る。
「昨日の夜は楽しかったよねぇ」
深堂くんの耳元でそう言った後、彼女は私に向かいちらりと意味深な視線を寄越して微笑みを浮かべた。
「は? お前……やめろよ!」
「猛ってば冷たいー」
「やっめろ、ちょっ! こら」
つん、と深堂くんの胸をつつく美少女。彼は眉間に深いしわを刻み何か文句を言っているようだけれど、もう私の耳には入らない。仲良くじゃれ合っているようにしか見えないその光景。さっきまで痛くても平気だった下駄の鼻緒が当たる部分の靴擦れが、じんじんと全身に響く。呆然と突っ立って事の成り行きを見ていた私と、深堂くんの目がふと合った。彼が何か言おうと口を開こうとしたのだけれど、それをさえぎる。
「ごめんね。私、お邪魔だよね」
「え、鈴野、待っ……!」
私は踵を返した。
あーあ。恥ずかしい。一人で調子に乗っちゃって、「好き」って言わせようなんて、ほんと身の程知らず。言ってくれるはずないよね、あんなに親密にしてる可愛い子がいるんだもん。私と話すときに耳が赤くなるのは何かの拍子だっただけ、気のせいにしか過ぎない。素っ気ない態度は、本当にうざがられていたのかも。あんな公衆の面前で告白されて、断るに断りきれなくて、今まで付き合ってくれていただけなんだ。知らず知らずのうちに涙が滝のように頬を伝っていた。
「鈴野っ!」
ふらふらとした足取りだったせいか、それほど離れない内に追いつかれてしまった。息せききった深堂くんが後ろからがしっと私の腕をつかむ。何で追いかけてきたんだろう、これから何を言われるんだろう。怖い。でもそれと同時に、彼に触れられただけで体中に血がめぐり、真剣な眼差しに心臓の音がうるさい。あーあ、私って本当にどうしようもない。
「……なに」
ぼろぼろと涙をこぼしたまま、睨みつけるように見上げる。深堂くんはしばらく視線を彷徨わせ何かを言い淀んでいた。よっぽど言いにくいことなんだ。ますます涙があふれ出る。彼は観念したようにぎゅっと目をつむり、上擦った声を上げた。
「す、好きだぁあああああ」
お祭りの喧騒の中、その言葉は妙に大きく私の耳に響いた。信じられない思いで深堂くんの顔を凝視する。目を合わせること数秒。みるみる内に彼は顔面蒼白になり、胸をおさえ喘ぎ始めた。
「深堂くん!?」
そしてその場にゆっくりと崩れ落ちたのだった。
◆◆◆
「ごめんごめん。猛をからかうつもりだったのに、まさか鈴野さんがマジで勘違いするなんてさー」
「東くん、すごい似合ってる。本当に女の子みたい。全然気づかなかったよ。今考えたら声だけは野太かったかも」
「気付け……!」
さっきの美少女は、驚いたことに深堂くんの友達の東くんだった。何でもお祭りのイベントで女装コンテストがあり、それに出場するべくあの辺を歩いていたときに私たちを見つけ、ちょっかいを出したというのだ。
あの後、倒れた深堂くんと、あたふたする私の元に駆けつけてきた美少女。彼女のずれた頭髪に驚く暇もなく、二人で何とか彼を近くの公園のベンチに運んだ。ほどなくして意識を取り戻した深堂くんは、私と東くんのやりとりを聞き、ベンチの上で頭をかかえ叫んだ。
「どっからどう見ても東だろ!」
「ほら、また大声出したりすると、体によくないんじゃ」
「もう大丈夫だって。大したことない」
そう言う深堂くんは、確かに先ほどよりずいぶん顔色もよかった。倒れた原因を尋ねると、かなり言いにくそうにはしていたけれど、ぼそりと答えてくれた。寝不足と極度の緊張からくる貧血、らしい。寝不足って、緊張って、まさか。私が目を丸くしていると、東君が笑った。
「そうなんだよ、鈴野さん。俺もさんざん付き合わされたんだけど、こいつってば昨日徹夜で愛の言葉のれんしゅ――」
「てめええ、東、黙れ」
深堂くんが起き上りものすごい目つきで東君を睨んだ。東君は肩をすくめ、「そろそろコンテストの時間かな!」と、カツラ片手に去って行った。
辺りはすっかり夕闇に包まれている。少し遠くに聞こえるお祭りの騒ぎ。しばしの沈黙のあと、「ほんとに大丈夫?」と声をかけると、彼はうつむきながら、かすかに頷いた。
「……さっきは勝手に一人でいじけてごめんね。私もさ、好きだよ」
「なっ何だよ、急に」
「え、さっきの返事。深堂くんがしてくれた告白の」
「やめろ!」
深堂くんはベンチからずり落ちそうになった。
「と、とにかく!! 気軽に言えることと、言えないことがあって。それは、その、俺は、あんまりそういうのは……」
それにしても。
「告白しながら白目むく人、初めて見た」
「うるさいうるさいうるさい」
深堂くんは耳をふさいだ。相当恥ずかしかったんだろう。でもあんな彼の気絶顔にも、びっくりするくらいときめいた、なんて言ったらもっとこじれてしまうかもしれない。
「もう満足だろ。と、いうわけで、これから俺は二度と言わないからな!」
彼にとって気持ちを伝えることは、私が思ったより遥かに重労働らしい。あんな告白は一生忘れられないだろうから私ももう十分だったけれど、ちょうどその時、私の頭に妙案が思い浮かんだ。
「言葉はもういらないからさ。手つなぐのは? 握った強さの分だけ、好きだよーってことで」
ぎゅっと手を握り、深堂くんを覗き込み「へへへ」と笑うと、彼はすっくとベンチから立ち上がった。そして「だめだ」とか「心臓が」とか呟きながら後ずさる。さっきまで倒れていた人とは思えない機敏さで、どんどん私との距離が開いた。
「どこ行くの?」
「ちょっと走ってくる」
「えー!」
私も追いかけようとしたけれど、そういえば下駄履いてたんだった。足がもつれて転びかけてしまった。
「おい! 危ないだろ。そんな履物で走るなよ」
戻ってきてくれた深堂くんにあきれたように言われたけれど、
「だって、深堂くんが逃げるから」
むっとして言い返す。深堂くんは、「くそ」と呟き、顔を手で覆いながら、もう片方の手をこちらへ差し伸べてきた。これは、握ってもいいんだよね……? おずおずと差し出した私の右手が強い力でぎゅっと握られる。嬉しくなった私も思いっきり力をこめて握り返した。
「いててて」
「いてーよ」
二人そろって似たような言葉が出たけれど、お互いの手が離れることはなかった。