トランプ手品の種明かし<問題編>
「おお、Tよ、こんなところにいたのか」
同窓会の会場である飲み屋で、Uは隣の友人と話をしているTを見つけて声を掛けた。
「なんだUか。せっかくの同窓会なんだから、もっと他の友達とも話せよな」
「まあまあ、固いことを言うなよ。隣、空いてるだろ?」
Uは図々しくTの隣の空席に座り込んだ。Tと話していた友人は「また後で」とどこかに行ってしまった。
「しかし、二十人くらいはいるか? こんなにそろったのは何年振りかねぇ」
「一年ぶりだろ。去年も同窓会やったじゃないか」
Tが言い終わる前にUがグラスを手に取ったので、Tは近くの瓶ビールを手に取りコップに注いだ。
「あ、U君、お久しぶり」
「お、Y子か。元気してた?」
Uは注がれたビールを片手に、Y子に話しかける。TはUにビールを注ぎ終わると、Y子のグラスを手に取り同じくビールを注いだ。
「ねえU君、いい男いないかしら。いたら紹介してほしいんだけど」
「まだ男探してるのか。次にプロポーズされた相手と結婚するんじゃないのか?」
「それが、いないのよ。うちの兄貴以外に」
何故かY子の兄は執拗にY子に結婚を申し込んでいるらしい。兄妹で結婚できるわけないだろう。
「ははは、Y子も苦労しているんだろう。はい」
Tが話を聞きながら、先ほどビールを注いだグラスをY子に手渡す。
「んじゃあここにいる男に一人ひとり当たったらどうよ?」
「残念ながらほとんど妻子持ち。結婚して無くても、彼女いるとか、作る気無いとかそんなのばっかり」
ああ、一応は声を掛けてみたのか、と頭の中で思いながらUとTは並べられた料理に手をつける。
「はぁ、まったく、何か面白いことは無いかしら」
ため息をつきながら、Y子はビールを飲み干した。
「おもしろいことねぇ。あ、そういえばトランプ持って来てたな。一つおもしろいものを見せてやろう」
Tはそう言うと、かばんから一組のトランプを取り出した。
「なんだ? こんなところでポーカーでもするのか?」
Tが取り出すトランプを見ながら、Uは訪ねる。
「まあ、ちょっとした手品さ。といっても、十年くらい前にテレビでやってたやつだけどね」
そう言うと、Tは二人の目の前に下記のようにトランプを並べた。
■ ■ ■ □ ■
1 2 3 4 5
※■は裏向き、□は表向き
「さて、二人には次のルールに沿って指を動かしてもらいたいんだ」
1.最初は左端(1の位置)に指を置く
2.言われた数字分、指を動かす。この際、左右の指定がなければ好きなように動かしてよい。
例えば3の位置に指があるときに「2動かす」と言われたら、3→4→5のように動かしてもよいし、3→2→1のように動かしてもよいし、3→2→3のように動かしても良い。
3.指は必ず一つずつ動かし、隣のトランプを飛び越えてはならない。例えば2の位置にあるときに3を飛び越えて4のところに移動してはならない。
4.両端に指があるときは、次に動かす際は反対側の端に飛ぶことはできない。例えば1の位置に指がある場合5の位置にはいけず、次は必ず2に移動する。
「という感じだ。分かったかな?」
Tは実際にトランプを指差しながら説明する。
「うーん、なんとなく」
Y子は少し不安そうだったが、Tは説明を続ける。
「さて、さっき説明した要領で今から言うように指を動かすと、なんと最後には必ず表向きのトランプ(4の位置)に指が来るんだ」
「え、マジか。二人とも?」
「二人だろうが三人だろうが、百人でも同じさ。まあ、とりあえずやってみよう」
Uが驚く暇も与えず、Tは二人に指を左端に置くように指示した。
「では、次のように動かしてくれ。読者の皆さんも、トランプでなくても紙に同じようなマークを書き、実際に指を動かしてみるといい」
「読者って誰だよ。とにかく、始めてくれ」
「おっけー、じゃあ、始めるよ」
1.3動かす
2.4動かす
3.1動かす
4.5動かす
5.右に2動かす
「どうだい?」
TがUとY子に尋ねる。
「あ、私表向きのところに来た」
「お、俺もだ。何故だ?」
Uは不思議に思い、少し考えた。が、すぐにぽん、と右手で左手を叩いた。
「わかった、さっきの動かす数に関係あるんだろ。その数通りに動かしたら必ず表向きのところに来るってことだろ?」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ、君たちにも少し決定権をあげようか」
再び左端に指を置くように指示するT。
「じゃあ、今度は次のように動かしてくれ。読者の皆さんも、1の位置に指を置いて、さっきと同じ要領で指を動かしてもらいたい」
「だから読者って誰だよ」
「じゃあ、いくよ」
1.3動かす
2.2動かす
3.好きな数を動かす。ただしその数を覚えておくこと。
4.3で動かした数に2を足した数分動かす(例えば3だったら5動かす)
5.右に2動かす
「えっと、好きな数ってことは、でかい数でもいいんだな。じゃあ俺は百三十五で」
「いいけど、ちゃんと覚えておけよ。あと、動かし方間違えるなよ」
Uは自分が宣言した透り百三十五分指を動かす。が、最後のほうで息切れしてきた。
「えっと、次は……って、これに二を足したら百三十七かよ」
「自業自得だ。じゃあ、頑張ってな」
途中でビールを飲みながら、何とか百三十七分指を動かす。既にY子は終わっており、その指は表向きのトランプの位置にあった。
「……やっと終わった。で、最後に右に二っと……げ、また表向きのところだ」
「ご苦労様。な、必ず表向きのトランプのところに来るだろ?」
「うむむ……何故だ……」
まだ納得していない様子のU。空になったグラスに、自分でビールを注ぐ。
「わかった、実は最初の二つの動きで決まっていたに違いない」
「やれやれ、じゃあもっと自由度を与えてあげようか。次は以下のように動かしてくれ」
1.好きな数を動かす
2.1で動かした数に1を足した数分動かす
3.男なら2、女なら4動かす
4.誕生月が一月から六月までの間なら3、七月から十二月までの間なら5動かす
5.誕生日が一日から十日までの間なら1、十一日から二十日までの間なら3、二十一日から三十一日までの間なら5動かす
6.好きな数を動かす
7.6で動かした数動かす
8.右に2動かす
さっきの「好きな数」で懲りたのか、Uは一桁の数字を選んだようだ。
なにやら、「絶対に表向きのところに移動させるか」と呟きながらやっていたようだが、結局表向きのところに指が着てしまった。
「す、すごいねぇ。何回やっても表向きのところに来ちゃう!」
「くっ、Tの思惑をはずそうとしてもはずせない……何故だ!?」
感嘆の声を出すY子と、悔しそうに何度も試すU。
「何回やっても同じさ。また別の動かし方でやるかい?」
「いや、もう少し……」
Uは最初に言われた動かし方から何パターンも試したが、どうやっても最後に表向きのところに指が来てしまうのであった。
「ダメだ、参った。しかし何故こうなるんだ?」
「ようやく諦めたか。まあ、そうなるように俺が動かさせたんだからな」
Uは指を動かすのを止め、料理をつまみ始めた。
「でも不思議ねぇ、何回やっても表向きのところに来るなんて」
「そう、ここが本題なのだが」
不思議がるY子を尻目に、TはUのほうを向かって言う。
「パズルが得意なU君、何故このような動かし方をすると必ず最後に表向きのところに指が来るのか、理由を説明して欲しいのだ」
「な、なんだと!?」
思わず飲みかけたビールを吹きそうになるU。
「いやあ、本当はこの問題を出したくてトランプを準備をしたのさ」
「へぇ、じゃあ、T君は何でこうなるのか分かっているわけ?」
Y子も料理を食べながらTに尋ねる。
「まあね。テレビで同じようなことをやってたから、何でこうなるかを考えたんだ。そしたら、案外簡単な仕掛けだというのが分かったのさ」
「へぇ、すごいねぇ」
「理屈さえ分かれば、いくらでもアレンジが効くよ。さっきみたいに、好きな数動かさせても結果が同じになるように調整ができるし」
Tが説明する間にも、Uはトランプと動かし方のメモとをにらめっこしている。
「理屈、ねぇ。とりあえず、気になるところはあるんだけど」
「ん、何だい?」
Uがメモを見ていると、あることに気が付いたようだ。
「最後、どの動かし方も"右に2動かす"ってなってるよな。これは固定っぽいのだが、どうだろう」
そういいながら、Uはメモを指差す。
「お、鋭いな。実はここだけはどうしても変えられないんだ」
「なるほど。これはヒントになりそうだな」
そういいながら、Uは最後の動きを研究してみる。
が、なかなか応えにたどり着きそうにない。
「あと気になるのが」
Uは再びメモをTに見せる。
「好きな数を動かすときは、その後に同じ数を動かさせてるってところかな」
「おお、いいところに気が付いたね。それは大きなヒントだ」
なるほど、とUは再びメモとトランプを見つめる。
「私にも見せて」
とY子もメモを見る。
そうこうしているうちに数分が経ったが、二人とも分からないようだ。
「ダメだ、全然分からない」
Uはメモを放り投げ、降参のポーズを取った。
「なるほど、分からないか。まあしかし、答えを言うのはもう少し考えてからにしてもらおうかな」
「えぇ、そんな、俺にもっと悩めと?」
「ああ。考えたといっても数分程度だろ。Y子と一緒にしばらく考えてな。俺はちょっと他の人と話をしてくるから」
そう言うと、Tは席を立ってしまった。
「うぅ、Tの奴め……」
「とりあえず、もう一度考えて見ましょう」
UとY子はメモとトランプを見て、再びこの難題に頭を悩ませた。
「さて、読者諸君にも同じ問題を出そう。
先ほどのトランプを使った手品。何故指はどう動かしても最後に表向きの位置に行ってしまうのか。
その理由を説明してもらいたい。
二回目と三回目は少し複雑にしたが、理論は一回目と同じである。
これはテレビでやっていた手品で種明かしはされていないが、テレビでやっていたからと言って難しく考える必要は無い。
例えば、数学の問題をやるとき、基礎問題集に掲載されていた問題、と言われればなんとなく解けそうな気がするが、
東大の入試問題で実際出された問題、と言われると難しく考えてしまうのではないだろうか。
実際は東大の入試問題といえど、基本さえできていれば解ける問題もかなりあるのだが、
どうしても難関大学の入試問題と言われると身構えてしまうものである。
同じように、テレビの有名なマジシャンがやっていた手品といっても、実は仕掛けは手品の本に書いているものを応用したものだってあるのだ。
ヒントとしては、Uが言っていた、最後は"右に2動かす"というのが固定だということ。
それと、任意の数字を動かさせた後は、同じ数字を絡ませて動かさせているということ。
もう一つ言うなら、図で表している、位置を示している数字。これが少し関係しているといえば関係している。
ここまでヒントを出せば、もしかしたら理由が分かった人もいるかもしれない。
分かった人は、その理由をコメントやメッセージで教えてもらいたい。
ちなみに理屈が分からなくても、上記の動かし方を行えば必ず最後は表向きのトランプに指が行くので、大勢の友達の前で披露してみるのもおもしろいだろう。
もちろん、こうなる理由がわかっていれば、いろいろアレンジすれば、相手はもっと不思議がるだろう」
これは本当に十年前くらいにテレビでやっていた手品なのです。
種明かしはされませんでしたが、私はこれをみて「ああ、こういうことか」ということで、子供たちが参加する「子供サイエンス」というイベントで同じ手品をやったのです。結構盛り上がりましたし、種明かしをすると子供達や保護者も「おおっ」と驚いていた様子でした。
理屈は分からなくても、大勢集まるところでやってみると、結構盛り上がるんじゃないでしょうか。何しろ、何人集まろうが何回やろうが、全員が全員最後には同じところに指が止まるのですから。