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Orange

作者:藤夜アキ
「幸せな話はつまんないってさ」
 それだけ言ってあなたは寝てしまった。
 持ち込んだ漫画はまたダメだったみたい。
 最近はもう、「諦めた方が良いかな」とも聞かない。
 悲しい目は浮かべるものではなくなって、あなたの目そのものになってしまった。
 寝癖の取れない髪を撫でてあげながら、私は「愛してるよ」と囁いた。
 精いっぱい、私に出来る最上の優しさを込めて。
 幸せな物語を描くあなたにどうして幸せが訪れないのか、私はとても歯がゆく思う。
 この日々を幸せと言ってくれて、その一枚ひとひら一枚ひとひらを丹精に重ねてゆくあなたは、幸せそうには見えない。
 とても苦しみながら、私に幸せをくれようとしているように思える。
 そんなあなたに、あの日みたいに「一緒にいられるだけで幸せだよ」なんてもう言えない。
 あなたがくれようとしている幸せは、今ここにある幸せの延長線上にあるものなんだろうけど、でも、これと同じじゃない。
 元カノさんとは随分愛し合ったみたい。でも二年目が来なかった理由は、あなたに似ていたからだと思う。
 物事には旬があるって、そんな考えの持ち主。
 いつかじゃなく、今じゃなきゃダメだって、時に流れを見てしまう人。
 あなたが漫画家になる瞬間を目の前に欲しいみたいに、元カノさんもあなたと次の路地を曲がりたかったんだよ。
 でも私は自分のノロマさに慣れちゃったからさ、そう言うのはどうでも良くて、いつまでもこの通りにいたって良かったりするんだ。
 あなたといることが幸せだって、そう思える私はあなたには分からない、分かれない。
 そんなあなたを好きになった私は、誰かに言わせたら幸せじゃないんだろうね。
 幸せを決めるのはいつだって私以外の誰かだけど。
 幸せを感じるのはいつだって私でしかないからさ。
 私は今を幸せだと思うよ。
 夢を語ってくれたあなたも、夢を諦めそうになったあなたも、それでも諦めきれずに狭い木造アパートで漫画を描くあなたも、一緒にいたいあなただよ。
 こんな幸せな話はつまんないんだろうね。
 仕方ないよ。
 だってこの幸せは、私にしか分からない。
 あなたの幸せがあなただけのもののように。
 不幸せと違って、幸せは伝えれない。
 幸せな物語を描き続ける限り、あなたは漫画家として成功しないと思う。
 みんな妬ましい目でしか見れないからね。
 でも私はそんなあなたの漫画を読みたい。
 別にあなたを独り占めしたいとかじゃないよ。
 世の中にはあなたの漫画を分かってくれる人がいて、次に持ち込んだ時には運命の出逢いになるかもしれない。
 あなたの良さを分かる私だって、あなたの良さは分からないんだよ。
 不幸せを描かせたらこの世で一番優れた漫画家になれるかもしれなくても、私の言葉がそれを描かせたせいで描かれなくなってしまった幸せが、いよいよあなたを漫画家にするかもしれないから。
 私はあなたを愛するだけに留めるよ。
 逃げかな。無責任かな。
 私、漫画のことなんて分からない。
 でも、あなたを誰より想うのは私だから。
 あなたの選ぶ道を、私もずっと寄り添って歩くよ。
「愛してるよ」
 肩に乗ったあなたの頭を撫でながら、窓から見えるオレンジがあなたを潤すように祈った。
 目を覚ましたらまた描くんだよね。
 だから今だけはゆっくり休んで。
 漫画家のカノジョにしてくれるんでしょ。
 待ってるね。
 でも、このままおばあさんになっても良いよ。
 どんな未来でも、私は幸せだから。
もう一つの藤夜アキ。

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