名探偵の条件(4/4)縦書き表示RDF


前半と後半の雰囲気が激しく違います。しかも探偵が出てこない…。今回はとりあえず事件の始まりです。
名探偵の条件
作:霧咲 ありん



第3話:にちじょうのこわれるおと






生きている限り、どんなにあがいても朝はやってくるものだ。





「――うぅー……」
…ああ…朝日が眩しい…。

「ん…朝…?」

あれ、目覚まし止めたっけ。

ちらり。


「…………!!?」
何?何が起きた!?
8時…って、
「――っ遅刻!!」


嘘だっ!誰か嘘だと言って!





「ぐっもーにん繚ー…て、あんたどーしたのよ」

「―う、ん…ちょ…とねっ、ねぼう、した、だけだよ……」
まったく朝からついてない。まさか目覚ましをかけ忘れるなんて。
朝から全力疾走しちゃったぜ。

「さいあく。疲れた…」
「どんまーい」
今日私が起きたのは8時。高校は8時半までに校門を通っていなければ怒られる。30分あれば…と思うかもしれないが、家から高校まで、どれだけ頑張っても私の足では15分かかる。
したがってマッハで支度、プラス全力疾走。
髪も服も乱れまくり。
こんなときはつくづく、電車通学でなくてよかったと思う。徒歩なら走れば多少取り戻せる。電車だと乗り遅れるともうどうしようもない。
「頑張った!あたし頑張ったよ!」
ようやく息が整い、そう言った途端チャイムが鳴り響いた。
8時35分、朝のホームルームが始まる時間だ。
「はいはいお疲れー」
乱れたままの私の長い髪を整えてくれていた杏ちゃんは小さく笑って自分の席に戻っていった。



あの事件からはや3週間。
杏ちゃんは事件の後、月曜日からちゃんと学校に出てきた。校則では兄弟姉妹の死亡による忌引きは3日間まで。死亡当日と休日も含まれるので、休めば欠席扱いになるからだ。
皆勤賞狙ってるからね、と笑う様子は明らかに空元気だったけれど、精一杯普段通りに振る舞っているのがわかったから、私もできるだけ普通にしていた。時の流れは偉大なもので、三週間もすれば事件の傷跡も薄らいだように見える。
あくまで見える、という表面上の話だから、それはただ押し寄せる日常に覆い隠されてしまっただけで、悲しみも喪失感も心の中には確かに残っているはずだ。
それでも、変わらぬ日常は少しずつ心に空いた穴を埋めてくれる。五年前に私の心の穴を埋めてくれたのは杏ちゃんだったから、今度は私が杏ちゃんを助けてあげられるといい――…。
そこまで考えると、ちょうどホームルームが終わり、担任が教室から出ていった。

今日もいつも通り、1日が始まる。


―――そう、いつも通り。
始まって、終わる、はずだったのに。






「繚、バイトどう?うまくいってる?」
「うん、まあまあ。…疲れるけどねー」
木曜日の七時間授業を乗り切って、私と杏ちゃんは話しながら教室の掃除をしていた。
私は結局あの後バイトをはじめ、土日と部活が早く終わる水曜日に事務所を手伝っている。と言っても、お茶汲み、書類の整理、律の話し相手――くらいしかできないけど。
ちなみに雑巾がけが今の私たちの仕事だ。もう5月も終わりで大分暖かいから、冬ほどつらくはない。
「あのすっごい格好いい人のとこでしょ?律さんだっけ、あたしも一緒に働きたいくらいだよ」
「……やめといた方がいいよ」
特に今は。
「なんでー?」
「律がカメラにはまったらしいから」
「趣味でしょ?いいじゃんか、カメラ」
…いや……。
「使い捨てカメラだよ?」
「え?」
「『写ルンですってほんとによく写るのかな?』とか言いながらパシャパシャ撮ってるから。正直ヒくから。仕事しろよみたいな」
被写体にもされた。と言うか、昨日はそのせいで遅くなった。
…遅刻しかけたのも律のせいだ。写真を撮られるのって意外と疲れるし、早く寝たくて目覚ましに気が回らなかった。
「へー…」
ごめん、杏ちゃん。律はそういう人なんだよ。
「土曜日にまた会ったら、また違うものにはまってるかもね。前は機械をバラすのにはまってたし」
彼独自のブームの波があるらしく、その時のブームはラジオを一台再起不能にして過ぎ去った。
「よくわかんない思考回路なんだね」
その通り、さすがです。


掃除が終わると部活の時間になる。杏ちゃんはバレー部、私は弓道部。クラブハウスまで一緒に行き、そこで別れた。水曜日以外は同じ時間に終わるので、帰りも一緒に帰れる。
水曜日に早く終わるのは、トレーニングの日だから。弓道部も足腰は大切だ、ふらつかないよう鍛えなければならない、という顧問の先生の方針だ。
週一回のトレーニングはどれくらいの効果をもたらしているのだろうか。

袴に着替えて弓道場へ向かう。三年生がそろそろ引退する時期だ、今は一年の指導も二年生の役目となって、前ほどゆったりとはしていられない。

「あ、めぐー!おっはよー!」
クラブハウスから出たところで、同じ部の高峰梓に会った。去年はクラスが同じだったけれど、文理選択で彼女は文系を選んだため、理系の私と杏ちゃんとは今はクラスのある階から違う。
「おはよ、あず」
もう夕方だけどね。
「いやー疲れたよう。村上ってめぐの担任だよね?あたし理科の成績やばくってさ、呼び出されて絞られた」
「あずは英語死ぬほどいいじゃん。英語だけで大学うかるんじゃない?理科なんか気にしなくても…」
「うう、そうだとありがたい」
着替えてくる、と言ってクラブハウスの中に入って行くのを見送って、私は一人で弓道場へと向かった。



部活もいつもと同じように、つつがなく終わった。
弓道場は一つしかなく、男女が同じところで活動するので男女間の仲がいいのがこの部のいいところだろう。部内の友達は明るいくて楽しい子ばかりで、はじめはなかなかなじめなかったけれど、最近は杏ちゃんに会うことと部活をすることだけが学校に来る理由になりつつある。
勉強は大嫌いだ。しなきゃいけないから、してるだけ。



制服に着替え、いつも通りにクラブハウス前で杏ちゃんと落ち合った時。私は気づいてしまった。
「あっ…!杏ちゃん、私数学のノート教室に置いてきちゃった!」
「数学って宿題あったよね?」
「うん。しかも私明日当たるかも…。ごめん、ちょっと取ってくる!」
「ん、校門で待ってるよ」
そこで気づかなければ。
戻っていなければ。
日常は日常のまま、終われたのに―――…。





この高校の校舎は、歪なコの字型をしている。縦棒の部分が校門に向いていて、校門から校舎までの間に自転車置き場と職員用の駐車スペースがあり、校舎の右手側に大きなグラウンドとクラブハウス、体育館に弓道場、柔剣道場などが全て集まっている。増築のために右側の方が長く、左側から何のひねりもなく西棟、本館、東棟と呼ばれている。
不運なことに、私たち二年生の教室は西棟にあった。今居る場所から一番遠い。
只今6時28分。校舎の施錠は6時半だから、ギリギリだ。
中庭を通れば、少しは時間短縮になるだろう。それに職員室は中庭からは見えにくいので、こっそり行って取ってくることができる。
そう考えて、私はコの字の真ん中の空間に当たる中庭を通ることにした。

それが間違っていたのだ。



中庭に足を踏み入れた途端、嫌な予感とともに五感が違和感を訴えた。
なんだろう、とても――苦しい。
でも、夕暮れを通り過ぎて薄暗くなっているせいで、周りがよく見えない。
早くノート取って、帰ろう。
そう思った時。


びちゃ。


ローファーが、するわけのない水音をたてた。
「…え?」

…違う。
水じゃ……ない。
「え?…な…なにこれ…」
赤い。

思わず飛びすさり、慌てて足下を見回す。
赤い。赤い赤いあかい…。
よく目をこらすと、…人、の、部分が。…そこかしこに。
「――――ッひ――!!」
悲鳴なんて出ない。
動けばまた、足下で肉片混じりの血が、命の欠片が音をたてる。
強い血のにおいが、私の心の奥底から記憶を引きずり出して、違う、考えるな、考えてはいけない―――。

考えたのは、一つだけ。

杏ちゃんに、見せてはいけない。杏ちゃんが、心配して来てしまう前に、早く、誰か、だれか……。



そこからはよく覚えていない。校舎に駆け込んで、その辺にいた先生にすがりつき、中庭のことを伝えて気を失ったらしい。


視界が真っ赤で当分戻らないだろうと思った、それはなぜだかよく覚えている。














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