名探偵の条件(3/4)縦書き表示RDF


後編です。謎解き編ですので、ぜひ前編からお読みください。
名探偵の条件
作:霧咲 ありん



第2話:じさつ、もしくは (後編)




次の日。日曜日なのに、やはり私は昨日と同じく5時半に目覚めた。
ふと思いつき、テレビをつける。

昨日も寝る前にちらっと見たのだけれど、お姉さんのことはまるっきり自殺として報道され、事件そのものよりもむしろ警察の怠慢の責任を追及する内容の方が多かった。

チャンネルをパチパチ変えながら朝のニュース番組をハシゴする。
「…やっぱり昨日と同じ、か…」

それならば見る理由もないか。

私はテレビの電源を切り、リモコンを机の上に戻した。


今日も勝手に律の部屋へ上がりこむ。もう声をかけるのも面倒だ。どうせ起きているだろう。

「律、おはよ…」
あれ、寝てる?
律はソファに座り、顔をわずかに俯けて眠っていた。
…綺麗だ。とても。
私は彼に出逢うまで、綺麗という言葉が男性にも使えるなんて、知らなかった。

「繚」
「はぎゃあっ!?」
思わず見とれていたらしい。いきなり声をかけられて、変な悲鳴を上げてしまった。
…もしかして、
「おっ――起きてた!?」
「さぁ?」
くすくす、笑われた。
嫌な奴。友達なくすぞ。



今日は、まずお姉さんの部屋へ。昨日のうちに鍵を借りておいたので、早く行っても大丈夫だ。



「ここで、お姉さんが…」
部屋は、一人暮らしには十分な広さの2DK。お姉さんは寝室で首を吊っていた。前日パーティーをしていたのは、ドア一枚隔てたリビングで、ドアは寝室側から鍵をかけられるようになっている。
「どう?何かある?」
「少し探してみよう。あまり乱したくないから、繚は見てるだけでいいよ」
「わかった見てる」

小一時間ほど調べただろうか、律が日記を見つけ、躊躇う私を尻目に豪快に読んでいた。
プライバシー…。

私生活を覗くようで気が引けるが、日記によると確かに彼女はかなりストーカーに悩まされていたようだ。
「ストーカーの話は本当のようだね」
律が言う。
だが、そのほかにはこれといった発見は無かった。
部屋を出ようとした時、ぽつりと律が呟いた。
「…時計がない…」
「へ?」
「時計がない。掛けてあった跡はあるのに。寝室には3つもあったのに…」
それが、どうしたというのだろう…。



もう調べるべきところは全て調べてしまった。
で、次にやる事がない。所謂手詰まりってやつ。
どうしたものかと私達が話していた時だった。

♪〜〜〜♪♪

「!!」

杏ちゃんからの、電話。

「はい…杏ちゃん?」
電話の用件は思いもよらないものだった。

ストーカーを捕まえた。

杏ちゃんは、確かにそう言ったのだ。
どうしたらいいの…と。



私と律が杏ちゃんの家に着くと、お母さんが私達を中へ通してくれた。明らかに動揺しているのが見て取れて、私も焦りに似た感覚を覚えてしまう。
中では、若い男性が正座をしてうなだれていた。
警察が来たとでも思ったのだろう、律の姿を見て身を固くしている。

この人がストーカー…。
そういえば、お姉さんを殺したのはこの人だという可能性もあるのだ。

ストーカーの彼の名前は、高木純一。ニュースを見てお姉さんの死を知り、罪悪感に耐えきれず謝りに来たんだそうだ。

…けどお兄さん、いきなり玄関口で土下座するのはどうかと思うよ。


とりあえずこの人にも話をしてもらうことにしたが、どうやらこの人、お姉さんが自殺したというニュースを見るまで自分がストーカーをしている自覚が無かったらしい。
もし自殺ならば彼にかなりの責任があるのは確実だから、そんな理由で許されるようなものでもないが。

「こういう場合、あの人はどうなるの?」
こっそり小声で律に訊いてみた。
「いや…本人が亡くなっているから告訴することもできないだろう。自殺であれば直接手を下した訳ではないし…」
どうしようもないってこと?
「本当の事が分からなければ、ね。まずすべきは話を聞くことだ」

まず事件前日の彼の行動だが、なんとお姉さんのマンションを近くに立って見ていたらしい。
「それは、何時ごろですか?」
「11時ぐらいから…1時すぎまで…」
「そうですか…」律が、何か考えている。

「それでは、12時ごろ…女性が三人出てきませんでしたか?出来れば中に入った人も、教えて欲しいのですが」
高木さんはしばらく考えて言った。
「俺が見ていた限り、出てきた女性は一人だけでした。男性だったら三人くらい…入っていった人は五・六人でした」

…一人、だけ?

「…浜島涼子、高橋美香、芦屋久美、葉月詩音。この中に知り合いはいませんか?」
「……美香とは、職場が一緒で…。3ヶ月前まで付き合ってましたが――」
3ヶ月前。お姉さんがストーカーされはじめた頃だ。

でも確か、美香さんはストーカーについて何も知らないって――…

がたんっ!!
律がいきなり立ち上がった。
「そうか…くそっ、それだけのことか!」
みんながびくりとする中で、呟く。
「行こう、繚」
「え?えぇ?!」
彼のことは任せます、と言い置き、私の手をとって玄関へ。
「ちょ…なにっ?!」
あわわ、手、手が…っ!

そのまま引っ張られて車のところへ連れて来られた。
「わかったんだ。多分これで間違いない」
車のドアを開けてニッと笑う。

…手を握りながら、そんな顔しないでよ…。
「どうぞ、…どうかした?」
「なんでもない!」



私達が向かった先、それは――…






高橋美香さんの、マンションだった。
律がインターフォンを押すと、程なくしてドアが開き、美香さんが顔をのぞかせた。
「あら…また来たんですね」
前よりも幾分元気を取り戻したようだ。
「ええ、…謎解きの、時間です」
律が不敵に笑い、――ほんの少し場の空気が変わった気がした。



今私達は、美香さんの部屋のリビングで、テーブルを挟んで向かい合っている。
「どういうことですか?謎解きって…」
「そのままの意味ですよ。私の話に、少し付き合っていただきたい」
「はぁ、それは構いませんが…。もしかして愛のこと、何かわかったんですか?」
「それはもう、ばっちりですよ。…さて、それでは…―愛さんの事件、あれは私が思うに自殺ではない」
律が滔々と話し出す。謎解きモードとでもいうのだろうか、なんとなく一本調子で、抑揚がないような喋り方で。

「愛さんが亡くなった前日、彼女の部屋には彼女を含め五人の女性がいました。彼女自身は10時ごろから寝室にこもり、遺体となって発見されるまで誰もその姿を見ていない。また、残り四人のうち一人も、そのすぐ後に帰宅している。ほか三人も12時ごろ帰宅した…。ほかに侵入者がいない限り、殺人は不可能に見えます」
しかし、と続ける。
「トリックを使えば時間を偽ることはできます。――愛さんを殺したのは、あなたですね…高橋美香さん」
「――なっ…何で私なんです?あなたも言ったでしょう、私は12時ごろに部屋を出てその後ずっと涼子と一緒にいたのよ!」
そう、美香さんにはアリバイがある。それをどうやって…。

「あなたは10時をすぎて三人だけになった時、涼子さんのコップに睡眠薬を入れた。あらかじめ酒に弱い愛さんに酒を飲ませ、席を外すように仕向けてから、ね…。薬は少量でも酒が入っているから、よく効くはずだ。詩音さんは酔うと記憶をなくすことを既に知っているから、特に警戒しなくてもいい。あなたは涼子さんが眠っている間に愛さんを殺した。…2時まで待ってから」
「2時まで待った?」
「そう。…美香さん、あなたは愛さんを殺した後、彼女の筆跡をまねて遺書を書いた。遺書は一言だけの短いものだ。あまり長い文ではばれやすくなるから。そしてリビングの時計を寝室に移し、自分の時計は2時間遅らせる。――これで12時。後は涼子さんを起こし、自分の時計を見せて12時と思いこませてから家まで送り、泊まっていく。家につくまであなたは彼女に絶対に時計を見せないようにして、また彼女が眠りこんだすきに部屋の時計を遅らせた」
そこで一旦律は言葉を切り、美香さんを見た。
美香さんは、……唇を噛み締め律を睨みつけている。
「何を言ってるの?証拠も何もないし…第一、私には愛を殺す理由がないじゃない!」
「…高木純一」
律が名前を口にした途端、彼女の顔色が変わる。
「知らないとは言わせませんよ。あなたが3ヶ月前まで付き合っていた人だ。…そして、愛さんをストーカーしていた人でもある。恐らくとしか言えませんがあなたたちが別れたのは、純一さんが愛さんをストーカーしはじめたから。…あなたはそれが許せなかった」
「っ…証拠がないわ」
「はい。なので確かめに行こうと思うんです。涼子さんのマンションの防犯カメラ。…僕の推理が正しければ、2時半ごろ中に入っていくあなたと涼子さんが映っているはずだ」
さあどうだ、と言わんばかりに律は美香さんを見つめた。
美香さんはしばらく俯いたまま動かず、そして――…

「そうよ、私がやったの……私が愛を殺したのよ。あなたの言うとおり……あの子のことが、どうしても許せなかった………」

悔しそうに、でも少しなにか肩の荷が降りたように。彼女は自首します、と呟いた。



その後すぐ、彼女は一人警察に自首しに行き、お姉さん殺害のトリックはまもなく皆の知るところとなった。
警察の捜査不足を責め立てるテレビ番組や新聞、雑誌の特集などがぐんと増えたのは言うまでもない。


その日の夜にはお葬式があり、私は制服を着て出席した。杏ちゃんとそのお父さん、お母さんは、私と律が動いていたことを知っていたから、お礼を…なんて言っていたけれど、私は断った。私は殆ど役に立っていなかったし、それに…。

「なんで受け取らなかったんだ?」
「へ?」
「…お礼。少しだけでも…って言ってたじゃないか」
「律だって、受け取らなかったじゃん」
「僕のクライアントはきみだよ。きみが受け取らないのを、僕だけ受け取るわけにはいかない」
そういうものなのだろうか。
「――なんか、さ。お礼なんか受け取れるようなこと、したのかなって。自殺より、殺された方がつらいんじゃないかって。本当のことを知りたいと思ってしたけど…結局みんなをもっと悲しませただけなのかも」
「…それでもあの人たちは、繚にお礼をしたいと思った。ありがとうと、言っていた。僕は、それだけでいいと思うんだよ」

「…そっか…」
それだけは…少しくらい誇ってもいいのかもしれない。


それはさておき、私には気になることがいくつかあった。
まずは一つ。
「涼子さんとこの防犯カメラ、確かめに行かなくていいの?って言うか、先にとってきたら良かったんじゃ?」
ああ、あれか…律が若干気まずそうな顔をする。
「あれ…ハッタリなんだよ、実は。確かにカメラはあった。でもあれ、よくできたダミーなんだよね」
「…まじすか」
証拠を出すまで認めないっていわれたら、どうするつもりだったんだ。

あと、もう一つ。
「私、律に捜査を『依頼した』んだよね?…こういうのって、いくらぐらい払うの?」
これは私にとって、なかなか重要だ。
だってあんまりお金ないし。
「どうしようか。僕もあんまり考えてなかったから…」
そうだ、と、何か思いついた様子の律。
「僕の事務所にスカウトするよ!」
「…はあっ!?」
「あ、バイトしに来ないかってこと。ちゃんとお給料払うよ?…名探偵には、優秀な助手がつきものだからね」
「うーん…」
うちの高校は、基本的にバイト禁止だ。私なら、家庭の事情と言って申請すれば通るだろうけど。
「それもいいかも。楽しそうだし」
車に乗る前から話しこんでて、気がついたらとっくに家の前にいた。
「返事、待ってるからー。よろしくー」
ひらひら手を振って、律は部屋の中に入っていった。私もドアを開け、ひどく懐かしい気がする自分の部屋に入る。
バイトか…。
勉強する時間なくなっちゃうかも。成績下がったら怒られるかな…。
でも楽しそう。やってみようか。



ちょっとだけ、何かが変わりそうな予感を孕んで、眠れない夜は更けていった。












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