氷魔剣士と吸血姫
ー魔界
ーチリークロワッサン城前
視点 ライト
ミールグ、ヘイヴス、リビの3つの街の間に構えるチリークロワッサン城。氷魔剣士とその主のチェリスはそこにいる。
街中と比べて暗い所にあるこの城は、人間界にあれば月と並べて不気味美しい感じになるかもしれない。そんな悪魔城の前にいるのは、オレとエイルの2人だけ。こういう時でも2人一組で別行動なんだそうだ。
「ねぇエイル」
「はい、なんでしょう」
オレの呼びかけに振り向くエイルの目は少し紅く光っている。田舎者の如く物珍しそうに城を見ていたオレと違いとても堂々としていて……なんというか凄く絵になる。
「……どうやって入ろうか?」
鉄で出来た大きな門は堅く閉ざされている。今は客を入れる気は無いのは簡単に分かる。
「何を言っているのですか。あなたには吸血鬼が着いているんですよ? 相手と我々はイーブン、普通に入ればいいんです」
そう言ってエイルは門に右手で触れた。
……すると、鍵が開くような音と共に門が重い音をたてながらゆっくりと開いた。
「行きますよライト様」
「……あ、うん」
オレは慌てて、すたすた歩き始めたエイルを追いかけた。
よく整備されていて綺麗なのに、どこか冷たくて無機質な庭園の歩道を、エイルの後ろでキョロキョロしながら進む。
程なくして、城の入口らしき大きな扉の前に着く。これまた不気味な音をたてながら独りでに開く扉にビビるご主人に気も掛けず入っていくエイルを、オレはまた慌てて追いかけた。
とてつもなく広いエントランスの真ん中にあるイスに、チェリスと思われる美少女は座っていた。近づいていくと、オレより大きくてエイルより小さいくらいの女の子なのが分かった。
真っ赤なリボン付きのヘアバンドが印象的な、ふわふわセミロングの金髪。気持ち程度のフリルやレースが可愛らしい真っ赤なドレス。パッチリおめめの中の瞳も真っ赤っか。
お人形さんのような印象で、すんごく愛らしく見える。
「もう、さっきから見てないで挨拶くらいしなさいな」
「あっ、えっと……どうも。えへへ……」
挨拶を咄嗟に出そうものならこうなるのだ。エイルに情けない姿を見せたせいで、恥ずかしくて体が熱くなった。
「締まらない挨拶ねぇ、隣のあなたはちゃんとした挨拶をできるのかしら?」
「悪いけど話すのは苦手なの」
「そう。じゃあどっちでもいいわ、用件があるなら言いなさい。私はそろそろお茶の時間なのよ」
エイルも話すのはあまり得意じゃないのかな。ならばここはオレが流れるように話さなきゃね。さっきカッコ悪いとこ見せちゃったし。
「オレ達は氷魔剣士の噂を聞いて来たんです。もし今ここに氷魔剣士がいるなら会わせて欲しいんですけど……。…………ぁぇ?」
何がなんだか分からなかった。オレの体は何の抵抗もなく後ろに倒れた。
重く震える首を右に居たエイルの方へ向けてみれば、エイルも同じように倒れていた。
「…………!?」
不意打ちだった。オレ達は何らかの魔法か何かで意識を軽く飛ばされ、そのまま倒された。
そしてオレを目掛けて飛んでくる沢山の光の弾────オレはサッと身を起こした。
素早く高くジャンプして魔法を回避すると、チェリスはオレの着地地点を予測してそこに魔法を当てて来た。オレは咄嗟に着地を止めて空中へ戻った。
「ふぅん、あなた飛べるのね、人間なのに」
「人間だって飛ぶさ」
そう言いながら、まだ横たわってるエイルの元へ寄って、壁際に素早く優しく運んだ。
「……妙な感覚がします。周囲に気をつけて下さい」
「ありがとう、そこで見守ってて」
エイルの頭を軽く撫で、飛び上がりながらチェリスを見据えて反撃の為の魔法サンダーバレットを右手に込める。
「人間が飛びながら魔法を……?」
「弱い魔法だけど、当たると痛いよ!」
込めた魔法を解き放つ。サンダーバレットは真っ直ぐチェリスへ向かって飛び……颯爽と現れた何者かによって弾かれた。
「あら、もう来たの?」
「チェリス様、この目の前の者は危険です。説明のつかない存在です」
「そうね、ガワだけは人間といったところなのは私にも分かるわ」
チェリスに目を配りながらもオレへの警戒を解かずに、剣を両手で持って構えている青年にも少年にも見える男……持ってる剣がほのかに青白くて氷属性っぽそうだから、たぶん例の氷魔剣士だ。
「悪いが挨拶は無しだ。『第二の氷柱』!」
圧縮に圧縮された詠唱から間もなく、丸太のような氷の柱がオレの方へ飛んできた。
オレはチートナイフに火の魔法を纏わせ体の前に突きだし、向かって飛んでくるその柱を真っ二つにした。
「……つめたっ」
溶かしながら分断したせいで跳ねた水しぶきが少し掛かった。
「やはり人間ではないな。その化けの皮を剥がしてやる」
「ひっ!?」
氷魔剣士が刃先をこちらに向けてきた時、凄まじい寒気がオレを襲った。冗談でも何でもなく、本気で生皮を剥いできそうな気迫さえ感じた。
「怖がるフリをしても無駄だぞ」
言うが早いか、氷魔剣士は複数のナイフをオレを向けて投げ、それをかわした所を狙って刺突してきた。
──世界が緩やかに動き始める。
残像が発動したようだ。今のオレでは避けきれなかった……だから串刺しにされる前に残像が自動的に発動した。
怖い、悔しい、目の前の強敵が羨ましく妬ましい、実際は弱い自分が悲しい……ごちゃ混ぜになった感情が涙になって溢れ出た。
やりきれない気持ちになりながら氷魔剣士の剣を奪い取って粉々に砕き、彼の背後に回って羽交い締めにして、徐々に残像を解除していった。
……要するに、まともに戦うのを諦めちゃったんだ。だってしょうがないじゃない、本気で殺しにきてる『人型の生き物』があまりにも……あまりにも怖かったんだもの……。
背後に回って羽交い締めにしたのも殺意に満ち満ちた目を見ない為だったりする。
「なっ、いつの間に!? 離せ!」
氷魔剣士はオレの拘束をサッと振りほどくと、すぐさまオレとの距離を空けた。
オレを見据える彼の信じられないものでも見るようなその目は、さっきまでの刺すような目に比べれば幾分かマシだと思えた。
「剣が……無い……?」
「レンシー、あそこよ」
つい十数秒まで手に持っていた筈の剣の行方を探る氷魔剣士に吸血姫が声を掛ける。レンシーと呼ばれた彼がチェリスの指さす方を目で押えば、そこには柄と破片だけになった剣の残骸が散らばっていた。
「そんな……かなり丈夫な筈なのに」
「ごめんね。それ、怖かったから壊した」
「くっ……」
氷魔剣士が小さく声を漏らし、これで事が終わってくれればと浅い願いを込めて彼を見つめてみたが、これでもかと言うくらいの寒気が返ってきただけだった。
こんなのとマトモにやり合うなんて冗談じゃない。
オレは残像を使って彼の至近距離まで近づき、また羽交い締めにした状態で『麻痺』を当てて残像を解除した。
「…………!? お、俺……に、な……にを……!?」
体を動かせない氷魔剣士をそのまま離したら重力に従って床に着かせる事になるので、羽交い締めの体勢を維持したまま吸血姫の方を向いた。
「あなたもこの人みたいに乱暴なんですか?」
深紅の瞳を細くしながらチェリスはクスリと笑った。
「お嬢ちゃん次第よ。私としてはお手合わせは後で改めてしたいんだけど。あぁ、さっきの攻撃は挨拶だと受け取って貰えると嬉しいわ」
魔族が相手の魔力保持量を計れるとして、恐らくこの世界でもトップクラスの魔力を持つオレを前にあの余裕な態度。吸血鬼のプライドなのか純粋にオレより魔力を持っているのかそれとも素なのか。何にせよオレが今支えてる氷魔剣士よりは強いだろうし、そんなのが今は戦う気は無いと言うのなら、その言葉に甘えとくのが良い。
オレは氷魔剣士をゆっくり降ろし地面に寝かしつけ、刀身が粉々になった氷魔剣士の剣に『複製』を使った。オレが砕く前よりも少し綺麗な剣が現れ、オレはそれを横になってる氷魔剣士の側に置いた。
「その子、レプリカで満足するかしら」
「本物ではありませんが本物を完全に再現した物です」
「そう……それで、あなたは何をしに?」
「そこで寝てるレンシーさんに用があって来ました」
オレの足下で仰向けになって動けないでいる氷魔剣士に目を向けながらオレはそう言った。
氷魔剣士に掛けた麻痺はまだ解け掛かっているのか、自分に何の用だと言わんばかりに軽くオレを睨みつけている。
「レンシー、あなた調子に乗ってどこかのお偉いさんでも痛めつけたのかしら」
「自分は何の依頼も受けていませんし、レンシーさんを傷付ける為に来た訳でもないです」
噂通りなら確かに逆恨みで闇討ちされそうだなぁこの人……なんて考えながら何か言いたそうにしてる氷魔剣士の代わりに弁明した。
「ここじゃゆっくり話せないわね。場所を変えましょう」
「助かります……うわっ!?」
まだ壁際にいるであろうエイルを見ようと後ろを向くと、エイルは既にすぐそこまで来ていた。
「あなた、私の僕にいつまでご褒美を与えるつもりなの?」
「……え? オレですか?」
「そうよ」
「……? ……??」
「ライト様、その位置は氷魔剣士から下着が丸見えですよ」
「……え? あ、そうなの」
言われてみれば確かにレンシーの顔はオレの足下にあった。これじゃあオレのスカートの中身を簡単に覗かれる……けどまぁ、麻痺らせて寝かせたのはオレだから特に何も感じなかった。
「少しは恥ずかしがって下さい」
「……あ、うん」
一般的な女の子としての常識があまりにも無さすぎる。でもしょうがないじゃない、オレは一般的な女の子じゃないもん。……エイルの言うとおり少し恥ずかしがっとこうかな。
「きゃー、なにみてるのえっちぃー……」
「下手ね」
「下手ですね」
「…………オレは演技下手なのっ!」