こんにゃく先生、はね回る
星屑による星屑のような童話。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
新学期の朝。
校長先生がやってきて、白チョークで黒板に、かっかと大きな字を書いた。
『こんにゃく先生』
静まりかえる、クラス。ぼくのとなりの美千代ちゃんは、まばたきもせずに大口を開けたままだ。
「今日から、この五年一組の担任となる、こんにゃく先生です。みんな、先生の言うことをよく聞くように」
校長先生は、つるりとしたはげ頭をキラリと光らせ、教室から出て行った。一人教室に残った「こんにゃく先生」は、ぷるんぷるんと頭をふるわせ、ていねいにおじぎした。
灰色の四角い板に、黒いつぶつぶ。そして、申しわけなさそうについた程度の短い手足。どう見ても、でっかい板こんにゃくだ。
こんにゃくって、先生できるんだな……
そう思ったとき、ついに、こんにゃく先生が口を開いた。
「では、授業を始める。学級委員長は……南 新一だったな。南君、かけ声をたのむ」
ぼ、ぼくですか――
起立、礼……着席。
「最初に言っておく。先生は、のびのびしてそれでいて、ぷにゅんとやわらかみのある教育が理想だと思っている。まあ、そういうことで、よろしく」
先生は、声高らかに、そう宣言した。
そんな、まるでこんにゃくのような教育は、今時、はやらないよ。第一、みんな、それどころじゃない。
来年の中学受験の勉強で、忙しいんだ。ストレスもたまってる。この間だって、二組でいじめがあったばっかりさ。
「一時間目は、理科をやるぞう」
先生は、短い手をめいっぱい伸ばしながら、黒板に黄色チョークで文字を書いた。
『こんにゃくについて』
こ、こんにゃく? それって理科なの?
「意外と知られてはいないが、こんにゃくはカルシウムがタップリなんだ。これ、テストに出るぞう」
自慢げに赤チョークで線を引く、先生。
テストに出ると言われ、あわててノートにでっかく『カルシウムたっぷり』と書いた、となりの美千代ちゃん。
こんにゃくは芋から作られる……こんにゃくの黒いつぶつぶは芋の皮……花は五年に一回しか咲かない……
これで大丈夫なのか、ぼくたちの受験!
脳みそが、こんにゃくになってしまいそうだ。美千代ちゃんなんか、すでに目を回して、ふらふらだよ。
◇
二時間目、体育。
「ようし、すいちょく跳びをやるぞう」
先生が、うれしそうに笑いながら、体育館をはねまわる。
「ほうら、みんな跳んでみろ!」
体育館は、まるでスーパーボールの集会場のようだった。がむしゃらにぴょんぴょんはねる、クラスメイト。美千代ちゃんは、ついに、白目をむいてたおれてしまった。
「なんだ、なんだ、だらしないなあ。すいちょく跳びは、こうやるんだ!」
先生はぷよぷよの体をしならせて、ロケットのように天井へと飛んでいった。天井近くでは、ピースサインを送る、よゆうっぷり。
「子どもが、これくらい飛べなくてどうする。さあ、練習だあ」
こんにゃくじゃないから……ムリ。受験に体育は関係ないし――
◇
三時間目、家庭科。調理実習。
「おいしい、こんにゃく料理を作るぞう。まず、板こんにゃくに切れ目を入れて――」
また、こんにゃくぅ?
ついに、ぼくは、はじけた。
「先生、こんにゃくこんにゃくって、しつこいよ。これじゃ、来年の受験どうなっちゃうの? いいかげんにしてよ!」
ぼくは、板こんにゃくを力いっぱい床に投げつけた。はね返ったこんにゃくが、美千代ちゃんの顔に、ぺっとり、はりついた。
「南……。君はこんにゃくがきらいか?」
「きらいじゃないけど……こんな授業、おかしいと言ってるんです」
「そうか……すまなかった」
先生は、たぶん肩だと思う部分をぷるぷるとふるわせて、そのまま、教室を出て行ってしまった。そして、それっきり、先生は戻らなかった。
◇
「こんにゃく先生は、実家のこんにゃく屋をつぐことになり、群馬に戻られました」
翌朝、教室にやってきた校長先生が、残念そうに言った。
ぼくが、キツイこと言ったから? ちょっと言いすぎたかな……先生、ゴメン。
「ただ、こんにゃくのすばらしさをうまく伝えられなかったことについては、すごく反省している――とのことでした」
ええ? 反省って、そっち? 授業の中味じゃなくて? さっきあやまったの、ナシ!
――こんにゃくなんて、大きらいだ。
おわり