◆Firo◆
「うははははっ! 燃えろ燃えろ――――――っ!」
爆発。また爆発。またまた爆発。爆発のオンパレード。砕け散る骸骨剣士たち。爆風とともに骨が舞う。
その中を高笑いしながら闊歩する一人の女がいた。
――俺の姉だ。
火の魔術の一つ、爆烈火。俗に言う爆発というやつだ。フィーロの姉は今それを使っている。骸骨剣士たちも襲ってきた当初はケタケタ笑っていたが、姉の暴虐さに「あれ、喧嘩売る相手間違ったかな?」といった感じでカタカタ震えている。それ程までに我が姉は恐るべき狂戦士だった。
姉といっても双子の姉で、誕生日は同じだ。所詮、顔も知らない母親の胎内からフィーロより数分早く生まれただけだ。
名はシェリカ。姓はロレンツだがそれは後で便宜上適当に付けたものだしどうでもいい。顔は俺は何も言わない。男ウケする顔であることはこの十五年間で確認済みだ。銀髪の長い髪は銀糸のようで。翡翠色の瞳は見るものを魅了する。背は低めの痩せ形で小動物のようだが性格は高飛車で最早猛獣だ。
フィーロは長年の付き合いからそう分析している。
魔術を使うあたりで察せられるかと思うが、シェリカは魔術士だ。純攻撃型の魔術士ゆえ、補助系はまったく使えない。だから前に出てもいいという訳でもないが。
俺としては楽でいいから別にいいけどね。
フィーロたちが請けていた依頼は本当はもう少しメンバーを集めたかったのだが、自分の所属するクランのメンバーは誰も都合が付かなかったためシェリカと二人で行ってきたのだ。その帰りの道中でまるでチンピラに絡まれるかのように骸骨剣士の団体に襲われた訳だが、結局相手を間違えたのは向こうの方だったというオチである。
つか骸骨剣士自体は死霊系の魔物の中でもクソ弱い部類だからこんなに弩派手な演出はいらないんだけどね。馬鹿ほど派手を好むという話は本当だったか。
「どけどけどけ――――っ! アハハハハハハっ!」
ノリノリだ。というか半分トリップしてないか? 大丈夫かコイツ。まあ、大丈夫じゃないだろうな。
火の魔術を使うには恐怖を司る火の精霊の力が必要になる。火の精霊は概して扱いが難しいのだが、腐るほど有り余った魔力ゆえに火の精霊はシェリカの意志には逆らえない。力そのものの体現でもある要素魔術は魔術の基本にして奥義なのだ。
対するフィーロには魔力がない。多分フィーロが魔術を使ったら、逆に殺されるだろう。正確には『魂を喰われる』ことになる。精霊なんてそんなものだ。所詮力が全ての世界なのだ。
勝手な推測だが、コイツは顔知らぬ母親の胎内でフィーロから魔力を全て奪い取ったのではないだろうか。別に返せとは言わないけど、もっと有意義に使ってほしい。
骸骨剣士は逃げ道さえ見出だせず、壊滅するのにそれほど時間は必要なかった。
その岩を抉るほどの爆撃跡と、散らばった骨を見ると、魔王でも現われたかと思うくらいの凄惨さである。さすがの俺も鳥肌が立ったね。
身震いするフィーロに対してシェリカは満面の笑みで振り返った。
「あー楽しかったぁ! 凄かったでしょ? あたし」
その輝くような笑顔は俺に一体どんな切り返しを求めているのか。無視すると機嫌が悪くなるのでフィーロは「確かに凄かったね」と答えた。
魔女か悪魔みたいだったよ、と付け足したかったが言えば次に木っ端微塵にされるのは俺だ。だから口には出すまい。
「見た? アイツらの顔! カタカタ震えてやんの!」
ドSかコイツ。
「フィーロ、ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ。つかもうすぐ学園着くんだし無茶するなよ。今回は二人だけなんだから」
「分かってるわよ」
ふん、とそっぽ向くシェリカ。本当に俺の姉か? まあ、双子だし年は一緒だけどさ。
フィーロは溜め息を吐いて、シェリカの肩に手を置いて笑ってみせた。ちゃんと笑っているかは解らないが。
「もう少しで着くんだから急ごう。なんか奢ってやるから」
「……うん」
シェリカはそれほどウケが良くなかった事に対して不満なのか少し不機嫌そうな顔をする。渋々返事するシェリカを見て苦笑いする。顔がしっかり苦笑いを形作るのを感じる。苦笑いだけはしっかり出来る自分が情けない。
二人は学園を目指して再び歩き始めた。
◆◆†◆◆
ローズベル学園。
冒険者養成校の一つだ。
四年制で、入学条件は十二歳以上十九歳以下であること。もともと十代の冒険者を養成することが目的ゆえだ。とは言うものの平均的には十五、六歳での入学者が多いだろう。
正直、絶対に通わなくてはいけないわけではないため、フィーロとしては普通にどこかの冒険者団体に加盟するのも手だと思っていた。しかしシェリカがどうしても入りたいと言ったから仕方なく入ったのだ。
まず入学した学生は、学部を選択する。近接戦闘学部、中距離戦闘学部、遠距離戦闘学部、魔術戦闘学部、特殊戦闘学部の五つだ。
次に気が狂いそうになるほど――でもないが、それなりに多数ある学科を選択する。こればかりは説明していられない。例を挙げるなら、近接戦闘学部――略して近戦学部なら戦士学科や剣士学科といった感じだ。学科はすなわち戦闘のなかの個々の仕事を表す。学科にあまりに沿わない戦闘スタイルは認められないが、多少の誤差は認められている。戦士学科の生徒が剣、斧、槍を使うといったものだ。
判別の難しい学科も多々あるが、そういうのは学園側の俺様ルールに則って決められている。
フィーロは近戦学部の剣士学科だ。俺は剣しか振れないし。ある意味天職だ。
さっき言ったようにシェリカは魔戦学部の魔術士学科だ。自分が言うのも身内贔屓みたいなんだが、我が姉は天才魔術士だ。
まあ、それは置いといて。
学部、学科の登録を行う場所は学生課なのだが、学生課は他にもいろんなものを取り扱っている。
例えば依頼。
ローズベル学園の授業は入学生の二週間の基礎課程以外は校外活動ばかりだ。その活動の功績などに応じてポイントを稼ぐ。一定のラインを越えなければ落第だ。
依頼は重要なポイント源である。依頼のランクによってはそれだけで必要なポイントが手に入るものもある。危険も段上がりだが。
という訳で、二人は学生課に依頼成功の報告をしにきていた。報酬も大概は学生課で受け取る形になっている。どうあがいても報告するしかないのだ。
はっきり言って、気は進まない。何せ。
「ハイハイハーイ♪ 成功報酬の五千テールですよ―――っ☆」
やたらとボルテージの高い受付嬢がいるのだ。入学した当時は焦ったが、正直今はもう慣れた。ただウザイだけだ。本当に消えてほしい。
因みにテールはこの学園外でも普通に使用されている共通貨幣である。五千テール貨幣の入った袋を渡される。
フィーロは何も言わず(受付嬢の顔も見ずに)報酬を受け取ってその場を去るべく踵を返す。消えてくれないなら自分がさっさと立ち去れば問題はない。
「あぁんっ……! フィーロ君たらストイックぅ〜〜〜」
何も言わないフィーロに対して何か思うことでもあったのだろうか、身体をくねらせる受付嬢。その姿を見て、フィーロはこう思った。
嗚呼、マジでぶっ飛ばしてぇ、と。
◆◆†◆◆
報告を終えて、フィーロとシェリカは何をするか決めかねていた。
夕飯までには時間はあるし、何かするにはそれほど時間はないというなんとも微妙な時間。
自分としては自分の寮の部屋でくつろぎたい気分ではある。つか眠りたい。疲れた。
しかしシェリカはやれ購買部に行きたいだの小腹が空いただの文句を連発する。面倒臭いが先ほど「なんか奢ってやる」宣言をした手前、無視するわけにもいくまい。というか無視できない。したら死ぬもの。
「パフェ食べたい」
唐突にシェリカが言った。
時計を見る。懐中時計だ。いつ頃から持っているか忘れたが結構な付き合いだ。短針は四の一歩手前。三時四十五分を過ぎた頃だ。また微妙な時間だ。
「夕飯まで待てば? 後少しで夕飯だし。奢るよ?」
「うーん……」
真剣に悩むシェリカ。
さっきまで高笑いして敵を屠っていた姿が想像できないくらいおとなしい。多分、お腹が減っているからだろう。どちらかというとお腹が減ったら暴れだしそうな奴なのに。
「……変な奴」思わず呟き内心ヤバイと冷や汗。
「? 何か言った?」
「あ、いや、何も。で、パフェ食べるの?」軌道修正。
「食べたい」
「ハイハイ。んじゃ行くか」緊急回避の成功に胸を撫で下ろすフィーロ。
手の掛かる姉貴だ。だけど別に構いはしない。俺に直接攻撃がなければ、ね。
学園内の施設は学生寮で暮らす全生徒のために、かなり充実している。
フィーロとシェリカが向かっているカフェ〈グランチェ〉もその一つである。
カフェテリアは校内に四つある。その中でも〈グランチェ〉のパフェは最高に美味いという。フィーロは甘いのは苦手だからよく知らないし興味もない。シェリカが甘党なのだ。
こうしてみると、顔以外は何も似ていない双子である。髪の色だってフィーロは金髪だ。なんつうか、大概の好みも逆だし。だからどうだという訳でもないが。
そんな下らないことを考えていたら、何時の間にやら〈グランチェ〉に着いていた。若干メルヘンチックな外装。いかにも女の子が好きそうだなって言うのはフィーロの偏見だろうか。
扉を開けると、可愛らしい鈴の音。女の子のいらっしゃいませの大合唱。たじろいでしまった。入っていいのだろうか。場違いではないのだろうか。
学園には就労制度があって、学生課で申請すれば、学園内の施設でアルバイトできる。一応、これもポイント源だ。面倒臭いからやってないけど。
「いらっしゃいませっ! ……ってアレっ? フィ、フィーロ君!?」
「あ、ユーリ……」
思わぬ人に会ってしまった。
艶のある茶色い髪。端正な顔立ちにピンク基調のウェイトレス姿の少女――ユーリ。
フィーロの仲間だ。
今日は用事があると言っていたが、まさかアルバイトだったとは。うむ、しかしこれは……。
フィーロはまじまじと眺めてしまっていた。なかなかどうして、かなり似合っていたのだ。
「そ、そんなに見つめられると……」
ユーリはスカートの裾を押さえてもじもじしている。顔も赤い。似合っているのに照れる必要はないように思えるのだが。まあ、じろじろ見すぎるのも失礼か。
「ああ、済まない。似合――」
っていたから、と言おうとしたが、横から迫り来る殺意の塊に気付き首を後ろに引く。それと同時に鼻先をフォークが掠めた。ある種の戦慄を覚える。
「ちっ」
あからさまな舌打ちを聞き、フォークが飛んできた方を見る。
そこには猫耳と尻尾を不機嫌そうに逆立てている少女。ユーリと同じ服を着ているが、若干こちらのスカートの方が短いか。因みにその猫耳と尻尾は彼女の自前だ。
「あ、危ないじゃないかモニカ……当たったら死んじゃうよ?」
「じゃあ死ね。ユーリをいやらしい目で見るケダモノは死ね」
「見てねーいたっ! いたたっ! ちょっ……! いたっ!」
隣にいたシェリカが脛をげしげし蹴ってきた。何で俺が蹴られなくちゃいけないんだ。つか無言で蹴らないで。マジで怖いから。罵倒しながら蹴ってくれたほうがまだマシだから。
「ふ、二人とも喧嘩はダメですよぅ〜……」
半泣きのユーリ。何でお前が泣くんだよ。泣きたいのは俺の方さ。なんたって俺はチームメイトからこんな仕打ちを受けなくちゃいけないんだ。
クソ、なんで奢るなんて言ってしまったんだ。フィーロは姉に言った言葉を後悔していた。
「あたし、アイツら嫌いよ」
「嫌いって……仲間じゃないか」
「あたしは認めてないわ」ぷい、と顔を背けるシェリカ。
「……あ、そ」
スーパーガールズパフェなる特大級(値段も特大級)のパフェにパクつきながら、シェリカはチームワークという言葉をあっさり崩壊させるような一言を放った訳だ。
ユーリもモニカも俺の所属するクランのメンバーだ。つまり、ともに戦う仲間なのだ。
クランとは冒険者が組む徒党、つまりはチームのことである。学園もそれに倣ったのだ。
クランの結成条件は四人以上十二人以下が原則だ。学園外ならもっと大所帯のクランもあるのだが、学園内では一つのクランが台頭したり出来ないよう少人数にしている。ただし、同盟は認められている。他のクランとの相互補助は大きな依頼を行うにはたまに必要になるからだ。
別に必ずクランを作らなくてはいけないという校則はないため、ソロ、タッグ、トリオの冒険者もいなくはない。安全性を求めるならクランは作るに越したことはないが、フィーロの場合は安全なはずのクラン内で殺されそうになる。
ぶっすーっとした顔のシェリカを見て、フィーロは溜め息を吐くしかなかった。
「……やれやれ、どうしたもんかな……」
「何か言った?」
「いや、何も」
ホント、どうしたものか。
誰か分かる奴はいないだろうか。多分いないだろうけどね。
本日何度目かも分からない溜め息を吐いた。
◆◆†◆◆
校庭のベンチの一つに座っているフィーロとシェリカ。フィーロは夕飯を食べたはずなのにげっそりしていた。
シェリカにパフェを奢って、ユーリやモニカも加えて全員に夕飯まで奢ったお陰でフィーロの今日貰った報酬は水泡と化し、挙げ句貯蓄にまで食らい付いた。
正直、今日は枕を涙で濡らすだろう。既に泣きそうだ。
アルバイトがもうすぐ終わるから、一緒に何処か行こうというユーリの提案を二方向からの圧力に怯えつつ了承し、待ってる間シェリカの愚痴を聞き。ユーリとモニカと合流してから購買部などをぶらついて。そして夕飯を全員分奢らされた訳だ。
これで泣かなかったら相当なお人好しだろう。そんな奴がいるなら代わってほしい。
両手に花状態でやったーと喜ぶ精神状態でもなかったから、今日は得をした気分でもない。シェリカと話せばユーリが入り込んでくるし、ユーリと話せば二人に蹴られるし、モニカは俺に「死ね」としか言わない。
何処に楽しさがあるんだ。フィーロは呻いた。
「やってらんねぇ……」
「何が?」
「何でもないよ」
ユーリとモニカは先に女子寮に帰った。シェリカはまだ帰らないらしい。その所為でフィーロも付き合わされている。とっとと帰れ。そして眠れ。
学園も日が暮れると若干不気味さを増す。噂では幽霊が出るとか。ダンジョンで飽きる程見てるのに今更怖がる奴はいるのだろうか。馬鹿馬鹿しいぜ。
「? 何で震えてんの?」
「武者震いだよ」
「意味分からないけど」
分かる必要はない。
俺はびびっているわけではない。断じて違うぞ。武者震いだ。
十時までなら寮の外にいても大丈夫なため、未だ仲の良いクランやカップルが騒いでいる。煩いことこの上ないため、離れた場所にいるのだが。何でこんな寒いんだ。震えるじゃないか。
「なあ。そろそろ帰らない?」
「嫌よ」
即答だった。泣きそうだ。弟が呪われてもいいのかよ。
かといって逆らえば肉体的に殺される。仕方ないので暫くじっとしていた。
空を見上げる。綺麗な満月だ。二つの月は燦然と輝く。紅い月と黄色い月。かつて人々はそれに神威を見出だし、「禍つ月と厳つ月」と呼んだ。相成す双子の月だ。フィーロにはどちらも綺麗に見えるし、勝手に禍禍しい月なんて呼ばれる紅い月はさぞや迷惑だろう。
などと現実逃避していたら肩に感触がした。
シェリカの頭が乗っている。気付けば寝ていた。人様を付き合わせておいて先に寝るのか馬鹿姉。
つかもうここいたくないんですけど。帰りたいんですけど。
もう正直に言おう。
怖いです。
なまじ人がいないと余計に怖いです。泣きそうです。泣いていいですか。
規則正しい寝息が聞こえる。
他の女の子ならひゃっほう最高のシチュエーションだぜ。今すぐ脳内メモリにインプットだ! となるのだが。馬鹿姉相手に恋愛感情は湧かない。基本だ。人としての。
「起きろよシェリカ」頬を軽く叩く。
ボディーブローが返ってきた。「ぐふっ」さすがに呻く。やっぱりコイツ起きてんじゃねえの?
そういえばシェリカは昔から俺を枕にする癖があったな。ことあるごとに持たれかかる。
その所為で何度も近所のおばさんから「あら〜今日も仲が良いわね〜」などとふざけた事を言われた。良くねーよクソババー。勘違いも大概にしろ。
にしても俺はいつまでこうしてればいいんだろうか。どうせ文句言ったら殴られるんだろうな……。
やってられない。
もう一度空を見上げてみた。綺麗だ。
やはりフィーロは紅い月も綺麗だと思う。
肩で一瞬シェリカの頭が動くのを感じた。起きたかなと見てみたら、眠ったままだった。
まだ動けそうもない。何となく馬鹿姉の前髪を梳いて、フィーロは溜め息を吐いた。
俺は帰れるんだろうか。
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