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世界最強の少年は色々あって幼女の犬になりました

作者:八神鏡
 世界を救ったのに大した理由はない。
 ただ、たくさんの人にお願いされたからやってみただけだ。

 自分で言うのもなんだけど、俺はそこそこ天才だったらしい。

 少しの努力で最強となり、世界を混沌に導いていた魔王をなんやかんやで倒してしまったのだ。

 みんな喜んでくれた。俺を英雄と褒め称えて、笑ってくれた。

 それはそれで良かったと思う。
 魔王が死んで幸せになれた人がいるのは、俺としても喜ばしいことだ。

 でも……はっきり言おう。
 俺は、自分の行動を後悔している――と。

 信念もなく、意思もなく、覚悟もなく、ただ流されるままに魔王なんて倒すんじゃなかった。

 みんなが望んでいるから、というある意味自主性のない理由で……魔王を、殺すべきじゃなかったのだ。

 だって俺には――彼女が不幸になっていい理由が、分からなかったのだから。






「……パパ? パパは、どこにいるの?」

 なんてことのない話だ。

 世間では暴虐の王と恐怖されていた魔王が、たった一人の娘の前では良き父であった――なんていう、書物を調べればありふれているであろうお話である。

 しかし、実際に目の当たりにすると、その衝撃は大きい。

「パパっ……お本、よんでくれるって、いったの」

 魔王城、最後の決戦あと。
 魔王の体を消滅させた俺が遭遇したのは、魔王の『娘』だった。

「あのね、おにいさん? パパは、どこにいるの……エル、よんでもらいたい本があるのっ。そろそろ、おねむのじかんなんだよ?」

 年端もいかない少女だった。

 三歳か、四歳か……それくらいの少女が、本を抱えて奥の方から出てきたのである。

「パパ、どこっ? エルと、おねんねしようよぉ」

 心細いのか、震える声で……されども必死に呼びかける彼女を見て、俺は思わず膝をついてしまう。

 知らなかった。
 娘がいるなんて、思いもよらなかった。

 あんなに残虐なくせに、娘にだけは甘い顔してるなんて……予想できるわけがなかった。

 それと……父親が居なくなった時の娘が、こんなに寂しそうにするなんて――分かるわけがなかった。

「嘘、だろ……」

 ここに至って、俺は自分のしたことの重さを思い知ることになる。

 一つの命を散らすということは、その存在を消すということ。

 仮に、その存在を大切に思っている者が居たとした場合――その人を、傷つけることになる。

 その覚悟を、俺はするべきであった。

 悪いのは運命だと……父親が悪いのだから、お前は仕方ない。
 そう言って彼女を殺せれば、どれだけ気が楽になるだろう。

 でも、俺にはそんな『勇気』なんてなかった。
 このあたりが、俺が『勇者』足りえなかった理由だろう。

 英雄でしかない俺の、欠点なのだ。

 非情になりきれず、切り捨てることもできず、ただ流されるだけの……善人にも悪人にも、何者にもなれない俺の弱さだ。

「ごめん……」

 絶望に胸が押しつぶされそうになる。
 謝罪の言葉を口にしても、気分はまったく楽になってくれなかった。

「ごめん……ごめんっ」

「どうして、ごめんなさいしてるの?」

 幼い少女は、俺を不思議そうな目で見ている。
 その純粋な瞳に見られると、自分の空虚さが浮き彫りになるようで嫌だった。

 反射的に目を伏せるも、少女の声は耳に届くので意味がない。

「ねえ、お兄さんっ。パパがどこにいるか、エルにおしえてくださいっ。よふかしは、ダメだよって……パパがいってたの」

 未だに父親を求める少女に。
 しかし俺は、真実を伝えなければならなかった。

「ごめん……君のパパは、俺が殺した」

 気の利いた言い回しなんてできる余裕などなく。
 ただ率直に、事実を口にすることしかできなくて。

「……ころ、した?」

 彼女は言葉の意味を分かっていないのか。
 復唱して、それから俺をジッと見つめるのだ。

 しかし、何か嫌な予感は感じ取っているのだろうか。
 彼女は大きな瞳に涙をためてから、震える声を絞り出す。

「パパ、どこ?」

「もう、いない」

 そう言った時には、幼い少女が飛びかかってきていた。

「うそ! うそだよっ……エル、知ってるもん! パパは、ぜったいにいなくならないって――エルが、およめさんになるまで、元気だって! パパと、やくそくしたもん!!」

 何度も何度も俺の胸を叩きながら……彼女は訴えかける。
 その叫びに、俺はうなだれるばかり。

「ごめん」

「パパ! パパぁ……ぱ、ぱっ」

 途端に彼女はボロボロと涙を流して、嗚咽を漏らす。

 ふらふらと、どこにもいない父親を探して広間をさまよう彼女は、とても痛々しかった。

「イヤ……イヤだよっ。イヤ! エル、ぜったいにイヤだもん!! パパがいなくなるなんて、イヤだよぉ……」

 彼女は、ようやく理解したのだと思う。
 ガクリと、その場に崩れ落ちてしまった。

「エル、ぴーまんちゃんと食べるっ。いたずらも、もうしない……わるいことしたら、ちゃんとあやまる! だから、パパ……ごめんなさい、するからぁ。エルのこと、おいてかないで」

 そして彼女は泣き叫ぶ。
 どこにもいない父親に、一生懸命に呼びかける。

 そんな彼女を、俺は呆然と見ることしかできなかった――




 なんてことをしてしまったのだろう。

 例えば俺が、人々を救う真の勇者であったなら。
 例えば俺が、魔王を恨む復讐者であったなら。
 例えば俺が、悪を悪と断ずることのできる正義であったなら。

 きっと、魔王の娘のことも割り切ることができたかもしれない。

 でも……何者でもなく、ただなんとなくという理由で魔王を殺した俺には、そう簡単に割り切れることが出来なかった。

「パパを……かえして」

 彼女の言葉が、胸に刺さる。
 ごめんとしか言えない自分を、殺したくなる。

 いっそのこと死んでお詫びしかった。
 一人の少女の幸福を奪っていい大義名分が、俺にはなかった。

「かえして……かえしてっ。かえして!!」

 だが、彼女の悲痛な叫びが……俺に死を許してはくれない。

「エルの、パパを……かえして」

 そうなのだ。誰よりも辛いのは、彼女である。
 過ちを犯しただけの俺など、彼女の辛苦に比べれば大したことはないのだ。

 だから、死んで楽になることを許してはならない。
 俺が、俺自身を、戒めなければならない。

 だって、俺はこの子を……魔王の娘を、不幸にしてしまったのだから。

「ごめん」

「パパぁ…………」

 泣き崩れる彼女を、俺はそっと抱き上げる。
 まだ俺には、やるべきことがある。

 このままだと、この子は魔王の娘として処刑されるはずだ。

 これ以上、この子を不幸にしてはならない。

 彼女を不幸にしてしまった俺は、俺の全てを捧げて――この子を、幸せにしなければならないのだから。

 これは俺の、贖罪だ。
 全ての人々を救った代わりに、一人の少女を傷つけた罰だ。

 これから、俺の人生はこの子のために使おう。

「ぱぱ……かえ、してっ」

 そして、少しでも……彼女に償いたいと、そう決意したのだ。



 この時から、俺は魔王の娘の犬となった。
 ただ、彼女を幸せにするだけの従僕となった。

 それから、三年が経ち――魔王の娘であるエルザは九歳となった。

 彼女は今、俺の手綱を持っている。

「ねえ、犬っ。あなたは、わたしを不幸にした。だから、わたしが幸せになるまで――あなたを絶対に、許さないから」

 ああ、分かってる。
 俺も、お前が幸福を手に入れるまで……そばにいる。

 俺の全てはもう、お前のものだ。
 お前を幸せにすることだけが、俺の全てだよ。

 そのためなら、犬にでもなんだってなろう。
 お前を笑顔にする道化にだってなってみせる。お前のために、俺はなんでもする。

 だから、どうか――いつか、幸せを取り戻してくれますように。

 そして、俺に……死ぬ権利を、くれますように。

 その時が来るまで、俺はお前の犬だ――


(了) 

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