☆10☆王子vs騎士
大通りから外れた住宅街。
休日の正午前という時間もあって、人も車も通らない。
そう。
通りにいるのは、向かい合いながら、あたしの肩を掴んでいるアラシと掴まれているあたし。
そして、ユキの3人だけだった。
「な、なんで……お前……島崎夕紀?」
最初に口を開いたのはアラシだった。
「いたら悪いの?」
ユキは答えながら、学校で見せる、柔らかな微笑を見せる。
「アラシ……あのね、ユキは、あ……えっと、島崎君はお隣さんで」
あたしがアラシに説明をすると、ユキの顔が一瞬だけ眉をひそめた。
「へ、へ〜……。チョコと島崎って、いわゆる幼馴染ってヤツ?」
アラシは、おどけたようにあたしとユキを交互に指差した。
「あ、まあ。そんなとこ……かな?」
「初耳、だな」
アラシの目が責めるようにギラリと光る。
「別に、秘密でもなんでもないし。隣に住んでるってだけだよ」
「ふ〜ん。島崎が幼馴染、ね」
アラシは複雑そうに低い声を出す。
「な、なによ! アラシは中学からだから知らなかっただけじゃん。 麻衣は知ってるんだし!」
小学校から一緒だった人なら誰でも知ってること。
だけど、学区の違ったアラシは知らないことだった。
だからって別に隠してたわけじゃない。
ただ、本当に言う必要がなかっただけ。
「わかった。チョコを信じる。――――ってことで、島崎。今、いいとこなんだ、邪魔しないでくれると助かるんだよな」
友好的なアラシにはめずらしく、言葉がトゲトゲとしていた。
ユキは呆れたように、ため息をひとつこぼすと、アラシを睨む。
「ねえ、どういう神経してるの? どう考えてもチョコちゃんは迷惑そうにしか見えないけど? 本多君って鈍感なんだ」
「ユキ!」
売られた喧嘩は買いますとばかりに、冷たく言い放つユキにあたしは叫ぶ。
「なんだ、ちゃんと呼べるじゃん」
ユキは目を細めて意味深に微笑む。
「チョコちゃんが、『島崎君』なんて気持ち悪い呼び方するから、どうしちゃったのかと思ったよ?」
陽の光にあてられたユキのサラサラの髪の毛が茶色に透けてみえた。
前髪が揺れると、その隙間に見えるふたつの目は、優しい声色とは裏腹に、怒っているように、あたしを見据えている。
「そっ、それは!」
「っていうか、本多君って何様なの? 僕の家の前で勝手に青春ドラマはじめちゃってさ、それで僕に邪魔って? 信じられないね」
あたしの言葉を無視して、アラシへ視線を向けると、ユキはひどく冷めた声をだす。
「それは……」
アラシはユキの言葉に押されるように言葉がでなかった。
さっきまでの威勢なんて、ユキの壮絶な冷笑を前に吹き飛んでしまったみたい。
「それにさ、ダメなんじゃない?」
「な、なんだよ。ダ、ダメって……」
「本多君、僕に勝てるの?」
ユキがにっこりとアラシに微笑む。
アラシは何かに一瞬、驚いて、すぐにあたしの顔を見る。
そして、何か言いたそうに、唇を動かした。
え? え?
な、何?
どうしちゃったの、アラシ?
今の何か変なの?
え? あたし?
今の話にあたしはいないよ?
あたしは意味もわからずに、フルフルと首をふってみる。
「……チョコ、お前……」
アラシは奇妙な顔をして、あたしとユキを交互に見た。
まさか、ユキにかなわないから、あたしに援護しろとか?
それって、情けなすぎでしょ!
あ! わかった!
幼馴染全開な呼び方が気に入らないってヤツか!
目の前で、「あー」とか「うー」とか言いながら、肩を掴んだままの体勢で、アラシは何かを言い難そうにしていた。
「な、何よ。何なのよ! どうしちゃったの? あ、あたしがユキって呼んでたって事、気にしてるの? ユキが隣に住んでるのが、そんなにまずい事なの? ねえってば!」
ああ、これじゃあ、あたしがアラシを好きみたいだ。
別に隠してることなんてないんだし。
あたしが慌てることなんてひとつもないんじゃないの。
「マッ、マズくねえよ! マズくねえっ……けど。あいつは……」
アラシの目がチラリとユキを見る。
「ユキは関係ない! マズくないなら――――っ!」
しまった、と思った。
気がついたときには、期待するアラシの顔と、怒り狂うような鋭い目つきのユキに睨まれて、あたしは固まった。
いやー!
何かヘン!
何か違うでしょー!
あたし、何言い出すんだ!
もーっ! 自分で何言いたいのかもわかんないよ!
あわわわっ。
ふたりして見てるし!
見ないで、見ないで。見ないでー!
もーっ! なに考えてるのよ、あたしのバカー!
続きはなんだっつーのよ。
アラシに好きでいてよとでも頼むつもり?
ほら! アラシってば、絶対に期待してるって!
いやーっ、ミス! ミスだって。
「な、何よ! 二人してジロジロと! つ、続きなんてないんだから! そっ、それに! 受験前に好きだ嫌いだって言ってる暇なんかないでしょ!」
あたしは早口に言うと、肩を上下に揺らした。
目の前のアラシは髪をかきあげると、あたしの困惑を笑った。
「まっ、その返しはチョコらしいっつーか。オレもちょっと早まったかな〜とか思ったし。島崎の邪魔は好都合かもな」
「アラシ……」
「受験、終わってから再チャレンジする。状況もよくわかったし……な」
視線の先には口を閉ざしたユキ。
「……僕も、よくわかったよ」
黙っていたユキが口を開く。
その声は低く、どこか挑戦的だった。
「なあ、島崎って、どっちが本物?」
アラシは苦笑いしながら腕を組む。
「お前って女子のあいだじゃ、可愛いとか、王子とか言われてるけど、学校とずいぶんと印象が違うんだな。こっちが本物か?」
「さあ? 僕の質問に答えてないのに、答えてやる理由ないよ」
「質問? ああ、勝てるかってヤツか?」
アラシはニヤリと笑って、あたしを見てから、もう一度ユキを見る。
「大丈夫だろ? なんかお前の一方的な思い込みみたいだし、オレの方が有利みたいだしな」
アラシはあたしの肩をポンっと叩く。
「有利って何よ」
「チョコ〜、お前さ、もっと自覚しろよな」
睨むあたしのおでこをアラシはチョンっと指で小突く。
「ちょっと〜、やめてよ!」
「ま、せいぜい、幼馴染ごっこでもしてたらいいさ」
アラシはあたしの文句もへっちゃらと笑う。
「ふ〜ん。余裕ってわけだ」
アラシの態度にも特に反応しないで、ユキは涼しげな顔であたしたち二人を見ていた。
「強敵ではあるけどな」
「本多君って趣味悪いね」
アラシもユキもお互いを見つめあってるだけで、動かない。
「お互い様だろ?」
「……そうだね」
最後に、ユキが笑う。
「チョコ、じゃあ、オレ帰るわ」
「あ……う、うん。なんかよくわかんないけど、ごめんね」
あたしが小さく謝ると、アラシはあたしの頭をグシャグシャとかき回す。
「ちょっ! もーっ! やめてって言ったでしょ!」
両手を振り上げて声を上げると、アラシは笑って手を軽くあげる。
「じゃ、またな」
「こらーっ! 逃げるな!」
あたしは小走りに去っていくアラシの背中に叫ぶと、突然、静けさを取り戻した道路にポツンと立っていた。
「仲がいいんだね」
数拍おいて、ユキが静かに話しかける。
「話しかけないでよ。あたし、まだ昨日の事、許してないんだけど」
「ご立腹だね」
「あたりまえでしょ! 昨日の事もそうだけど、アラシに対して失礼じゃん! あーいう時は、見て見ぬフリするとか、気づかれないようにするとかってできるでしょ」
「迷惑そうにしてたから助けてあげたのに、その言い方ないんじゃない?」
ユキはふんっと鼻で笑う。
そして、明らかにさっきまでとは違う口調で話しはじめた。
「それとも、好きでもないのに、つき合うつもりだったのか?」
「そ、それは……」
「オレ、あいつ嫌いだ」
拗ねた子供みたいな言葉にあたしは驚いてユキを見た。
「オレに触られるのは嫌なのに、あいつはいいのかよ……」
「はあ? 何、ドラマみたいな事、言ってんのよ」
あたしはわけがわからなくて、ユキに近づく。
「来るな! だから……キライなんだよ」
ユキは悔しそうに唇を噛む。
「なにそれ。だったら、あたしにかまわないでよ!」
「最低だ」
「はあ?」
「チョコちゃんはいつだってそうだよな。いつだって、忘れるんだ」
ユキ?
真っ青な顔して、どうしちゃったわけ?
忘れる? あたしが何を忘れてるっていうのよ。
「ねえ、何を……」
「それより、今日分の宿題、ちゃんと終わらせろよ。終わってなかったらどうなるかわかってるんだろうな」
「え、あんた……来るつもりだったの?」
「誰かさんと違って、無責任じゃないからな。じゃ、いつもの時間にな」
ユキはあたしを睨みつけると、そのまま玄関に消えた。
全然、わからない。
ユキの言葉も行動も理解できない。
昔は誰よりも一番わかっていたのに。
今は、全然、わからん!
いつの間にか、ぽつんと一人になっていて、あたしは居心地の悪さに急いで家に入った。
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