異世界最強チートな少年と、彼に襲いかかる体育会系特有のノリ
高校への登下校中にトラックに轢かれたりなんだりして、突然身体ごと異世界に飛ばされることがあるらしい。
そして異世界で勇者として大冒険したり、魔王として大君臨したりすることがあるらしい。
「――一年、おい、一年」
あるらしいといいつつ俺自身全く信じてはいなかったけど、その手の小説や漫画を多少読んでいたおかげで、いざそういう目に遭ってもさほど驚かなかった。
指先から迸る炎が一面を焼け野原に変えても「なるほど」って思ったし、指一本でドラゴンを倒せても「はい」って感じだった。
「――聞いてんのか、おい、一年!」
俺が本当に面食らって、ありえないだろ勘弁してくれよ、って思ったのはそんなことじゃない。事実は小説より奇なりとは言うが、まさか、この異世界に、現実から遠く離れたファンタジーの世界に――。
「テメェだよ、ジン! 先輩が呼んだら五秒で駆け足だっつったろうが、ちんたら歩いてんじゃねーぞ一年兵の分際で! 走れボケナスが!」
――こんなクソみたいな先輩がいるなんて、予想できるわけねえだろ!
*
「よお、お前なんであのモンスター倒した。言ってみろ」
「え、何で、って……倒せたから、ですけど」
俺を呼びつけた鷲鼻の男は、これ見よがしに大きな溜息をついた。
「オレ言わなかった? 敵の足を狙えって。トドメは我らが偉大なる団長・鋼のバッダスが刺すって。言わなかった? 言ったよな?」
「聞きましたけど、チャンスだったし、仲間も攻撃されかけてて――」
「チャンスとかじゃねーんだよ。皆の連携の後に、偉大なる団長がトドメを刺せば、紅狼盟団の士気も高まるし、絆も深まるってのがわかんねーの? それをお前が連携を乱したらどうなる? 絆も士気もなくなっちゃうだろうが、なあ! 見ろよあれを、聞き分けない後輩への怒りと、裏切られた信頼への悲しみに耐えるバッダスの顔を!」
指さす方を見やると、二頭立て戦車の上に直立したフルプレートアーマーの男が首だけこちらに向けていた。ヘルムにすっぽり覆われた顔からは、怒ってるのか悲しんでるのかさっぱりわからない。
「お前さあ、一年のワリに腕が立つのはわかるけどよ、この世界に来たのはオレたちのが先なわけよ。先輩なわけよ。年長者なわけよ。紅狼盟団では先輩の言うことは絶対って、入団するとき言ったよなあ?」
「でも藤本さん、さっきのは――」
「その名で呼ぶなっつってんだろうが! オレは疾風のゼクシア、偉大なる団長は鋼のバッダス、そしてお前はハナクソ主食太郎だろうが!」
「いや、俺はジンっていう名前が……」
「口答えすんじゃねえ! お前のそういうキョーチョー性の無さが、俺たちの目的を妨げになるんだよ! 俺たちの目的はなんだ? ん? 大きな声で言ってみろ!」
「えっと、みんなで元の世界に――」
「偉大なるバッダスの統率により一丸となった紅狼盟団は、我々をこの異世界へ送る元凶となった魔王を誅し滅することで元いた世界に帰る! そうだろうが!」
言わせろよ。
「あ、あの……ふじ……じゃなくて、ゼクシアさん!」
俺の背後から気の弱そうな少女がおずおずと顔を出した。
ショートボブの綺麗な黒髪が俺の肩をかすかに撫でた。
「あン? マリアか。今忙しいから後にしろ」
「ジンくんは、私をかばってくれたんです。連携が乱れちゃったのは、私のせいで……だから彼を責めないであげてください!」
予想外の横やりにゼクシアは口元を歪ませた。
「いやそれは……そうなの?」
マリアは力強く首を縦に振った。
「まあそれは……いや、でも、えっと、あー……」
しどろもどろになったゼクシアは不安げにバッダスを見た。
バッダスは何も言わず、ただうなづいた。
「……よし、今回はマリアに免じてお前の命令違反を不問とする! けど次はないからな、肝に銘じておけよ! わかったら持ち場につけ、オラ、ダッシュ! ダッシュダッシュダッシュ!」
*
「ごめんね、ジンくん。私のせいで怒られちゃって……」
俺の背中をつん、とつつきながら、申し訳なさそうにマリアが言った。俺は笑って、大丈夫だよと返した。
「でもね、藤……じゃなくて、ゼクシアさんはああ見えてすごくいい人なんだよ。この世界に来て一人ぼっちだった私を紅狼盟団に入れてくれて、住むところとかも世話してくれたの、本当だよ?」
「嘘だとは思ってないよ。でもそれはたぶん、マリアが――」
可愛いからだよ、と言いかけて俺は口をつぐんだ。
バッダス率いる紅狼盟団は、異世界に転移または転生した人間だけで構成された集団で、その実に99%が男性だ。というかマリア以外男だ。
こんな汗と涙と怒号の煮こごりみたいな体育会系集団の中に、かわいい女の子が一人放り込まれれば、ゼクシアでなくとも優しくするだろう。
本当にうんざりだ。
高圧的で居丈高な先輩の存在もそうだが、こういう男子校めいたフェミニズムにも虫酸が走る。特別扱いすることで逆にマリアに気を遣わせていることに、奴らは誰一人気づいていないのだ。
だが俺は違う。俺はマリアと対等に接する。無闇やたらにかわいいなどとは絶対に言わないのだ!
「私が? 私が、どうかしたの?」
「可愛いからだよ」
言っちゃったのだ。
「か、か、かわいいだなんて、もう、ジンくんの、もう!」
マリアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。かわいい。
「でも、私、ジンくんにも感謝してるんだよ。私たちが魔王城まで来れたの、ジンくんのおかげだと思う。だってジンくん、すごく強いもん」
「そんなことないさ」
あるけどね。すげーある。めちゃくちゃあるわ。
自分のチートめいた強さより、周りのやつの弱さに驚いたぐらいだもん。まあそのせいであのクソ先輩に目つけられたわけだけど、それは別にいい。気にしてない。俺はマリアだけ助けられればいい。あとはついでだ。
元の世界に帰ったら絶対マリアに会いに行くんだ。
あ、魔王倒す前にライン聞いといた方がいいかな? 連絡先とか知らないと会おうにも会えないもんな。
「――マリア、ジン! 前だ、何か来るぞ!」
ゼクシアが叫ぶ。同時に、目の前の暗闇から一体の異形が現れた。全身に張りついたソフトボール大の眼球とおぞましい触手――「ひっ」ぎょろつく無数の眼球を見たマリアが小さく悲鳴をあげた。
「イービル・アイだ! 魔眼を使われる前に、ジン、テメェが魔法で敵の目を潰せ! その後バッダスが、鮮やかなる必殺の一撃で奴にトドメを刺す、いいな!」
目つぶし……ね。
インフェルノ・ヴェイルだと多分眼球ごと吹っ飛ばしちゃうな。ダーク・ブラインドぐらいが丁度いいか。やれやれ、別に瞬殺してもいいんだけど、これ以上絡まれるのもゴメンだ。
「きゃあああ! ジンくん助けて! 触手が私を!」
「マリア!? おのれよくも人が力加減を考えている間にマリアを! 喰らえインフェルノ・ヴェイルぅうううううう!」
*
「お前何度言わすんだボケコラ一年ジャリコラオラァ!」
「いや、違うんスよ、俺はただ目つぶしを……」
「目どころか身体が半分以上ふっとんでんじゃねーか! お前が視界を奪ってからバッダスがトドメ刺す作戦だっつったろうが! それなのにどーすんだよ、あれをよお!」
ゼクシアが後方を指さした。またしても戦車の上に直立したバッダスが、首だけをこちらに向けている。その手には行き場を失った火の玉がふよふよと浮かんでいた。
「我らが偉大なるバッダスが【深遠より招来せし原始の焔】によって、邪悪なる魔物を浄化する予定だったのに、すげー手持ちぶさたな感じになっちゃってんじゃねーかよ! お前この気まずさどうやって浄化するつもりだよ!」
「いや、ファイアーボールをひっこめればいいんじゃ」
「ファイアーボールじゃねえ【深遠より招来せし原始の焔】だ! あと一度出した魔法はひっこめらんねーの! そんなこともわかんねーのか一年はよお!」
「えっ、できますよ。詠唱破棄してから体内魔炉へ逆転換すれば――」
「はー!? なにー!? タイ米風呂でワクテカすれば!?」
言ってねえ。
「ふじ……ゼクシアさん! ごめんなさい、今度も私が悪いんです!」
「うるせーぞマリア! オレはこの一年に説教してんだ、お前の話はあとにし熱づぁーーーー!?」
ふいにゼクシアの背中が炎上した。慌てて振り向いたその先で、バッダスが手招きをしている。その手に火の玉は既に無く、陽炎だけが余韻のように揺れていた。
「……あっ、これゲキリンだわ。バッダス先輩はお前らの狼藉にマジおこだわ。あーこれ、フォローできるかわかんねーなこれ。お前らちょっと待ってろよ、そこで! ――はいッス! バッダス先輩今行きゃす! ちっス!」
ゼクシアは背筋をピンと伸ばしバッダスの元に向かった。
バッダスは戦車に乗ったまま、二言三言何か耳打ちした。ゼクシアは一回頷き、二回聞き返して、二回殴られた後、三回頷いてから、また俺たちのところへ戻ってきた。
「……喜べ、我らが偉大なるバッダスは、お前らの勝手な行動をなんと、再度お許しになられたぞ! マジはんぱねえ寛容さ、海のように深い愛! 海のように広い男気! あれ? もしかして海なんじゃないかな? ねえ、もしかして海ですか~!?」
バッダスは首を横に振った。
「違うってよ」
知ってるわ。
*
「また、私たちだけ怒られちゃったね」
そう言ってマリアは舌をぺろっと出してウィンクした。かわいい。
クソ先輩になじられるのは釈然としないが、マリアと二人だけの秘密ができるという意味ではいいのかもしれない。
自慢じゃないが、紅狼盟団の中で一番マリアに好かれている自信がある。まあ無理もない、なんたって実力はずば抜けてるしルックスだって――。
「ジン、マリア! また前から何か来るぞ! ていうかお前らここ魔王城なのによそ見しすぎじゃない!?」
ゼクシアがヒステリックに叫ぶ。見ると、漆黒の翼を携えた巨大な悪魔が俺たちを見下ろしていた。――強い。本能的に感じた。少なくとも、さっきのイービル・アイとは比べものにならない。魔王城の本丸に近づいているということだろう。
「ジンとマリアで敵の足を止めろ! お前らに気を取られている隙に、我らがバッダスのグレート偉大ソードを奴の脳天に突き立てる、いいな!」
今度は足止めか。
まあ魔法より剣の方が加減しやすくていい。技を使わなければ勢い余って殺すこともない。技はダメだ。たとえばギガスラッシュとかね。あんなの使っちゃったら絶対殺しちゃうからね。それだけ気をつければ全然問題ない。
「きゃあああジンくん助けてえ!」
「マリア!? チクショウ貴様よくも俺のマリアを! 喰らえギガスラアアアアアッッシュ! マリア好きだーーーーーーー!」
*
「……わかった。オレも怒鳴って悪かった。冷静に話し合おうぜ。まずオレはお前に何て指示した?」
「足止めをしろ」
「で、今敵はどうなってる?」
「足は、止まってると思います」
「足な。足は止まってるよ確かにな。敵は一歩たりとも動けないよお前の言うとおりだよ。でもな、誰が下半身ごと吹っ飛ばせっつったんだよ! なんでだよ! 足どころか息の根止めちゃうってお前ホワイ!? ジン、ホワァ~イ!?」
「いや、つい力が入って……」
「言い訳は聞きたくねえ! お前はアレを……バッダスのあの姿を見て何とも思わねえのかつってんだよ!」
ゼクシアの背後でバッダスが抜き身の剣を所在なさげにぶんぶん振っていた。
「バッダスの正義という鞘から抜き放たれたグレート偉大ソードが、その裁きの行方を見失い虚空をただ彷徨うばかりじゃねーか!」
「いや、それこそ鞘に納めればいいだけじゃ……」
「一度正義という鞘から解き放たれた断罪の刃は、果てなき闇に光を満たすまで鞘に納まるわけねーだろうが! ぶつぞアホ!」
「ジンくんを責めないでください、ふじ……藤シアさん!」
「藤シアさんって誰!?」
「ジンくんは今度も私をかばってくれたんです!」
「うるせえ! オレは今この一年に説教してんだ、マリアはすっこんで痛だぁーーーーー!? ケツに光が満ちたーーーーーーー!?」
尻に深々と突き刺さったグレート偉大ソードを見て、ゼクシアは絶叫した。
「ゼクシアァ!」間髪入れずバッダスの怒号が響いた。「ッケェ声ッスナッテンダロウガッ、ラァ! ワッテンノカ、テメッ、コラァ!」
「す、すんませんッス! で、でもジンのやつが……」
「関係ネッダッオラァ! マリアガ怖ガッ、テッ、ナンオラァ! ザッケテンジャネッゾラァ!」
「はいッス! すんませんっしたぁ!」バッダスに向かって直角に腰を折ったあと、こちらに向き直った。「……まあ、なんだ、バッダスもああ言ってるし、とにかく今回のことも不問とするが、今度やったら本当にだぞ。本当にだからな!」
ていうかよく聞き取れたね今の。
「あ、待ってください藤本さん、これ……」
「だからマリア、オレをその名で呼ぶなと――ん、なんだそりゃ?」
「さっき倒した敵が持ってたんです。もしかしたら、何か大事なものかも」
その手には、小さな鍵が一つ握られていた。
*
その透明な鍵は、それ自体が魔力の結晶体のようで、虚空に掲げると独りでに鍵穴へ向かって空中を滑るように動き出した。
やがて鍵に誘われた俺たちの眼前に、巨大な扉が現れた。
俺は思わず息を呑んだ。
扉の奥から感じる、ただならぬ魔力の波動――これが魔王でなければ何だというほどの力の気配が、ドラゴンを目の当たりにしても取り乱すことのなかった俺を初めて緊張させた。
「い、いくぞ、ビビってんじゃねえぞお前ら!」
俺たちは、恐る恐る扉の奥へと歩みを進めた。
全員が扉の内側へ入った瞬間、老婆の悲鳴のような音を立てて扉がひとりでに閉まった。
「――ようこそ、虫ケラ諸君」
闇の中から嘲るような声が聞こえた。それを合図に燭台にいっせいに火が灯り、玉座に腰掛ける青白い顔の男の姿を照らし出した。
「ここまで来れた人間は久しぶりだ。近くに寄れ、殺す前に特別に用件を聞いてやる」
黒いローブに身を包んだそいつは、うすら笑みを浮かべて手招きをした。
「き……貴様が魔王ルドラだな! 時空を歪めこの世に混沌をもたらす貴様の野望、俺たち紅狼盟団が打ち砕いてやる、覚悟しろ!」
啖呵を切るゼクシアを、ルドラは心底つまらなそうに見た。
「久しぶりに骨のある奴が来たと期待してみれば……そんなことか。興が醒めた。……死ね、そして我が恐怖のささやかな礎になるがいい」
ルドラが指を一本立てると、小さな焔が生じた。焔は見る見る膨れ上がり、やがて眼前に太陽と見まごうばかりの巨大な火球が出現した。
俺は全身が総毛だった。目の前の大火球は、この城を瞬時に炎上させてなおお釣りがくるほどの魔力の塊だ。まともに喰らえばひとたまりもない!
「ぜ、ゼクシア、さん、あれはまずいです。一旦逃げ――」
「ビッグ・バッダス・シールド・フォーメーッションッ!」
……は?
「一列だ! バッダスを先頭にして後ろに一列に並べ! そこ、ちょっとはみ出てんぞ! バッダスの構えるイージスの大盾から出ねーようにしろ! 背おっきい人は前来て、前! 前もうちょっと詰めて、マリアちゃん入れてあげて!」
いや、おい、いやいやいや。
「あっ、おいジン、テメェなにボサっとしてんだ、はやく中に入れ! やつの攻撃を防いだら総攻撃しかけんだからよ!」
いやあの、防ぐ以前に触れた瞬間に蒸発すると思うんだけど、あの。
「……気が済んだかゴミども、では死ね」
ルドラが軽く指を振った。火球が凄まじい唸りを上げ、バッダスへと迫る。――マズい。バッダスやゼクシアはどうでもいいが、あの中にはマリアがいる。マリアだけは守らねば! そしてラインを聞かねば!
俺は咄嗟にバッダスの盾に向かって呪文を詠唱した。
『シールド・エンチャント――アイシクル・シェル』
バッダスの盾が青白い光に包まれたのを確認してから、その内側へと身を滑り込ませた。大火球は盾に触れた瞬間「ウオッ!」その魔力質量の大きさにバッダスが少し仰け反った。しかし火球の勢いは見る見るうちに衰え、やがて陽炎のように消滅した。
「オ、オウォ、オ……? オイ、オイ……ッオイ!」
バッダスが振り向き、盾と自分とを交互に指さした。
ゼクシアが恐る恐るバッダスに近づく。
「えっ、マジ? バッダス先輩マジすか? あの炎の塊を? その盾で? あんなにもあっさりと? ……スゲーーーーーーーー!」
ゼクシアが諸手をあげて立ち上がった。同時に他の団員も立ち上がりバッダスに駆け寄った。
「バッダス先輩やべえハンパねえ! ちょ、盾見せてくださいよ盾!」「すっげ、傷一つついてないじゃないすか! あのでかい炎の塊を、あたかも小石を弾くかのごとくじゃないすか!」「ねえ、俺にも見せてって! たーてー見―せーてー!」
「馬鹿な、あの貧弱な盾で俺様の魔法を弾いただと……」
ルドラは信じられないという顔でバッダスを見た。今の魔法の反動で、わずかだが隙が出来ている――チャンスだ。
「ぜ、ゼクシアさん、チャンスです! 作戦通り総攻撃を――」
「おいテメーら胴上げだ胴上げ! バッダス先輩を天高く掲げろ!」
「いやあの、総攻撃を、あの」
「わーっしょい! わーっしょい! バッダスわーっしょい! バッダスわーっしょい! バッ……っしょい! バーっしょい! バーっしょーい!」
あんたらここ魔王様の御前ってわかってる?
「なんなのだコイツら、俺様を前にしてこの余裕は……?」
「おい見ろ魔王がひるんでいるぞ、チャンスだ! お前らオレの背中に続けうおおおおおおおおお!」
バッダスの盾の陰からゼクシアが勢いよく飛び出した。
「くっ、調子に乗るな虫ケラが!」
ルドラが光弾を放つと同時に、俺もゼクシアに向かって強化呪文を詠唱する。鋭い光芒がゼクシアを貫かんとしたそのとき「――うおっ!?」間抜けな声を残してゼクシアが姿を消した。
「なにィ!? 避けられる距離ではなかったはず!」
ルドラの真横を何かが凄まじい速さですり抜けた。「は――速い!」ルドラは思わず玉座から立ち上がった。風切り音と共にゼクシアの残像が玉座を囲んだ。「なんだこれは、この俺様がとらえられん速さとは――ぶぉげっ!?」
「ぎゃっ!?」
二人分の悲鳴と共に、ルドラが顔を押さえてうずくまった。
そのすぐ向かいで同じ格好をしているゼクシアが見えた。
「痛っつ、痛っつう……あ、ごめん。なんかオレ……急に身体が制御できなくなって……すぐに止まれなくてごめん……」
「あ、ううん、俺様は大丈夫……平気だけど……痛って……」
「大丈夫……? ごめんな? 血出てる?」
「大丈夫大丈夫、出てない、大丈夫」
「えっ、いやいや出てるじゃん。ダメだって、ティッシュ使う?」
「いいから、来なくていいから。すぐ止まるから。俺様鼻血出やすいタイプだから」
「そう? 本当に? ――って、あれ、お前」ゼクシアがようやく自分がぶつかった相手が魔王ルドラだと気づいた。「……ワーハハハハ! 油断したな魔王ルドラ、貴様の鉄壁の防御我が神技の前に破れたり! よしテメーら、今だ!」
いつだよ。
「……なるほど、そういうことか、雑魚の分際で小癪な真似を!」
再びルドラの掌に魔力が充填された。もう一度ゼクシアの身体に速度上昇の強化魔法をかけようとした瞬間、何かが俺の腕を強い力で縛り上げた。腕だけじゃない、足も身体も首も、身体中の至るところが魔王の手から伸びた魔力の鞭が巻き付いていた。
「貴様だな、さっきからこいつらに妙な魔法を掛けていたのは!」
――しまった、バレた!
「じ、ジンくん!?」
マリアが絶叫した。俺は全身を魔力の鞭で封じられ指一本動かせない状態で、そのまま中空へと持ち上げられた。
「多少腕に覚えがあるようだが、ああまでコケにされて俺様が気づかんとでも思ったか! 良い機会だ、見せしめに貴様から消してくれよう!」
「ぐ、く、くそっ……」
鞭に気道を潰され、束縛を解く呪文の詠唱ができない。ルドラがもう一方の手を天に翳した。虚空より生じた焔が俺の目の前で見る見る膨らんだ。バッダスに放った初撃よりも、さらに膨大な魔力が凝縮されていく。
「塵芥と化せ、身の程を弁えぬ愚か者めが!」
巨大な火球が放たれた。視界が徐々に灼熱の海に染まる。――避けられない、死ぬ。こんなところで、マリアのラインも聞かないうちに、死ぬ!
――ジン!
誰かが俺の名を呼んだ次の瞬間、目の前に二つの黒い影が割り込んできた。
次の瞬間、凄まじい轟音と共に火球が爆ぜた。
「ぐああああぁぁああああぁあ!」
悲鳴が聞こえた。二人分。俺の目の前で。
余韻のごとく散る火の粉の中に、二人の男の姿があった。
「――ゼクシア、バッダス!?」
「テメェ……さん……つけろや……」
ゼクシアとバッダスはそのまま前のめりに倒れた。
「な、なんで、どうして、俺なんかを!」
「紅狼盟団は……絆で結ばれた団員を見捨てない……鉄の掟だ……入団のとき……言ったろうが……それに俺は……テメーの先輩だろうが、馬鹿野郎」
「そんな、そんなことで……」
「くだらん。吐き気のする美学だ。ちょうどいい、まとめて死ね!」
ルドラは再び火球を呼び出し、俺たち三人に向けて放った。灼熱の海が俺たちを呑み込む前に、俺は自身を縛る魔力の鞭を――力づくで引きちぎり、迫る火球を片手で弾き飛ばした。
「な、ば、馬鹿な!?」
「ジン、お前……」
「ゼクシアさん、バッダスさん。少しの間休んでてください。あの雑魚は、俺が片付けます。先輩たちの手を煩わせるほどでもありません」
言って、俺は二人に治癒魔法を掛けた。バッダスにかけた防御魔法がまだ効いていたおかげで、二人とも重傷ではあるが即死は免れていた。
「かっこつけてんじゃ……ねえぞ、後輩のくせに……」ゼクシアは口の端を吊り上げた。「悪いな……ここまで来るのに……随分世話かけたのに……最後までテメェに頼りきりだ。先輩として情けねえが……お前は俺らの誰よりも強い。ぶっ飛ばしてやれ、ジン!」
「ゼクシアさん……」
その言葉でようやく理解した。
ゼクシアは全て気づいていた。その上で、あの態度を取ったのだ。俺に任せきってしまえば団員の士気は下がる、そうして生じた油断が危機を招くことを恐れたゼクシアは、俺の足を引っ張らないために、俺に辛く当たったのだ。
未熟なのは、俺の方だった。
「ジン……」バッダスが割れたヘルムから笑みをのぞかせた。「ッマエガ、ッテカラ、マリアガ、ッジゥレシッソッデョ……トゥナ? レラハヨッ、ケドヨッ、マリアハッスケタッテクレナ」
「バッダスさん……」
何言ってっか全然わかんなかった。
「茶番は済んだか?」ルドラは意味深な笑みを浮かべた。「ジン、といったな。驚いたぞ、俺様の魔法をよもや片手で弾ける奴がいるとは。素晴らしい逸材だ、殺すには惜しい。どうだ、俺の部下にならんか? 我が軍門に降るというのなら、その先輩とやらの命も見逃してやるぞ?」
「黙れ」
俺は剣を抜いた。柄を握る手がやけに熱い。自分でも信じられないほど、力が湧いてくる。
「俺は、俺たちは――偉大なるバッダスの統率により一丸となった紅狼盟団は! 我々をこの異世界へ送る元凶となった魔王を! 誅し、滅することで元いた世界に帰る! それが俺たちの目的だ、俺たちの全てだ! その目的を達成するまでは、退くつもりもなければ、屈するつもりもない。覚悟しろ、魔王ルドラ!」
ルドラは少し呆気にとられた顔をした後、たまりかねたように噴き出した。
「く、くくっ、貴様なんといった。元の世界に帰る? この俺様を倒して? クァハハハハハ!」
「何がおかしい!」
「俺様を倒せば元の世界に戻れるなどという戯れ言、誰から聞いた! 誰の口車だ! そんな世迷い言を信じてここまで来たというのか、俺様の目的が何であるかも知らずに!」
「き、貴様の目的は時空を歪め世界に混沌をもたらすことだろう、違うのか!」
「そんなものは副産物だ。真の目的はゲートを開くことだ。異世界――俺が元いた世界へと帰るためのゲートをな!」
「な、なっ、なんだと、まさか、お前は」
ルドラは糸切り歯を剥きだして笑った。
「俺様はこの世界に飛ばされた最初の人間だ――貴様らと同じ、異世界転移者だよ」
俺は絶句した。俺だけじゃない、バッダスもゼクシアもマリアも、そこにいた全員が我が耳を疑った。
しかし同時に、納得もした。世界を支配するほどの魔力――コイツの持つ異端の力はまさしく俺が授かったチートと同じものなのだろう。
「世界を繋ぐゲートを作るつもりが、逆に同胞を呼び寄せてしまうとはな。気の毒には思うが……我が目的を阻むつもりならば容赦はせん。やはり貴様らには死んでもらう!」
魔王の両手から、これまでよりさらに強大な魔力が充填された。
「正真正銘、全力の一撃だ。さっきまでの花火とはワケが違うぞ! 防げるか、貴様に!」
巨大すぎる魔力の波動に全身が痺れる。足が竦む。歯の根が鳴る。しかし退くわけにはいかない。剣を構え、前に出ようとしたとき――俺の横をいくつも影がすり抜けていった。
「ぜ、ゼクシア……バッダス、それに団員のみんな!?」
満身創痍のゼクシアとバッダスを先頭に、紅狼盟団の全員が俺を守るように立ちはだかった。
「だ、ダメだ! みんな、どいてくれ! さっきの魔法とは格が違うんだぞ!」
「クァハハハハハ! あくまで後輩を守るというのか! 見上げた根性だ、褒美に貴様ら全員、仲良くあの世に送ってやろう!」
「やめろーーーーーーーー!」
「おはざァーーーーーーーーーーーーッス!」
「……えっ?」「……は?」
突然直角におじぎをした団員を見て、俺もルドラも固まった。
「すんまっせんっしたぁ! まさかあなたがこの世界に最初に来た大先輩とは知らずに大っ変ご無礼いたしましたァ!」
「ザッシタァ! オレラ、ッジ、ナンモシラネッデ、マジ、ナマイッテ、セッシタァ!」
えっ、いや、先輩って……あれ?
「我ら紅狼盟団では先輩の言うことは絶対! 未熟でハンパ者の集まりですが、これからどうぞよろしくおなっしゃす! 一丸となってルドラ先輩についていきゃす!」
「ヨロッシャーーース!」
「あの、えーと、それってつまり、俺様の軍門に降るってことでいいの?」
「もっちろんッス! ルドラ先輩に間違いなんてあるわけねっすから! 俺らも先輩に追いつけるよう、精一杯やらせていただきます! ……おい、ジン! テメーも並べ!」
「えっ? あ、は、はい」
「ハイ、せーのっ、よろしくおねがっしゃーーーーーーーーっす!」
「お、おねがいしま……す」
紅狼盟団は魔王ルドラの軍門に降った。
*
紅狼盟団が魔王ルドラに投降してから半年が過ぎた。
俺が加わったことでルドラの異世界ゲート研究は進み、時空の歪みは最小限に抑えられるようになり、異空間から現れたモンスターが人間を襲うこともほとんどなくなった。
「――ジン、おい、ジン!」
とはいえ、魔王という存在そのものが許せないのか。ルドラの城には定期的に魔王討伐軍が現れる。そいつらを追い払うのが俺たち紅狼盟団に課せられたもっぱらの任務だ。
「ジン、テメーだよジン聞こえてんだろ! 先輩が呼んでんだからダッシュで来いや!」
「……なんすか」
「なんすかじゃねーんだよ。俺言ったよな? お前が人間連合軍全員の足下を凍らせ、身動きとれなくしたところで、我らが偉大なる魔王ルドラが炎獣・イフリートを召喚することで圧倒的な力量差を見せつけ刃向かう気持ちをなくさせるって、言ったよな!」
「聞きましたけど」
「じゃあどうして全身凍らせちゃったんだよ! 顔まで凍っちゃ、炎獣イフリートが見えねーだろうが、なあ! とろ火でゆっくり人間たちを解凍してる炎獣イフリートを見てお前は何とも思わねーのかよ、ああん!?」
番犬のような扱いだがそれは別にいい。魔王軍の先鋒を務めるのも嫌いじゃない。
俺が本当にうんざりして、マジでふざけんなって思ったのは、番犬めいた扱いでもクソみたいな先輩の存在ですらなかった。
「いや、だって、足下凍らせただけだと、弓兵とか魔法兵が攻撃してきてマリアが危なかったから……ねえ、マリア、そうだよね? 危なかったよね?」
「え、ちょっとわかんないです」そう言ってマリアは俺に背を向けた。「ねえねえルドラ様、あのイフリートってルドラ様が召喚したんですか?」
「まあな。俺様にかかれば造作もない。なんなら、今度お前にも妖精の使い魔を一匹つけてやろう」
「わあ、うれしい! ありがとうございますぅ!」
だって、わかるわけねえだろ。
まさか、この異世界に、現実から遠く離れたファンタジーの世界に――、
「……ジン、お前、泣いてんのか?」
「泣いてないす」
「まあ、わかるよ。女って怖いよな。後ろで休んでていいから、な」
「うす」
媚びる相手をころころ変えるクソ女がいるなんて、予想できるわけねえだろ!