第40話 迷宮下層 (1)
○80日目
迷宮の15階層に入ると霧が出ていた。
魔力を帯びた特殊な濃霧で、何かの魔物が生み出しているのだろう。
10mほど先までしか見えず、マジックサーチによる魔力感知も鈍くなっていた。
間違いなく、ここからは危険度が跳ね上がると感じ取り、雄介達は警戒度を上げた。
「風魔法で霧を吹き飛ばせないかな?」
「……無理みたいです。
吹き飛ばしてもすぐに戻ってしまいます」
「わかった。
周囲を警戒しながら行こう」
歩いていくうちに、ロベリアが踏んだ地面が不自然に凹んだ。
何かマズイことをしてしまったと感じたロベリアはみんなに呼びかけた。
すると僅かな振動が感じられ、皆が辺りを見回すが霧に囲まれているためか何も見当たらない。
その時、クラノスが叫んだ。
「上だ!
逃げろ!」
ゴゴゴゴッという音を立てながら天井が下がってきていた。
いや、落下してきたのだ。
このままでは押しつぶされるのは間違いない。
全力で走り、狭い通路に滑り込んだ。
最も敏捷の遅いロベリアが遅れていた。
雄介がロープを取り出し、念動魔法で操る。
まるで生きているようにロープが動き出し、ロベリアを掴むと雄介が引っ張り、リセナスが受け止めた。
間一髪、天井に潰される寸前で助かったのだった。
「危なかった……」
「今のは本気で危険でしたね」
「ロベリア、もうちょっと気をつけてよね」
トゥリアがそういって先に進もうとする。
が、一歩踏み出すと地面が割れ、落とし穴が出現した。
その底にはやはり剣山のようになっていた。
トゥリアは咄嗟に剣を抜くと、向きを水平にして壁に突き刺す。
水晶竜牙の双剣はバターのように壁を切り裂き、深く突き刺さってトゥリアの身体を支えるのだった。
「落下する天井と今の落とし穴は一連のトラップだな。
天井が落ちてきたら直近の通路に入るのは当然。
入ってすぐ立ち止まったから良かったけど、通路をそのまま走っていたら助からなかったかもな」
「トラップの凶悪さがこの階層から相当上がってますね」
「あ、左右、気をつけて!」
左右の壁に穴が開いていく。
ロベリアが咄嗟に2つのゾディアックウォールを左右に発動させた。
数十に及ぶ穴から数百もの矢が飛び出てくるのだった。
時速180kmを超える矢が次々と射かけられるが、ゾディアックウォールに弾かれ続けるのだった。
「落とし穴がスイッチだったのでしょう。
後ろは落ちてきた天井で塞がれたままです。
先を急ぎましょう」
「落とし穴などは私が調べますね」
カサンドラがシルフィードソナーを使い、周囲に不審な物がないか調べた。
落とし穴が7ヶ所と矢のトラップが5ヶ所見付かった。
「この霧に阻害されて、あまり遠くは調べられないです。
こまめに調べるしかないですね。
あと、落とし穴の1つに横穴が有って、そこにアイテムが有るみたいです」
「そうか、気をつけて行こう。
クラノス、アイテムは取れそうか?」
「分かりました。
やってみます」
そうして進んでいくと、アイテムがあるらしき落とし穴に着いた。
直径2mほどの穴で底は勿論剣山のようになっている。
落とし穴の途中に横穴があり、そこは地面が盛り上がっていた。
クラノスが切り裂いてみると、レビテトシューズが出てきた。
レビテトシューズは、その名の通りその靴を履くと空中浮遊が出来るのである。
「これはまた珍しいアイテムが見付かったな。
トゥリア、試してみてくれ」
「あたし?
分かったわ。やってみる」
トゥリアがレビテトシューズを履いてジャンプすると、天井までも飛び上がることが出来た。
また、浮こうとすると魔力の続く限り浮き続けることができるらしい。
ただし、空中で方向転換は出来ないようだった。
「これは敏捷の高いトゥリア向けのアイテムだな。
これで大型の魔物でも頭部などを狙いやすくなるはずだ」
「えへへ、ありがとね♪」
「魔物の気配です。
複数……5、6匹ですね」
クラノスが警告を発した。
霧の中からSSクラスのトロルキング1匹とSクラスのトロルソルジャー4匹が現れた。
トロルとは毛むくじゃらの妖精で、鼻と耳が大きな醜悪な顔をした巨人である。
トロルキングは身長4mの紫色をしており、恐ろしく光り輝く大剣を持っていた。
トロルソルジャーは身長3mの緑色で、それぞれが剣か槍と盾を持っていた。
「あの大剣は普通じゃないな。
相当な魔力の宝剣らしい」
「トロルソルジャーの武具もかなり良い物みたいですね」
戦闘が始まった。
雄介がトロルキングを抑え、カサンドラと弟子4人がトロルソルジャー4匹と対応する作戦だ。
トロルソルジャーが隊列を組んで突撃してきた。
カサンドラがダイヤモンドダストを使うと、ソルジャーは盾で弾いてしまった。
どうやらソルジャーの盾は耐魔法性能が高いらしい。
ソルジャーが槍で5連突きを使うと、リセナスが前に出てタワーシールドで受け止める。
だが、シールドには傷が付き、あと数回受ければタワーシールドは突き破られるだろう。
戦いをソルジャーのペースで進ませる訳にいかなかった。
電光石火の動きでトゥリアがジャンプし、天井を蹴って、ソルジャーの背後に回る。
ソルジャーの首を狙い、トゥリアの双剣が走った。
そのとき別のソルジャーの剣がトゥリアの双剣を防ぐ。
ソルジャー同士で死角をカバーしていた。
明らかにソルジャーたちは集団戦法に慣れていた。
トロルキングの筋力はとんでもなく高かった。
まともに受け止めれば、金剛力を使った雄介ですら弾き飛ばされた。
雄介は受け流しを中心にトロルキングの攻撃をさばいていた。
既に雄介の剣術は、日本なら達人と言われる境地に達している。
しかし驚くべきことに、トロルキングの剣術も雄介に匹敵する水準だった。
どちらも驚くべき剣士である。
速度においては雄介に分があり、筋力はトロルキングが上であり、互角の勝負になっていた。
水晶竜牙の太刀とトロルキングの大剣は、切れ味では太刀が勝り、強度では大剣が勝っていた。
刃と刃がぶつかるたびに水晶竜牙の太刀がきしみを上げていた。
雄介は長期戦になれば、太刀がもたないことを感じていた。
1秒間に10発以上の斬撃の嵐が飛び交っていた。
もはやお互いの斬撃は鍛え上げられた雄介の目にも見えないようになっており、手の動きから斬撃を予測し直感し、受け流し、避けていた。
トロルキングの攻撃は、一撃でも下手に直撃すれば雄介の身体は真っ二つになりかねなかった。
水晶竜鱗の鎧を持ってしても防ぎきれない威力を持っていたのだ。
死を意味する刃が皮膚すれすれを飛び交う。
雄介はトロルキングの動きを分析し、僅かな隙を探し続けた。
数百、もしくはそれ以上の太刀と大剣の斬りあいが行われる中で、雄介はフェイントで出来たかすかな隙を突いて必殺のタイミングで真・疾風覇斬を放った。
水晶竜牙の太刀がトロルキングの左肩から心臓目がけ切りかかったとき、それは起こった。
霧の中からプラズマブレイカーによる雷撃が雄介を襲ったのだ。
その電撃はまったくの不意打ちだった。
実はこのトロルの集団は6匹居たのである。
最後の1匹はトロルメイジであった。
この階層は霧に覆われ魔力感知が阻害される。
トロルメイジだけを、ブラインドハイディングを使ったうえで後方に待機させていたのだ。
伏兵としてトロルメイジを使い、最も有効なときに参戦させるというトロルキングの考えた策であった。
雷撃は稲妻であり、秒速150kmもの速度を誇る。
魔法を使おうとする予備動作を見れば、雄介ならば避けられるだろう。
だが、雷撃自体を見て避けることは、いかに雄介であろうとも絶対に不可能なことだった。
電撃を受けて体勢が崩れた雄介をトロルキングの一撃が直撃した。
その斬撃は水晶竜鱗の鎧を切り裂き、雄介の右肩に深く刃が食い込んだ。
辺りに血が飛び散る。
それを見て、カサンドラと弟子たちが悲鳴を上げた。
「「「「「雄介さん(殿)(様)!!」」」」」
「だい……じょうぶ……だ」
雄介の目から闘志は失われていなかった。
雄介は金剛力を使い、全身の筋肉でトロルキングの大剣を締め付ける。
ほんの1秒ほど大剣の動きが止まった。
その1秒を雄介は逃がさなかった。
右肩の傷のため、右腕には力が入らない。
だから、雄介は左手だけで水晶竜牙の太刀を握ると、ディメンションエッジを発動させた。
左腕でスナップを効かせて素早く刃を振るった。
水晶竜牙の太刀がトロルキングの大剣と当たった瞬間、大剣は切断されていた。
トロルキングは、目の前で何が起こったのか分からなかった。
一時大剣が止まったが、直後に力を込めて振り切れば目の前の男を殺せるはずだった。
水晶竜牙の太刀とトロルキングの大剣は、切れ味では太刀が勝り、強度では大剣が勝っていることをキングは確認していた。
あんな片腕の手先だけで振るった刃が自分の大剣を切断するなど、起きるはずがなかったのだ。
なまじ頭が良いからこそ、意味不明の事態に思考が混乱した。
何も考えず、すぐさま次の攻撃をしていれば勝てた可能性は有ったというのに。
1秒にも満たない時間、なぜ大剣が切り捨てられたのか……つまり目前の敵以外のことを考えてしまった。
死力を尽くし、雄介は一瞬の隙を突いてトロルキングの首を取った。
トロルキングの思考が正常に戻ったとき、既にその首は雄介の振るった刃によって切断されていたのだった。
トロルキングを倒したことを確認した直後、雄介は出血多量により意識を失った。
流石に限界だったのだ。
その後の皆の行動は迅速だった。
黒不死鳥王の寵愛によって超回復のスキルを持つ雄介は、相当の出血でも死ぬことはない。
そのことを知っていたカサンドラは弟子たちの動揺を抑えた。
それに対し、トロルキングが死んだことによるソルジャーとメイジの動揺は激しかった。
その動揺を突きソルジャー1匹を倒せば、戦力のバランスが崩れ、後は一方的な攻勢のまま進んだ。
ロベリアのホーリーヒールにより傷が治ると、雄介は目を覚ました。
周囲を見ると、皆ほっと安堵した顔で雄介を見ていた。
そしてトロルたちは全滅していた。
「本当に、無事で良かった。
雄介さん、今のは本気で危なかったんですからね」
「雄介殿が気絶するのを見たのは初めてですな。
もう大丈夫そうですね」
「雄介が倒れたのを見てびっくりしたわ。
もうあんな心臓に悪いのは見せないでね」
「まあまあ皆さん、SSクラスのトロルキングを1人で倒すってだけでもとんでもないことですから」
「雄介様が勝って本当に良かったです。
でも、あまり心配させないで下さいね。
雄介様が倒れるのを見たとき、私も気を失いそうだったんですから」
「みんなごめんな。
霧がある時点で魔物による奇襲は予想していたんだが、トロルキングとの戦闘中に頭から抜けてしまっていたよ。
次はSSクラスが相手でもきっちり勝ってみせるよ。
……そういえば、ステータスはどうなったかなぁ」
わざとらしく雄介は話題をそらすのだった。
滝城雄介
LV53
HP:SS MP:SS 筋力:SS 体力:SS 敏捷:SSS 技術:SS 魔力:SS 精神:SS 運のよさ:評価不能
カサンドラ・ディアノ
LV40
HP:A MP:SSS 筋力:D 体力:S 敏捷:S 技術:S 魔力:SSS 精神:SSS 運のよさ:S
盾戦士のリセナス・ペンフィールド
LV:52
HP:S MP:B 筋力:S 体力:S 敏捷:A 技術:S 魔力:B 精神:B 運のよさ:B
双剣士のトゥリア・カスカベル
LV:54
HP:A MP:B 筋力:S 体力:A 敏捷:S 技術:S 魔力:B 精神:B 運のよさ:B
弓兵のクラノス・アリケメス
LV:52
HP:A MP:A 筋力:A 体力:A 敏捷:A 技術:S 魔力:A 精神:A 運のよさ:A
司祭のロベリア・アルベナル
LV:51
HP:B MP:S 筋力:E 体力:A 敏捷:B 技術:A 魔力:SS 精神:S 運のよさ:S
「お、俺とカサンドラさんはLV2UPで、他の4人はLV3UPだな。
LVはトゥリアに抜かされてしまったな」
「私はLVだけですね」
「わしは技術がSになりましたな」
「あたしはLVだけね。
LVで雄介を超えてもステータス自体はまだまだ下よ」
「僕はHPと筋力がAになりましたね」
「私はHPがBになって、体力がAになりました」
「そうそう、トロルたちの武具は使えそうだし集めてね。
トロルキングの大剣は切断してしまったけど、材料として使えそうだな。
しかし、見たことない材質だな、これ」
クラノスがそれを見て顔色を変えた。
「この色と輝きは……。
これは多分アダマンタイトだと思います。
伝説の聖剣エクスカリバーもアダマンタイトによって造られたという話を聞いたことがあります。
オリハルコンやヒヒイロカネに匹敵する伝説の金属ですよ」
「これがあのアダマンタイトか。
王都の鍛冶屋の親父さんに見せてみるかな」
次回の投稿は明後日0時となります。
サブタイトルは「迷宮下層 (2)」です。