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ライオンの子
作:きよこ



CASE9 女将:04


 強い風がうなる。身を切るような寒さで、梨恵と学登は体を震わせていた。
 とある川の河川敷。枯れ果てた草が風でなぶられ、カサカサと音をたてる。丈の高い草の中を分け入り、川を捜索する警察の姿を梨恵たちは遠巻きにぼんやりと眺めていた。突然始まった警察の捜索に、通りがかった人々が何事かと見物を決め込んでいる。

「本当に……奈緒ちゃんはここにいるのかな」
「さあな……」

 学登は小さく首を振り、川から目を背ける。タバコに火をつけ、歩き出した。

「学ちゃん」
「ん?」
「私、逃げたくない。私、逃げない」

 梨恵を一瞥し、学登はフウと煙を吐き出す。強い風によって、あっという間に煙は上空に昇ってゆく。

「関わるなとか、離れた方がいいとか、言っても無駄だから。私、絶対離れない」

 学登はもう振り向かない。梨恵は「じゃ、行くね」と声をかけ、学登とは反対の方向へ歩き出した。

「俺は……どうすればよかった……?」

 かすれるような声で学登はつぶやき、川を見つめる。そこであった惨劇など知らないといった顔で、とうとうと流れる川。この深い川に、奈緒が眠っている。そう思うと、学登は目をそらさずにはいられなかった。






 旅館での仕事を始めて二日目。仕事を終えた三人は早速スノボに繰り出した。篤利と総志朗はスノボ初体験。経験のある裕子に教わりながら、ゆるやかな斜面をゆっくりと滑ってゆく。

「二人とも、さすが男の子だね! 上達早い!」

 長い髪に雪を絡ませ、裕子は先生気取りで腰に手を当てて偉そうなポーズをとる。昨日もスノボの練習をしたためか、篤利と総志朗はかなり調子に乗っていた。ゆるやかな斜面なら、こけそうになりながらもなんとか滑れる。

「もう一回上行こう!」

 裕子のいる場所まで滑り降りてきた篤利がリフトに向かって進みだした。総志朗と裕子も篤利の後を追う。

「風が少し強くなってきたね。あと一回滑ったら今日は帰ろうか」

 リフトが風でゆらゆらと揺れることに気付いた裕子がそう提案すると、篤利は少し不満そうにしながらも「わかった」とうなずいた。
 リフトを降りた三人は、風だけでなく雪も強くなってきていることに気付く。顔を見合わせ、「やばいな」と目で語り合う。

「どうする? リフトに乗って帰る?」
「滑って降りた方が早いんじゃない?」

 不安そうな裕子とは対照的に、篤利は楽観的だ。
 突然の突風が、吹雪の予兆を伝える。

「とにかく、早く帰ろう。遭難しちまうぞ」

 総志朗の言葉と共に、下山を決意した三人が方向転換したときだった。

「うあっ」

 篤利の姿が忽然と消えたのだ。

「篤利?!」

 声のした方に走りよると、真っ白に染まりつつある視界の向こうに、急な坂が広がっていた。柵の代わりのロープが風にあおられ、凧あげの時の凧糸のように空に向かって伸びている。
 その坂の下に、雪にまみれた篤利が丸まっていた。

「篤利! 大丈夫か?」

 身を乗り出した総志朗は、ついスノボの板の先端に体重をかけてしまった。案の定、急坂を滑り落ちてゆく。

「何してんだよっ! 総志朗、バカじゃねえの!」

 坂の下にいた篤利が、滑り落ちてくる総志朗の進路から慌てて逃れる。

「ちょ、ちょっとぉ、一人にしないでぇ」

 間抜けな声を出しながら、裕子までもが自ら坂を降りて来てしまった。

「ちょ、裕子! お前! お前は救助を呼びにいけよっ」
「嫌よ! 怖いもん! 雪女!」
「雪女が怖いのかよっ」

 吹き荒ぶ雪は、どんどん強くなってゆく。三人は互いの目を見合わせ、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。






 どんどん強くなる雪と風。もう景色がほとんどわからないくらいになってしまった。
 三人は下手に歩き回る方が危険だと話し合い、大きな木の脇にかまくらを作り、とりあえずそこに避難することにした。

「携帯電話は?」
「圏外」

 裕子の手に握られた携帯電話の液晶には圏外の文字。

「なんで総志朗君は携帯持ってないかなぁ」

 まだ小学生の篤利が携帯電話を持っていないのはしょうがないとして、二十歳の総志朗が携帯電話を持っていないことが、裕子は不服らしい。

「オレはそんなもんで縛られたくないの! 根っからの自由人なのさ」
「バカじゃん」

 篤利に一蹴され、総志朗はわざとらしく頬をふくらませてみせた。

「とにかく、携帯電話が圏内に入ることを願って、ここで大人しくしてよ」

 裕子が膝を抱えて座りなおし、命綱の携帯電話を両手で握りしめた。
 三人が膝をつき合わせた状態の狭いかまくらは、猛吹雪の外に比べれば、まだ暖かい。暖かいとはいっても、寒いことは寒いのだが。

「なんかさあ、こういう状況の時って寝ちゃだめだって言うじゃん。そう言われると眠くなるよな」

 篤利が目をこすりながら、とんでもないことをつぶやく。

「寝たら死ぬわよっ」
「……総志朗、きもい」

 眠気に襲われた人間は、冷たい。総志朗は、「なんだよ、ノリ悪ぃの」とぶうたれながら、膝こぞうを抱きしめた。

「ね! 寝ないように、皆で順番で色々話そうよ」

 裕子が明るくそう言うと、篤利も総志朗も「そうすっか」と身を乗り出した。







 逃げたくなかった。
 だって、私はあなたを信じていたから。
 今でも、少しだけ信じてる。
 あなたが見せたあの寂しそうな顔を、私は忘れていないから。







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