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ライオンの子
作:きよこ



CASE8 リクルーター:04


 翌日、理沙はまた梨恵の家へとやって来た。細い足のくせにノシノシと廊下を軋ませ、家の中に侵入してくる。

「梨恵! 出て行く準備はした?!」

 声を張り上げ、何も用意されていない部屋をぐるりと首だけ動かして眺めると、とてつもなく大きなため息をつく。

「準備してないじゃない」
「出て行くなんて言ってないから、準備する必要なんてない」

 理沙を説得するという依頼を受けた総志朗は、二階で待機している。最初は梨恵だけで説得を試みることにしたのだ。

「あんたが出て行くかどうか決めるんじゃないの! もう出て行くって決めたのよ! お母さんが!」

 自分の胸をどんっとどつき、理沙は有無を言わさないという剣幕で梨恵に唾を飛ばす。そんな母親の態度に、梨恵は早々に切れた。

「私のことを勝手に決めないで! なんで言うことを聞かなきゃいけないの?! 自分勝手な意見を私に押し付けないで! お母さんはいっつもそうよ! 私の話なんて一切聞いてくれないじゃない! 私はお母さんの人形じゃない! 何でも思う通りにしようなんて考えないで! 私の人生は私に選択権があるの! お母さんには無いのよ!」
「何言ってるの?! お母さんはあんたのことを思って言ってるのよ! あんたこそ、お母さんの言うことに何でも逆らってないで、お母さんの言うことを聞きなさい!」


 二人の大声は二階にいた総志朗にも丸聞こえだった。二人のキレっぷりに半ばあきれながら、総志朗はいつ仲裁に入るべきか悩む。
 感情的になっていては、話し合いにならない。今の梨恵に、母親の説得は無理だろうし、母親の方だって、そうたやすくは納得しないだろう。
 二階にいても耳が痛くなってくる二人の罵り合いを前に、総志朗は頭を抱える。割って入ったところで、二人を落ち着かせる自信が持てない。
 その時だった。バシンッと皮膚が叩かれる音が聞こえてきた。どうやら、どちらかの手がでてしまったらしい。

「何するのよ!」
「あんたが言うこと聞かないからでしょ!」

 どうやら、理沙が梨恵を叩いたようだ。梨恵のあの勝ち気っぷりなら下手すれば殴り合いにも発展しかねない。
 総志朗はいがみ合うおっかない女二人にはさまれるというものすごく嫌な状況を想像し、泣きたくなりながらも、階下に下りる決断をした。




「ハイッ! ストーーーーーップ」

 興奮で顔を真っ赤にしている梨恵と理沙。総志朗は今にも掴みかかりそうな二人の間に割って入る。
 頭に血が上っていた梨恵は総志朗の存在を忘れていたのだろう。総志朗の登場に目を丸くしている。それよりもさらに目を大きく丸くしているの母親の理沙。見たこともない男が突然現れたら――しかも二階から――驚くのが当たり前だろう。

「な、なに、この子」

 理沙は先ほどまでは怒りで眉をつり上げていたのに、今は呆然と口をあんぐり開けて、総志朗を指差している。

「ま、まさか、梨恵、同棲していたの? このちゃらんぽらんそうな男と!」
「ちゃらんぽらんて……」

 なぜか総志朗に掴みかかる勢いで、理沙は梨恵を問い詰める。

「同棲なんかしてないわよ!」

 梨恵もなぜか総志朗に掴みかかる勢いで、理沙に反論する。二人の間に挟まれて、総志朗はやっぱり涙が出そうになった。女は怖い。

「とりあえずさあ、落ち着いてくださいよ。お母さんも、梨恵さんも」
「どこの誰かも知らない子に、お母さん呼ばわりされる覚えはありません」

 冷や汗がつるりと頬を伝った。論点がずれようとしている。これでは、梨恵の彼氏みたいではないか。

「す、すいません。オレ、こういう者です」

 さっと名刺を差し出す。理沙は疑った顔で総志朗を睨みつけながら、名刺を受け取ってくれた。

「梨恵さんには、依頼を受けているんです。なので、同棲相手でも、恋人でもありませんのでご安心下さい。お姉さん」
「いやだ、お姉さんですって」

 ちょっと嬉しそうにしながら、理沙は総志朗の肩を叩いた。けっこう痛い。

「ええと、お名前は?」
「理沙です」
「理沙さん、梨恵さんは先生になりたいと言っているのは、ご存知ですよね?」
「ええ」

 お姉さん呼ばわりされて、理沙は少し機嫌が良くなったらしい。先ほどまでの剣幕は和らぎ、口調も穏やかになっている。一方の梨恵は、まだ怒りが冷めないらしく、理沙を睨みつけたままだ。

「サービス残業やら有休消化出来ないやらリストラやら、今の時代、民間の企業で働いていくのは大変ですよ。公務員だったら、収入も休みもしっかりもらえますし、安定してます。教師を目指すのは、いいことだと思うんです。とりあえず、教職を目指すことは許してあげてください」
「ま、まあ、そうだけど」
「梨恵さんが反抗的だから、何もかも否定したくなる気持ちもわかります」
「ちょっと、反抗的って何よ」

 梨恵のやじが飛ぶ。その態度が反抗的なのだと言ってやりたくなるが、総志朗はぐっと我慢して、理沙に向き直る。

「子どもは親の言うことに従うべきだと思うかもしれません。でも、親の言うことばかりに従って、自分の意思を持てない子どもになっていたら、社会に出た時、まともにはやっていけない。社会からこぼれたら、行き場をなくします。それは、子どもを追い詰めるだけで、社会に適応出来なくなっていく可能性だってある」
「梨恵はそんな子じゃないわ! ちゃんとやっていけるわ!」
「それ、教育ママがよく言うセリフ。私の子はそんな子じゃありません! そんなことしません! 本当にそうなのかな? 表面上でしか子どもを見ていない親がよく言うセリフですよ」
「ちょっと、なんか私が腹黒い娘みたいじゃない」

 総志朗の腕をひっぱたきながら、またもや反論してくる梨恵。理沙に叩かれた時も痛かったが、梨恵のも匹敵するくらい痛い。
 梨恵に向かって、引きつり笑いをしながら、総志朗は思った。

 この親子、そっくり。








 ねえ、覚えてる?
 お母さんの顔。
 覚えてる?
 私の言葉。
 私は、今でもはっきり覚えているよ。
 あなたの心からの笑顔。
 ……私が見た、最後の、心からの笑顔。


  







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