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ライオンの子
作:きよこ



CASE7 ストーカー:09


 あつこ……もとい篤利と総志朗を乗せ、車はひた走る。総志朗の運転する車のすぐ後ろをバイクが追ってくる。フルフェイスのメットをかぶったバイクの運転手の顔は見えないが、黒い革ジャンを羽織ったその男が、鈴木俊文であることは確認しなくてもわかることだ。

「どこ行くんだ?」

 街灯の少ない細い道へと車は進み始める。あつこ……もとい篤利は不安そうに窓の向こうに去ってゆく景色を眺める。

「オレが昔住んでたところだ。廃れた商店街の先にあるから、ある程度騒ぎが起きてもばれにくい」
「騒ぎって、何すんの?」

 騒ぎになるようなことをすると言っているようなものだ。篤利はなんとなく自分がとんでもないことに巻き込まれようとしているような気がしてきた。手に汗がじわりとわいてくる。

「いいか? あつこ。お前はとにかく何もしゃべるな。オレの後ろに隠れて、オレの後ろについてりゃいい。そうすりゃなんの危険もない」
「お、おう」
「よし。オレが守るから安心しろ、あつこ」
「お、おう。って、さりげなく女扱いすんな! そんであつこって呼ぶな!」
「え? あつこ、なんか言った?」

 完全にからかわれている。篤利は「オレはあつこじゃねえっ」と叫ぼうとしてやめた。車が停車したからだ。

「行くぞ」
「うん」

 総志朗が『廃れた商店街』と言ったのも納得する、夜中とはいえ人の気配の全くない街並み。どこかで川が流れているのか、ちょろちょろと水の流れる音がするくらいで、物音もない。まるでゴーストタウンだ。
 暖かい車から一歩踏み出しただけで総毛立つ、つんと冷たい張り詰めた空気。雪が降りそうだ、と篤利は思った。
 総志朗に肩を抱かれ、その行為にもぞっとしつつ、歩を進める。商店街の一角の路地裏に入り、少し歩くと、今にも幽霊が出てきそうな薄汚い小さな廃ビルがそびえたっていた。
 苔むした外壁。吸い込まれそうなほどに暗い闇を伴った窓。

 こんなところに住んでたのか? 

 しゃべるなと言われていたのに、思わずそんな言葉をもらしそうになった。慌てて唇をかんで総志朗を見上げると、「行こう。真奈美ちゃん」と背中を軽く押された。
 自分が真奈美を演じていることを思い出す。慌てて女らしく振舞おうとカツラの髪を手で梳かしたら、カツラがずれそうになった。
 もう何したらいいのかわからない。カツラがずれたら、総志朗の作戦もパアだ。パニックに陥りそうになり顔面蒼白になる篤利の肩を、総志朗がそっと叩いた。

「大丈夫」

 演技としてのセリフなのか、篤利に向けたものなのかはわからない。総志朗はまっすぐに廃ビルを見つめ、一歩一歩歩いてゆく。
 肩の力が抜けていくのがわかった。自分はただ総志朗の後ろについていればいいのだ。篤利は大きく深呼吸して、廃ビルへと入っていった。




 廃ビルの一階は、事務用の机が脇に片されているだけで、何もない。埃っぽさがこびりついて、鼻がむずむずする。
 二階に行くと、中の綿が出てしまった汚い三人掛けのソファーと、石油ストーブだけが置いてあった。ソファーの上には、埃をかぶり薄く白くなったクッションと毛布が放り投げてある。

「ここに住んでたのか?」
「ああ」

 総志朗はぐるりと部屋を見渡す。三年前の出来事がふとよぎる。
 まだ中学生だった奈緒が、ここにいた。子犬のような目で総志朗を見る奈緒。その愛らしさをかわいいと思ったあの時の気持ちが湧き上がってくる。

――彼女じゃなくていいから、そばにいさせて?

 そう言った奈緒。まだ中学生の女の子にそんなセリフを言わせてしまった。そして、そのセリフに甘えてしまった。寂しさを紛らわせるために奈緒の純粋な気持ちを利用した己が、愚かに思える。

 オレが奈緒に会わなけりゃ……

 後悔が頭をもたげる。奈緒を切り離していればよかった。奈緒は今どこにいるのだろう? どこに。優喜の不敵な笑みがかすめる。あの男が、奈緒に何かをしたのは確実なのだ。

「総志朗」

 腕をつかまれ、我に帰る。篤利が不安そうな顔で総志朗の顔を覗き込んでいた。

「具合でも悪いのか?」
「いや、何でもない。始めるぞ」

 奈緒を捜すためにも、今は目の前にある仕事を片付けなくては。総志朗は一度かぶりをふって、動き出した。



「いいか?」
「オッケー」

 篤利のグーサインを受けて、総志朗はテープレコーダーのスイッチを入れる。

「嫌あぁ! 何するの?!」

 真奈美に先ほどテープに吹き込んでもらったセリフが、廃ビル内を駆けめぐる。階下から、ガタガタと人の動く音が聞こえ、総志朗と篤利は目を見合わせてにんまりと笑った。
 俊文は廃ビル内に侵入し、総志朗たちの様子を伺っていたのだ。

「ライト消せ」

 持って来ていた懐中電灯を消すと、廃ビルは闇に包まれた。ひとつだけある窓から、ぼんやりとした月明かりが差し込み、それだけが唯一の光源となっている。
 バタバタと人が階段を上って来る音が聞こえてくる。

「真奈美!」

 携帯電話を明かり代わりに、その男――鈴木俊文はやって来た。携帯電話の小さな光の向こうで、ソファーにうずくまる篤利の姿――俊文から見れば真奈美――がうっすらと見える。ソファーのすぐ真横で篤利に覆いかぶさるようにして座る総志朗の姿が、俊文の目に飛び込んできた。

「て、てめっ! 真奈美に何してやがる! 真奈美は俺のものだ! 真奈美は俺だけのものだ! 真奈美、俺のこと愛してるだろ?! お前、こいつにだまされてるんだ! お前が愛してるのは俺だけだ! なんでそのことに気付かねえんだよっ!」
「独りよがりなヤローだな」

 月明かりを背にして、総志朗は立ち上がった。篤利はソファーの上で身を縮こまらせている。

「こ、こいつさえいなくなりゃ、お前は俺を見てくれるだろ? 今、こいつを殺してやるよ。そうすれば、俺だけを愛してくれるだろ?」

 俊文のその手に、果物ナイフが握られていた。









 例えば、過去に戻れるとして。
 私はどうするのだろう?
 やっぱり同じことを繰り返すのかな?
 何度繰り返しても、想いは変わらないのかな?
 この気持ちは、変わらない?

 ――きっと変わらない……。
 








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