ライオンの子(40/172)PDFで表示縦書き表示RDF


題名に「A current scene」とつくものは、現在(梨恵26歳)のストーリーです。
ライオンの子
作:きよこ



A current scene3  追いかける背中


「おい!」
「う、わ!」
 
 無精ひげを生やした小太りの男の顔が目の前に来て、少年は椅子から転げ落ちてしまった。
 どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。仕事がなくて暇だったのだ。

「なに寝てやがるんだよ。これ、届けて来い」
 
 よれよれのスーツとよれよれのネクタイ。ついでにシャツもよれよれ。とにかくよれよれの男は、少年にA4サイズの茶封筒を手渡した。

「うぃーす」

 まだぼんやりとする視界をクリアにしようと目をこすり、少年は茶封筒を受け取りながら立ち上がった。
 山積みの書類が溜まったデスクに男は戻って、ふんぞり返る。今日も暇なのだ。

「あ〜、あとこれ、昼飯代だ。なんか食って来い」

 いくらもらえるのかと瞳を輝かせながら少年は手を差し出す。その手に乗っかったのは、500円玉。思わず口が尖る。

「文句あんのか?」
「いえ、全然」

 ハンバーガーくらいは食べられるのだ。まあいい。そう思い直して、少年は500円玉をポケットに突っ込んだ。

「じゃ、よろしくな。篤利」
「了解」

 茶封筒を持った手を軽く挙げて、少年――16歳になった篤利――は歩き出した。階段を降りて3階建ての小さなビルから出る。 
 そのビルの2階を陣取る小さな事務所。北側の道路に面した窓には『まちの便利屋 山崎屋』とポップな字で書かれている。
 篤利がこの便利屋にアルバイトとして入ったのは高校入りたての頃。かれこれ1年半以上働いている。従業員数は篤利を入れて3人。小規模で儲かっていないのに、この便利屋の社長は篤利の熱意を買って雇ってくれた。

「おっ! 篤利じゃん!」

 突然の呼び声に、篤利は顔をあげた。目の前に高校の友人たちが手を振って立っていた。

「何してんだよ? 俺たちこれからカラオケ行くんだけど、お前も行く?」
「悪い。今バイト中なんだ」

 茶封筒を見せて仕事中であることをアピールすると、友人たちは「なんだよ〜」とぶうたれながらも、「じゃ、また今度な!」と笑ってくれた。

「あ、そういやさ。ニュース見た?」
「見てねえけど」

 去りかけた友人がポケットに手を突っ込んだまま、篤利に向かって言った。

「医者の連続殺人事件さ、香塚病院なんだって。近くでそんなの起こるとはな」

 友人の目には、恐怖より好奇心の方が強く感じられる。火の粉が自分にかかってくることはないと、そう思っているからこその好奇心だ。

「香塚病院見に行ってみろよ。テレビとか来てて、すげぇことになってる」
「へえ……」

 気のない返事を返すと、友人は「じゃあな〜」と今度こそ行ってしまった。
 しばらくぼんやりと去っていく友人たちの後姿を眺めていたが、篤利はゆっくりと歩を進めだした。歩調はだんだん早まっていく。
 気付くと、香塚病院の前に来ていた。
 友人の言う通り、病院の門前にはテレビカメラを抱えた男達がたむろしていた。そのそばには野次馬が数人。
 大きな病院というわけではないが、この辺ではそれなりに名の知れた病院。そこの医者が2人殺されている。殺され方は非常に無残で、怨恨による殺害という見方が強い。
 目撃情報によると、容疑者は20代の男性だという。
 病院の周りを囲む人々を眺めながら、篤利は歩き続ける。今は仕事中だ。寄り道している場合ではない。
 病院の前は、桜の木がずらりと並んだまっすぐの道路だ。
 今は花も葉もない桜の木のそばに男がひとり佇んでいるのが見えた。篤利の立つ位置から反対側の位置だ。
 くせのある茶色の髪。肩にかかるかかからないか位にのびた髪の毛が、木の陰からちらちらと見える。
 篤利はそれをよく見ようと、早足で進む。ずっと小さい頃になくしてしまった大事なものがそこにあったような感覚がする。
 男の横顔が見える。きれいなラインをたどる鼻と、くっきりとした二重の瞳。5年の歳月分、歳は取っていたけれど、彼であることはすぐにわかった。

「そ、総志朗!」

 道路の向こう側で、彼の目線が動く。声が聞こえたはずだ。篤利は駆け寄ろうと道路に足を一歩踏み出した。
 大きなクラクションが鳴り、篤利の前を車が何台も通り過ぎてゆく。まっすぐの道路であるために、車は猛スピードで篤利の前を次々に通り過ぎ、総志朗の姿が見えなくなってしまった。

「くっそ! 総志朗!」

 やっと車の波が途切れる。大急ぎで道路を渡るが、桜の木のそばに彼の姿は無かった。
 慌ててその姿を探すが、まっすぐの道路なのに彼の後姿すら見当たらず、路地裏にさえ、彼の姿を見つけることは出来なかった。まるで神隠しにあったように、彼はいなくなってしまったのだ。
 白昼夢でも見ていたのかと、一瞬考えるが、彼は確実にそこにいたと思い直す。 はっきりと姿を見た。変わらない、どこか寂しげな姿を。

 連続殺人事件だって起きてる。総志朗はここにいるんだ……!

 はっきりとした確信。12歳だった、あの頃の記憶が一気によみがえる。
 あの時、総志朗の真似事のように始めた『総志朗』の調査。解決を見ないままに終わったその調査が今、もう一度動き出したことを篤利は確信していた。





「この病院に恨みを持つ者の犯行であることは明らかですが……」
「20代位で身長の高い男性の後姿も目撃されているようです」
「背中と胸に鋭利な刃物で刺された跡があり……」
「2人目の被害者は拳銃で足、腕、胸、頭を撃たれ……」

 男はくせっけの髪をかきあげ、喉を鳴らして笑う。
 男の目の前にあるテーブルにはリボルバータイプの銃。
 それを小突き、男はニュースを食い入るように見つめ、にやにやと笑う。
 濃い茶色の瞳の中にほんのりと色付く緑色。その目に映るニュースキャスターの姿。

「面白いね。本当に」

 薄暗い部屋の中、男は悠然とそこに佇む。
 とても楽しそうに。







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