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CASE1 ゲーマー:02
「ただいま」

 家に帰ると、梨恵の母、理沙が気難しい顔をしながら出迎えた。

「どこ行ってたの?」
「どこって……別にいいじゃない」

 また小言が始まる……。

 梨恵はうんざりして理沙を無視しようとするが、後ろから理沙の金切り声が響いた。

「就職活動はしてるの? ふらふら遊んでる場合じゃないでしょう?!」
「就職活動は秋くらいから始めるの。まだ始めなくても平気よ。……それにふらふら遊んでたわけじゃない」

 反論するが、それが余計に理沙を怒らせる。それはわかってはいるのだが、理沙の小言を聞き流す心の余裕なんて、梨恵にはなかった。

「何言ってるの?! 人より早く始めて、人より早く決めなさい! せっかくいい大学入ったんだから、いい会社入って、いい人と結婚するの。それが女の幸せってもんよ!」

 梨恵は大学三年生。名門と呼ばれる大学に通っている。それを両親は誇りに思っているのか、梨恵に大きな期待を抱いているようだった。

「……もうわかったから」

 反論する気も失せ、早々に自分の部屋へ入る。ベッドに倒れこむと、枕をぎゅっと抱きしめた。

「いい大学、いい会社、いい人と結婚。そんなんで幸せなら、安いもんだよ」

 親の言う『いい』。それに従い、今まで生きてきた梨恵。
 けれど、いまさらになって思うのは、親の敷くレールをただいいなりになってひた走る自分が、幸せなのかどうかということ。
 親のあやつり人形のような自分に嫌気がさす。
 疲れた、それが今の梨恵の心境だった。
 だからこそ、一度このがんじがらめの家から出たいと思っていた。
 入院中の祖父は、梨恵をとてもかわいがっていて、梨恵の今の心境をわかってくれていた。
 それで祖父は梨恵に、「俺の代わりに俺の家にしばらく住まないか?」と言ってくれたのだ。
 ところが、その祖父の家には見知らぬ男。

「あの男、ほんとに出て行ってくれるのかな……」

 梨恵はそう独り言を言うと、目を閉じた。




「すいませーん!」

 太陽は高いところでこれでもかというほど輝いている。日本特有のじめじめとした暑さが、梨恵の背中に大量の汗をかかせる。今日は風が吹いている。そのおかげで、まだだいぶ過ごしやすい。
 梨恵は祖父の家に訪れていた。あの男がまだいるのは予想済み。玄関の前で大声を出すこと十分、ようやくドアが開いた。

「はいよ〜。どちらさ〜ん?」

 ぐしゃぐしゃの髪の毛をぼりぼりかきながら、眠たそうに目をしぱたかせ、あの男――加倉総志朗が現れた。

「寝てたんですか?」
「ええ。気持ちよく」

 気持ちよく寝てんじゃねぇよっ!

 と思わずつっこみそうになるが、赤の他人にそこまで言えない。額に血管が浮き出そうになるのを必死にこらえて、梨恵は笑顔を浮かべる。

「笑顔が怖いんですね。梨恵ちゃんて」

 ぶん殴りたい。

 拳がぶるぶると震える。だが、赤の他人だ。怒りをこらえながら、梨恵はわざとらしくまた笑顔を作る。

「ちゃん付けで呼ばないでもらえますか? 見ず知らずの人間に気安く名前呼ばれるの大っ嫌いなんで」
「じゃあ……梨恵?」
「もっと気安くなってて、むかつくんですけど」

 怒りのオーラを発しつつも、それを必死に抑えながら、梨恵は家の中を覗いた。また女の子を連れ込んでいやしないか気になったのだ。
 他に人がいる気配はない。良かった、と胸をなでおろす。

「じゃ、とっととでてってね」

 にっこりと、最高級の笑顔を浮かべた梨恵。
 普通の男ならイチコロになりそうなくらいかわいい笑顔なのだが、怒りのオーラは全く消えていないので、それが逆に怖い。

「この格好で?」

 そう言って、総志朗は手を広げて、自分の格好を見せた。Tシャツにトランクス。とても出て行ける格好ではない。

「服を着て!」

 梨恵との会話を楽しんでいるのか、総志朗はにやにやと笑う。

「あのさ〜。オレ、出てくって言ったっけ?」
「は?」

 おちょくるような態度で、総志朗は続けて言った。

「オレ、出てくなんて言ってないじゃん? 準備するとは言ったけど」
「はぁあ?!」

 総志朗の言っていることが理解できず、梨恵は開いた口がふさがらない。

「オレさ〜ここ出てったら、行くとこないんだよね。困るんだよ」

 しばらく唖然としていた梨恵だが、ようやく事の次第を理解し、怒りはあっという間に頂点へ。漫画的に表現するなら、頭がボンッと噴火した。

「あんたが困ろうが困らなかろうが知ったこっちゃないわよ! 出てけ! 出ていかないなら警察呼ぶから!」

 梨恵が怒り狂っているのに、総志朗は平然としている。むしろ楽しそうだ。へらへらと笑っている。

「わぁかった。行く行く。仕事の時間だしね」

 そう言って、総志朗は再び家の中に消えてしまった。




 二十分後、総志朗がにこやかに家から出てきた。
 昨日初めて会ったときは半裸、今日はトランクス。まともな格好を見たことがなかっただけに、総志朗の出で立ちに梨恵は驚いた。
 白いシャツに、渋いカーキ色のネクタイ、濃いグレイのスーツ姿だったのだ。
 グチャグチャだった髪もきちんと整えられ、癖を活かしたヘアスタイル。目にかかるくらいの長さの髪はその色合いのせいか重くは感じない。

「あんた、ホスト?」

 ホストにしてはさわやか過ぎるが、ウサンクサイ感じがホストっぽい。そう思って問いかけると、総志朗は両手を左右に振りながら声をあげた。

「オレがホストォ? 違う違う」

 総志朗はスーツの胸ポケットをごそごそとあさり始めた。お目当てのものを発見したのか、にやっと笑って、梨恵にそれを差し出す。

「オレ、何でも屋さんなのよ。これ、名刺ね」

 差し出された名刺を両手で受け取り、梨恵はそれをまじまじと見た。

「依頼はここに書いてある、クラブのオーナー、ガクちゃんに」

 名刺の名前の下に書いてある住所を指差す。
『何でも屋 加倉総志朗 ご依頼は下記に。東京都S区 クラブフィールド 黒岩 学登』名刺にはそう書かれていた。

「なんでもやるからさ〜。依頼あったらよろしく!」

 バイバイと手をふって、総志朗は行ってしまった。








 ふざけた男だけど、仕事に対する姿勢はとてもまじめだった。
 あなたが許された、人と接する時間。
 いつもどこか一線を引いていたあなたが、本当は一番大切にしていた時間だったね。



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