ライオンの子(39/176)PDFで表示縦書き表示RDF


ライオンの子
作:きよこ



CASE3 犯罪者:12


 ベンツが住宅街の一角で停まった。
 後部座席から篤利と正行が降り、チャイムを鳴らす。インターフォンから「はい」という雑音交じりの声が聞こえてきた。

「ただいま」

 正行が遠慮がちにそう言う。家の中からドタドタと大きな音が聞こえ、勢いよく玄関が開いた。化粧っけのない女――篤利の母――が今にも泣き出しそうな顔でそこにいた。

「おかえりなさい」

 篤利の母は零れ落ちそうな涙を我慢して、正行の前に立つ。よく見ると靴をはいていない。喜びのあまり、それさえも忘れてしまったのだろう。

「……なんかさ」

 運転席から出てきた総志朗に向かって、篤利はつぶやく。泣いたために赤く腫れてしまった目を隠すように、帽子を深くかぶり直した。

「オレって、なにしてたんだろ。お母さんのあの喜びようを見ると、今までグダグダ悩んできたことがバカらしくなるよ。オレもああやって素直に待ってられたら良かったのに」
「いいんだよ、それで。悩んで悩んで悩みぬくことだって、大切なことなんだ。そんで出した結論だろ? どんな結論だったとしても、それがお前の出した答えなんだ。おまえ自身の、ただひとつの答えだ」

 お互いの手を取り、涙ながらに話し込む篤利の父母。それをじっと眺めながら、総志朗はぽそりと言った。

「なあ、篤利」
「ん?」
「お前、知ってたのか? 弾が1発しか入っていないこと。知ってて2発目を撃ったのか?」

 帽子のつばを掴み、うつむく。ほんの数秒の間。篤利は上目遣いで総志朗を見ると、にやりと笑った。

「さあね。……でも、オレは確かにあの瞬間、殺したんだ。……オレの中に住んでた大っ嫌いなニセモノのお父さんを」

 篤利の母親が、総志朗と篤利のほうへ笑顔を向けてきた。幸せそうに頬を赤く染め、涙の跡さえ拭おうとせず、篤利を手招きしている。

「今日はごちそうよ!」

 母親の呼びかけに篤利はうなずく。
 総志朗は「それじゃ」と言って、車に乗り込んだ。エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろした時、窓ガラスがコンコンと音をたてる。窓を開けると、篤利が顔を出した。

「オレ、これからもきっといじめられるんだろうけどさ、気にしない。オレはオレ。オレは犯罪者じゃないし、お父さんだって、そりゃ前科一犯だけどさ。それでも、オレのお父さんだし」
「そうだよ。中学に上がれば、また変わるだろうしな。もしそれでもいじめられたら、オレに言えよ」
「どうにかしてくれんの?」
「藁人形の作り方を教えてやる」
「怖えよ、あんた」

 にっと笑って、総志朗はギアをドライブの位置に動かす。その動作を眺めたあと、篤利は言った。

「あんたさ、独りだって言ってたけど、そばにいてくれる人、いるじゃん。あの怖い女の人」
「あ〜、梨恵さん?」
「なしえさんっていうの? 思うにさ、独りが当たり前の奴なんて、この世にいねえよ。独りだって思ってても、どこかにいるじゃん、絶対、誰かが。だから、当たり前なんて言うなよな」

 一瞬、ほんの一瞬ではあった。総志朗がとても真剣な表情を見せた。真一文字に結ばれた唇と、涙が出そうになる手前のような哀しい目。
 けれど彼はすぐに笑ってみせた。わかってる、そう言うように。

「オレ、もうこんな依頼しないから」
「そりゃそうだ。オレじゃなかったら、まじでオヤジ殺されてたんだからな。ま、10万で殺しの依頼受ける奴なんていないだろうけど」

 もうあの表情は総志朗にはない。いつも通りの笑顔を見せ、篤利の肩を叩く。

「ああ、忘れるところだった。これ、返すよ」

 車のダッシュボードから、茶色の封筒を差し出す。篤利が総志朗に手渡した現金が入っていた封筒だった。

「え? でもこれは、依頼料だから」
「お前さあ、契約書、ちゃんと読んだの? もう1回読み直すか? 書いてあっただろ? 失敗したら金は返金だって」
「失敗って……」

 あきれた目をしながら、総志朗はこちらを心配そうに見ている夫婦を指差す。

「オヤジ、ぴんっぴんに生きてんじゃん。これを失敗と言わずしてなんと言う?」
「……そうだけど」
「小学生の持っていい金額じゃねーんだから、さっさとおかーちゃんに返しておけよ? 財布から盗ったんだか、銀行から勝手に下ろしたんだか知らねえけど。小学生の財布に入ってていいのは10円だ」
「それは少なすぎなんだけど」
「オレがお前くらいの時は財布には10円しか入ってなかったぞ。ちびまるこちゃんだって、1日30円だって言ってた」
「ちびまるこちゃんの時代と今の時代を一緒にすんなよ……。つうか、あんたどんだけ貧乏な子どもだったの?」

「うるせっ」と言いながら、総志朗は篤利の帽子のつばをつかむ。そのまま思いっきり下に引っ張り、帽子をさらに深くかぶらせる。
 前が見えなくなってしまった篤利は「うわっ! なにすんだよ!」と文句を言いながら、慌てて帽子を直した。

「じゃ、そういうことで。元気でな」
「あんたも、元気で」

 車の窓を閉める。少しずつ上がっていく窓。だんだんと総志朗の顔が見えなくなってゆく。
 狭まる視界の向こうを必死で覗き込みながら、篤利は大きな声で叫んだ。

「ありがとな!」





「えええええっ! 10万、ゲットできなかったのぉ?!」

 頬に手を当て大声で叫ぶ奈緒の姿は、まるであの有名な絵画、ムンクの叫びのようだ。

「しょうがないでしょ〜。失敗しちゃったんだもん」

 わざと女の子っぽいしゃべり方をして、総志朗は奈緒の真似をする。その姿にさらに奈緒は憤慨して、今度はぷりぷりと頬を膨らませた。

「もう! 総ちゃんなんか嫌い!」
「悪かったって。今度行こうな? 国外は無理だけど、国内で温泉とかさ」
「温泉?!」
「もちろん、混浴で」
「総ちゃん、エッチい〜」

 ベッドの上で寝そべっていた総志朗に、奈緒は飛びつく。パイプベッドが大きく跳ね上がった。

「ね、一緒にお風呂入ろうよ。温泉じゃなくても、総ちゃんと一緒にいられるなら、どこだっていいんだよ。あたし、お風呂でエッチするの、好きだよ」
「あの〜、お取り込み中すいません」

 奈緒と総志朗は声のした方に振り返る。

 あ、これ、いつものパターンじゃん?

 心の中でそう突っ込みながら、総志朗は溢れ出てきた冷や汗をこっそり拭った。
 いつものパターン。そう、怒れる鬼がそこにいた。

「お風呂でエッチねえ。へぇ。あのお風呂、私も使ってるのよねぇ。前にも言ったでしょ? 不純異性交遊はラブホでやれっ!」
「こわあ〜い。PTAのばばあみた〜い」
「奈緒! ばかっ! 余計なこと言うな!」

 鬼の額からにょきにょき生えるは、どでかい角。今日も梨恵の怒りは爆発だ。いっそドリフの雷様になってしまえ。そんな梨恵は、今日もとびっきりの雷を落とすのだった。






The case is completed. Next case……ダブル














拍手いただけると嬉しいです。

Web拍手

Sleeping on the holiday and sunny day.

きよこの小説専用のブログ。9/18*あとがき掲載







ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう