「奈津?なにキョロキョロしてんの?」
「んー、ちょっと」
あたりを見回す。
どこもかしこも新品の制服を着て楽しそうに笑っている子ばかり。
「人?」
親友の美晴が尋ねる。
自分より15センチも身長が高い美晴の顔を見て、ちょっと照れながら答えた。
「人!」
高橋奈津、17歳。
この春はれて高校3年生になりました。
所属部活はバレーボール。
親友の美晴も同じくバレー。
昨日、入学式がありました。
新しい高1を迎える式、奈津たちももちろん参加。
けど式のあとHRを少しやって、すぐに部活だったから探せなかった。
だから今日、見つけようと思ってるんだ。
「でも奈津、もう行かないと遅刻しちゃうよ?」
朝の8時20分。
25分までに教室に入らないと遅刻になる。
昇降口にいれば絶対絶対会えると思ったのになぁ。
仕方なく美晴に従って教室に戻った。
教室も新しく変わって、席順も変わる。
座席票を確認して、席について荷物をおろす。
ふう、とため息をついていると隣から声をかけられた。
「おー高橋、まぁた隣かよぉ」
「わ、勝間田くん」
勝間田くんとは去年からよく喋る友達。
サッカー部で、おもしろくて(たまにバカなときもあるけど)人気があるんだ。
「まぁクラス自体あんま変わってないからね」
「まーな」
うちのクラスはいわゆる特進クラス。
これは先生がご指名するから、嫌だと言ってもほぼ拒否権はなし。(笑)
だから勝間田くんみたいなおちゃらけた人も勉強ができるから特進なの。
「新鮮さに欠けるよなぁ」
「でも奈津このクラス好きだよ」
「ぶっちゃけバカばっかだもんな。高橋とか」
「言ったなぁ!」
意外と真面目な人がいないんだ、うちのクラス。
真面目=偉いってわけでもないからね。
そんなうちのクラスは他の教師からも特別扱いされてます。
だから普通の生徒には許されないことも許されたりと、意外と特典があるんだ。
今日は授業は午前だけで、午後から部活。
授業を終えて、美晴と一緒に体育館へ向かう。
けれどやっぱりあたりを見回してキョロキョロしてしまう。
すると美晴が言った。
「だれ探してるの?」
「新入生」
「新入生?なんで?部活の勧誘とか?」
「ううん、そうじゃなくって・・・」
これ以上隠す意味もないと思って、美晴に全てを話した。
それは、去年の夏休みのことだった。
毎年夏休みになると各高校で学校体験が行われる。
参加者は中3の希望者。
たくさんの人がきた。
その日もうちの部活は練習があって、奈津は学校へ行った。
けど体育館でその体験をやってるから、仕方なく遠回りして裏から入って部室にいようと思った。
遠回りをするとき、木の陰に人がいるのが見えた。
うちの生徒かな、と思って見てみると学ランをきて少し髪の毛に茶色がかかった感じの男の子がすやすやと寝そべっていた。
『・・・・中学生だよね?』
ぼそっと小さな声で呟くと、男の子はぱちっと目を覚ました。
えっと声を上げて、急いで逃げようとしたけど、逃げる前に男の子が尋ねた。
『今何時?』
『え・・・っと、11時20分だけど』
『じゃあまだ終わんないか』
男の子はそう言ってあくびをする。
『ねぇ、行かなくて良いの?』
『うん』
『うんって・・・じゃあなんで来たの?』
『教師がどうしてもって言うから』
よく見てみるとカッコ良くてまるで中3には思えない。
一見さわやか系に見えて、一瞬ドキッとした。
『お姉さん部活?』
『え、うん。12時からね』
そっか、と言って男の子は手招きをした。
『じゃあ一緒に喋ろうよ』
なんとなく押しに負けて、男の子の隣に座った。
奈津より座高がけっこう高い。
たぶん175はあるんじゃないかな。
勝間田くんと同じくらい。
『お姉さん部活なに?』
『バレー』
『えっ?!まじ?!』
『なによぉ!』
『じゃあポジションは?』
『エース』
男の子はさらに驚いた顔をした。
まぁ試合会場に行けばいつも驚かれるけどさ。
『どーせ身長155しかないもん。力もなくてスピードのあるスパイク打てないの』
いつも思う。
どうして奈津がエースをやらなきゃいけないのか。
他にも力がある子やスピードがある子もいっぱいいる。
なのに、エースという場所を与えられたのは奈津だった。
『奈津が一番アタッカーの中で小さいの。・・・でも、テクニックだったらだれにも負けないよ』
コースの打ち分けも、ブロックアウトもフェイントも、そういう小細工なら奈津が一番できる。
ううん、逆に言えばできなくちゃいけなかった。
奈津にはそれしかなかったから。
『ふうん』
『あ、バカにしてるっ』
『まさか』
男の子はふっと笑った。
『すげぇじゃん。めっちゃ頑張ってんだな』
はじめて言われた、そんな言葉。
今までも、奈津にはそれができて当たり前のように言われていたから。
すごく嬉しかった。
『・・・君は?何の部活?』
『夏』
『え、なに?』
自分の名前を呼ばれたんだと思って反応した。
すると、男の子はまた笑った。
『違うよ。夏。俺の名前だよ』
『夏・・・って、奈津と同じ名前じゃん!』
『そう、だからさっきちょっとびっくりしたんだ。俺はサマーの夏だけどね』
『奈津はね、奈良の奈に津々浦々の津だよ』
同じ名前の男の子。
笑う横顔がすごくカッコ良くてドキドキしてしまう。
顔が赤くなるのを感じた。
『俺はサッカーだよ』
『サッカー?じゃあ勝間田くんと一緒だ』
『勝間田くん?』
『うちのサッカー部の部長なんだよー』
いろいろな話をしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
時間は11時45分をまわっていた。
携帯を見ながらやばい、と叫んで立ち上がった。
『奈津、延長されてるよ。体験』
『え?なんで分かるの?』
『だって中学生だれも出てこないじゃん』
確かに体育館から中学生がまだだれも出てこない。
マイクを使って喋っている声もかすかに聞こえてくる。
奈津はストン、とまた座った。
『偉いねぇ、夏くん』
『奈津がバカなんだって』
『もう!』
もうずっと翻弄されっぱなし。
これじゃあどっちが年上かなんて分からない。
けれど、奈津には分かった。
たぶん奈津は夏くんに惹かれてるんだろう、と。
そして、携帯の時計は12時を回った。
『じゃあ奈津そろそろ行くね』
『うん。じゃあばいばい』
立ち上がる。
前に進む前に夏くんのほうを振り向いて、少し小声で言った。
『ここの学校くる?』
きてほしい。
例え同じ学校にいられるのは1年間だとしても、一緒にいたい。
もっと話がしたい。
そう思った。
『来るよ』
夏くんはそう言った。
『絶対?』
『絶対』
少しほっとして、最後に小指を差し出して言った。
『じゃあ約束ね!』
夏くんも小指を出して、指きりげんまんをした。
そして最高の笑顔を見せながら言った。
『待ってろよ』
うん、と元気に答えて体育館へ入った。
美晴が遅いよ、と言って軽く怒ってきたけど、そんなのを気にしないくらいに奈津は浮かれていた。
そして体験で中学生が座っていた椅子を片付けて、コート整備をはじめた。
何事もなく月日は過ぎていった。
もちろん夏くんとはあれ以来一度もあっていない。
どこの中学かもしらないし、携帯の番号も知らない。
知っているのは、夏って名前ともう引退したけどサッカー部ってことくらい。
顔しか知らない2こ下の男の子。
また会いたい、ただその一心でこれまで過ごしてきた。
そして昨日入学式を終え、夏くんもきっと無事入学したに違いないんだ。
あんなに自信満々に入るって言ったんだ、絶対いる。
夏くんは絶対に嘘をつかない。
「へーぇ、あの日そんなことがあったの」
「うん。だから夏くん探してるの」
「サッカー部に行ってみたら?」
「あ、そっか!」
美晴に先に部活行ってて、と言ってあたしはグランドまで走った。
まだ入部はできないけど見学には来てるかもしれない。
グランドまでの道、夏の日のあの体育館の裏のほうを通った。
懐かしげに木を見た。
「よ」
すると、親しげな声が聞こえた。
木の下にいる人を見た。
「夏くんっ!!」
それは、うちの制服をきた紛れもない夏くんの姿だったんだ。
すぐさま夏くんに駆け寄った。
嬉しさが溢れだす。
「久しぶり、元気だった?」
「もちろんっ」
言いたいことは山ほどある。
入学おめでとうとか、待ってたよとか、会いたかったとか。
好きだ、とか。
「絶対くるって言ったっしょ?約束は破らないよ」
「うんっ・・・」
涙が出そうになる。
けど、流すのは恥ずかしいから頑張ってこらえた。
そんな奈津の姿を見て、夏くんはまたあの最高の笑顔で笑うんだ。
「好きだよ」
耳を疑った。
けれど夏くんは確かにそう言った。
「・・・奈津も」
奈津も好きだよ、そう言おうとしたとき、違う声によってさえぎられた。
「夏ー!なにはやく来いよっ!!!!」
グランドから声がした。
その声の持ち主がこっちに向かってくる。
「あ?高橋じゃん」
「勝間田くん・・・あれ、夏くんと知り合い?」
「そっちこそ」
ポカンとあっけに取られていると、夏くんが口を開いた。
「なんだよ兄貴。今いいとこだったのに」
「兄貴ー?!勝間田くんの弟っ?!」
「いえす」
「え、じゃあ夏、夏休みのとき会った女って高橋?」
「いえす」
うそー、勝間田くんの弟だったのかぁ。
なんだ、そうと知ってたら中学も分かってたし勝間田くんを通じて連絡も取れたんじゃない。
こういうのを灯台もと暗しって言うのか?
開いた口がふさがらなかった。
勝間田くんは夏くんを引っ張って連れていった。
勝間田くん自体がすごくサッカー上手くて部長だもんね、夏くんも上手いわけだ。
もう練習に加わってるってことは、もしかして春休みの間にもうちの学校に来てたんじゃない・・・・?
いろんなことが頭の中でグルグル回ったけど、でもやっぱり一番言いたいのはこれだけ。
「・・・夏くんっ、奈津も好きだよーぉ!!!」
はるか先にいる夏くんに、おもいきり叫んだ。
勝間田くんまで振り返ってしまったけど、でも恥かしいなんてことはないよ。
だって奈津の気持ちに嘘はないから。
夏くんはピースをしてくれた。
奈津は、おもいきり大きく手を振った。
そして、走って体育館へと戻ってゆく。
始まった高校生最後の年。
びっくりすることばっかりで、戸惑ってばかり。
けど、最愛の人に半年ぶりに会えた。
それだけでもう幸せだよ。
あなたと過ごす日々、きっと一番の宝物。
fin |