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六、少女に出会う。
「生米生麦生子〜♪」
「生米と生麦の順番違いますよ。っていうか生子ってナマコのことですか? っていうか凄いッスよある意味」
 三度ものツッコミを入れた愁。最後はツッコミというより賞賛かもしれんが。
 強烈なツッコミを軽やかにスルーして歌い続ける小夜歌。アンタ凄ぇよ。
 二人の歩いているところは、理想郷ヘデイ・スューカンを南南西に置く山岳地帯、通称B2013区域の国際交流開催用中立路線地域――まあ、つまりは、別の国へ行く道として指定されている普通の旅路ってことだ。
 なんだよ主人公そのにぃ。もうちょいおもしろい道行きやがれよぉ。
「……面目ないです」
「私はとぉっても楽しいけどなぁ♪」
 ……主人公が素直すぎるとコメディになんねぇや。さっさと進めるぁぁぁぁッ!


 CROSS! Fantasia〜もしもを超えての、想いの交差を〜


 水面に広がる波紋を、少女は見ていた。
 己が手を動かす度。
 己が身を揺らす度。
 望んでも、望まなくとも、水面は波紋を広げてゆく。
 少女は、光の灯らない目でそれを見ていた。
 少女は太もも近くまでを水面に沈めていて、黒いドレスに付くリボンはゆらゆらと水の中を泳いでしまっている。
 金髪は、ぎりぎり水面に触れるか触れないかの位置で、少女の動きひとつひとつにさらりと揺れている。
 水面と同じほどに蒼く、しかし暗い瞳は、何かを捉えているわけではないというのに水面をじっと覗き込んでいた。

 パサ……

 音がする。それは、少女の浸かる泉が纏う木々の海より。

 パサ……

 泉の手前で根を張る茂みが揺れた。
 茂みの中から少女へと向き続ける、金色の瞳。

 パサパサ……

 隠す気のない大音。金色の瞳の持ち主が――跳びだした。
 それは、『獣』より『異形』へと変異した、狼の成れの果て。
 グールフォゥ――異臭を身にまとい、生きるために死に続ける、魔物。
 戦闘能力はあまりにも簡易で、あまりにも凶刃じみている。
 牙――以上一点のみ。
 だが、最高速度を纏った一撃は、軽く生命を抉り取ることだろう。
 魔物の狙いは、少女それのみ。
 それ以外を視界より除去し、少女の処刑に全神経を集中させている魔物は最高速度に我が身を乗せる。
 少女に振り返ることすらさせず、こちらの存在に気づくことすらさせず、そのままに貫かんとして――

円舞曲ワルツせよ。狂い踊れよワルツせよ咲き乱れてワルツせよ

「ッ!?」
 炎の矢の軍団に、狭まれた。
 ざっと数えて三十はくだらない。凄まじい量。飛び込んでいれば、自分は全身から焼き焦がされていたことだろう――魔物は思い浮かべた光景に畏怖して、唸りをあげながら立ち止まった。
 立ち止まって、しまった。
 魔物は気づいていない。
 己を死に叩き落す一撃が――迫ってきていることを。

「拒みをうけがえ」

 上からの声を聞いた魔物に、円形の影が差す。

 そして――魔物は爆撃に押しつぶされた。


 トンッと着地して息を吐き出した愁は、少女と小夜歌の方へと振り返る。
 小夜歌は愁へ、困った風な視線を返した。
 愁は察する。
 小夜歌が話しかけてたり手を引いたりしてもまったく反応していない少女は、魔物を見た恐怖で動けないのではないだろうか、と。
 そう思って、愁は少女へと歩み寄った。
 そして、言う。
「大丈夫。もう何も怖くないよ? 安心して」
 満面の笑顔で。
 そんな愁を見た小夜歌は、大げさに失笑した。
「……愁くん。どんな判断をしたかはわからないけど、間違ってると私は断言できるよ?」
「なんで!?」
 小夜歌は溜息を吐いて、愁に向き直る。
「こんな旅路の途中にいるってことは、愁くんと同じくらいは実力のある人ってこと。
模擬魔物との模擬戦闘を行ったりして恐怖には耐性付けさせられてるだから、愁くんの予想みたいな感じじゃない。絶対に違う」
「そ、そうか……」
 見た目で判断しちゃ駄目なんだなと思って、自分も人のことを言えないほどに旅人らしくないと愁は思い至ってしまう。
 自分で自分を害した愁は、若干テンションを下げた。
 だが、パッと切り替えて今一度少女の顔を覗き込む。
「僕、シュウ・ドリィム・カタセっていうんだ。君は?」
「……」
 少女の瞳が、愁へと向いた。
 少女は、首を傾げるだけで何も言わない。
「名前、ないの?」
 小夜歌の合いの手に、愁は考える。
 この世には『名づけ』のされない者がいる。
 それは、自分すらも『真名』を知らぬことによる絶対さを求めんとするからだ。
 『真名』を鍵としての儀式があり、それによって魔法使いは『魔力操作』されてしまう。
 『魔力』がなければ戦力にならない魔法使いにとって『真名』は邪魔なものでしかないのだ。
 故、名前がないというのもありえる。
「……」
 続く、少女の沈黙。
 愁はそれを、小夜歌の問いの肯定ととって、にっこりと微笑んだ。
「君は、これからどっちに行くの? よければ、途中までいっしょに行かない?」
「――行くの」
 小さすぎる声だったからか、愁にすら届かない。
 少女は、もう一度言い直した。

「【銀の首輪の小英雄】の築いたあの国へ、行くの」

「それって……王都ギルセルク、だよね?」
 この大陸には、三つの国しかない。
 理想郷ヘデイ・スューカンと王都ギルセルクがその内の二つだ。
 理想郷ヘデイ・スューカンから出て一番近くにある国が王都ギルセルクでもある。
 愁と小夜歌も、そちら方向を目指して旅をする予定であった。
 だから――愁は戸惑うことなく、言える。
「いっしょに行こうよ。大人数の旅のほうが、きっと楽しいよ♪」
 少女は愁の瞳の中を、じっと見つめた。
 そして、こくりと頷く。
 少女が小さく微笑んだように、愁には見えた。
 よし、と拳を握りこんだ愁は彼方を見る。
 そちらには、王都ギルセルクがあるはずだ。
 青い空の続く途方の先には、王都ギルセルクがあるはずだ。

――愁は、旅の続くその先を見ていた。




「…………愁くんと二人っきりの、甘ぁい逃避行のはずだったんだけどなぁ」
 小夜歌の呟きを聞く者は、いなかった。


やっと書けました。
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