♯14[フィナーレ前のメヌエット。愛を謳うワルツのように]
雪が降り始めた。
クリスマスイブ一日前。三日に渡るクリパの開幕を告げる校長のありがたぁいお話を終え、テンション高く盛り上がる生徒達の波に乗って教室へともどる。
正樹がいるはずの空席を横切り、自席へと腰を下ろした。
今日一日、トモダチが上手く調整してくれたようで、午前も午後も仕事ナシな僕。
そして、同じく今日一日仕事ナシで、暇をしているらしい小夜歌さん。
つまり……そういうことだ。
CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯14[フィナーレ前のメヌエット。愛を謳うワルツのように]
朝の形だけなホームルームを終えて作業をはじめる皆。
チャイムは鳴っていない気がしたが、よく考えてみれば今日は区切りなんてものを付けても意味のない日。きっとチャイムなしなんだろう。
手伝いだけはしようかと思うが、何をするのか未だに知らない僕。
「……」
これも気遣われている、ということだろうか。
なら今日はそれに思う存分甘えることにしよう。
すぐに足の向きを変えて、教室をでようとした。
ドアに手をかけ、意味もなく勢いをつけようとしたところで――別の手が触れた。
それは開ききったドアの、向こう側から伸びている女性の手。
「す、すみません」
そういって僕の視界へ踊り出てきたのは――肩を上下させて息を荒げた、小夜歌さんだった。
きょとんとしてしまう僕。
小夜歌さんもすぐに気づいたようで、にっこりと微笑んだ。
「……迎えに来ちゃった♪」
その笑みはあまりにも小夜歌さんらしくて。
心がドクンと、大きく鼓動した。
その鼓動は嫌なものじゃなく、たまらなく嬉しいもので。
緩ませるのは心だけにして、頬は弛まないようグッと引き締める。
そして、てへへと微笑む小夜歌さんの片手を手に取った。
ぽっと、小夜歌さんの頬に赤みが走る。
だから、だろうか。僕の心に余裕ができたのは。
しゃきっとして、最大級の微笑みを浮かべて。
「行きましょうか、小夜歌さん」
と告げる。
コクンと頷いた小夜歌さんは、思わず抱きしめたくなるほどに可愛かった。
「む〜」
「……」
「む〜〜」
「…………」
「む〜〜〜〜」
「………………勘弁してください」
手を繋いで歩くほどの勇気は持ち合わせておりません。
頬をぶぅっと膨らませて僕に非難を浴びせながら、片手をぶんぶんと振っている小夜歌さん。
お姉ちゃんじゃなかったのか。どうみても子供じゃないか。
……身長のことは触れないでおいて、っと。
「でもでも! デートはやっぱり手を繋ぐものだと主張しまぁす!」
なんて偏見な主張。
周囲の目というものを気にするつもりは無いらしい。
――不満そうにしているのも、結構注目集めているが。
「それはそうと、どこから行きます?」
小さく折りたたまれたマップを少しだけ拡げ、尋ねた。
似たり寄ったりなモノも多いけど、特色ある売店やゲーム店がちらほらと見つかる。
小夜歌さんは小さく呟いた。
「…………学劇には行けそうにないわね」
……。
……。
……。
そのとおりすぎて苦笑いを浮かべるしかなかった。
ダンスゲーム。
プレイヤーの前で一分にも満たない踊りを披露し、同じように踊るゲーム。
足元のカーペットには、法則無き曲線によって四色に分けられており、どこを踏むかで判定するようだ。
踏む位置もわかりやすそうな曲線のによる色区分。結構考えてるんだなぁ。
小夜歌さんはにこやかに微笑んで例となって踊る人に挨拶している。
満点とれたらポップコーンがもらえるようだ。プレイ料が同じくらいかかるけど。
ミュージックが始る。踊りだす人。
なかなかにリズミカル。練習したんだろうなぁ。
曲が止る。ひとつの有名な曲を超ショートにしたことがわかった。
次にこっち側が踊るのか。
小夜歌さんはうきうきした表情でカーペットのひとつの上で少し足を捌いていた。
……もしかして上手い?
堅さとか全然なくて、自然体って感じ。
さらに二人ほども立候補したようで、それぞれに一人の採点係さんがついた。
小夜歌さんは僕へと振り向き。
「♪」
にっこりと微笑む。
どういう意図があるのかはわからないけど――わからないまま、ミュージックがはじまった。
パソコンを使っての3Dシューティングゲーム。
戦艦を行使して敵の親玉を倒すというゲームなのだが、仲間機を呼べたり、敵機の弱点が明確すぎたりとあまりにもイーズィーな仕様だ。
画質良いし、迫力も満点なんだが……要は仲間機を突撃させて、気を逸らしてる内に連続射撃を浴びせればいいだけじゃないか。
大群をそれで打ち倒し――なぜか雑魚は周りをも巻き込んでの一撃――ちょっと特殊能力があるらしいボスへと直行する。
仲間機をいくつか突撃させるだけで、巨大な大爆発がボスのライフゲージを半分以下にできる。
……射撃よりも強い捨て身アタック、な事実を目の当たりにした。
というかほんと、迫力だけは凄いなぁ。
もう一発味方機を呼び出し、突撃させた。
それだけでボス機がライフゲージをゼロにしてしまう。
プツンと切れるようにして、ゲームクリアという画面に移り変わる。
得点画面に切り替わったところで、思わず頬が緩んだ。
視線を動かす。
映るのは、ポップコーンが詰められた袋をもっている小夜歌さん。
ぽかんとしている表情なのも可愛いなぁと……現を抜かしすぎたことを思った僕であった。
その後、またたこ焼き屋をしていた天宮さんたちに捉まり、満腹ゲージを引き上げてしまった僕ら。
小夜歌さんも表に出してはいないけど、きっと満腹なんだろう。何度か小さな欠伸をしている。
「……っと」
人の流れに乗っていたはずが、いつのまにか何も店をやっていない階に下りていた。
階段を歩いていたのはおぼえているけど、こっちに足を向けたおぼえはないんだけどな。
そのまま歩いていると、ドアの開け放された音楽室がちょうど隣にきた。
小夜歌さんはその奥を見て立ち止まる。
一歩と少しほど前に進んでいる僕は、小夜歌さんへと振り返った。
「小夜歌さん……どうしたんですか?」
立ち止まったままなところを見ると、はやく別の階へ行こうと思っていた僕とは違う考えをもっているらしい。
小夜歌さんは――目を爛々と輝かせて、僕へと振り向いた。
「たしかピアノ弾けるんだよねぇ♪」
まくしたてるようなその文は、きっと尋ねるんじゃなくて確認なんだろう。
僕の片腕をがっちり掴んだ小夜歌さんによって、僕は音楽室へと連行させられる。
ずるずる引きずられるようにして、ピアノの前に。
「なんでもいいからさ〜♪ ね? ねね?」
……弾けということか。
無理やりに黒い長方形のイスに座らされ、鍵盤を前に自由を与えられた。
――訂正。自由ではなく使命を与えられたのほうが妥当の模様。
嬉々とした目を向けて手元を覗き込んでくる小夜歌さん。
大きく息を吸い込み……吐き出した。
気分が反転する。
手元を見て、すぐに離した。
無人の、机とイスの群。
でも、すぐ隣には大事な人がいる。
僕は、ゆっくりと、されどしっかりと、指で鍵盤を叩き始めた。
○ ○ ○
「ふぅ……」
我がクラスの誇る三大神の二人が欠けているからか、売り上げは微妙極まりない。
それでもこの二人はよくやってくれている。
「は〜い、【イカ焼き】二人前ですね。少々お待ちください〜」
「ご注文のほうはお決まりになりましたか?」
梓っちと祐。
梓っちがまさか敬語と愛想を使えるなんて思いもしなかった。
料理のほうが追いつけば、なんとかってところ。
……会計をこなしつつ、そんなことを考える。
妙にフリルが多いところが気にはなるが、それが好評のようだしオッケーとしておこう。
料理のほうも、無表情で淡々と作っている千明希ちゃんがいることだし。
「……」
――無表情でイカ切り刻んでるのって、結構ホラーだな。
そのとき、うっすらと、雑音をすり抜けて、それは聞こえてきた。
何の器楽奏か、すぐにわかる。
その音だけがひとつ、孤立しているようで、どこかでの発表のような気もありけり。
ほとんどの人が無視している中、どこまでも優しいそれに聞き惚れてみた。
どことなく、その温かさは愁に似ているものがあるような気がする。
まあ、ピアノ曲なんてあんまり聴かないから、曖昧の極みみたいなものだけどな。
……会計をこなしつつ、そんなことを考える。
雪は、まだ止まなかった。
○ ○ ○
指を止める。
静かに手を鍵盤から離し、膝の上へと置いた。
名残が、指先をひりひりと痺れさせる。
余韻が、静寂を生んでいる。
片手が、小夜歌さんに触れた。
「っ!? ……こっち見ちゃ、だめだからね」
そういって僕の首元に、顔を埋めた小夜歌さん。
泣いている気がした。
僕のピアノから、何かを感じてくれた気がした。
だから――嬉しかった。
そっと小夜歌さんの髪を撫でる。
初めてのとき、僕は小夜歌さんの髪に恋をしたのかもしれない。
初めてのとき、僕は小夜歌さんの瞳に恋をしたのかもしれない。
初めてのとき、僕は小夜歌さんの指に恋をしたのかもしれない。
初めてのとき、僕は小夜歌さんの脚に恋をしたのかもしれない。
でも、今は――小夜歌さんのすべてに、恋をしている。
「……大好きです」
告げた言葉のせいなのか、小夜歌さんはさらに深く顔を埋めていた。
小さな嗚咽が伝わってくる。
こんな時間も……いいかな、なんて。
チャイムの鳴らないこの日であることが、とても喜ばしく思えた。
こうして日が暮れていく。
午後のぎりぎりまでいっしょにいて、終りのホームルームでそれぞれのクラスに一旦戻ったのはいいんだけど、明日の準備とかをする居残り組にさせられた僕は一人でとぼとぼ帰宅することになったわけで。
「ただいま〜」
妙に疲れきった自分の声。
とてとてと、祐が歩いてきた。
「おかえりなさい♪ 大丈夫? お風呂はいっとく? それともご飯?」
「……」
妙にしっくりとくる台詞だなぁ、オイ。
「トモダチの陰謀だよ……こんなに雑用させられるなんて、思いもしなかった」
僕はカバンを手渡して、愚痴を呟いた。
祐はクスクスと微笑む。
「今日一日自由にする分の因果ってやつでしょ。少しは耐えなさい」
「ふほーい」
「……何語?」
「新種挨拶」
リビングまでの道ぎりぎりで、電話が雑音を響かせ始めた。
カバンを片手に持ち替えて受話器をとろうとする祐を制し、僕が手を伸ばす。
ガチャッという音とともに受話器をはずし、耳に当てた。
『もしもし、片瀬さんのお宅ですか? 私、天城です。愁くんに代わってほし――』
「まくしたてるのって電話では、きっと悪いほうだと思いますよ」
『……愁くん?』
電話の相手は小夜歌さんだった。
なんで電話番号を知っているかはわからないけど、一回家に泊めたからなぁ……方法は何通りにもありそうだし。
「それで、どうしたんですか? こんな時間に?」
家出の件はどうなったのか――そういえばまだ聞いてないな、原因も結果も。
『え、ええと……その、ね……今から、会えない?』
即座に時間を確認する。
長話対策として設置してある丸時計は、良い子はもう寝る時間を示していた。
「……今から?」
『うん……無理、かな?』
電話越しであっても、その不安そうな声から表情が思い浮かぶ。
断れるはずはない、ということですよ。
「わかりました。場所は……どうします?」
『あ、うん。えっとね……』
小夜歌さんから待ち合わせ場所を教えてもらい、即座に記憶する。
あまり遠いわけじゃない。少し外は寒いかもしれないけど。
「できるだけはやく行きますね」
『ん……あんまり急ぎすぎて、ころんだりしないでよ』
お姉ちゃんぶるというのは、他人を子ども扱いするという意味だったようです。
思わず笑みをもらしていたことに、受話器を置いてから気づいた。
振り返ると、同じような微笑みを浮かべた祐が。
「晩御飯、冷蔵庫にしまっておくから温めて食べてね」
すべてをわかっているという風に、柔らかいと感じる。
ボクは踵を返して靴を履き、一気に駆け出した。
雪は、まだ止まなかった。
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