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哀愁という言葉が似合わない壊れです。少しだけペースを取り戻せたかもしれません。
『愛姫と愁の哀愁』
『愛姫と愁の哀愁』


 平日の学校。正確には昼休み、愁は生徒指導室に呼び出されていた。
 ドアノブへと手をかけ、踏みとどまり、コンコンとノックする。
 律儀だといえよう。
「ん〜〜? 留守ですよ〜」
「……」
 愛姫の声だとわかった。言葉の意味を理解していない者に先生をつける理由はない。
 愁は無言で中へと入った。
「きゃー、えっちー、入らないでよー」
「……」
 たんたんと述べられた悲鳴を受け流し、イスへと座る。
 はぁっと息を吸い、吐き出し、言った。
「洗剤はいりませんので、それじゃ」
「私は新聞屋?」
 愁にとって渾身の力を込めた反撃だ。
 来た側が新聞屋のはずなので、少しの間違いがあるにはある。
 個室で契約を迫る新聞屋がいたとすれば、前代未聞だろう。
 少し絶句している愛姫の顔を見て、心の中だけでガッツポーズをとる。
「それで今日はなんです? 電池切れですか?」
「よ、予備があるから大丈夫だもんっ」
「何のですか」
 話がかみ合っているようでかみ合っていない。電池切れの対象違いだろう。
 愁は小さく溜息を吐く。
「さっさとスイッチ切り替えてください……こっちは暇じゃないんですよ」
「私は暇だもん。だから呼んだんだもん」
 愁は踵を返した。
 愛姫がしがみついて泣き崩れるマネをしたので、しぶしぶ振り返る。
「それで何なんですか……トイレですか?」
 愁は愛姫を完全に子ども扱いしていた。
 愛姫は可愛らしく頬を膨らませ、愁をイスへと座らせる。
 この生徒指導室。なぜか先生側だけソファーという格差があるのだが、愛姫は愁のひざへ乗るようにして同じイスに座った。
 思わずしどろもどろになる。
「契約するんで勘弁してください……」
「新聞ネタ引きずらないでよ」
 妙なことを口走った愁によって引き上げられた愛姫の怒りゲージは未知数。ダメージ零でもあってしまうのがこのぽけぽけ先生だ。
 強敵――愁はセーブ地点からやり直したいと思った。
「いやぁ、偶然弁当を二つ作っちゃったからさ。いっしょに食べようよ♪」
 そんな偶然はない。
 愁は愛姫との近さとか、女性特有の香とか、視界を埋める異性の肌とかの誘惑に耐えながら、声を絞り出す。
「目的はなんです……それと、なんでくっついているんですか……?」
「いやぁ、逃げられたら困るんで♪」
 女は悪魔だった。
 拷問という言葉が浮かんだ。それにしてはあまりにも色気がある気がした。却下する。
「目的のほうはねぇ、なんというかぁ、次の授業でやる問題が解けないから教えてほしいなぁって♪」
「……」
 「そんなことでいいのか?」と言いたくなった愁は口を閉ざした。
 無知な子ほど可愛い……
「約五ページ分あるんだけど、片瀬くんなら余裕だって♪」
 こともないことを知った。
 女は元々悪魔なのかもしれない。愁にはそう思い当たる節がいくつかあった。
 机の上に置かれたふたつの弁当。
 愁は溜息を吐く。
「ヒントとか解法とか書いときますから、愛姫先生がちゃんと解くんですよ……」
「はぁい、了解しましたっ♪」
 ビシッと敬礼する愛姫。すぐさまソファーへともどる。
 はぁっと溜息を吐く愁。目の前に積み上げられた紙束に嫌気がさしている。
 生徒指導室という場で、生徒が教師に指導しながらという勉強がはじまったのだった。
 カリカリカリカリ……
「ねぇ、愛姫先生」
「なぁに?」
「なんで、テープの裏に、筆で、極小の字を、マジになって、書いてるんですか?」
 愁の前に置かれたプリント。
 それはすでに生徒へ配布するためコピーされたものなのか、白黒だ。
 同じプリントが積み上げられていただけなので、五ページほどといっていたのにも納得いく。
 少し活力を取り戻していたりした。なんて前向きな男なのだろう。
 対する愛姫は奇怪な人間と化していた。
 両目で覗き込めるほどの大きさをもった長方形のレンズを、顕微鏡のようなもので立てている愛姫。
 その片手には筆、筆の近くにある硯と墨が黒い液体を作っていた。
 黒い液体は筆の先に付着しているものや、顕微鏡の下に置かれている両面テープ(片面だけ剥し)に模様のようにして塗られているものと同じだろう。
 愛姫は少し迷って、にっこり微笑んだ。
「生徒がカンニングペーパーをどのような心境で作っているのかの考察、かな♪」
 あまりにも爽やかに言い切った愛姫。
 愁は無言でそれを奪い取り、破り捨てた。
「ああっ、私のネクストデスティニー!」
 直訳で次の運命。それがカンペ。なんて悲しい運命だろう。
 うっうっ、と嗚咽する愛姫は、ネクストデスティニーの破片を掴んで断固とした決意を口にする。
「絶対に逃げ出してやる……」
「手伝うのやめていいですか?」
「すみません、何卒お考え直しください。」
 断固とは脆いもののようだ。
 愛姫は見捨てないでーっと悲願するように愁へと抱きつく。
 表情とは別に、計算されつくされたそのアクションは愁を捕獲していた。
 見捨てるもなにも、見捨てさせる気がないというのはどういうことか。
 愁は溜息を吐き、女性特有の膨らみが押し当てられている箇所から意識を霧散させることに精を出す。
 ちなみにいうと愛姫はまったく気にしていない。完全に計算されていない接触ということだろう。
 そうでなければ抱きつくという行為に及ぶはずがない。というかそのまえに密室で二人っきりになるはずもないだろう。
 つまり異性として見られていないわけで――愁は少し悲しくなった。
「片瀬くんいっしょにがんばろう、がんばったあとはご褒美が待っているよ♪」
 もぞもぞと動きだした愛姫は、愁の首へと両腕を回して膝の上へと居座る状態へと変わった。
 両足はがっしりと愁の腰へと回されている。
 魔法使いになるため性交を拒み続けるような純潔な方なら知らないであろう、異性性交方法形態のひとつに好ましくないほど似ていた。
 そして、愁は魔法使いになるつもりはなかった。
 よって、なんらかのぶっとんだ思考が開始されてしまうのも、いち高校生なら仕方がない。
 愁は思う。
 愛姫先生がんんしょっんんしょっと後ろへと首を回して紙を見下ろしている様子よりも、突き出されつつあるふたつの塊が問題だと。
 押し付けられるという触覚刺激よりも、目の前で揺れるという視覚刺激のほうが焦らしということもあってか本能と理性の立場に影響を及ぼしやすいことを愁は痛感する。
 あれらはむしゃぶられるために存在するのだよ、そして我々にはむしゃぶりつく義務がある、などという論を説く妄想家が愁脳内戦争で優勢となりつつある中、その選択肢に身を委ねた場合のエンドを想像して悪い意味での身震いをする愁。
 拒もうにも手のつけられる場所がない。逸らそうにも視界の安全地帯がない。あまり関係ないことだがあえて言おう、愁は教師モノが結構好きだ。
 むにゅっと柔らかいものに押しつぶされる男性特有排尿部位は対抗意識をもやしたのか、堅くなりつつある。
 それが現状だ。
 愁に罪はない。もうそろそろ愁は問答無用で罪人になるかもしれないが、今は罪人ではないと主張しておこう。
 悶絶地獄に浸る愁の肩を、愛姫がツンツンと突いた。
 すでに愛姫の身体は愁の上にない。つまり、愁はただただ妄想していただけということになる。
 そのことを自覚するなり愁は――再度踵を返した。
 再度泣きついた愛姫はクエスチョンマークを頭に浮かべている。
「なんでまた逃げるのよ〜〜」
「いや……自分自身に失望したので、もうやる気がなくなったといいますか」
 思いっきりな自己中心的行動というのだろう。
 愛姫は愁を罵倒しようにも頼んでいる側ということもあってか、妥協するしかない。
 ――のだが、グッと顔を引き締めると一枚の紙を突き出した。
「これ! これが一番わからないの! これがわからないと生徒に教えられないの! どうすればいいか教えてよ!!」
 あまりにも教師の威厳がない台詞だが、それに込められた必死さが愁を怯ませる。
 とりあえず目を通すことにした。
『3,4,7,8。+、−、×、÷を使って、=10にせよ。注意1:3,4,7,8は一個ずつしか使えない。注意2:3,4,7,8は必ず一個ずつ使うこと。注意3:3,4,7,8、の順番は自由。注意4:+、−、×、÷はいくつ使っても構わない。注意5:小カッコ(はじめ)と小カッコ(おわり)を使っても構わない。ヒントのようでヒントじゃないかもしれないもの:(3−●○●)○●=10 ●=数字 ○=符号』
 中学校教師が50分かけても解けなかった問題だ。じつは、実話なんです。
 愁は頭を捻る。
 思考回路がバリバリに働くこと数分。
 期待の眼差しを向ける愛姫へと、静かに告げた。
「教科書の問題だったとしても、教師用なら解法載ってるんじゃないんですか?」
「………………あ」
 愛姫は三変化した。
 呆然、驚愕、焦燥――ソファーの上に放置していたらしいバックへと急ぎ、少し分厚い本を取り出す。
 え〜っと、え〜っとと呟くつつどこかのページを捲ったところで固まった愛姫は、ギギギと首を回して愁へと振り返った。
 その様子がすべてを物語っている。
 ちなみに作者は教師用の教科書がほしいと思っている。全然関係ないので路線をもどそう。
 そそくさとプリント達を整え直し始める愛姫。
 すべて解法が載っていたのか。となると愁のこの時間は無駄と断言せざるを得なくなる。
 愁は少し泣きたかった。
「えっと、そのぉ…………コレ、食べる?」
 昼休みだというのに呼び出された愁は当然ながら何も食べていない。
 目の前に晒された、幸せの青い布に包まれた弁当に少しだけ感動をおぼえた愁であった。
 布の結びを解き、拡げ、蓋を開く。
「…………」
 その先には魑魅魍魎ちみもうりょうがいた。
 ちなみにいろいろな化け物、さまざまな妖怪変化(へんげ)のことを言う。《「魍魎」は山川・木石の精霊》という意味だ。
 愁はおそるおそる、尋ねる。
「…………愛姫さん。料理の経験は?」
「え? あ、ごめん。それ対変質者用撃退武具だった☆」
 すでに武具でなく生物ですが。
 そんなものを弁当にしまうのもそこはかとなくおかしいが、愁はこの魑魅魍魎が弁当内に大人しく収まっていることに疑問を持っていた。
 ………………。
 …………。
 ……あ、結構可愛い目してる(←前向き思考
 代わりに出された弁当は、普通に美味しかった。
約5000文字という長さになったのは奇跡だろう。
ちなみに文中ででてくる問題は、私は解けない。
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