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♯06[自然での苦悶と爽快 その3]
 二日目の予定は至って平穏だ。
 どこから用意したのかわからない弁当の配給がテント入口にされていて、それで朝食を終える。
 その後川のせせらぎで洗濯なんていう自然体験をし、歯を磨いて顔を洗って校長のお話を聞く。
 それを終えてやっと、行動開始だ。
 午前と午後にひとつずつイベントがある。
 まず午前にはバードウオッチング。
 三人一組となってひとつの双眼鏡での自然見学を、自由にし続ける。
 サボる人もいると思われるが、不良と呼べる人たちですら盛り上がって走り回ったりしていることもあるらしい。
 愛姫先生が、他の先生から聞いた話だけどさ。
 そして昼飯は弁当、よりも低価格なおにぎり。
 だんだんと質素になっていくが、夕食の凄さが故にだろう。
 それは後述させてもらう。
 午後のイベントはボート乗りだ。
 二人一組。一組四十五分という長い時間を、島の中心にある巨大湖と並ぶほどの大きさを持つ巨大な池で過ごす。
 オールでこぎまくっての競争や、のんびり水面を見るも自由だ。
 組内での話し合いが上手くいけばの場合だけど。
 がみがみ言い争って終り、などということもあるらしい。
 またまた愛姫先生から聞いた噂話だ。
 そして夜、なんと温泉に入る。
 一日目の身体洗浄方法を記述してはいなかったが、川での水洗いなので女性限定だった。
 男はくさくてもいい。とのことだ。
 女性だけ就寝時間が遅いというのも納得がいくようないかないような。
 ともかく、温泉に入る。
 簡易脱衣所で脱ぎ去り入るわけだが、やっぱり男の肩身は狭い。
 混浴だったりするからだろう。
 まあ僕は気にしないけど。
 下心丸見えの男はとばっちりを受けることになるわけだ。
 そして夕食は、バーベキュー。
 肉はおかわりし放題。きっと今晩も戦争だろう。
 班内の結束が堅い、戦争だ。


 CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯06[自然での苦悶と爽快 その3]


「ふぅ……」
 洗濯物を干し、歯を磨き、うがいを済ました。
 はき出した水の染み込んでいる穴を足だけで埋める。
 少し盛り上がった地面を足でポンポンと踏み固め、大きく深呼吸した。
 川のせせらぎが美しい。ある意味絶景だ。
「ううん、爽やかな朝だなぁ」
 良いことがありそうだ。
 まあ、裏切られないことを祈ろう。
 空を見上げた。
 雲がちらほらしてるけど、真っ青だ。
 快晴ってやつだろう。
 ううん、やっぱり今日は何か良いことがありそう。


 その予想はある意味大外れだった。
 空のように僕も真っ青だ。
 三人一組。
 その言葉の危機感に気づいていなかった。
 故に……今の状況に至る。
 左コーナー、不満そうな顔をした小夜歌さん。
 右コーナー、相変わらず無表情の千明希ちゃん。
 真ん中ー、僕〜。
 ……帰ってもいいですか?
 両者無言で、僕の歩みについて来ている。
 両者目を合わせるどころか真反対に向け、無言の圧力を衝突しあっているように見えた。
 間にいる僕は……左右からプレスされてるってわけだ。
 え、ええと、なんでこんなことになってるんだろう。
 落ち着きない自分に気づきつつも、落ち着くほうが無理って雰囲気なので仕方ない。
 仕方なく、足元を見て歩くことを決意した。
「……」
「は、はい!?」
 右肩をツンツンと突かれる。
 思わずビクンと跳びはね、裏声で返事してしまった。
 咳払いで羞恥心を発散しつつ、振り返る。
 いろいろと追想ついそうしたとしてもきっと劇的なものはひとつも見つからないだろう記憶のつくり人、千明希ちゃん。
 無言で僕の手元を見下ろしている。
 双眼鏡があった。
「どうぞ」
「……」
 双眼鏡を手渡すと、またまた無言で僕から視線をはずす。
 そのまま双眼鏡を構えた。
 その方向を見るけど、やっぱり肉眼じゃ何も見えない。
 すると、千明希ちゃんが僕へと双眼鏡を突き出した。
「あ、覗いていいの?」
 コクンと頷く千明希ちゃん。
 僕へ手渡す様子はないので、そのまま屈んで双眼鏡を覗き込んだ。
「むむぅ、また質素なものを……」
 双眼鏡から顔を離し、そう呟いた僕。
 千明希ちゃんが首を傾げた。
「まあ、千明希ちゃんらしいね」
 にっこりと微笑んでおくと、納得したらしい千明希ちゃんはまた双眼鏡で捜索を始める。
 当分独占するだろうな、無口だけど千明希ちゃんは自分がはっきりしてるから。
 元々みたいものもなかったし、いいだろう。
 そう結論付けたとき、右肩をちょんちょんと突かれた。
「?」
 振り返る。
 いるのは当然、小夜歌さん。
 なぜか真剣な表情をしていた。
「ど、どうしたんですか……?」
「…………」
 な、なんか、とっても目が冷めてるんですけど。
 僕の背中に冷や汗が滲み出しはじめたというのに、小夜歌さんはツーンと反対方向へ向いてしまう。
 ほっとため息を吐きたくなるが、少しだけ我慢して口を開いた。
「さ、小夜歌さん?」
「なんですか、片瀬くん」
「敬語!?」
 いきなりだった。
 いきなりすぎた。
 なんか、高すぎる壁が小夜歌さんとの間にある気がする。
 朝っぱらから大ピ〜ンチ。
 数時間前の昨日は仲が良かったというのに…………むむぅ、女の子は難しいって、正樹の言葉通りだなぁ。
 とりあえず放置放置っと。
 でも本当に放置してもいいんだろうか? やっぱ声をかけるべきなのでは?
 でもまぁ、僕にどうにかできるわけじゃないしな〜。
 それどころか、僕が話しかけて余計に……ってこともあるかもしれない。
 うん、腫れ物には触れないでおこう。
 ………………。
 …………。
 ……。
 ま、まあ、突き方を考えれば、いいよね?
 結局僕は小夜歌さんにもう一度話しかけることにした。
 ううん、結構勇気がいるなぁ。
 にっこりと微笑んだつもりで爽やかに、爽やかに。
「さ、小夜歌さん、空気がとっても新鮮ですねぇ」
「……」
「で、でもやっぱりテレビとかないのは不便ですね、マンガも。あはは」
「……」
「……」
「……」
 ……撃沈。
 潔く真正面から突こう。
 グッと気合を込め、小夜歌さんを見た。
「さ、小夜歌さん、どうかしました……か…………」
 最後はちょっと崩れていたけど、とりあえず言い切った。
 あとは返答を待つのみだ。
 小夜歌さんは僕の予想とは大違いの行動を起こした。
「……私が無言のときは、伝わらないんだなぁ」
 小夜歌さんが口を尖らせる。
 僕と千明希ちゃんの行動が小夜歌さんを不機嫌にさせたようだ。
「ある程度アクションしてくれますから、さっきだって目線が双眼鏡に向いてただけですし」
「ふ〜ん」
「その後のだって、大体そんな感じかなぁなんていう解釈でしたから」
「ふ〜〜ん」
「………………」
 ここで『千明希はただの友達だって〜』とか言ったらウケるかな?
 言う勇気はない。修羅場を自分で形成するなんて無茶すぎる。
 不満をぶつけられてもそれを解消するどころか、何が不満なのかさえわからないのだから、もう僕には何もできない。
 仕方なく耐え続けることを決め込むと、小夜歌さんが表情を和らげた。
 というより、何かを恐れるように目を揺らし始めている。
「ごめんね。嫌いになった?」
「いえ……」
 小夜歌さんの表情が不安いっぱいというのに、少しだけ疑問を感じた。
 いつもどおり、な気がするんだけど。
 今の表情だけは、気に入らない。
 小夜歌さんの手を握った。
「そんな顔しないでください…………その表情、嫌いなんです」
「か、片瀬くん?」
 小夜歌さんは訳がわからないという風にドモる。
 僕は強く小夜歌さんの手を握り、しっかりと言葉を紡いだ。
「表情にしちゃうと、悲しみでも幸せでも他人に振り撒くことになるんです。だから、やめてほしいです。
きっと、後悔することになるんです。僕がこんな顔しちゃったから、あの人もあんな顔をしちゃったんだなぁって。
だから……お願いします」
 自分勝手とか、偉そうにとか言われないよう、精一杯頭を低くする。
 小夜歌さんは今どんな表情をしているんだろうか。
 わからない。だからこそ不安になる。
 でも、もしかしたら顔を上げたほうが悲愴に満ちるんじゃないかと考えると、思考は迷宮に入る。
 だから放棄。
 放棄して、ただ待ち続ける。
 そして、来た。
「……片瀬くんが頭下げることじゃないから」
 そんな声とともに、ちょこんと僕の後頭部に何かが当てられる。
 多分、手だ。
 それを確信に変えるのに数秒、声が発せられる。
「私って結構バカで、我侭で、身勝手で、融通が利かなくて、友達はたくさんいてほしいけど恋人とかの特別なものにはしたくないとか考えてて――優柔不断なんだ。きっと、私のこと嫌いな人は多いと思う」
「……でも」
 ひとつ言葉が浮かんだ。
 だけど、それは考えるだけでもこっ恥ずかしい三流映画の名台詞で、少し躊躇ってしまう。
 それでも、一番この場に似合っている言葉だと思うから――
「僕は小夜歌さんのことが……好きだから。世界中のもの全てが小夜歌さんの敵になっても――僕は小夜歌さんの味方でいます」
 顔をあげた。
 だけど、視界は塞がれた。
 小夜歌さんに抱きしめられているんだと、少ししてから気づく。
 反射的に、小夜歌さんの肩があるであろう辺りに手を伸ばして零距離状態から脱しようとした。
「今離れたら、怒るよ」
「……それは嫌です」
 素直に言葉を返す。
 こんなところで見栄を張る理由もないだろうし、何よりも小夜歌さんの声がとても穏やかだったからかもしれない。
 クスクスと、頭のちょっと上から笑い声が響く。
 顎が当てられているようだ。
 痛くないくらいに、少しだけ。
 僕はなすがままに身を任せることにした。
 頬に押し当てられた何かが温かくって柔らかい。考えるのはよしておこう。
 でも、小夜歌さんって結構胸大き――
「こら」
 ペシンと頭を叩かれた。
 それに気を取られている間に、小夜歌さんが離れてしまう。
 意地悪な笑みが僕を見ていた。
「えっちなこと考えたから、充電時間終了〜」
 いえ、それよりも。
 ……何を充電したんですか。
 少し目元が腫れている小夜歌さん。
 多分、触れちゃいけないことだろう。
 問いたいことを飲み込み、精一杯笑った。
 小夜歌さんが笑ってるから、僕も笑わなくちゃならない。
 ただただ僕たちは、何を言うわけでもなく、何かを交わして、笑いあった。
 余談だけど。
 少し目を凝らせばぼんやりと見える距離に、双眼鏡を僕へと構えた千明希ちゃんがいた。
 そのことに気づいたのは、さらに昼の刻が近づいた頃だった。


 一度テントにもどる時間。
 学校とは違ってチャイムがないので、帰還してくる人はまばらだ。
 なんてことが、テントの前で昼食をしている僕たちにはわかるわけだ。
 おにぎりを頬張り、他二人に振り返る。
 ちょこちょこと食べている祐。
 豪快だけど、様になっている食いつき振りの正樹。
 祐はまだ半分も食べない内におにぎりから口を離した。
「次ってボートよね」
「はやく食べないと時間ないよ……?」
「いいじゃん、ちょっとくらい話しようよぉ。どうせまた天城さんに同行するんでしょ?
今しかないじゃん、ぶーぶー」
 祐は頬を膨らませ、僕を非難する。
 正樹のじ〜〜っという視線に気づいた祐は、会話をもどした。
「それでそれで、次ってボートでしょ? ボートって言ったら接触事故フラグが立つと思わない?」
「思わない。そんな映画かアニメのような展開、あるはずがない」
 最後の一口を終えて立ち上がる。
 祐が抱きついてきた。
「お兄ちゃぁん。今回正樹とばぁっかりとペアなのぉ。たまにはぁ、お兄ちゃんといろんなことして遊びたぁい」
「甘えなさんな。正樹で我慢しなさい」
「だって正樹ってば、弄っても反応が悪いんだもん。弄りがいがないっていったら……」
「オイ」
 僕をその程度のことで引き止めるのか、弟よ。
 ぶ〜ぶ〜と文句たらたらな祐は、ちょっとだけ可愛かった。


 無限に広がる錯覚を思わせる水面の地平線。
 海以外にそんなものがあるなんて思いもしませんでした。
 しかも、巨大池だなんて。
「片瀬くん、何考えてるの?」
「ちょっと無駄な不満を。気にしないでください」
 ボート。長方形に近い形をした水上移動機器。
 両端が丸くなっている分、向かい合っている小夜歌さんが近く思えるのは気のせいだろうか。
 祐の言葉を思い出し、さらに身を引いてしまう。
「片瀬くん、私のこと避けてる?」
「い、いえ。ただ――接触事故の対処を、と思いまして」
「?」
 小夜歌さんが綺麗でスッと伸びてて綺麗な脚を両方とも無人のボート中間に投げ出したまま、首を傾げた。
 体育座りを崩した感じなんだけど、見てるこっちが恥ずかしい座り方だ。
 スカートを履くなんていう祐みたいな行動を起こしてはいないんだが、それでもラフなズボンによって曝け出されているふとももが健康的に輝いていて。
 男の僕としては、いろいろと反応してしまいそうなところがあるわけですよ。
 オールを動かすことで気を紛らわせているけどさ。
「そろそろ止めて良いんじゃない? ゆっくりできないでしょ」
「あ、その…………はい」
 小夜歌さんにとっては好意による優しさなんだろうけど、僕のことを追い詰めているなんて知らないだろう。
 うう、堅くなりそうだよ、もっとブカブカのズボンにするべきだった。
「それに、近くに来てほしいなぁ」
 小夜歌さんは腰を浮かせ、四つんばいになって近づきはじめる。
 目に宿っているのは、小悪魔の象徴であるいじわるな光。
 今回は効いた。いろんな意味で。
「わ、わわわ、わわ!!」
 あまりにも卑屈な体位で迫ってくる小夜歌さんに色々と妄想が広がってしまう。
 わぁ、僕ってお年頃〜♪
 ……なんて言ってる場合じゃなく。
 僕の退路はすでになく、背後は水、水、水。
 水の四乗先くらいには陸があるかなぁ。
「そっちがこないならこっちから近づいちゃうよ〜〜♪」
 僕の反応が小夜歌さんのツボにはまってしまったのか、あきらかにはしゃいだ様子で四つんばいのまま僕へと近寄ってきた。
 まるで鼠と猫のようだ。
 鼠はもうちょっとしたら狼さんになっちゃかもしれませんけどぉぉぉぉぉ。
 なんていう心の叫びも虚しく、小夜歌さんとの距離は埋まる。
 ひとつ今の内に説明しておこう。
 ボートは水に浮くため重心を安定させる必要がある。
 重心が崩れるのは、左右のどちらかに大きく負担がかかったときだ。
 以上、伏線終了。
 僕が一番端にいて、そこに近寄ろうとしている小夜歌さんがいて。
 だんだんと重みが片方へ集まりつつあるということだ。
 これってヤヴァイのでは……?
「にゃおーん♪」
 可愛らしい叫びをあげて距離を詰めるスピードを増した小夜歌さん。
 僕は反射的に後退し、ボートの縁に身を乗せてしまった。
 重さは同じでも、ここまで端になると影響力は若干変わってくる。
 僕たちの反対側が浮いた。
 僕の視界でじょじょに水面と垂直になりつつある板。
 小夜歌さんがその勢いに飲まれ、僕へと抱きつく。
 僕はなんとか真ん中へと跳んだ。
 壁へと激突する感じ。壁に耐久力はないため、その勢いが直接壁を足場へもどした。
 水しぶきが多く舞い上がるのを見ながら、ゆれがおさまるのを待つ。
 小夜歌さんをぎゅっと抱きしめて。
「………………ふぅ」
 なんとかなったのを実感して、やっと息を吐くことができた。
 あまりにも単純すぎる事故だ。僕にも非がある。
 でも、それだけじゃないよね。
 同じく非がある人、もとい僕の手が触れているサラサラとした髪の持ち主を見下ろして――
「…………さ、小夜歌さん?」
 僕の胸に顔を埋め、硬直している小夜歌さん。
 その髪をポンッポンッと叩いてみた。
 反応が返ってくる。
 少しうるうるした瞳で、小夜歌さんは僕を見上げた。
 その瞳が、とてもか弱く見えて。
 その身体が、とても細く見えて。
 その心が、簡単に折れてしまうように思えて。
 守ってあげたいな、なんて自然に考えていた。
 どうしようかと考えてみる。
 良い案が浮かぶはずもなく、しどろもどろになるタイミングも逃してしまった。
 …………とりあえず声をかけるしかないよな。
 気まずくても、それしかない。
 僕は口を開――
「………………」
 小夜歌さんの顔が目の前にあって。
 小夜歌さんの瞳は閉じられていて。
 綺麗な顔だなぁ、なんて考えていると。
 ――僕は小夜歌さんとキスをしていると、実感もなく認識したんだ。


 水の妖精が見守る中で。
 行った三回目の触れ合いは。
 ――僕も甘く感じられた。


後日修正するかも。
とにかくまぁ、四日目まで爆走します。
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