♯05[自然での苦悶と爽快 その2]
誰かに揺すられていた。
寝心地が一瞬にして悪くなる。
それをどうでもいいことにできるほど、睡眠永続の願望は強かった。
無視無視。
だが、揺れは止まらない。
すると、耳元に温かいような息が触れた。
「はやく起きないと、弄っちゃうよぉ……?」
強請られた。
僕は飛び起きる。
目の前に祐の顔があった。
直撃して接触事故が起きそうになったが、ぎりぎりのところで止れた。
僕はため息を吐く。
「あ、危なかった……」
「何が?」
「いや、いろいろと。キスはせめて異性としたいっていうか、さ」
視界を祐で埋め尽くしたまま会話する。
祐の目が綺麗だなぁとか思いながら。
「それより、はやく支度したら?」
支度。
今、きっと真夜中だと思うんだが、夜逃げでもする予定があっただろうか。
冴えない頭を捻り、ハッと気づく。
今日のスケジュールは、あとひとつだけ残っているではないか。
そのひとつを呟く。
「肝試しか……」
祐はにっこりと微笑んで、頷いた。
CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯05[自然での苦悶と爽快 その2]
なんというか。
夜の月明かりに淡く照らされた木々の薄気味悪さは…………
「お兄ちゃんって確か、ホラーって苦手よねぇ」
「う、うん」
すぐ傍で平然としている祐の腕にいつの間にか僕の両手が。
最終的には超密着状態になる。これ実話。いや、実体験談。
うう、男らしくない。
わかってはいるんだけど……わかってはいるんだけどぉぉぉぉぉぉ。
「まあまあ、いつもどおりクジでいいよね」
正樹が泣きじゃくりつつある僕をあやすように三本のくじをみせた。
先が赤いのが一本だけあり、それを取った場合……正樹か祐以外の人を探さなくてはならない。
赤くなくて、普通に白いだけだった場合。もう一本の白を引いた人とペアになる。
三人故の妥協。だけど――
「こ、今回だけは一人でここに残されたくないなぁ」
こ、声が震えちゃってるよぉ。
だが、祐も正樹も無情だった。
「赤以外を引けばいいんじゃない。三分の一なんだから、大丈夫大丈夫♪」
「まあ、そういうことだよ。一番最初に引いていいからさ」
正樹は僕へと拳を突き出す。
その拳には、三本のくじという名の未来があった。
僕は、この中から赤以外を引かなければならない。
赤以外………………赤以外………………赤以外。
「とぅっ!!」
ひとつを摘み取り、一気に引き抜く。
白が続き、白が続き、白が続き……
先っちょだけが、絶望の色をしていた。
正樹と祐が密林樹海に入っていくのを見届け、ため息を吐く。
誰と行こうか……それともこのままサボっちゃおうか……どうしようか……
結構マジで悩む。
そのとき、視界が真っ暗になった。
「わ、わ、わ、わわ」
肝試しという状況で敏感になっているガラスの心は、すぐにぐらぐらと動揺してしまうわけで。
気づいたときにはもうオーバーヒートしていた。
「だ、大丈夫……?」
真っ暗が取り払われ、さっきまでのヤバメな樹海が映る。
慌てて振り返ると、そこには――
「さ、小夜歌さん……」
「うん、小夜歌だよ♪」
にっこりと微笑んだ女神さん。
じゃなくて、小夜歌さん。
なぜだろう、輝いて見えるよ。
男の性ってやつかなぁ。
「片瀬くんは一人?」
「あ、はい。なんというか……くじに負けました」
「?」
小夜歌さんは首を傾げた。
まあ、わからないだろうなぁ。
「そういえば小夜歌さん。肝試しのパートナーは?」
樹海の入口にいる僕を見つけて小夜歌さんが話しかけてくれたにしても、その後ろには誰もいなかった。
小夜歌さんはちょっとだけ頬を赤め、言う。
「そのぉ……片瀬くんといっしょに、行きたくてさ。たくさんお誘いが来たんだけど、断っちゃった♪」
「え…………」
顔に血が集まりそうなのがわかった。
ぶんぶんと頭を振り、意識をかき集める。
え、ええと、つまり、小夜歌さんは……
「私とペアになってくれますか?」
ということを言いたいようだ。
実際に言われちゃったけど。
「駄目、かな?」
悩んでいるだんまりに見えたのか、不安そうに僕を覗き込んできた小夜歌さん。
なんというか、意外な一面を発見。
こんな風に縮こまった小夜歌さんを見たのははじめてだから。
笑いたくなった。笑った。
すると、小夜歌さんがぶ〜っと頬を膨らませて拗ねる。笑いが止められなくなった。
ああ、楽しいなぁ。
僕は笑ったまま、小夜歌さんに片手を伸ばす。
何も言わずに握り返してくれたのが、たまらなく嬉しかった。
「は……離れないでくださいね……」
「うんうん、はいはい」
「ほ……ほほ、本当の本当に、離れないでくださいね……」
「了解了解。というか、片瀬くんが腕掴んでる限り離れられないから」
僕と小夜歌さんは樹海を歩いていた。
というか、僕が小夜歌さんに引きずられているのかもしれない。
小夜歌さんの腕にしがみつくようにして、直線コースの最奥を目指す。
うぇ〜ん、帰りたいよぉ。
泣き言も十回以上になると慣れてくるなぁ。慣れたくなかったけど、恐いものは恐いんだから仕方――
ガタンッ。
『プリィィィィィズリピィィィィィィトアフタァァァァァァァ……ミィ?』
「はへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
カラクリが落ちてきた。
ピエロみたいな顔が僕に迫る。
僕はそれから顔を逸らして小夜歌さんに抱きついた。
うう、泣きたい。
グッと堪える。堪え続ける。
「ちょ……ちょっと、大丈夫? ただのカラクリだよ? 怖くな〜い怖くな〜い」
小夜歌さんになでなでされているけど、今はスルー。
正直、撫でられてると安心するから。
うう、自分って子供だぁ。
見栄を張る余裕もないというか…………ブルブル。
「………………」
小夜歌さんが僕の顔を両手で挟み、持ち上げた。
涙腺が緩んでいるのか、小夜歌さんが滲んで見える。
「………………ムラムラする目。そこはかとないエロスを感じる」
「ええ!?」
小夜歌さんが真剣な顔でそんな冗談みたいなことを呟いた。
ぎゅっと抱きしめられる。
……危機な気がして仕方がないんですけど。
目の前に迫る爛々(らんらん)とした瞳が、ホラーとかとは違う意味で怖い。
「片瀬くんって、ほんと〜〜に可愛いよねぇ」
「い、いいえ、滅相もございません!」
全力で否定する。
小夜歌さんはうっとりとした様子で僕の頬に自らの頬をつけた。
弾力と張りのあるすべすべした感じが触れる度、甘い刺激が発せられる。
鼻をつく小夜歌さんの髪の香が僕の心に更なる靄をかけた。
「片瀬くぅん♪」
すりすりすりすりすりすり……
天国な地獄に僕は包まれたのだった。
もう肝試しの恐怖はどこか彼方へ消え去ったけど、それ以上に……トラウマになりそう。
昼に思ったことの訂正をしようと思う。
青春も、友情の学園生活も、どっちでもいい。
どっちでもいいから……対応できる程度にぃぃぃぃぃぃ。
ちなみにいうと、カラクリの叫びはどこかの新人女先生の声に似ていた気もする。
小夜歌さんが満足し、歩くことを再開した僕は、カラクリに驚く気力もなくとぼとぼ歩いて最奥に着き、またとぼとぼ歩いて樹海入口にもどってきた。
げっそり。なんていう言葉は今の状況を言うんだろう。昼の疲れの倍は疲労した。
カラクリに対して興味津々としていた小夜歌さんは、もう終わったのかとつまらなそうにしている。
まったく、やっぱり小夜歌さんに頭は上がらないや。
「……片瀬くん」
あとちょっとで樹海から抜け出すという時に、小夜歌さんが僕の手を握った。
自然な動作なんだけど、少し力が強い。
緊張しているのだろうか。でも、なぜ緊張しているのか。
「明日、また私といっしょにペア組んでくれるかな?」
小夜歌さんの視線は僕に向いていない。
なぜかそれを、小夜歌さんが不安がっているととってしまう自分。
いや、あってないかはわからないんだけどさ。
励ます、っていうのとはちょっと違うけど、がんばれって応援するというか、やっぱり励ます感じで、小夜歌さんの手を握り返した。
「僕も、小夜歌さんといっしょにいたいです」
小夜歌さんは弾かれるようにして僕へと向く。
だけど、赤面の兆しを見せてまたあらぬ方向へと向いた。
僕、変な顔してたんだろうか。
ぎゅっと手を握られてるから、機嫌が悪いんじゃないと思うんだけど。
まあ、いいか。
空を見上げる。
見えるのは木々の作る屋根だった。
でもまあ、怖くはない。
少し前までの僕だったら怖がってただろうけど。
一人じゃないから――怖くない。
僕はぎゅっと手を握り返した。
小夜歌さんと別れ、テントに戻ると、祐と正樹が待っていた。
寝袋に入っていたので、寝る直前だったようだ。
「やっと帰ってきたね、色男」
「だから正樹のほうが色男だって」
「音の女神様とペアを組んだ伝説の人が、何を言うかな」
正樹が何かを知っていた。
思考回路がぎぃぎぃと回転する。
そして、閃いた。
「……折り返しだから、普通に会ったのか」
「そういうこと。僕と祐のほかにも見た人はいるから、明日にはきっと広まり終わってるよ」
うう、トモダチの呪いがまた襲いかかってくるのか。嫌だなぁ。
僕は自分の寝袋に腰を下ろし、中に身を押し込む。
祐がにじりよってきた。
「三女神の中で一番難攻不落と言われている女神様といっしょにいるなんて、凄すぎることなんだってさ」
「三女神?」
初耳の単語だった。
祐は人差し指をあげて説明を始める。
「三女神。『音の女神』と『陽の女神』と『静の女神』
大体予想はつくでしょ?」
音の女神は小夜歌さんだとして、静の女神はきっと千明希ちゃんだろうなぁ。
どちらかというと、無だと思うけど。
それで、あと一人っていうのはまさか……
「でもまあ、女神じゃないからなぁ、男神なら納得しても良いけど」
いや、それだと正樹のほうが一番しっくりくるか。
祐はぷくっと頬を膨らませ、僕に抱きついた。
ジト目で僕の首筋から見上げてくるけど、無視無視。
「じゃあ、私が女神っていわれる理由を身体でじっくりと……」
「もう寝るよ」
「もうちょっとノってよ!?」
「不甲斐ない弟をもって僕は悲しいよ……」
「不甲斐なくない!」
「……」
「……」
「……」
「…………」
「………………ぐぅぐぅ」
「チョッ、ちょっと、まさか本当に寝ちゃったの!?」
僕を揺すり起こそうとする祐を意識しつつ。
ふか〜いふか〜い睡眠へと、僕は落ちていったのでした。
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