♯02[二人の距離、二人の絆]
平穏ってものは永遠に思えてしまうけど。
いきなり壊れることってあるんだなぁと気づかされる。
「林間学校のクラス代表者は――片瀬愁が適任だと、僕は思います」
なんてことが第一声に響いたりしたら、夢じゃないかと思ったりするのが人間の習性。
それにしても、だ。
なんでこうも――本人の意思なく進行してしまうのだろう。
立ち上がり、僕へと微笑みかけている正樹の笑みが――とても悪魔なものに思えて仕方がない。
CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯02[二人の距離、二人の絆]
「………………」
怖い。
怖すぎる。
恐ろしすぎる。
どっしりと構えている、重い空気に溢れたドア。
いや、普通のドアなんだけどさ。
そこに書かれている文字のせいで、余計に重く思ってしまう。
だって入ったことないし。
もう一度、文字を読んだ。
『生徒会室』――なんか悪いことした気になってしまう。
林間学校運営委員という肩書き持ちの僕は、これから当分部活動ができない。
そのかわり、委員活動が放課後に組み込まれる。
嫌なことこの上なし――千明希ちゃんでも巻き込めばよかった。
まあ、サラリと流される気もするけどさ。
「ええ〜〜っと、確か……片瀬くんだよね?」
僕はビクンと姿勢を正し、振り向く。
僕の背後に立ち、首をかしげているのは――
「さ、鷺澤さん……そういえば生徒会の人でしたね」
「うん、そうそう。それで、片瀬くんは生徒会に何の御用?」
鷺澤さんは僕の顔を覗き込むように身を屈め、見上げてきた。
なんか子ども扱いされてる。
でも――嫌じゃないですぅぅぅぅ!!
鷺澤さんの動作ひとつひとつが輝いて見える。
少し目を逸らし、口を開いた。
「林間学校の運営委員で――」
「片瀬くん」
鷺澤さんがビシッと人差し指を立てた。
「人と話すときは、目を見るの。わかった?」
僕に言い聞かせてくるけど、結構ムリなことだ。
見よう見ようと思って顔を動かそうとするけど、鷺澤さんが僕をじ〜と見ているのを視界に入れると顔がぼんっと熱くなる。
両頬に冷たくて気持ちいいものが触れた。
「大丈夫?」
僕の両頬に触れていたのは、鷺澤さんの手。
くいっと動かされた視界には、鷺澤さんがアップで映されていた。
さらに沸騰。
「近い近い!!」
まるでキスする瞬間みたいな距離。
僕は一歩退き、背を反らす。
ちょっと離れる。
久しぶりの呼吸な気がして、とても至福。
「う〜ん、私って最近視力が落ちてきてて……近くじゃないとしっかりと見えないんだ。やっぱメガネ買うべきかなぁ?」
「ええと、この世の中にはコンタクトレンズってものもあると思いますけど……」
僕の反応で少しショボンとした鷺澤さん。
どちらかといえばメガネよりもコンタクトのほうが似合うように思える。
だって可愛いもん。
「コンタクトなんて、危ないよぉ!?」
鷺澤さんは目を丸くして僕に嘆く。
というか、やっぱり近い。
でも、スキンシップの強い感じだと思うと大丈夫みたいだ。
さっき驚いてしまったのもいきなりだったからだし。
「だ、大丈夫。もう馴れましたし……でも、いきなりはやめたほうがいいですね」
「はぁい……」
素直に頷いた鷺澤さん。
どことなく、友達よりも親友といえる近さがある。
それが鷺澤さんの魅力といったところか。
それに……可愛いし。
綺麗とはいえない僕を叱ることはできなかったり。
「それでそれで、今日はどうしたの?」
鷺澤さんは僕の顔を再度覗き込んでくる。
よし、もう馴れた。
僕は再度答える。
「再来週くらいにある林間学校の、運営委員に選ばれちゃいまして……生徒会室なんて、入ったことないですし、入り辛いといいますか」
「あ〜、林間学校か。うんうん、納得♪」
鷺澤さんは意地悪な目をした。
どことなく、小夜歌さんと類似……
「片瀬くんが、悪いことでもしたのかなぁって思ったよぉ」
「信頼は買えないですねぇ」
「心配したんだから、なんか奢ってほしいなぁ」
「それでも先輩ですか!?」
「いいじゃんいいじゃんいいじゃ〜ん♪」
今にも抱きついてきそうな鷺澤さん。
だが、すぐに何かを考え込むようにした。
「でもそうすると、生徒会活動のない休みを弟君との時間に回せなくなっちゃうか……」
「お、弟君?」
誰のことだろう。
というか、お兄さん系言葉の反対語っぽいものとしては凄い言語だ。
「あ、気にしないで。こっちの話♪」
鷺澤さんは両手を振った。
僕もそれ以上詮索はしない。
鷺澤さんは生徒会室の札が張られたドアに触れる。
「……心の準備はいい?」
なんて聞かれると、余計に緊張が増す。
二三度呼吸し、頷いた。
鷺澤さんはゆっくりとドアノブを捻り、捻れなくなるまで捻り、そのまま押す。
僕の視界に、隠されていた生徒会室内が晒される。
まず見えたのは――おにぎりを頬張る知人だった。
「小夜歌さん!?」
「あ……ふぁたふぇふん」
片瀬くん、と言っているのか。
僕は今までの雰囲気を一気に振り払い、どかどかと生徒会室へ足を踏み入れる。
小夜歌さんは近くにあったお茶のペットボトルを口に押し当て、ごくごくと喉を鳴らした。
ふ〜っと盛大に息を吐いてペットボトルを離し、僕へと片手をあげる。
「うぃッス♪」
「また新言語を……そ、それより、なんでここに?」
小夜歌さんはおにぎりに再度かぶりつきながら、言った。
「林間学校の運営委員に選ばれちゃってねぇ……あ、新香おにぎりだけど食べる?」
「え、遠慮しときます」
僕へと差し出された新香おにぎりは美味しそうだったけど、堪える。
よし、僕はまだ【小夜歌さんフィールド――命名片瀬愁――】に流されていない、うん。
「クラスひとつから、一人だから……あと五人くらいか。
みんなは集まってるみたいね」
鷺澤さんが僕に続いて生徒会室へと入り、『みんな』へと挨拶する。
僕は見回した。
恐ろしいほどに多い人の量。
といってもクラス人数と同じくらい。
でも、一人一人がきっちりしてそうで落ちこぼれとかもいない感じだし、そうなるとやっぱり多く感じる。
なにより、空気に堅さがある。
思わず緊張が蘇りそうになった。
ガタンという音がして、一人の女性が近寄ってくる。
女性。少女でも、女の人でもない。大人の女性。
一歩ごとに揺れるバストを凝視しそうになるのが嫌で、顔だけを見ることにした。
その女性はのほほんとした柔らかい笑みを浮かべる。
「はじめまして、風見学園高校三年生、生徒会副会長をしている美乃宮春花でぇす♪」
思わずでれっとしそうになる甘い声。
鼻を突く香が、香水でなくシャンプーなのが健全だ。
「片瀬愁です、よろしくおねがいします……」
僕は片手を伸ばす。
美乃宮さんはそれを掴み、にっこりと微笑んだ。
美乃宮さんの手は少しだけ、冷たかった。
続いて、鷺澤さんが片手を伸ばしてくる。
「改めまして。風見学園高校二年生、生徒会会長をしている鷺澤美姫です、よろしくね♪」
「あ、はい……」
鷺澤さんの片手を握る。
……。
……。
……。
……って。
「会長!?」
思っていたよりも大分位の高い人でした。
鷺澤さんが少しだけショボンとする。
「やっぱり会長さんには見えない……?」
「え、ええと、その――」
「ションボリ……」
嘘泣きされてしまった。
それでも動揺してしまう。
「美姫ちゃん、周りの第一印象なんて気にしちゃだめだよ!
美姫ちゃんががんばってるのは私がよぉっく知ってるから♪」
「先輩……」
ひしっと抱き合う青春ドラマ。
……意地悪な瞳が四つ。
遊ばれてるんだなっと痛感する。
「……」
少しだけムスッとしている小夜歌さんが視界に入った。
僕と目が合うと、プイと顔を逸らす。
こっちはこっちで何だろうか。
自分の立場の微妙さに泣きたくなってきた。
和やかな雰囲気だけが、生徒会室を埋める――
やっと帰る時間になった。
運動じゃないのに、頭を使ったからか、少し疲労が強い。
今から、少し赤みを帯びた風宮島を歩いて自宅にもどるのかと思うと……夏バテに似た感覚に蝕まれた。
「全員がやる買出し係に、私と片瀬くんはしおり作成を担当、かぁ……」
隣を歩いている小夜歌さんが、先ほどまでの会議を思い出すように呟く。
トボトボと歩きながら、夕焼けの空をぼんやりと見ていた。
僕は口を開く。
「でも、良かったです」
「ん、何が?」
小夜歌さんが僕を振り返る。
「小夜歌さんといっしょの係になれたんですし、これから会う機会が増えるでしょ?」
クラスが違うから会うことが少ない。
こういう偶然は嬉しい方だ。
「それもそっか……うん、そうだね♪」
だんだんと嬉々した声をあげ始めた小夜歌さん。
表情がとっても輝かしい。
そんな僕たち二人のことを、夕焼けは暖かくも冷たくもある空気をもって見守ってくれていた。
次の日。
「愚かなる片瀬愁よ! 我が嫉妬と憎悪の中へカモーン!!」
「なんで!?」
登校すると同時にトモダチが足蹴りを仕掛けてくる。
すぐ過ぎて対応できない。
そこに叩き込まれるツーカウント。
――正樹のパンチと、千明希ちゃんの足蹴り返し。
それぞれが後頭部と腹部に当たり、トモダチは地へと伏せた。
「だ、大丈夫……?」
声をかけてみる。
「………………」
無言。
すると、千明希ちゃんが声を出した。
「『反応がない。ただの屍のようだ』」
……。
……。
……。
……。
千明希ちゃんの声初聴きは、こうして幕を閉じたのであった。
祐のため息だけが響く。
「片瀬くんの周りって面白い人たちばっかりだね〜♪」
「迷惑な人たちばっかりですよ……あ、でも、正樹は憧れますけどね」
図書室。
クラスに当てられた教室二つ分はある、微妙に広大さ溢れる図書室。
部屋の半分辺りから段差を作り、左右からそれを上るような構造。
その真ん中にカウンターがあったりと、少しゲーム感溢れている。
二階に当たる方に辿り着き、生徒や教員のためのソファーや大人数勉強スペース、左右に人の背ほどある木の板が立てられた机が敷き詰められた個人勉強用スペースを超え、大人数勉強スペース二つ目に来た。
更にその隅に行き、やっとこさ座る。
ということを数分前にして、今をくつろいでいた。
手元の机には数枚の紙。
筆が進んでいるのは小夜歌さん。
僕は小夜歌さんに、必要な資料を提示する係。
だって字が汚いんだもん、僕。
それに対して小夜歌さんの字はハネハライまでしっかりできている。
難しい字までバランスしっかりに記している。
小夜歌さんが文字を埋め尽くした紙を僕が丁寧に扱い、文字が滲まないよう乾かす。
数十分やって、もう僕の拳くらいの束ができた。
小夜歌さんが書き終えたのを見て、新しい資料と古い資料を代える。
同時に、文字がまったく書かれていない紙と文字がびっしり書かれた紙を代え、僕の仕事が終了。
「正樹くんっていうと、あの正樹くん?」
「多分、あの正樹くんです」
「ふぅん」
有名なんだし、それで通じているだろう。
今日の朝の話を、小夜歌さんは笑いながら聞いてくれた。
正樹のことに関して小夜歌さんが興味なさそうに相槌を打ったことに、少しだけ驚く。
「……意外です。正樹の話題すると、ほとんどの人が熱狂的に食いつくのに」
例外の人は周りに多いけど。
小夜歌さんは手を止めた。
そして、僕の片手を自らの両手でぎゅっと握る。
「私はね、片瀬くんが凄いってわかってるつもりだから!」
「は、はぁ……」
凄いなんていわれたことないから上手く反応できません。
祐と正樹が両側にいると、影が薄いだろうからなぁ。。
「……多分だけど、片瀬くんが思ってるほど、片瀬くんの立場は悪くないだろうから」
「どういう意味ですか?」
「片瀬くんらしいってこと♪」
よくわからない。
首を傾げる。
それでも良い。
だって、小夜歌さんの笑顔がとっても明るいから。
小夜歌さんの笑顔を見ると、心が晴れ晴れする。
だから、わからなくてもいいやって思った。
まあ、それだけ。
今は――それだけ。
その次の日。
「天誅ぅぅぅぅぅ!!」
「また!?」
また飛び掛ってきたトモダチに、僕はまた叫び、トモダチはまたコンボ攻撃を受け、また屍と化した。
いや、生きているようだ。学習したんだなぁ
「天城様と二人っきりでお勉強♪ なんて……神は許しても俺はグホッ」
地に伏せているトモダチは更なる一撃を受け、今度こそ屍と化してしまう。
その一撃は、千明希ちゃんの落とした小説。
小説、というより書物。
書物、というより辞書。
辞書、というより――辞書型のカバンっぽいものに入った鉄の塊。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……怖いことはやめようね」
「……(コクリ)」
「言うこと聞くんだ!?」
「というよりどこからそんな物出したんだい……?」
上から順に僕、千明希ちゃん、祐、正樹の発言。
トモダチは二発言で沈んだのでしたとさ、ちゃんちゃん。
「ちょっと怖いな……その無口っ娘」
「否定はしません。でも、根は良い子というか、良い子だったというか……」
昨日と同じ場所で、昨日書き終えた物の順番を決めている僕と小夜歌さん。
ホッチキスは用意したけど、どうやら後一日は必要そうだ。
「それにしても、なんとか三日で終わりそうですね……作る料理の候補決めに時間が費やせそうで良かった」
「まさか、私たちの作業が終わらないと料理決めを行わないなんて、思いもしなかったよ」
まあ、しおりができていないと全体に把握させることはできない。
ハヤシライスを作る予定、までは決めてあるが、授業時間ひとつ分をもらって会議をしたらまた意見は変わることだろう。
定番だと、肉じゃがとか普通のカレーとか。
「私のとこ、予定はバーベキューなのよね……もっとこう、ど迫力なものが作りたいと思わない?」
「思いません。っていうか、林間学校でそこまで求めちゃいけません」
「残念♪」
冗談っぽく言ってるけど、半分くらいは本気だったんだろうと思う。
ズバリ、愁のカン♪
……さあ、お仕事お仕事っと。
「でも、あと一日しかいっしょにいられないんだね……」
寂しそうに呟いた小夜歌さん。
だが、すぐ笑顔に変わる。
「ねぇねぇ片瀬くん? 部活の終了時間って何時かわかる?」
「え……?」
「同じくらいだったらさ、いっしょに帰れるかな〜なんて♪」
う〜ん。
そうきたか。
「無理ッス。絶対無理」
「ええ〜!? なんでなんで?」
「僕の部、文芸部ですから」
文芸部。
新一年生でもその意味を知らぬものはいない。
そう、文芸部とは――【真実追求団】
学園内で起こる、密かなサスペンスや色恋沙汰を事細かに記した一冊のノート【文芸部執筆風宮記録書(仮)】を予告なく作る新聞部の類似機関。
非公式新聞部、という活動機関が公式化されたものとも言われている。
御劉先輩、伊里嶋先輩、三井先輩の三人が部長を務めており、部員はエリートと呼べる一般高校生より上の者限定という厳しいハードルがあったりする。
文芸部のくせに運動系でも文化系でもあるし、普通の運動部よりも鍛えられる。
しかも、普通では鍛えられない第六感とか、名推理ができる頭脳とかがとてもとても養われる。
新聞部でも文芸部でも、書くイメージのほうが大きいかもしれない。
でも、風宮学園の文芸部は動く。
動きに動き、目星をつけ、策略の一手を打ち――結局は動きまくる部だ。
御劉先輩が僕たち新部員へと言った言葉がある。
『情報を多く集める。整理なら後でいくらでもできる。最初は必要とも必要でないとも取れる情報を集め、目標と成るものを形成させよ』という言葉。
ある意味わかるし、ある意味わからない。
ということで僕たち新入りは、先輩三名をそれぞれリーダーにして活動しているわけである。
「あれだよね。いろいろなコーナーがびっしりあるやつ。とってもおもしろいんだよねぇ♪」
「裏では生徒会と対立して、イベントとかの妨害工作を練ってるらしいけどね……」
「え? でもでも、確か会長さんと副会長さんも入部してたよね?」
監視か何かはわからないけど、鷺澤さんと美乃宮さんも入部していることになっている。
といっても、活動してるのを見たことはない。
まあ数ヶ月部活している僕も、直接作成に関わったことはないんだけど。
部員の中で、さらに厳選された人間のみが作成に手を触れる。
僕らはまだ基礎体力作りや思考回路の活性化練習しかさせてもらっていない。
「とりあえずは部員ということになってますけど……あの人たちを監視したところで、無駄でしょうし」
いきなり消えるからなぁ。
三井先輩以外は、だけど。
三井先輩も、残り二人がいきなり消えるのには驚いている。
本人が言うには、古代から伝わりし忍者の術なんだけど……あの、ドロンのやつだろうか。
それの現代版といわれると、なんとなく納得。
「というか、僕にばっかり聞かずに、たまには小夜歌さんのことも聞かせてくださいよ……」
少しだけ口を尖らせ、言う。
そんなに深くは考えずに言った言葉、だけど――
「わ、私のこと?」
なぜか大きく動揺したらしい小夜歌さん。
冗談、といってごまかそうとするが、それよりはやく小夜歌さんが頬を赤くした。
「いいよ……片瀬くんになら、話せる」
小夜歌さんは真剣な目を僕へと向ける。
予想していない事態に、僕はなんとか対応しようと試みた。
小夜歌さんは言葉を繋げる。
「男の人ってさ、変な目で見てきたりヘラヘラして近寄ってきたり、都合がいい解釈ばっかりしたりすると思ってて、それで何度か嫌な気持ちになったことあったし、もう男性不審っていうか……まあ、そんなのになってたんだけど。
片瀬くんなら、信じられるから」
「ええと……なんていったらいいのか」
小夜歌さんはクスリと微笑んだ。
それが、あまりにも綺麗で。
僕は、両手を掴まれたことにすら気づけない。
「それじゃ――」
小夜歌さんは、己の身を机に押し付けるようにして僕へと近づく。
さらに、僕の顔すれすれにまで達し――
零になった。
柔らかくて、暖かくて、ほかの何物からも得られない……キスの感覚。
ほっぺだけど。
気づいたときには、悪戯っ子の笑みを浮かべた小夜歌さんは離れていて。
「お近づきのしるしってことで♪」
あまりに強烈な不意打ちに、僕の思考回路はショートしてしまった。
さらにさらに次の日。
ドアを開けると同時に、目の前にトモダチが倒れてきた。
すでに屍のようだ。
その後ろに立っている無表情な千明希ちゃんの仕業らしい。
手に鈍器があるから。
今度はちゃんとした本のようだ。
うんうん、よかったよかった。
……本で人を気絶させるのか。
「すっご〜い……攻撃の先取り成功しちゃったよ。倒れたところにお兄ちゃんが来るっていうのが凄いよね♪」
周りが絶句しているというのに、一人だけ普段どおりな祐。
僕は乗るに乗れず、ため息を吐く。
僕へと近づいた千明希ちゃんは、首を傾げた。
「いや、体調が悪いんじゃないから、大丈夫大丈夫」
「……」
次なるモーションを起こさずに離れたところを見ると、納得してくれたらしい。
とりあえず、今日正樹の出番はなかったとさ。
「先取りって……未来予想?」
「わかりません。だって千明希ちゃんですし」
少しイラストを付け足したりする仕上げの作業を小夜歌さんがしている間は、僕はただの話し相手という役でしかない。
ほんと、肩身が狭い。
絵も下手な僕をお許しください。
明るく暖かなはずの雰囲気のまま、会話が止ってしまう。
僕は小夜歌さんの横顔を伺いながら、ゆっくりと切り出した。
「あの……昨日のことなんですけど」
小夜歌さんの手が止る。
ごまかすような笑みを浮かべた小夜歌さんは、不安そうな声を絞り出した。。
「……迷惑だった、かな。それなら、気にしなくても――」
「い、いえ! えっと、その――とっても、嬉しかったです」
小夜歌さんは目を見開く。
僕は、顔が熱くなるのも構わずに言い直した。
「小夜歌さんに信じてもらえて――ほんと、嬉しいです」
手を握られた。
僕へと、きらきらと輝く笑顔を浮かべた小夜歌さん。
「これで本当の友達になれたね♪」
友達、か。
もう少し近くになりたかったりするけど、それでも嬉しい。
今は、本当の友達になれて嬉しいってことで。
僕は、小夜歌さんの手をぎゅっと握り返した。
絹の糸のような絆は、ピアノ線のように強固なものとなって。
その色が赤かったらなぁとか――乙女チックなことを考えてしまうわけでも、あった。
それでも、この距離が嬉しくて。
次の一歩はもっと歩幅の大きなものだったらと――胸を躍らせたのであった。
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