♯01[二人の時間、二人の世界]
高校生としての学園生活を満喫し始めた九月――
『あの娘』とは違うクラスだった。
あの日からは一度も話せてなくて、まあ僕が何度も見つけたのに話しかけられなかったのが多いから僕が悪いんだけど。
それでも、ため息が出ちゃうというか。
身の入らない体育祭や夏休み。クラスには馴染めたんだけど。
だけどさ、もっとこう、刺激的で記憶に焼きつくような毎日が広がってるはずなんだ。
ちょっとした退屈感が募ってきたっていうか、周囲の環境に不満なんてあるはずもないんだけど。
まあ、そんな風に、考えても意味がないことを考えてしまう暇な時期なんだ。
そんな時期に、ひとつのことを知ることになる。
凄すぎる奇跡は――季節に関係なく、唐突に来るものなんだって。
CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯01[二人の時間、二人の世界]
今日も暇な一日が始まったな……だってすることないんだもん。
朝には牛乳一気飲みして、パン三枚食べて、冷蔵庫で発掘したハムを一パック食べて、学校に来たわけだけど。
早めに来る理由もないわけで、仕方なく勉強道具を敷いていた。
「お前偉いな……」
唐突に声をかけてきたトモダチ。
ガリ勉くんとでも思ったのだろう。
僕は首を振った。
「ただ開けてるだけ。テスト前には正樹にみっちり教えてもらうんだけど、一人で勉強できるようになっとかないといけないし」
「予習だろ、何ページやったんだ?」
「ん、教科書の半分くらいかな。英語はもう全部終わったよ。要点と、単語だけだけどね。国語は古文がまだちょっとわからないかな……」
こんなちょっとしかできないのが恥ずかしい。
トモダチが絶句してるんだけど、何でだろう?
「……愁、俺が断言してやる。お前は立派だ、うん」
「そうかな。嬉しいよ♪」
それでも正樹には程遠いから、がんばらないとなぁ。
「お兄ちゃんは自分と世間に疎いから、断言しても仕方ないわよ♪」
トモダチの横から出てきた我が【妹になりたいらしい弟】
少し呆れた風にしているけど、声は嬉しそうっていうか楽しそうっていうか。
「おお、『太陽乃如向日葵』さんは今日も綺麗だなぁ」
「ちゃお、お世辞でも嬉しいよ♪」
トモダチがときめいた様子で祐に話しかけている。
今の内に引き返せと、心の中だけで言っておく。
だって口に出したら、祐が怖いもん。
「愁、ピタゴラスの定理はちゃんとおぼえておきなよ。今日の授業くらいででるだろうからさ」
穏やかに前へと出てきた正樹。
男の夢ともいえる正樹の、寛大さ溢れる雰囲気と歩幅に――
「くっそぉぉぉぉぉ!! なんか正樹を見ると自分が小汚く思えて仕方がないぞ……」
【同姓感染型正樹症候群】の効力がどんなものかわかりやすい。
僕はそんな風に思うことないけど。
「僕は汚い人間だよ。みんなが色眼鏡越しに僕を見てるだけで、僕はみんなと同じような人間だ」
トモダチを宥めるように言う正樹。
トモダチは大いに食いついた。
「じゃあ、女の子のこと考えたり妄想を広げて一人悶えたり――したことあるのか?」
いや、一般の人間はそんなことしないと思うけど。
「そんなことしないでしょ、フツー」
僕の心を代弁して言ってくれる祐。
トモダチは目を丸くした。
「え? 普通妄想とかするだろ? 愁はそうだよな?」
「いや、してないけど……」
普通はしない、と思うんだけど。
トモダチは吐血したような格好で悲しみの声をあげる。
「周囲の環境が美しすぎるが故、か……『トライアングル』の凄さを久々に痛感したよ……」
『トライアングル』
幼稚園からずっとずうっっっっといっしょの三人組、僕と祐と正樹のことを指す。
なんでかはわからないけど、結構知れ渡ってるらしい。
まあなんとなくはわかるけど。
男なのに美少女、二つ名まで与えられ校内で認められた存在である祐。
爽やかさと冷静さを兼ね備え、それでいて接しやすさと穏やかな微笑みを持つ、キザが似合う王子様――正樹。
この二人は絶対大人気。学年問わずの美少女美少年だろう。
でも、僕はそんなことないし。
ちょっと皆より幼く見えるくらいで、僕よりももっと『トライアングル』に似合う人がいるんじゃないだろうか。
「愁、なんか考えてるよね」
僕の顔を覗き込んでくる正樹
「あ……わかった?」
「ああ。しかも、また俯き加減だった――『トライアングル』のこと、まだ気にしてるのかい?」
祐よりも前に出て、僕の髪をくしゃくしゃと撫でる正樹。
言い聞かせるように、呟いた。
「僕はね。『トライアングル』なんて異名に興味なんてないよ。でも、嬉しいことがひとつだけある。
愁、君と同じ括りをさせてもらえてることだ。愁は『トライアングル』のリーダーだからね」
「う〜ん……やっぱり、リーダーなんだね」
「当たり前でしょ♪」
正樹の横からひょこっと僕の視界に入ってきた祐が、言う。
「私も正樹も、お兄ちゃんだからいっしょにいるの。お兄ちゃんが中心なのは、当たり前♪」
「むぅ……まあ、わかったことにしとく」
「よろしい♪」
弟に言い聞かされる兄ってどうだろう。
トモダチは呆然と呟いている。
「愁って……やっぱあれだな。鈍感なんだな」
……。
……。
……。
……どういう意味だろう?
僕の座席を見てみよう。
まず、窓際なんだ。
廊下側じゃなくて、校庭にあるお花さんが見れる方。
その一つ前に祐がいる。
真剣な表情ですらすらとシャーペンを走らせている姿が凄まじすぎて直視できないや。
とにかく横に向く。
祐の斜め前。僕から見て桂馬の移動先ちょうどにいるのは正樹。
頬杖をついてぼっとしているけど、だらだらという言葉が似合いはしない。
僕の視線に気づいたらしい正樹が、ヒラヒラと片手を振ってきた。
少しだけ振り返し、アイコンタクトを強めに送る。
『は や く 前 向 き な よ』
『ん〜、でも暇だしさ』
『僕 の せ い で 当 て ら れ た ら 困 る』
『そっかそっか。なら、仕方ない』
正樹をしぶしぶ戻らせることに成功した。
ほっと息を吐いたとき、隣からすっと紙を渡された。
それを開く。
中には文字がびっしりと書かれていて、消されてしまった黒板の少し前の状況が事細かに記入されていた。
ちなみに僕は書けてない。
隣へ目を移す。
ぼ〜っとしているという言葉が似合わないもう一人の人。女の子なんだけど。
無表情、無関心、無情、無視。の【無四】を原則とした、ツヤ消しブラックの瞳をしたショートヘアの少女。
僕と同じくらい小柄な図体をしてて、可愛い顔をしてるんだけど――表情を変えたことがあるのかどうか。
ちょっとでも変わったのを見た事が、僕はない。
名前は――千明希ちゃん。
席順はとうの昔に名簿順から変更されているため、男の子も女の子も結構まばらだ。
それでもこの女の子だったのはラッキー。
結構親しみやすいし。ちょっと無口だけど、そこに隠された優しい一面を知ると『口より先に手が出る』っていうやつの良い意味バージョンなんだな、って思ったり。
「ありがと」
小声でそういっておく。
少しだけ顔を縦に傾けてもらえた気がする。
部活に入ってないらしく、帰ってからもずっと家にいるそうで、本を常備してるらしい千明希ちゃん。
一回本を取り上げてみたら机の上に溶けた。
こう、ゆでゆでって感じ。
まあそんなわけで、紫外線をあんまり受けてない千明希ちゃんの肌は白に白を上塗りしたみたいに白かったりする。
本を読んでる様がかっこいいんだよな。
僕なんかは結構似合わないけど。
仲が良い人はそれくらい。知り合い程度ならいすぎるほどにいるけど。
エスカレーター式だからこそ知人が多すぎるわけだし、千明希ちゃんみたいな新しい友人ができることも稀。
僕って幸運なのかもしれない。
じ〜と千明希ちゃんを見てそんなことを考えていると、千明希ちゃんが微妙に居心地悪そうにしていることがわかった。
視線をもどす。
「……さぁて」
お隣さんのご好意に思いっきり甘えることにして、授業に追いつこう。
シャーペンの走る音に、少しだけ心が安らいだ。
二時間目。
発音の良い正樹の英語をBGMにしてぼおっとしていると――
「ぐ……」
腹がきゅうに危険信号を発した。
同時に、背筋に冷たいものを感じるほどの――便意。
「ちょっと、どうしたの?」
振り返り、小声で話しかけてくる祐。
僕のうめき声に動揺したようだ。
「お腹痛い……」
「え? ちょっと、何食べたの?」
祐と僕の料理は違う。
それぞれがそれぞれに、さまざまな食事を己のために作る。ということにしている。
ほら、祐は美容に良い物しか食べないから。
僕には薄味すぎるんだよ。
「今日食べたものって……牛乳とハムとパンくらい……」
「……牛乳は一週間、ハムは一ヶ月、パンは暑い中冷蔵庫にも入れずに放置」
祐は祈るような格好をした。
「愁に幸運がありますように」
「ぐは……」
僕はお腹を押さえて机に伏せる。
――限界。
僕は片手を上げた。
「本当にひどくなったら保健室に寄って、診てもらってくださいね。片瀬くん♪」
愛姫先生はおっとりとした口調でそう告げる。
通称『ちゃんがつけられるティーチャー』僕ら新一年生と同じく、新入りの先生だ。
背が低い。それでも僕のほうが低い。
そのせいか、お姉ちゃんぶられることも多き。
そんなことを考えていたせいでさらに切羽詰ってしまい、お腹の状態が限界近くになってきた。
僕は一気に駆け出し、廊下へと飛び出した。
「うう……まだお腹がぐるぐる鳴りそう」
こういうのを余韻というのだろうか。
お腹を軽く撫でながら廊下をとぼとぼと歩く。
大トイレに閉じこもり、チャイムを五度ほど聞いたくらいで外に出ることができるようになった。
体力的にも、瀕死。
精神的には、げっそり。
もう帰って眠りたい。
なんとかドアへと辿り着き、体重に任せて横にスライドさせた。
「まぁさぁきぃ〜〜」
ぐでんぐでんと溶ける。
だけど、し〜……んとしたまま。
僕はコホンと咳き込み、立ち上がり――
「………………何この状況」
現状認識した。
まず言っておくと。
クラスメイトは一人もいない。
正樹も、祐も、千明希ちゃんも、愛姫先生も。
いや、愛姫先生はクラスメイトじゃないか。
まあとにかく、そういう状況。
でも、人がいたりして。
「……片瀬、くん?」
泣きそうな女の子がいた。
教室の中央辺りで僕へと振り返り、震える声で、今にも泣き崩れそうな。
「天城さん!? なんでここに――」
「片瀬くん!」
僕の言葉が眼中にないというように、足元にも目も暮れず僕へと駆けて来た天城さん。
僕の視界いっぱいに天城さんの顔が迫って、思わず身を引いて、前から後ろへの勢いをいつも以上に殺しきれなくて。
――落ちる。
わかると同時に天城さんの後ろへとぐっと腕を回し、胸へと抱きかかえ、顎を引く。
そして、落ちた。
一瞬視界が真っ暗になって、どこか遠くにいけそうな感じがした。
派手な音はしなかったけど……無茶苦茶痛い。
でも、まだ許容できるほどの痛み――圧し掛かっていた何かが身を引いたのがわかった。
「だ、大丈夫……?」
自分からぶつかってきたというのに、理不尽だなぁ。
僕は笑みを浮かべて上半身を起こした。
「大丈夫ですよ、天城さん」
片手を口元にやってぽかんとしている天城さんが、僕の下半身を間に入れて仁王立ちしていた。
スカートのひらひらが視界の大部分を占めているけど、気にしないようにする。
「本当に? 本当に大丈夫? 私ったらいきなり抱きついたりして……
け、怪我とかは――」
「大丈夫ですって!」
僕は身を引き、一気に立ち上がる。
ちょっと天城さんが近かったから、半歩ほど引いた。
「それよりも――久しぶり、天城さん♪」
「あ、う、うん。お久しぶり……」
そう言いながらはにかむ天城さん。
ちょっと、まだ堅い。
「ほんと〜〜にっ! 大丈夫ですから!!」
そう言ってぴょんぴょん跳ねてみせたり、天城さんの周りを走ってみたりする。
目を丸くしてキョトンとしていたけど、少しすると――お腹を押さえて吹きだした。
笑い声が響く――思わず、頬を緩ませる。
僕は天城さんの前へともどり、片手を伸ばした。
「久しぶり、元気でしたか?」
「あ――うん。元気だよ♪」
いつもどおりの天城さんが、僕の手を握り返す。
心配は解けたみたいだ。
若干乱れた息をこっそりと整える。
そして、疑問を口にした。
「それで――なんで、このクラスに?」
いや、そうは言っても誰もいないんだけど。
そうじゃないと普通に話していられるわけがない。
天城さんを偶然見かけたとき、天城さんはいつも数人の女の人といっしょにいて、声がかけ辛かったのだ。
天城さんは普通に接してくれるとしても、その周りの人は僕を訝しげに見るだろうし。
僕はそういう目で見られるのは好きじゃない。
なんたって、居心地悪くなるからね。
「……ほかのクラスにも、人一人いないの。ちょっと体調が悪くなったから保健室に行って、さっき自分の教室にもどったんだけど、誰もいなくって……」
だんだんと天城さんの声に不安の色が混ざってくる。
僕は天城さんを止めた。
思考する。
何か行事はあったか。この唐突な状況に合う行事はあるか。
――浮かばない。
押し黙るしかない。
すると、天城さんの表情が見る見るうちに悲愴なものへと変わり始めた。
つまり、泣きそうになってきたってことだけど。
「も、もしかして、どこかの映画でやってたみたいに、閉鎖空間かどっかに飛ばされちゃって――」
「お、落ち着いて!」
自らの恐怖を煽るようなことを考え始めた天城さんの手を掴む。
そして、瞳の中を覗き込んだ。
「大丈夫、大丈夫です。深呼吸しましょう、はい」
「う、うん……す〜は〜す〜は〜」
片手を胸に当て、肩をゆっくり上下させてた天城さん。
僕の方をちらちらと見て、大きく息を吐いた。
「ん……ちょっとは落ち着いたんだけど……現状は変わらず」
「まあ、そうですけど」
何か気を紛らわせられる話題を振らないと。
その状況で、こっそりと現状打開策を考える。
もっと端的で簡単な策がありそうなんだけど……閃かない。
とにかく口を開いた。
「そ、それにしても……本当に久しぶりですね」
「え? あ、うん。そうだねぇ」
天城さんは、僕の言った言葉をすぐに理解して、頷いてくれる。
天城さんは目を細めた。
「卒パ以来……なんだね」
入学してすぐ会えもしただろうに、また今度また今度と保留にし続けた僕が悪いのだろう。
「すぐに会おうと思ってたんだけど……なんか、話しかけ辛くって、さ」
「え? そうでしょう――か?」
「そうだよぉ」
天城さんは渋り始める。
「愁くんっていっつも誰かといっしょにいて、笑ってるからさ。水差したり割り込んだりするのは苦手……」
「あ〜、わかります。なんとなく」
僕と同じように、変なところで変な気を使っちゃったんだろう。
天城さんはクスリと微笑んだ。
思わず。
自然と、いつの間にか見惚れて。
――綺麗だなって思っていた。
そう認識すると余計に気になって、顔が沸騰しそうになる。
天城さんは僕の視線に気づいたのか、僕の顔を覗き込んできた。
「私に会えなくて寂しかった?」
「わ――」
普段でも味わっているはずの近さに、思わず二歩も退いてしまう。
天城さんはそのことで頬を膨らませた。
――執着された。ヤヴァイ。
天城さんはがばっと抱きつこうとするように近寄ってくる。
「どうなのぉ? ね〜ね〜ね〜ね〜?」
「え、ええとですねぇ!?」
思わず声が裏返った。
少し咳き込み、じっと天城さんを見る。
もとい、耐える。
「お、女の子に、そう近寄られると、健全な男子高校生であるわたくしは、い、いろいろと困ってしまうのでありますですが、できれば少し、きょ、距離というものをですね……」
裏返る直前の声――キャラとか性格とか関係ないな。
動揺は凄い、酷く痛感。
「……女の子に、か」
「え?」
「ううん、なんでもない♪」
天城さんが、少しだけ寂しそうな顔をした気がした。
でも……今、目に映っている天城さんの笑顔は嘘とか無理やりなものでもなさそうだし。
「それよりさ♪」
そう前置きして、僕へと少し身を曲げる。
お辞儀、みたいな感じ。
片手をおでこの横にやって、敬礼をする。
「これからもヨロシク♪ 気軽に話しかけちゃうからね♪」
さらにウインクときたら。
――可愛すぎるんだよ。
絶句の意味も込めて、どう対応したらいいかもわからずにただ笑みを浮かべておく。
すると、コホンという咳払いが響いた。
僕じゃない。
天城さんでもない。
振り返ってみると――
「……そろそろ、説明でもしておこうかなっと思って、ね?」
正樹が爽やかな笑みを浮かべて、立っていた。
少しだけ夜の色がでてきた、校門。
やっと帰る――思わずため息を吐いてしまった。
防災訓練。
そんな、予告無く行われる行事が、まさか今日あったとは……思いもしなかった。
誰もいなかった理由が頷ける。
放送での指示じゃなかったらしいので、保健室にいってた小夜歌さんとトイレにこもっていた僕が知らないのも当たり前。
「片瀬く〜〜〜ん♪」
校門の真下を越す直前、声がかけられる。
振り返った。
「ふう……ふう……ふう」
息を切らせて、僕の前で立ち止まるのは天城さん。
今日、記憶に焼き付けるほど見た天城さんの美貌に、二度目となってもまだ、見惚れてしまう。
僕は気をまぎらわせるように口を開いた。
「ど、どうしたんですか?」
「ふう………………片瀬くん♪」
天城さんの後ろの方で、呆然としている――女友達みたいな人たちが数人。
あ、男もいた。
天城さんはそんなこと気にしていないという風に――実際気にしてないんだろうけど――僕へとにっこり微笑んだ。
「今日は帰り?」
「ああ、はい――部活やろうにも、腹の調子がまだまだ気になる状況なので」
トモダチにそのことを伝えておいたので、さっさと帰ってもいいだろう。
「そっかそっか。人それぞれ大変なんですなぁ」
ちょっとハイテンション気味に頷く天城さん。
僕は話題繋がりで聞いてみることにした。
「天城さんは部活ですか?」
服装はいつもどおり、手荷物に目立つ物なし。
何の部活か計りかねていると、天城さんは口を開いた。
「聖歌部。つまり、歌を歌うってこと。吹奏楽と違って結構楽なんだよ?」
「ああ……なるほど。僕の友達も聖歌部に入ってたと思います」
「ん〜、誰かな?」
天城さんが首をかしげる。
ということは、やっぱり目立ってはいないということか。
「千明希ちゃん」
「………………聞いたことがあるようなないような」
天城さんの表情は微妙だった。
だが、意地悪な光を宿した目を、僕へと迫らせる。
「名前呼びなんだ〜?」
「え、ええと、は、はい……」
「いいな〜」
「……」
「いいないいな〜〜」
「…………」
「いいないいないいな〜〜〜」
「………………小夜歌さん」
「前に天城さんはダメって言った気がするぅ」
少しだけ不満そうに頬を膨らませたあま……小夜歌さん。
小夜歌さんはすぐに表情を一変させ、ニコッと微笑む。
「それじゃ、気をつけて帰るんだよ♪」
「小夜歌さんも、気をつけてくださいね」
微笑返し、言う。
小夜歌さんは身を翻し、走っていく。
小さくなっていくのを見届けようと立ち止まっていると、小夜歌さんが振り返った。
そして――大きく片手を振る。
僕は思わず吹き出して、片手を振り替えした。
もう一度小夜歌さんは走り出し、今度こそ振り返ることなく友達らのところへ戻る。
それを見届け、僕は校門の作る影を越えた。
気分は、空の色とは違って清々しかった。
僕は、二人っきりという言葉が好きだ。
それ以上に、二人っきりという言葉が似合う状況が好きだ。
彼女といっしょに過ごす時間が楽しくて。
少しでもその時間が長く続いて欲しいと思って。
故に、二人っきりは凄い。
人間が振り回され続ける人間関係とか、細かいことを気にせずにいられる。
お互いがお互いを想うから、可能なこと――想いの成せる奇跡。
普段だと思えないことも、二人っきりだと想えてしまう。
普段だと形を成さない感情も、二人っきりだとはっきりわかるものになっている。
だから、二人っきりは凄い。
言葉じゃなくて、その状況。
僕はその、凄い二人っきりという状況で。
――心を今一度確かめたんだ。
足取りは軽い。
一歩先には明日が広がっている――そんな感覚がした。
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