♯21[崩壊の変化]
前に聞かされたことがあった。
祐夜の、夢。
祐夜の、思想。
『強い男に、なりたいんだ』
強いの意味とはなんだろうか。
私は、強さを追及することを義務付けられていた。
父からそう教わり、母からそれが正しいと言われ続けた。
私は父と母が嫌いだ。父と母のような人間が嫌いだ。
死ねばいい――檻のような存在どもは、死んでしまっていい。
それ以上に、檻のような存在どもに逆らえない自分が嫌いだった。
死にたくなったことは、数えられないほど。
でも、父と母によって作られた人格――【善い子】は消えてくれず。
死願はずっとずっと積もり続けると、思っていた。
そのときに出会ったのが祐夜。
今とは違ってちょっと幼い容姿をしていたけれど、その暖かさは今と変わらない。
いわば、規模が変わったといったところか。
最近になっていろいろなことが――祐夜に起った。
多分、今私の目の前にいる祐夜もそうで。
それが――祐夜の背を小さく、小さくさせているのだと、覚った。
CROSS!〜物語は交差する〜♯[崩壊の変化]
なぜこんなことになっているのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと記憶を遡る。
エンジン音がかっこいいのも、今は保留。
とにかく、行事かなにかではない。
推測できない非常事態――黒塗りの直方体な車に掻っ攫われた俺。
そう、校門前で拾われたのだ。
というか、左右でどっしりと構えている銅像のような黒服に強制的に乗せられたから、やっぱり攫われたのか俺。
「え、ええと……」
とりあえずコミュニケーションを図ろうと声を出してみた。
虚しく響く、というか無言の圧力が強まった。
横座りなんて経験したこともないのだが、この黒服たちは慣れっこなのだろうか。
遥か遠くに感じられる運転席から、柔らかい笑い声が響いた。
「……祐夜君、そう緊張なさらなくてもいいですよ」
「なんで俺のことを?」
「一言で表せば、【小道寺】の者だからですよ。
あなたは有名ですからね、小道寺美夏の選んだ――とか」
表情はわからないが、きっと爽やかな笑顔なんだろう。
それでも本能的に、信用できない感じがする。
そう、なんというか――社会人、みたいな。
いや、社会人全員がそんなんじゃないのはわかってるんだが、エリートみたいな、そんな感じ。
「美夏とはどうですか? 私はあんまり好かれていないようで、道徳の教育が過ぎたんでしょうか」
「美夏は良い子ですよ、俺よりしっかりしてますし、はっきり物を言ってくれるから楽って感じです」
「ほう……それは以外ですね」
声色が少し高くなった。
「家での美夏は、言いなりといった感が強いのですが、内弁慶の反対でしょうか?」
「家で自分を出していないだけだと思いますけどね、美夏の両親は大層【良い子】に育てたようで。それこそ、個々を潰してまで。
まったく――理解できませんよ」
敬語のノリがいい。今の自分は好調子だ。
「祐夜君はそう思うかい?」
「ええ――でも、美夏を大切にしてることだけはわかります。
ただ、それが美夏を苦しめてるって気づかないだけで、美夏が何を望んでいるかを知らないだけで」
相手が無言。なら、こっちも無言になるしかない。
俺は仕方なく押し黙ると、その変化はすぐに訪れた。
急激な速度の緩まり。急ブレーキ並だと思ったのだが、衝撃はなし。
そして、揃った動きで黒服が動き出した。
訳もわからず両脇を抱えられ、車から外に出されると――
「……邸みたいだ」
「そうでしょうとも。邸ですから。別呼称でいえば、別荘ですか」
やっと拝めた運転手の顔。
結構若くみえるが、黒服たちのボスみたいなものだろうか。
俺は思考を放棄して、邸を眺める。
洋館風の邸で、確かに古さを感じる。最近の家と比べれば不便だろうと思
う部分も多々あった。まあ、直感なのだが。
俺は一歩も歩くことなく、邸内へと連行されていた。
ドアひとつ、ドアふたつ、曲がってまっすぐ行って階段を昇って――の辺りで方向感覚がなくなった。
ひとつのドアの前で俺は降ろされ、ボス格っぽい運転手の人と二人残されてしまう。
「……ええと」
何があるんだろうか。
もうすでに日常外だし、いきなりここで勇者だ〜とか告げられても驚かない気がする。
運転手の人は俺へと微笑むと、後ろ手にドアを開けた。
「それでは歓迎しますよ……我が娘のお友達さん」
ドアの向こうにいた人間と。
この邸と。
運転手の人の言葉。
そのすべてが――繋がった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……なんか言ってくださらないと、話がはじまらないのですけど」
「ん、ああ、そうですね」
美夏がその隣にいる【お父様】を急かした。
俺を見る目だけが感情アリなのだが、どういうことか。
「今回来てもらったのは私の独断、美夏の現状を教えてもらうためと、あなたが美夏にとって害ではないかという判断をするためです」
「害ではないです、祐夜さんは私の最も親しい友人です」
「美夏、あなたはちょっと黙ってなさい」
【お父様】の反対には洋風の家に似合わない浴衣を着た【お母様】がいたりするわけで。
美夏は渋々黙ったので、俺は【お父様】へと視線をもどした。
「それじゃ、車で聞いたこと以外を聞くことにするよ。
美夏は女の子だ。私たちは、純粋なまま――箱入り娘で育てている。
高校生はまだ子供、親が友人の判断をしなくてはならない。と思っている」
「ッ!!」
美夏は一気に仮面を取り外して掴みかかろうとしつつも、身体が身動ぎもしない。
俺は美夏の様子を一通り確認し、【お父様】をまっすぐと見つめた。
「俺から言うことはひとつです」
いや、追い詰めた。
「あなたたちから――美夏みたいな良い娘が生まれたことが、今でも信じられませんよ」
「あなた、なんて態度で――」
「少し話をさせてくれるかい? 私は、彼に興味がある」
【お母様】が浴びせようとした罵声を【お父様】が押しとどめる。
【お母様】は今にも倒れそうなほどしどろもどろとなりながらも、美夏の手を掴んで去っていった。
俺はそれを最後まで見つめ、ドアが閉じたのを確認して【お父様】へと視線をもどす。
「美夏があんな風に育ってしまったのは、私の責任なんだよ」
「俺としては、あのお母様の責任が大きいと思っていますけど」
「あいつの理想を、こんな微量であっても叶えてしまったのが私の罪だ」
【お父様】はふうっと息を吐いた。
「さっきの言葉、意味はどうとればいい?」
「あなたたちのようなお堅く腐った脳の方針で、よく娘が育てられたな。という意味ですよ。
美夏は天才的なまでの忍耐力があるんでしょうね」
「――ああ、それはしみじみ感じてるよ。美夏は前からそうだった。
美夏はピアノも運動もできる万能に育てている。稽古なんて毎日だ。
優秀賞をとったっていうのに、しおらしくしていた美夏はこう言った。『女の子が感情を表に出してはいけません。どっしりと構えていればいいのですとお母様に言われた……』とね。
くだらないしきたりよりも、もっとくだらない」
「それでも、あなたはわかってない」
俺の言葉に【お父様】が眉を顰めた。
「俺はあなたたち、といいました。あなたも同類だと思ってます。
思案しているのはお母様のほうかもしれませんが、あなたはそれに逆らっていない。
あなたも本当は気になってるんです。自分の娘が傷ついたりしないか、その心配が自分の娘を孤独に浸らせるものとも知らずに、その心配が自分の娘を救うものと勘違いして、間違った方向に進ませている。
くだらないといいながらも、あなたもいっしょなんですよ」
「それは――」
「高校生はまだ子供、とおっしゃいましたよね? そのとおりでいったとしましょう。ならば高校生までも子供、幼稚園児の頃からものすごい躾をしてきたんでしょうね。高校生から後のことは考えてますか? もう子供じゃないから自由にする? 否――子供じゃないんだからといってさらに縛るでしょう。
美夏の意思なんて完全に忘れ去って、結婚して夫にすべてを託すのが女の役目とまで言い出しそうですね。そうなると結婚ですら御見合でしょうか。
そうなると美夏に自由ができるのはいつでしょうか? あなたたちが死んだとき――もう、青春どころじゃないですよね。
あなたたちは死ぬまで、美夏の一生を蝕むつもりですか?」
「そんなことは決してない。ただ、美夏のような高校生にはまだ判断力がなさ過ぎる。
不利益な友達を作るかもしれない。小道寺の後継者がそんなことでは――」
「あなたはタブーを犯しました。そして、真実を口にしました。
結局は、自分たちのことしか考えていないということですよね? 美夏のため、子供だから、そんなことを言って美夏の人権を醜く拒絶している。
美夏はそれに気づいてるでしょうね、高校生まで――十七年間ほどもいっしょにいれば、気づいているはずがない。
それでもあなたたちについていっている。そして、あなたたちはそれに甘えている。
マリオネットという言葉を知っていますか? 操り人形ですよ。あなたたちが求め、美夏の将来だ」
「違うっ!!」
【お父様】が掴みかかってきた。
俺はそれを軽く弾き、言葉を続ける。
「あなたは美夏の好きなものを知っていますか?」
「何を……」
「正直に答えてください」
「――ピアノだろう?」
「不正解」
俺は【お父様】に拳を叩き込んだ。
吹っ飛んだ後までは確認しない。
「言いますよ、一回だけ。くだらないあなたたちに一言だけ告げておきますよ。【親でもない糞共が親の名を語るな】親なら子供の好きなものを知っていますよね。友達の誰よりも長く時間を共にしているはずです。
あなたたちが見ているのは幻想ですよ。設定という幻想。マリオネットはこうなっていうるのだろう、っていうことを押し付けている。
あなたたちが親を語れるのなら――そんなことあるはずがない。
それとひとつ訂正を。あなたたちが友達を作らせなかったのだから美夏には友達はいません。つまり、美夏を知っているのは美夏だけなんですよ」
「……優しい美夏に、友達ができないはずがない」
起き上がったようだ。
俺は【お父様】の言葉を叩き潰すことにする。
「【善い子】をさせているだけでしょう? 本当の自分じゃない自分を好いている他人の、どこが友達なんですか?
それも、美夏の本質を完全否定したような――あの性格で好かれたんじゃ、堪ったもんじゃない」
【お父様】は俺の言葉を聞きながら、姿勢をもどしていく。
座りなおして尚無言を保つ【お父様】は、唐突に呟いた。
「……君は、美夏のなんなんだい? 恋人か、友達か。美夏の好きなものを知っているんだろう?」
俺は目を閉じた。目を開けた。
声に揺るぎはない。
「俺に、美夏が好きなものなんてわかりません。でも、教えてもらえることはできます。ただ――それだけの距離ですよ。友達って距離、そういうもんでしょ」
友達という距離。
恋人という距離。
曖昧だから、誤解もあって、自分ですらも理解できないことがあるけど。
外に出たとき、夜は深みを増して俺に募る居辛さを倍増させている。
夏でも夜風は冷たい……俺は、早まった脚を唐突に止めることとなった。
「……なんでこんなところで待ってるんだよ」
俺は思わず、そう吐き捨てた。
小道寺宅から大分離れているはず。【お父様】にここの住所を聞いたのだが、電車に乗らなくてはいけない上、駅まで遠い――車で帰して欲しかった。
その途中、まだ駅は見えないが小道寺宅も見えなくなった距離で……
「……祐夜、今日は悪かったな」
……美夏が立っていた。
肩を縮ませてそんなことを言う美夏に、にっこりと微笑んでやる。
「言いたいこと全部言っちまったぞ? 家に帰ったら大変だな。責任はとらん」
「……」
俺が横を通り過ぎると、美夏が後をついてきた。
俺は歩調を遅め、美夏の隣に移る。
「美夏、俺はお前の苦しみとか全然わかんないんだけどさ。
言いたいことがあるなら言ってくれよ。友達だろ?」
「……友達なんだな、やっぱり」
美夏と俺の距離が零となる。
それは俺が近づいたからじゃなくて、美夏が近づいたからで。
俺の肩にもたれかかった美夏が、小さく呟いた。
「……私は、欲張りなんだ」
それは独り言のようで、俺には割り込めない。
「祐夜、私には友達がいない。祐夜が友達になってくれるのは嬉しいはずなのに――お前には、もっと近くなってほしいんだ」
美夏の瞳が俺を捉えた。
それは熱っぽく潤んでいて、俺には止められなくて。
――だけど、俺の頭は醒めきっていて。
「……美夏。俺、言ったんだよ」
駅が見え始める。
美夏の目に、自分の目を合わせる。
「お前の父さんにはっきり。俺は『友達だ』
俺の気持ちは、そうなんだ――ごめん」
美夏の目が見開いて、弾かれるように伏せられた。
俺から離れるのも、すぐ。
「……始まる前に、全部終わっちゃったか。悲しいなぁ」
笑い声までついて、そんなことを言う美夏は俺より先を歩いていて。
駅の屋根に入り、俺はそのぎりぎりで立ち止まった。
「美夏」
そう言うと同時に、片手を伸ばす。
その片手は美夏に届いて、それを確認するとすぐに引っ張り込んで。
気づくと、俺の両腕には暖かい何かが抱きしめられていた。
「泣きたかったら――泣いていい。俺はお前の友達だから」
「……」
そう小さく、暖かい何かの耳元に呟いてやる。
少しして、俺の胸へ更に沈み込むと、小さい嗚咽がし始めた。
俺はそれをもやもやとした感情をもったまま見つめる。
だがそれも一瞬。
俺からゆっくりと、身を離したのは――美夏。
「……私は、そこまで弱くないぞ。馬鹿者」
涙の跡がついた瞳で。
作りだけど、心からの笑みをもって。
その言葉を述べた美夏は。
「……そうだな」
――誰よりも大切な友達だった。
もう大丈夫、美夏はもう大丈夫。
言い聞かせるというよりも、実感を生むために、心の中で何度も呟いた。
「はやく帰ったほうがいいぞ。夏祭りが近いから、リミッターがはずれてきているからな」
「平穏がないってか――了解、さっさと帰ることにするよ」
美姫のことが気になった。
輝弥と微笑んで、輝弥に微笑んで、輝弥だけに微笑んで――でも、やっぱり俺は、美姫が好きで。
すべてに諦めて、普通に振舞おうとしたけど、手放すことを選んだ俺は無情で。
いろいろ謝ることがあって、でも、それよりも先に――告げたい言葉があって。
一度も振り返ることなく去っていった美夏の後姿をぼんやりと思い出しながら、切符を買おうと駅内へ振り返り――
思考回路が弾けとんだ。
痛みとはいえない衝撃が全身を駆け巡る。
夜だと、あんまり人はいなくて。
そのとおり、一人以外の者はいなくて。
俺以外にいるその一人は、俺の前で立っていて。
――美姫。
そこまで思考回路が到達して、足が動いた。
その名前を呼ぼうとして、視界が暗転する。
「美………………」
息が詰まる。
咳き込み、身を折ってやっと、自分は駅にある売店を閉じているシャッターにもたれかかるようにして倒れこんでいるのだと気づいた。
「………………姫」
辺りを見回す。
美姫という存在は、もうどこにもいなくて。
そう、まるで。
――消滅するかのようにどこにもいなくて。
俺の中で何かが壊れていく。
何かが零れ落ちた。
それが大切だと気づきつつも――もう選択は変えられなくて。
何がいけなかったのか、何を間違えたのか。
否、何も間違っていない。何も悪くない。
ただ――俺が。
俺の何かが、足りなくて。
誰かと傷つけたのだと気づくと、震えはのし上がってきて。
繰り返す――前と同じことを――クダラナイ――クダラナイクダラナイ――
「が………………」
一度声が漏れると。
抑えていたすべてが崩壊して。
求めるものへと一直線な【俺】が――他人すべてを想わんとする俺に相対するといっていい、求めるもののためなら何を傷つけてもいいと自分だけを想わんとする【俺】が、すべてとなって。
「が………ガガ………………」
失うことの痛みを恐れるからこそ。
恐れることを嫌うからこそ。
すべてを失うことから目を逸らすのであって。
――頭をシャッターへと叩き付けた。
何度も何度も、渾身の力を込めて、何かを振り払うように。
こみ上げた何かを消し去るために、すべてを壊すように。
ドス黒い何かは狂気に狂喜し、捕食者という恐怖となる。
「………………」
帰らなくては。
今の俺を抑えられる、数人の元へ。
誰かが傷つく前に、最悪の可能性が紡がれる前に。
俺はゆっくりと、重い足を動かした。
夜の冷たさも、感じられなくて。
自分が息をしているのかも、わからなくて。
すべてを【俺】に奪われていて、それでも俺が俺でいる理由があって。
その少女に、何度も何度も謝罪を述べながら、歩みを止めることはなかった。
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