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さまーすもーるすとーりー【SSS】10
 気兼ねないなんて馬鹿らしい。
 なぜか世界がとてもくだらないものに思えた。
 何かが変わっただろうか、何かが壊れただろうか。
 否――それでも。それでも。
 この風宮島へ逃げ帰ってきたのは美姫の意思だ。
 なら。
 その尻拭いをするために、この島を出て行くことが俺の意思だとしたら。
「決別だよ――美姫」
 その言葉を告げる日が来るだろうか。


 CROSS!〜物語は交差する〜


 鷺澤の父が死んだ。
 美姫がその跡取りとして、責任を負うことになる。
 その先――目に見えていた。
 だから俺が動く。
 部屋にあるPC。まだ年季の入らないそれも、良い思い出しかなかった。
 OSを立ち上げる。
 起動――数秒、インターネットブラウザをクリック。
 起動――アドレスを打ち込む、数秒もかからずにホームページが開いた。
 鷺澤グループホームページ。更新はされていない。鷺澤宗一郎が死んだ事実はまだ知れ渡っていない。
 なぜだ――ひとつの名があった。
 美沢朱美。秘書――経営代行者といったところか。
 宗一郎の尻拭いをするつもりか、それとも……
「あの……祐夜さん」
 反射的に目を上げる。
 俺の眼光にビクンと跳ねたのは、血を同じくする妹。
「ご、ご飯できました。美姫ちゃんも……います。いっしょに食べませ――」
「悪いけど、今から用事があるんだ」
 純粋無垢な存在、日常を取り戻そうとしている。
 その想いを一刀両断してやり、無理に浮かべた笑顔がさらに引きずっていったのを見た。
 その横を無言で通り過ぎ、頭をクリアにする。
 ――今までの俺がしていたことはなんだ。
 ママゴトだ、序曲だ、序章だ。
 ――ママゴトは終わりだ。


 礼儀なんて知る由もなかった。
 アポ取りもせずに来た報い――訪れない。
 エレベーター前に扇動され、最上階へと上がらされる。
 音が響き、ドアが開いた。
「やあ、君が三井祐夜くんだね。歓迎するよ」
 待ち構えていたのは女性。
 幼い顔立ちをしていながらもそれなりのスリーサイズをもっている、美女。
 目は眩まなかった。
「美沢さんですね」
「朱美でいいよ。祐夜くん」
 180°展望できる窓ガラス。防弾かどうかの判断はできない。細工は、ない。
「朱美さん……鷺澤グループをどうするつもりですか?」
「やっぱりその用件できたか。まあ、あの小娘が吐いちゃったんだから仕方ないよね」
 美女とは薔薇だった。
 思わずおぼえた恐怖を飲み込み、口を開く。
 震えては、いない。
「単刀直入にいいます。美姫の持つ株20% 小道寺の持つ株30% あなたから1%の株を私にいただきたい」
 嘘だった。
 だが、美夏への連絡も済ませている。
 美姫への連絡も済ませている。
 すぐに俺のもとへ集う――その価値がどれくらいなのかはわからない。
「へぇ、小道寺グループもここを買収しようとしてたのか、それは意外だったよ」
「すべて俺のところに集まっています。つまり、俺は50%を得ている」
「すぐに潰れるこの会社を手に入れようって魂胆?」
「潰しません。あなたにも協力していただきます」
 美沢朱美の目の色が変わる。
 大勝負の時――できるだけ余裕をみせなければならない。言葉の勝負において嘘を真実にできるかどうかが勝敗を決める。
「あなたは秘書です。指揮のほうはだいたいの理解をしている。
つまり、このままあなたが引き継ぐこともできるわけです。
無理に1%をくださらなくて構いません。あなたが50%を得ているわけではない」
「――他会社に吸収されるだけ、といいたいのだけど?」
「吸収される前に、吸収すればいいんです」
 自分を作れ、構成しろ――言い聞かせる。
 震えそうになる手。握り締めるという動作すら起こすわけにはいかない。
「小道寺グループ以外に、片瀬という会社を知っていますか?」
「……食品系の会社だね。結構大きい」
「あそこの社長には、一人娘がいるんだそうです」
「………………へぇ」
 俺の意図を理解したらしい美沢朱美は恐ろしいくらい美しい笑みを浮かべる。
「可愛い顔して怖いこと考えるね。何のために?」
「……美姫が、追われてほしくないんです」
 嘘。
 真実。
 カードは回転し、止まらない。
 迷走――美沢朱美は満足したように視線をはずした。
「今度、君にはいろいろ叩き込ませてもらう。
とりあえずもどってよ。風宮島までは遠いんだからね」
「……はい」
 エレベーターに乗り込む。
 ドアが閉まり、降下していく。
 自然に笑みが漏れていた。
 心地良い闇だ――美姫、優衣、美夏、瑞樹、春花、天宮。みんなには見せられない顔だった。


 無音の夜だった。
 物音立てずに自らの部屋へと入り込み、息を吐く。
 打てる手は――ゴトッと物音がした。
 ベッドの不自然な盛り上がり。その中から悲痛の叫びがする。
 だが、あえて無視しておく。
 相手はしてられない。
「考えろ……奪われないために……奪うために」
 何ができるのか――
 何をすべきなのか――
 しくじらないために――
 すべてを、捨ててでも――


 目を開けた。
 いつの間に眠っていたのか、記憶はない。
 だるい身体を起こし、時間を確認する。
 部屋を出た。


 リビングには誰もいなかった。
 時間帯でいえば、授業は開始しているといったところか。
 テーブルの上にある食事、ともにある置手紙。
 手紙を先に開き、目を走らせる。
 ――気を使われていることがわかった。
 食事に手をつけようとして、電話が響く。
 受話器を手に取り、心が切り替わった。
「朱美さん」
『とりあえずこっちで寝泊りしてもらうことになったから、ヘリを送る』
 簡潔な内容。
 俺は考えをめぐらせながら口を開いた。
「……友達を二人ほど、連れて行ってもいいですか?」
『なんで?』
 声色の変化。探りをいれられている。
 思考を根本へめぐらせないようシャット。
「使えるやつらなんです。必要だと思うので」
『……好きにしていいよ』
 プツリと切れる。
 力の消耗。食欲消失――この程度の人間で、いていいはずがなかった。
 すべてを動かさなくては生けなかった。
 ポーンでも、ナイトでも、ルークでもない、王になる必要があった。
 それよりも大きな、プレイヤーになる必要があった。
 刃となり、盾となり、機械となる必要性。
 受話器を握り締める手がとてつもなく酷くなっていた。


 学校に忍び込む。
 走っても走っても呼吸は乱れず、走っても走っても力がなくならず。
 そして、見つけた。
 そいつらは俺を見つけると、親しみを持った笑みを浮かべ――すぐに表情を険しくした。
 俺はその反応を嘲笑う。
「御劉、輝弥――俺と来い」
 俺は俺ではなくなっていた。


 一歩踏み出す。
 もう一歩踏み出す。
 三歩目は必要なかった。
「それが君の精鋭かい?」
 俺の背後に目を移し、つまらなそうに呟いた。
 俺は無言で美沢朱美の横を通り過ぎる。
 初めて乗ったヘリ。興味は沸かない。
 隣へと寄り添ってきた美沢朱美。振り払う気にはなれなかった。なぜかタバコが吸いたくなってきた。
「未練はない?」
「………………」
 目を閉じる。目を開ける。
 無言――美沢朱美はそれをどう取ったのか、満足げに嘲笑っていた。
 気分は悪くない、自分が自分じゃなくなっているのはわかっていた、いつからかはわからなかった。


「それじゃ作戦概要を」
 思案していた脳裏を突き破る美沢朱美の声。
「祐夜くんが何するのか。そっちのほうは口出さないよ。
情報を引き出す、できるなら弱みを握る。そうすれば脅せる」
「怖いこといいますね」
「都合悪いかな?」
「いえ……そういう女は好きですよ」
 酷く黒い笑み、自分も同じ顔をしているのだろうか。
 背後にいる親友二人――見ることはできなかった。


 女を口説く方法――わからなかった。
 着替えさせられた服、細工された顔、別人になった気がした。元々、自分の知っている自分ではなくなっていたが。
 場所はただのスーパー。鼻歌混じりに買い物をする様子はとても楽しそうで。嫌いじゃなかった。
 俺はカートを押し、進行経路を予測――自己進行経路を決める。
 予想通り、ふたつのカートがぶつかった。
「すみません。大丈夫ですか?」
 片瀬葉月――誰かと美沢朱美に尋ねたら呆れられた。女性ファッション誌のモデルと聞いた。
 スタイルはよかった、ルックスもよかった。だが気にならない。
「あ、大丈夫です………………卵さぁん、無事ですかぁ?」
 間延びした声で手に抱えた卵パックを心配そうに見ている。
 ――自分を作る。
「ヒビがはいってたりしたら、申し訳ないですね……」
 彼女の買い物も自分のカートへ入れる。
 新しい卵パックを手の取り、入れる。
「ぶつかったのは俺ですし、ここは奢らせてください」
「えっと……悪いです」
 すまなそうにする彼女。
 なんとなくデジャ・ヴを感じた。正体不明の感情が沸く。微塵でしかない。
「いいですよ。これでもバイト代が入ったばかりで、ちょうど買い物にきただけで何か買うつもりもなかったですし……肉じゃがですか?」
 カートの中を見るまでもなく材料を記憶から引っ張り出し、レシピに当てはめる。
 彼女はコクリと頷いた。
「ワインを入れたらおいしいと聞いたんだけどね、酷い味だったよ。コーヒーかなんかみたいに、馴れないとおいしく感じないのかな?」
「あ、えっと……あーゆーのは少し入れるのがミソなんですよ」
 突然の会話による同様、不信感の度合いもまだ許せる、計画に支障はない。
「手慣れてる人は違うな。俺なんかはバイトが多すぎて月一作るか作らないか。
エプロンを着ている姿も様になってるんだろうね」
「そ、そんなことないですよ……」
 学校生徒とでも解釈してくれたのだろうか、打ち解けた。
 箱入り娘なのだろうか、疑の心がない。仕事が楽になる。
 ほめちぎる。称える。知らない方面には触れない。それでも少しは触れる。
 感情量をも支配し、不信感を抱かせない。親近感を抱かせる。他人の心をも操れる気がした。
「そうだ、あの店のパフェって知ってる? とってもおいしいらしいんだけど、奢るついでに食べないか? お金には余裕があるんだけどね」
 美沢朱美に渡された軍資金――困らない量。
 考える様子、ちらちらと向けられた瞳、穏やかな笑みを貼り付ける。
 手ごたえは、あった。
「なら――お言葉に甘えちゃいますね」
 心の中で自分と、彼女を嘲笑った。


 十分――彼女の話を聞き続けた。
 二十分――こちらの話を言い続けた。
 三十分――効果は現れた。
 媚薬。ホルモン関係に影響を及ぼす現実的な惚れ薬。
 火照った頬をした片瀬葉月。俺は目を閉じる。
 ママゴトは終わりだ――目を開けた。
「片瀬さん」
「え………………」
 彼女の顎を指でなぞってやる。
 その動作ひとつひとつに反応を返す彼女、高まりを温度で感じ取った。
 内に眠る彼女を裏切るかのような黒い欲望、満たすことで――彼女という存在は俺のものとなる。
 その後に言ったこと、起こした行動――思い出せはしなかった。


「どうだった?」
 バー。
 雰囲気が苦手だった。 一番腐ってる人間が集まる場所だと思えた。そんな匂いがした。
 美沢朱美が飲む酒、種類なんてわからない。
 氷と氷のぶつかる音が心地よく思えた。
「心は掴めました。弱みも――」
 美沢朱美に一枚の紙を見せる。
 紙は写真。雄と雌が欲望を打ち合っている写真。
 その後、定形外封筒を振る。
 美沢朱美は酷く恐ろしい笑みを浮かべた。
 本当に、嫌いじゃなかった。
 俺は美沢朱美と同類なんだろう、今は。
 だからだろうか。
「それじゃあ、美沢朱美さん」
 その表情を。
「はじめましょうか」
 苦痛と絶望に染めたくなるのは――
「あなたと俺の、交渉を」
 俺は悪魔の表情を貼り付けた。


「偶然にも、片瀬葉月――いや、片瀬グループは鷺澤グループの株を持っていましてね。
息のかかった者に交渉させましたよ。これを使ってね」
 定形外封筒をパッパッと叩く。
 美沢朱美さんの瞳が俺を敵と認識した。無言の圧力は相当の――
「……あの二人か。でも、それがどうしたんだい?」
「御劉にデータベースへアクセスしてもらい、熟知してもらいました。
輝弥も新たな情報網を理解した頃でしょう。『あなたは必要ありません』」
「……自分たちが偉いとでもいうつもりかい? 子供の我侭もいい加減にしなよ」
 美沢朱美の目が険しくなる。
 ただそれは自らの状況を理解していないだけで、首下に押し当てられたナイフに気づいていないだけ。
 壊れた俺にできること――あざ笑った。
「俺たちはあなたを利用したんですよ。ただ、すべてを熟知するために。
俺たちは元々――超人なんですよ。
ちょっと秀でたくらいで図に乗るんじゃねぇぞくそが」
 美沢朱美の髪を掴む。
 五指を食い込ませ、苦痛に眉を顰めた表情を堪能する。
「消えてくださいよ、美沢朱美さん。
もうあなたは『いらない』んだ」
「……そうか」
 やっと理解したらしい美沢朱美。
 俺は感情を切り替えた。
「朱美さん……交渉ですよ」
「ッ!!」
 瞬時に行動を起こし、美沢朱美の唇を奪う。
 快楽――なかった。
 片瀬葉月のときと同じく。
 ただ、冷たくなっていく自分がわかった。
 薬の効果は絶大。火照った表情で恨めしそうに俺を睨む美沢朱美。
「……ちょっと、良いかなって思ってたんだけど」
「それならきっと嬉しい交渉ですよ。交渉内容は簡単で、的確です。
ただひとつ、それだけを守ってくだされば構いません。
『俺に従え』」
 自分には表と裏が存在する気がした。
 最後の言葉から、自分は裏となった。
 そして――美沢朱美を落とした。


 ヘリ。
 ヘリで始り、ヘリで終わる。
 行く前の俺、行った後の俺。嘘偽りの度合いが違った。
 女の味を知っていた。
 ――くそまずかった。
 笑顔がたまらなく恋しかった。
 すべてを終えた。
 普通にもどれる。
「弟………………君……」
 俺はおもわずギラリとした目で音源を睨みつけ、すぐに笑顔の仮面を被った。
 美姫。
 何度も思い描こうとして、やめた存在。
 俺が都会へと出た理由。
 歩み寄ろうとして、やめた。
 その横には、見知らぬ誰かがいて。
 美姫を抱き寄せていて。
 美姫としっかり手を握っていて。
 そして、気づいた。

 ミキハオレノモノデハナクナッテイタト――


「美姫の父さんが死んだという設定で、そんな夢を見ていたと……」
「まず、ありえないです。優衣ちゃん!? 私が弟君以外を好きになる!? 否、あるはずがないっ!!」
「まあ落ち着け」
 優衣に掴みかかりそうな美姫を押さえ込み、座らせる。
 夜中、突然俺のベッドにやってきて話をはじめた優衣。美姫がいるのは途中からだが。
「……で、結局優衣は何が言いたかったんだ?」
 俺は優衣へと向き直る。
 ベッドの上に座って話を聞いていたのだが、結局のところがわからない。
 優衣は身を乗り出し、俺の目を覗き込んできて言った。
「エッチなのはいけませんからね、お兄ちゃん!!」


結構後悔してます。
筆が乗らなかったのは事実。
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