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♯17[真実の理想郷]


 階段は、少し縮んでいっていた。
 瓦解、とでもいえばいいのか。音も無く、まるで地震に揺さぶられるかのように崩落していっているこのガラスの階段。前訪れたときはあんなに透き通っていたのに、今ではほとんどにひびが走っていて、見える限りに透明さを保てているものはひとつもない。宙の色の脈動も、目が痛くなるくらいに移り変わりが早かった。
 不思議というより、これじゃまるでホラーだ――もう、夢と現を繋げていられる時間がそう長くないのかもしれない。
 はやくいこうと、意味を籠めて片手を差し出す。だが、美弥子ちゃんはどうしてもその手を取ろうとしてくれない。
 なぜなんだ――そんな俺の疑問を察したかのように、美弥子ちゃんはぽろりと零した。
「夢でのこと。所詮、その程度だから」
 あまりにも無機質な顔をして。







 CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜







 どういうことだよ。
 訊きたい。訊かねばならない。しかし、訊いてしまえば、もう崩れてしまう気がした。
 イメージ。もう、彼女を美弥子ちゃん・・・・・・とは呼べなくなるであろう。単なる予想にすぎない。予想の理由。訊いてしまえば、きっとそういうイメージを理解することとなるから。
 迷う。するとどうしたことか、俺の不安を察したように彼女もどんどん表情を曇らせていた。俺の今の状態は、彼女の瞳のように揺れに揺れているかもしれない。それならば、彼女を見て不安を抱く俺と同じく、俺を見て彼女も不安を抱いたのか。
 そんなとき、俺ならどうする――いや、どうした?
 彼女に不安になってほしくなくて、俺は一体どうしたんだ?
 答えは、知っている。
「……どういうこと、なんだよ」
 気合を振り絞って恐怖を振り払い、言葉を吐き出した。途端、水分不足でねばねばになった唾が舌に絡まって、不快な気持ちをくれる。どうということはない、耐えられる。
 そう、全てを訊き終えるまでは、耐えてみせる。
「この夢の存在理由、わかる?」
 わかるか、などとは今さらすぎる。
「――美弥子という人物の、自分自身がこうなってほしいという、願い」
「そう。髪型がどうで、しゃべり口調がどうで、周りがどうで、毎日の生活がどうで、それにどう応えていて……自分に関する、想像。
自分に関する夢を・・・・・・・・見ている・・・・ということは、どういうことかな?」
 自分に関する夢。
 自分すらも夢ということは、自分は何処にもいなくて――いや、中心になるやつが、自分になるのか。
 だがそれはおかしい。違う自分を夢見て構築されたものなのだから、違う自分の方は本当に自分なのだろうか。
 ――想像された方と想像する方を、もし別だと考えるならば。
 その"IF"は、まさかと九割方信じられなくて、同じくらい信じてしまっている、残酷な予想図だった。今のこの展開で彼女がもし俺に伝えるならばという"IF"にも、上手く当てはまってくれる。重要かつ、どんでん返し的な、予想外。
「こうなればいい、どうなってくれればいい。そんな夢で形作られて、さらに真野美弥子まやみやこは別の願いもかけたの」
 それはわかる。
 白い世界で見届けたあの花束が、脳裏を駆け下りていった。
「死んでいって欲しくない人の、永遠の生命――尤も、強すぎた願いに≪"夢の国"行きチケット≫が応えただけだから、本来夢見たとおりにはいかず、絶望の連鎖が出来上がってしまっただけだけどね」
 彼女が、自らの人差し指を唇に当てる。
「それで、回答は決まった?」
 目を瞑った。
 ――まとまっている考えを、再び組みなおす。
 変わらない。何も変わってはくれない。
 思い込みであってほしかった。だから、おそるおそる、その言葉を口にした。
「……俺は」
 しかし、紡ぎだすうちに心が揺らいでしまって、彼女を直視し続けるのは叶わなかった。
「助けなくちゃならない。美弥子ちゃんを、連れ帰らなくちゃならない」
 言い終えたその時、彼女がふわっと両腕を開く。思わず伏せた目を上げた俺を前に、彼女は呟いた。
「正解」
 風もないのにはためいている彼女のワンピース。柔らかい笑顔が、少し悲痛だった。
 だが、なぜか今度は目を逸らさずに済む――いや、多分、見納めのつもりだったのかもしれない。
「なら、呼びかけて。私に、強く強く叫んで」
 なんとなく拒否できない彼女の声。しかし、戸惑った。そんなことをすれば、彼女も俺も、もっと傷ついてしまう気がした。
「――私を通して、彼女に届くから。あなたの言葉、ひとつも漏らさず彼女に届けてみせるから」
 付け加えられるその覚悟を聞いて、俺から迷いはなくなる。
 大きく、息を吸った。
 静寂。聴こえないはずの、一本線の音を耳にした気がした。それをバックに、俺は腹に力を込める。
「――悩んでてもいいんだよっ!!」
 拳を横に振って、緩められた蛇口のごとくことばをどぼどぼ溢していく。
「悩んでいてもいいんだ。迷いもするさ。人間なんだから、仕方ないんだよ。ってか、そんな年でそこまで考えてるなんて、将来が輝かしいだろうが。その賢さがちょっと羨ましいぞコノヤロウ。でも、やっぱりお前はまだ子供なんだ。悩んだだけで終わって、迷っただけでお終いだ。そんなんじゃ意味無いって気づけよ。馬鹿っ。
こうまで言ってもわかんねぇフリするんなら、悩んじまえ。悩んで悩んで悩んで、悩んだあげくに悩む以外のことができなくなっちまえばいいんだ。ずっと落ち込んでりゃいいんだ。
でも、もし前を向きたいって思ってんなら――来いよ。
子供のお前を、落ち込みから立ち直るまでくらいは抱きしめといてやれる。どうだ、悪いはなしじゃないとおもうぞ」
 息が切れるまで叫び続ける。感情を吐き出して、少し余裕ができた。応えてくれないかもしれないという不安もない。
 だって、叫ぶ相手はあいつなんだから。
「よし、ならこうしよう。おまえのだいすきな寒天こんにゃくジュースを一ダースつけてやる。もしこなかったら、化学反応起こして固めて寒天とこんにゃくに分離しちまうぞ。ぜーんぶだぞ。一本も残さずだぞ。一滴も情けはナシだぞ。
さらにおまけで、俺とバスに乗って帰れます券を一年分プレゼントしてやる。嬉しいだろ、喜ばしいだろ。舞って踊って体現してくれていいぞ。いっそへそ出し踊ってくれ。五年かそこらしてからっ」
 少し冗談をかました。訊いて欲しい相手と、昔の俺はこんな会話を交わしていたのだ。
 何も気づかずに。こんな夢を見る程つらがっているとは、毛頭気づけずに。
 あの頃みたいになれるだろうか。バス内で。馬鹿みたいな談笑を。飽きもせず毎日、毎日。


 ――そして、
 それは答えるように、舞い降りた。


 同時、無音の崩落だったはずのものに音が伴う。ガラスの階段の崩壊速度が上がり、足元から欠片が数個、ふわりと舞った。
 時間が無い。焦りをおぼえる。美弥子ちゃんの夢だった彼女から、弾き出されるようにして構成されたそれに、両腕を最大限伸ばす。
 届くか――いや、届け!
 願いが届いて、俺はそれを抱き止めることに成功する。
 それは、未だ光の卵だった。
 だが、掴まえると同時に殻が霧散して、中からは――眠る綾乃ちゃん・・・・・が。
 はてのない物語でも登場したんだ。そうだろうとは、少なからず確信していたさ。それでも、こうも目の当たりさせられると、また混乱しようになる。
 しかし、そんなものは後回しだ。今はまず、うつつへ。
 綾乃ちゃんを抱きしめる腕を強めて、踵を返す。ところどころ崩れた階段を、全力で急進していく。
 駆ける。走る。踏み込む。蹴り上げる――そんな中だ、
 ああ、もういいかなと、安心感が胸を占めた。
 もう大丈夫と、また意味の無い確信だ。だが信用できてしまっている自分がいて、だから、俺は最後の心残りを解消しようとする。
 覚悟を決めて、首を捻って背後を振り返った。
 綾乃ちゃんを引き出した反動で宙に投げ出されてしまった彼女。見たのに、綾乃ちゃんの方を優先させたのは、彼女の目が俺を突き動かす力になったからだと思う。
 その目が、最後の言葉を語ってくれた。
 ――ば、い、ば、い。
 階段が駆逐され、俺と彼女との間で裂けた。
 二つは、まるで存在することを否定されるように、宙から殺戮の限りを尽くされ、粉にすらならない。
 そして俺達は、極光で視界が麻痺して、何も解らなくなって、

 超最終後書記録計画


 無事完結をおさめたCROSS 拝読ありがとうございました。
 『え? どこが完結なの?』 いえいえ、そうご冗談をおっしゃらないでください。どこからどうみても正真正銘の終幕じゃないですか。クライマックス突っ切った後の爽快感ひゃくぱーせんとじゃないですか。もうバファリンなんて目じゃないんですよっ

 最後なのにこんな後書でいいのかと。まあ、いいんじゃなーい?(一時期友人との間で流行った挨拶
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