物語が終焉を始める
始まりのこの場所で
終焉をもこの場所で
♯09[拾われたそれは、今を垣間見た]
0.
「此の場所で、ある実験が行われていたんだ」
山奥にあるとは思えない、幻想的な施設。
床はまるで鏡のよう。壁や天井も同じ材質なのか、重みのあるネイビーブルー色の中に照明の光を映していた。
そのフロアに鎮座するものはただひとつ。
いや、
巨大なカプセルに巨大な足がついたかのようなソレと、
ソレに接続されているケーブルの数々と、
ケーブルのもう一端たる数種のパーソナルコンピューターと、
をひとつの集合体と表すならばだが。
「擬似魔力。原子力を超えるエネルギー体で、この島でしか確認されないという稀なもので、世紀の大発見だった。
科学者達は秘密裏に擬似魔力の観測を続け、それの蓄積と駆使を可能とした」
篠崎が言う。
「だけど、その技術が認められることはなかった。エネルギー発掘場所が限定的なことや、エネルギーに見合うスペックの物が流通してないことから保留とするしかなかったんだよ。
そのエネルギーを生かす発明は続いて、人型機械が作られた」
愛乃が言う。さらに、言い連ねる。
「銃火器特化型人形機械『σ』に、近接超特化型人形機械『θ』さらに対零距離戦柔軟対応型人形機械『K』
殺戮兵器の開発へと方針が、あまりにも自然に変更していた。研究者チームは魅せられたんだろうね」
「そして、それは止められた。四人の者達によってこの研究施設は重要機材を破壊され、止めざるを得なかった」
篠崎が五人へと振り返る。
「この、施設の躯。今私たちが占拠している。そして、この地はもうじき戦場となる――\\"黒"関連で」
空気が変わった。誰しもハッと息を呑む。五人の内四人が、カプセルを見上げる。
ボコボコという泡の溢れる音を響かせるその内は液体に満たされ、緑色の発光で輝いている。そこには包帯のようなものでがんじがらめにされている、一人の少女が。
銀髪。目蓋は閉じられていて、安らかに眠っている様。
「命令を言い渡す。眠り姫を護り抜け。そして、絶対に殺られるな!」
同時、数十の"影"が参上した。
CROSS! 3rd〜輝かんばかりの交錯を〜
第九話:拾われたそれは、今を垣間見た
一番最初に動いたのは、愛乃だった。
驚くことも戸惑うこともせず、冷醒に何事かを呟く。
先手を取ったつもりなのであろう"影"の黒を鞭とした攻撃が伸びるが、六人の誰に当たるわけでもなく宙の一点で張り裂けんばかりの雷電に触れて持ち主へと弾き返された。
それで怖気付いた風なく、即座に第二波が飛ぶ。
「コンタクト!!」
それの全ては、陽菜が両手を上げて展開した障壁波によって愛乃のとき同様に防がれる。
次の瞬間、五人の中からひとつの人影がなくなった。
次の瞬間――\\"影"を巻き込む閃風が吹き荒れた。
"影"が叩き飛ばされ、いつの間にやら奏がそちらに移っていたことが露わになる。
尋常じゃない高速に身を置き、奏は間髪入れず手当たり次第に"影"を殴打蹴打していく。"影"の矛先が奏へと固定されていって、まるでそれを待っていたかのように奏が引際を今として、大きくその場に飛び上がる。
「コネクトオン」
そして、横薙ぎに豪速する鞭のような刃が往って、"影"が全て掃われた。
死という概念がないかのよう。
"影"の消失の様がまるで霧が散るかのようだったから、生物の死とは次元が違う。
篠崎は掌から出した周辺機器をそのままに、"影"の一掃されたそこを走り行く。
彼が行った半瞬後に新たな"影"が群がり始めていって、そうして篠崎は何の阻害を受けるもなく駆け抜けていき。
「――誰だ」
「煌和豊」
真紅の閃刃が、篠崎の黒刃と押し合いへし合う。
煌は涼やかな顔をして、篠崎は歯を食い縛るほど必死で、
「"夢の国"から飛び出した物を回収にきた、キラメキが人だ」
次の瞬間、篠崎が横へと薙ぎ飛ばされた。
1.
勢いをきちんと殺し、篠崎はトンッと壁に足をつける。
壁といってもそれはネイビーブルーではなく、すでに彼は室外へと飛び出していた。
言葉通り、山に穴を穿ったかのような豪快な仕様。丸く広めに作られた入口前の場からは、落ちたらひとたまりもないであろう大草原が覗ける。
端々はうっすらと緑色をしているその場が、彼らの戦場だ。
重力で下に勢いづくより早く、彼は蹴り込んで跳躍をこなした。
力の具合は一方向でなく、回転を加えてのその跳躍に彼の刃が付き従い、螺旋を描いて彼を囲う。
防御行動。煌は下手に攻撃しても隙を見せてしまうだけと考え、彼の動向を静観する。
煌の近くで着地した篠崎が、片手と両膝をついた姿勢のままで強引にもう片手を振り上げた。螺旋から直線へ、刃が煌に伸びる。
変芸自在のそれは、篠崎が振り出すとともに振り戻したために、予想外にも急速で打突を繰り出した。
煌は半歩退き、ズザァッと切り伏せる。篠崎の刃は敗れ、しかし煌の意図通り砕けはしない。
一手。二手。三手四手。五手六手七手八手。
連撃に合間を作らず、篠崎は打ち込んでいく。
その一撃一撃の全てが煌が予想できていない随所ばかり。しかし煌は臨機応変に反射神経を尖らせ応戦する。応戦できていた、その瞬間が来るまでは。
篠崎のもう片手、いや、もう片腕に装着されている鉄塊が突然牙を剥いて、煌の致命打を狙う。
反射的に刀身を合わせ、その重量さにハッと息を呑まされつつ、無数にある小刃の回転で弾かれそうになるのを必死に堪え、煌は不意の突然に対応し切る。
息を吐く間はない。煌の視界で、篠崎が今まさにもうひとつの刃を振るわんとしていた。
流れがどちらに向いてしまっているかを考慮し、煌はその打開をも目論んで彼我距離を肥大させる。飛び退きざまに小刀を懐から掴みだし、投げた。
篠崎の予想外を誘ったわけでもなく、来訪物の全てが黒刃に触れて真っ二つに切り分けられる。力を無くしてカランと落ちるそれを見届け、煌は篠崎を見た。
「追い求めるかは自由だが、その先にある物は決して貴様らのためにはならない。
その力、今すぐ捨てよ」
灼眼と、それに相対する碧髪を持ち合わせる若き少年。煌がキリリと大人びた顔をして、篠崎に言う。
まるでその尾であるかのように宙を揺れ動く黒刃をそのままに、篠崎がフンと鼻で笑う。
「私を屈させてみろ。できたならば、答えを。できぬならば、辱を」
「……ならば、往く」
煌が舞い戻った。
半瞬もかからず辿り着いて、篠崎は今一度剣を交えることとなる。
2.
煌は二度フェイントをかけた。本命の一撃は下方からの振り上げ。それはどの刃に防がれるわけでもなく、篠崎がステップを踏むことで躱される。
そうして温存した二手を振りかぶり、篠崎は必殺の剣閃をなぞった。
一撃二撃程度ではなく、追撃にこそ意味を持たせて。
そうして翻弄される煌の刃は、トドメという風に強く振られた一方によって大きく突き放される。
がら空きになった煌の懐が見えた――絶好の位置にもう一方も振り上げられている。
実に四十五度目の切り結びの末、篠崎は遂に長剣の防御を貫き通した。
奴めに気を纏った一撃を叩きつける。その一撃は重量な圧力と質量を持って凌駕をこなす。
――はずだった。
煌は感嘆していた。
対する相手は、疾駆に身を委ねている。ここまで流れるような動きの者は久々だと、煌は武者震いをおぼえていた。
剣をあらぬ方向へと弾かれても、煌は傍観者のような心情で視ていた。
しかし、振り上げられた巨大を見た途端、煌はハッと我に返る。
……良い物を見せてもらった。
自然と浮かぶのは、笑み。
……こちらも、見せてあげよう。
敵ながら天晴れと思いつつ、
……煌の意味を!
煌の瞳には、
虹が満ちた。
次に、現状を覆す要素が混入される。
対する相手の変貌。速度の特色化。視界で見ているものが残像の連続だと気づくや否や、篠崎はがむしゃらに黒刃を張り巡らす。
――途端、暴威が爆ぜた。
抗い虚しく、篠崎は膨大な勢いに足を掬われて吹き飛ばされる。
床が砕けたのか、辺り一面を覆う煙に篠崎は息を潜めるしかない。
――途端、断ち穿たれた。
煙の一角を晴らし、その程度造作ないという数億の風を連れて奔る。
背より半弧を描いてのスイング。斬撃に籠められるのが疾風だけでないと即座に見破り、篠崎は相対することを拒んだ。
しかし、それは許されない願い。
――途端、全否定された。
篠崎の頬を刀身が掠める。ぎりぎり避けれたのかといえば、実はそうではなく、刀身に付き従う存在分が彼に喰らい付いた。
この戦闘において、初めて為された殺傷。篠崎は分の悪さを悟って、強引な大跳躍で逃亡を図る。
しかし、それは無駄だった。激減してしまった速度では、それまででも篠崎を上回っていたアレに追いつけぬ道理はない。
「遅い」
一瞬で真下を陣取った煌が、篠崎に剣を振り上げる。
炎の波が篠崎を上へ上へと打ち上げ、彼の身をくの字に曲げさせた。
余裕も同時に奪い去られ、篠崎に抗いという二文字は微塵も許されない。
滑落は二次関数的に速度を増加。物質の落下速度の公式に従い、秒単位で激しい加速を得る。重力のあるがままに落ち行く篠崎。
隣には煌が。
「……終わりだ」
目を細めた彼。そっと片手が篠崎に開かれる。
――途端――
――――暴威が再爆ぜた。
3.
愛乃にとって"影"は塵同然。
たとえ"影"が必殺の一撃を生む周辺機器を所持していたとしても、関係はない。
幻想によって、この空間が二つの力に折り曲げられる。いうならば、長方形の上辺にある二角を無理やりにくっつけようとするような、そんな強引なモノが空間に付加された。
光の屈折が歪曲され、"影"の面積が膨れたり縮んだりする。そうして不安定となった後、パァンと消し失せた。
ネイビーブルーに統一されたその世界が、綺麗サッパリとなる。唯一残された五人と一人のうち、四人が息を漏らした。
「っと。ここまで一蹴されるとは、予想外だよ。君たちを少し過小評価していたようだ」
そこに、灼眼碧髪の青年が押し入る。
年齢不相応の、大人びて皮肉げな笑み。エリィが訝しげに見定める。
「みんな、この人も敵だから、気は抜かないでね」
警告するように愛乃が言った。澄ました顔で、青年も頷く。
「ああ、僕は君たちの敵だ。名前は、煌和豊としておくよ。まあ、今この場でしか使わない偽名だけどね。
そうそう、君たちの敵ついでに、僕は君たちの復讐相手かもしれない。なんたって、ついさっき君たちのリーダーを半殺しにした者だからね」
その言葉に、陽菜がえ? と声を漏らした。煌がニヤリと口端を吊り上げる。その様子にゾッとして、陽菜はたまらず駆け出した。しかし、煌は彼女が脇を過ぎても何の行動も起こさない。陽菜がこの場から消えて、ようやく口を動かす。
「残る君たちは、薄情だね? 友達が危険だというのに、助けたいと思いはしないのかい?」
「私たちには命令があるから――それに、陽菜ちゃんの持つスペシャルサンクスの無線LANなら、傷ついた篠崎を癒すことができる」
「つまり、ボクたちもあえて彼女だけは行かせたってことだね」
奏と愛乃の答えに、煌は目を真ん丸くして背後を振り返った。ゆっくり前に向き直る彼は、クックックッと声を漏らしている。
「教授の遺産はこの世界に転がったのか……道理で、我等の世界とリンクしたあの程度の技術では尖兵の打倒など在り得ないはずと思っていたのだよ。これで納得がいった。私ですら能力を知り得ないあれを、君たちは持ち合わせているのだね?」
とても嬉しそうに、煌は声をあげて笑った。そして、ふぅと息を吐いて仕切り直す。
「遺産の削除も私の役目だ。今ここで、その背後にある【ミレ・ゼルラ】ごと――消えてくれ」
次の瞬間、
煌の手があらぬ方向へと向いて、そちらにある壁が大きく音をたてて粉砕された。
煌の手首を掴む愛乃が、目を細めて妖しく微笑む。
「ほんとうにそうなると、思う?」
間近で目を見合わせた煌と愛乃の表情は、あまりに美しい微笑。
故に、その仮面の裏に隠された狂気が余計おそろしく思えた。
4.
篠崎はゆっくり目を開ける。
ぼんやりとした視界に陽菜を見つけ、ゆるゆると目を閉ざす。
――温かい。
そう思って、篠崎はあてずっぽに手を伸ばした。
思い描いたとおりの感触を指に感じ、ゆっくりと撫でる。
「陽菜」
「……うん」
「――迷惑かけたな」
「……うん」
目を開ければ、涙に濡れる顔をくしゃくしゃにして嗚咽を上げる陽菜が。
篠崎は陽菜の膝から頭を上げ、もう一方の手で彼女の髪をそっと撫でる。
それが引き金となって、陽菜は篠崎の胸板に飛び込んで盛大に泣きじゃくりはじめた。
陽菜の背中をトントンと撫でる篠崎は、優しみと愛しみの目をする。
だが、どこからかで鳴り響いた轟音を聞いて、切り替わった。
「陽菜」
「……ん」
泣き顔を晴らし、神妙な態度でコクリと頷く。
それを見て、立ち上がろうとした篠崎は、力を籠めた両腕からストンと倒れた。
立ち上がれない。篠崎は歯を食い縛る。しかし、どうしても立ち上がれない。
ならば――仕方ないのだろうか。
篠崎は呆然と、決断した。
「大丈夫!?」
「……陽、菜」
蒼い顔をして駆け寄ってくる陽菜に、手を伸ばす。
口から言葉を漏らそうとするが、先ほどので搾り切ってしまったようだ。陽菜が顔を寄せ、耳を寄せてくるが、篠崎は伝えるのを断念し手で合図する。
ゆっくりとある一方向に向け、陽菜の瞳を覗き込む。
――あっちに私を連れて行ってくれ。
その意思が伝わったのか、陽菜はうんと頷いて篠崎の腕を肩に回した。
そうして、篠崎と陽菜は遅い歩みで何処かへと往き始めた。
5.
愛乃すらも傷つき膝をつく。
愛乃以外は、すでに倒れ伏している者さえいて、状況はどうみても煌の勝利だった。
煌がカプセルに手を打突する。
いとも簡単に破られたその殻から、胎児がずるずると引き出された。
「これで……抹消完了だ」
その言葉を聞いて、奏が歯を食い縛った。
立ち上がろうとしない身に無理やり力を籠め、そえでもぷるぷると震えるだけにしかならない自分が、
――悔しいと。
何も護れない。人どころか、一番大切である約束さえも護れないのが、
――悔しいと。
そして、突然閃く打開策。それは身体と心理を完全分離して身体をマリオネットのように動かすという在り得るはずのない物で、しかし彼女にはパラメーターを自在にいじくれるスペシャルリストがあり、それを行使すればそのスペシャルリストへの指示で身体を動かすことができるのを奏は知り得ていた。
立て、と願う。それでは立たず、ならば手を地面に当てろと願う。さすれば答えが来、コツを理解する。自分の身体を間接的に動かすという感覚が妙だったが、それを気にする猶予は残されていない。奏はさらにいくつかの指示を想った。
「ほう……まだ立つ力があるか」
煌の声に感嘆が混じる。スッと立ち上がった奏が、少しぎこちない動きで煌に手を向けた。
「マリアちゃんを、返して」
「無理だ。別の人形に興味を向けて気を紛らわせるといい」
煌の返答が即座。奏はすぅっと息を吐き、止める。
瞬時に数十を考えた。
さすれば思い通りに身体が動き始める。
一歩の踏み出し。通常よりも大幅で、180度開脚も同然なそれに煌が目を剥く。
煌に近い方の足を中心として、もう片方を引き戻す。ある程度両脚の距離が縮まったら今中心としている足のほうを煌に繰り出した。
渾身。いや、それ以上。己が身の瓦解を考えぬ一撃が、煌を叩く。
押し合いへし合いとはいえぬ攻防を一瞬行なって、奏は更なるプランへと進行した。
連撃。視界に見えるものから若干の修正を思い描きつつ、ほとんど拳脚拳脚というパターンの決まった体術を叩き込んでいく。
見え見えのものならば避けるのはあまりにも簡単だが、奏の一撃一撃には速度もある。煌はそれに付き合うのがやっとで、故に目論んでの攻撃パターン順列変更が煌に隙を作らせた。
「今っ!!」
そこを狙って、奏は拳を突き込んだ。
いつの間に血まみれとなっていたのだろうかと疑問を抱く。煌に一撃を与えたおぼえはなく、それ以外を殴ったときにも血は浴びていない。そして、ああと気づいた。これは自分の血かと。自分はこんなにも無理をしているのかと。同時、頬を綻ばせたくなる。こんなにも自分は篠崎に一心となれている。一心不乱に戦えている。満足感が来た。しかし、そうすることで新たな渇きがくる。
さあ、結果を望もう。
強く願う。想う。拳撃に力が籠もる。一閃。鋭く強い。しかし、
「ッ!?」
軽く、受け止められた。
煌がニヤリと微笑む。五指が奏の拳に食い込み、突然ビリィッと火花を散らせた。
発光――そして、爆発。
視界はホワイトアウトし、奏はまるで風に吹かれる枯葉のように壁まで吹っ飛んだ。
心理切断が自然と解除される。奏は、突然自分の内から溢れてくるマグマのような痛みにうめき声をあげた。
しかし、それでもマリアの方へと顔を向ける。
今まさに煌がマリアに拳を叩き込もうとしていた。振りかぶるモーション。奏は駄目と願う。
『マリア始動』
そして、応えが返って来る。
目を見開いたマリア。一瞬でその身は光に還され、するりと煌の手から逃れ行く。
先は、奏。
両腕を広げ向かうマリアから目を離せぬ奏は、呆然としたまま彼女に抱き掬われ。
『形成情報変革開始』
マリアの両腕を己の両腕とし、
マリアの両脚を己の両脚とし、
マリアの身体を己の両腕とし、
マリアを己として、
『変革完了』
――奏は立ち上がった。
アーマー。青く輝く鋼鉄の甲冑。それに包まれる奏は、グッと拳を握りこむ。
地面から拳ひとつ分ほど浮遊する彼女は、先ほどまでの満身創痍はいずこやら、あまりにも涼しい顔をして煌を見据えた。
「……機械人形を装備型に変形し、装備。擬似魔力による身体強化が、私に付加されました」
「だからどうしたと?」
煌が応える。マリアを掴んでいた方の手をそのまま宙に上げつつ、じっと奏を見て。
「負けない。私は、あなたを倒します」
その次の瞬間、奏が煌の背後で言葉を発した。
煌に振り返る猶予さえ与えず、静かな瞳をした奏が脚を振りかぶり。
――煌が壁へと打倒された。
奏の瞳に宿る意思の"光"は、今はもう揺らいでいない。
6.
先ほどまでみんなといた場所に似ているなと、陽菜は感想を抱いた。
そのとおり、篠崎の指示で訪れたこの場所は、あの場所と同じようなものしかない。ネイビーブルー色の壁や天井や床はもちろん、カプセルも。
と思って、陽菜は我が目を疑った。
「――――女の、子?」
何かが、そこにいた。
白に近い銀髪が花のように広がっている。両腕を広げ、まるで来る者を拒まぬという風なその姿勢は、まるで女神だ。
マリアとは違う。すぅっと整った頬に少女と言うには大きなボリューム。小さく丸まったお尻にすらりと伸びた足。衣服のほうの側面両側についているのであろう白いリボンがゆっくりゆっくりと揺らめいているのが幻想的だった。
その衣服というのは黒で整えられたワンピースで、うっすらと引かれた白線が一定間隔を置いて縦横に走らされているだけという簡素なものだ。袖は無く、スカートの部分も思う他膝上すぎる。そのワンピースは薄い布でできているようで、余計彼女自身の輪郭が明確となっており、陽菜は羨ましげな気持ちで見惚れた。
「陽菜。少し、離れて、いろ」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ篠崎。陽菜は一瞬戸惑い、しかしゆっくりと篠崎から離れた。
篠崎がじっくりとカプセルの中の少女を見上げて、歩き出す。
一歩。二歩。三歩。
四歩目は踏み出されなかった。
辿り着けたわけではない、篠崎とカプセルとの距離は最低でも七歩分はあったのだから。
――篠崎が消えたのだ。
フッと、まるでこれまでが蜃気楼だったかのように綺麗サッパリ。
陽菜が我が目を疑う間もなく、カプセルにピキッとヒビが入った。
液体が勢いよく放出し、それが小さな水溜りをつくる。
ヒビは見る間に増えていき、広がっていき、いつしかカプセルはヒビだらけとなって、
――破裂した。
液体の激流のままにふわっと落ちていく少女だが、つま先がしっかりと地を踏みしめて、水流に難なく抗って少女は着地した。
陽菜の足元にまで水たまりが及ぶ。しかし、それを意に関した風もなく、彼女は少女をぽかんとした風に見つめ続ける。
「……この身体で見る世界は、中々どうにも、久しいな」
その中で、少女が自らを撫で回しはじめた。
ワンピースがワンピースだけにぷっくらするところまで明確になっている彼女の双丘。腰回りは、尻の曲線がくっきりとしていて艶かしい。
「わ……わわ……」
陽菜がわなわなとその少女に目を見開いた。
少女も自分にべたべた触れまくるのをやめ、小首を傾げる。
「どうした、陽菜」
クリッとした瞳の深い深い海に思わず飲まれてしまいそうになって、陽菜はぶんぶん首を振った。
一瞬訝しげに陽菜を見たが、少女は何かに気づいたように両手をポンッと合わせる。
「すまない、説明が遅れたな。今のは、確かに私が悪かった」
少女がクスリと微笑んだ。陽菜はその雰囲気に、どこか引っかかるものを感じる。
しかし、少女が己の胸に手を当てて名乗った瞬間、理解した。
「篠崎だ。いや、今のこの身が、篠崎という存在の本来の姿だ」
しかし、いや、だからこそ、余計理解できなかった。
頭を抱えたくなるのを必死に押さえるだけで精いっぱいな陽菜は、とても混乱している。それを見て取った少女は、困った風に眉を顰める。
「手取り足取り説明したいのは山々なのだが、現状が現状だから今は納得してはくれまいか。キラメキ・フェ・ニクスが動いているということは、すぐにこの場は更なる激闘の場所と変わる」
「キラメキって……あの男の子を、知ってるんですか?」
「まあな。アレは、私の故郷にて運命を一時の間共にした者の一人だ。ああ、共にしたといっても旅は道連れのような意味でだからな。あやつとの恋愛関係は、思われるのであっても嫌なことこの上ない」
故郷、というキーワードが頭に残った。陽菜は尋ねようか迷う。
その様を見てスッと彼女の頬を撫でるシノザキは、愛おしいと訴えていた。
「話すよ。だんまりしすぎるのも、よくない」
シノザキはこの部屋からササッと歩み出て、入口の方で陽菜に振り返った。陽菜は最初はゆっくり、後になるほど早足でシノザキに追いつく。
それを見て、再び歩き出したシノザキはしかし二歩目からをとぼとぼと意味のないものとして、じっと空を見上げる。
つられて、陽菜も視線を上へ。
「あっ」
同時、息を呑む。
その反応に、合格だという風に微笑んだシノザキ。
「私の故郷は、こう呼ばれている――\\"夢の国"、と」
空に見開かれた金色の忌眼に、闇が渦巻く。
7.
「"夢の国"は本来≪何処にも在って何処にも無い≫という、この世界にとっては架空のものだった。けれど、この風宮島にて発見された超高エネルギー体が、この世界に隣接するその"夢の国"との通路を開いてしまったんだよ。眼に見えない形で、ね。
擬似魔力というのがあの世界を満たす≪夢≫の同属だったのか、まったく理由はわかっていない。
ともかく、繋がってしまったせいで、この世界の住人全てに≪"夢の国"行きチケット≫が渡されてしまった。往しかない、復のないチケット。誰しもが欲望を持つが故に、誰も気づけていないというのに誰もがそのチケットを使った。そうして、誰もがいなくなっていった。
陽菜、君もいなくなる可能性があるんだ。つらい現実、現実的な現実、希望のない現実……それから目を離したいと、背を向けたいと、忘れたいと、強く望んでしまえば、君でさえも"夢の国"に来訪してしまう。
そして、人が消えたんだ。幸の下にある不の住人のほとんどが、リンクが繋がった瞬間に大勢消えた。今でも、ある一定に欲望が高まれば"夢の国"が察知する。
"夢の国"は楽園だ。だけど、秩序はある。幸福もある。だから、不幸もある。しかし誰も帰れない。さっき言ったとおり、皆に配られたのは往復キップではないから。
あの世界はゲームのようなもので、強い者しか幸せになれない。酷いもんだよ、この国みたいに保護されたものが何一つないんだ。まあ、"夢の国"の本体がある程度サポートを築いてはいるんだけどね、それすらも皆の願いに狂った存在だから、どうしようもない。
そして、今あの世界は終わっている。強い者が絞られて、幸福が極極少数に集っているから。"夢の国"は壊れた世界で、私はその世界で幸せを掴んだ者――勝ち組、というやつなんだ。
まあ、そうはいっても、あの世界らしい≪生きた機械≫という現実的ではない身だから……ずっと黙ってて、ごめん。私が、この風宮島で流通している機械人間と同類だったなんて、失望しただろう?」
「……ううん。あなたは、あなただから」
陽菜はまっすぐな瞳をシノザキに向けて、首を横に振った。
シノザキは柔らかく微笑んでありがとと呟く。
「"夢の世界"は肥大・衰退を加速させる中で、ミスドリック教授という≪異例≫を取り込んだ。"夢の世界"の産物を現実に転送しようという試み。それは、世界によって阻止された。しかし、教授自身が死ぬことをスイッチとした最後の一手によって、結果的には教授の目論み通り"夢の世界"の物が時空を越えた。座標も適等だったから、この世界に流れ着いたのはほとんど奇跡だった。世界が隣り合っている他世界は無数だからね。
なぜ教授の話をしたか、わかるかい?」
「……私たちの力が?」
「そのとおり。陽菜や奏やエリィの使う力であるスペシャルゲストとノーマルテキストタイプが、教授の遺産――あの人が自分の生命を支払ってでも世界に伝えたかった、科学の真髄だ」
陽菜や奏やエリィ。当てはまらない者はどうなるのか。そこまで一瞬に頭が回る陽菜は、すぐに覚る。
――まさか。
その想いをそのまま口にした陽菜に、シノザキは満足そうに微笑んだ。
「言う手間が省けた。良かった。ぎりぎりセーフ、と言ったところだからね」
「それってどういう――」
言葉を発した瞬間はわからなかった。言葉を連ねるうちに、陽菜はわかった。
突然鼓膜を麻痺させてきた雷鳴。動揺しながらも空を見上げ、吹き荒れた風に思わず目を閉じた。
対してシノザキはじっと空を見つめ続ける。いや、正しくは、空に穿たれた"忌眼"を。正しくは、
其処より迫り出しし鉄を。
「私は行くよ。陽菜」
何処へ、という問いが無くとも、シノザキは答える。
自身がために。自身の揺るぎない決意のために。
「全ての始まったこの場所で、全てを終わらせるために」
そして、シノザキは。
白く羽根を散らす双翼を大きく広げて――トンッと飛び上がった。
8.
シノザキが往き付くよりはやく、其は全貌を顕現させた。
黒い円盤。大きさは、ざっと風宮島を包み込めるほど。厚みはそれほどないように見えるが、内に行くにつれてだんだん厚みが増している構造のようだ。
「この日を待ちわびたぞ!!」
声がした。
円盤からぽろっと剥がれ落ちるように、ひとつの黒い影がシノザキへと迫る。
それは人だった。
目視の完了を待たずして、シノザキは両手を突き出し三百重という無数の情報相殺波で迎撃を狙う。
だがそれも無駄に終わり、その者が度に振るう剣戟によって全て打ち砕かれた。
かの存在の飛来は続行される。そうして、やはりシノザキの顔前へと辿り着いた。
「俺の妻になれ――シノ」
「断る――お友達から始めましょ、はあと♪」
影の正体は、人。
緑眼と、それを深き色とみせる黒髪を持ち合わせる若き男。彼はフッと不敵に微笑み、ならばと言う風にシノザキへ手を伸ばす。
「共に戻ろう、友とあるために。このままでは、あのキラメキが人に君が殺されてしまう。そんなことになっては、私の愛が行き場を無くしてしまうよ」
「お前の愛のはけ口になるつもりはないが、残念にもお前は私の理解者だよ。深怨」
淡く微笑んだシノザキは、深怨の手を取った。深怨は一瞬目を丸くし、その後シノザキへ訝しげな目を向ける。
「……何を模索している?」
「単刀直入だな。まあ、しかし……言っても支障にはならないだろう」
シノザキは深怨から手を離し、何も持たない両手を左右に伸ばした。
その両手にぽっと光が宿って、幾何学模様の呪紋を幾重にも巡らし、ふたつの存在を構成した。
同じ容姿。しかし、目の色だけが違う。それは、愛乃みなせそのもの。
くすんだ青色の目をする方は満身創痍といった風で、鮮明な赤色の目をする方は傷ひとつ作っていない。
「私は"夢の国"に帰る。この世界に在るべきでない物を在るべき場所へ還し、この世界に在るべき物を在るべき場所へ還す」
双方ともが更に構成を書き換えた。
蒼い天使と、紅い天使。それが内から散って、ひとつが神の鉄槌となる。
鉄槌は空に昇った。運命をも断ち切る一撃が"忌眼"を抉りぶち壊す。
空に渦巻く闇が逆流を描き、霧散していく。それは、深怨と煌の来訪を許した時空の穴【忌門】の瓦解を表す。
「さあ……ともに還ろう。そして、ともに還そう」
二つの共をこなすと宣言し、シノザキはともに片手を上げる。
地平線が広がった。効能は果てし無く平等。在無の判決が二つの空間において完全終了し、空間が分解破砕侵食変革を乗り越えて再構成を行う。
全てが消え、
全てが現れ、
総て元にもどる。
交差が。
人生という線の交じりが、なかったこととされ、
幻だったかのように消えた線が、幻だったかのように現れ、
捻じ曲がって在るべきでない行方へと進んだ線が、正しい形へともどされる。
極光が世界を満たした。ホワイトアウト。一瞬のクリアが終われば、次には世界が広がっていることだろう。
「私がこの世界で作り得た二つの願望実現装置を糧に、世界はあるがままへともどされる――――ッ!!」
シノザキが声を張り上げた。
そして、次の瞬間。
フッと、世界が終焉した。
9.
何も無い世界が広がっていた。
何も無く、白紙の世界しかなかった。
しかし、此処には何もかもがある。形無い物に溢れている。
シノザキは視覚を保てていた。身に宿すDD故か、はたまた誰しもがそうなのか。
目を細め、シノザキはひとつだけ後悔をおぼえた。
――お別れ、言いそびれてしまったな。
パソコンを擬人化させたものである愛乃は、とてもみんなにお世話になった。彼女にもみんなに礼を言わせるべきだったと、シノザキは走馬灯を駆け巡らせる。
ふと、世界が変わったような気がした。
再構成が終わり、再誕しようとしているのだろうか。シノザキは自分の今感じている世界が≪夢≫なのか≪現実≫なのかもわからぬまま、しかしそっと呟く。
「ありがとう……一時であっても人でいられて、良かった」
自分に科せられた運命がどういうものかを知り得つつも、抗えなかったという結果でも、シノザキは清々しい気分でいた。
波紋が広がり行く。まるで水面に露が一滴落ちたかのように、乱暴でありながらも繊細に。
シノザキは身が震えるのを感じた。フッと不敵に微笑み、
――……私は歩むさ。
言葉が作らぬとわかりつつも口を動かし、
――喩え、自分の生命朽ち行く運命から逃れられなくしてしまうのだとしても。
想いを確かに、確かめて。
――大切なものを守るためなら、この生命朽ちて構わぬと知るから。
フッと、世界は再誕した。
≪夢≫が夢で終わり、
≪現≫が現と在らん、
そんな世界が、始まった。
end
はいはい〜前半戦しゅうりょう〜w
思いっきり書き急ぎました。"黒"が煌等≪夢≫の在物であることとか、結構割愛しまくってる。
最後の方はどう終わらせればいいのかわからなかったしね〜(笑)
自重します。矛盾とかわからないとかあったら箇条書きで! 作者の再読次第では修正があるかもですヽ(゜▽゜ )
それでは、次は3nd二期で会いましょう☆
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