妖恋〜奴隷少女と狐面〜(6/8)縦書き表示RDF


妖恋〜奴隷少女と狐面〜
作:星見



第陸話:郵便屋



 またしても、摩訶不思議な出来事が小羽の前に現れた。
 それはまるで御伽噺のようにも見える、朧気な現……。


 涼やかな風を従え空から降りてきたのは自転車に跨った制服に制帽姿の男。
 不意打ちのように飾り庭に出現したその男は、唖然とする小羽を後目に悠々と自転車を立てる。
 そして当たり前のような慣れた足取りで邸宅の、今小羽がいる縁側に向かって歩いてゆく。
 その開口に、再び小羽は驚かされた。
「お待たせしましたぁ、郵便です」
 そう確かに言ってから、男は気さくに笑みをみせる。
(………あれ?)
 その笑みがどうにも見たことがあるようで、小羽は首を捻る。
 が、直ぐに我に帰り、小羽は半ば混乱の中でしどろもどろとして、慌てた。
 見事な慌て様だと、後で振り返って小羽が己を恥じるのはその少し後のことだったりする。
 そんな少女の慌て様に、郵便と言った男も驚いた。だが、それは楽しげな笑いをみせる、軽いものに過ぎない。
「嬢ちゃん落ち着いて。他の方呼んで貰えるかい?」
 少し訛りのある独特の発音で、優しく宥めるように制服姿の男は言う。どうやら東北訛のようだ。
「は、はい直ぐに!」
「……そんな急がなくてもいいのに」
 急ぎ足で踵を返した小羽の背に男の訛りが重なる。
 だが、小羽が呼びに往くまでもなかったらしい。
 小羽が走り出した刹那に手近な襖が開き、二人の男と一人の少女が現れたからだ。
「おいおい、そんな急いでどこ往くんだ?」
 そう言ったのは八雲だった。呆れたように、しかし楽しげに笑っている。
 その笑みに、小羽は類似の念を重ね合わせる。それがよくわからないのだが、どうにも心の端に引っ掛かり落ちてゆかない。
「こんにちは、雲介さま。ご苦労様です」
 そう相変わらず淡々とした様子で労うのは鈴だ。手には三通書状が携えられてある。
「おう、相変わらず別嬪さんだなぁ鈴ちゃん。有火の旦那と兄貴も変わらない様子で」
 明るく言って男は制帽を取り払う。
 そこでようやく小羽は自分の胸に引っかかっていた疑問が解消された。
「八雲さんにそっくり……」
 目深にかぶっていた制帽がはずれ露わになった彼の顔は、今隣にいる八雲に酷似している。
 髪の色は淡い茶だが、瞳は八雲と同じく黄色かかった琥珀色だ。
 身長や体格は八雲より高く、彼の方が幾分も若いようだったが、やはり似ている。
「そりゃあな、こいつと自分は兄弟なんだよ。少しは似てるだろ?」
 かか、と笑って八雲は弟の頭を叩く。
「雲介さま。これをお願いします」
 その兄弟のやり取りを無視して鈴は三通の書状を雲介に渡した。なぜかイライラしている様子だ。
「はい、確かに預かりましたっ」
 達筆な筆字でかかれた住所を確かめる。
 まだ年端の往かない少女(見た目)の書いたとは思えない、洗練された毛筆字。達筆すぎて小羽には読めなかった。
 さて、以上で?
 鞄に書状を収めてから配達屋は向き直る。
「もう一つ頼みたい。少し待ってくれ……」
 これは有火だった。



 有火が"品物"をとりにいく間に八雲はのんびりと調理場へ、鈴はキビキビと上階へ消える。
 そして縁側に残された小羽を何故か雲介は仕切りにを見つめていた。その目にはどこか関心したような興味深そうな、知識欲が見え隠れしているように思えて、小羽は目を伏せる。
 その様子に、しまった、と思い慌てて雲介は言う。
「ごめんなぁ。ただ、あんまりうまくヒトに化けてるから関心して」
 訛りのある朗らかな言葉に、首を振って小羽は顔をあげた。
「私は……」
 ――妖ではない。
 そう言おうとして、はたと喉元まで押し迫った言葉は留める。
 この場所では自分が異端なのだと、小羽ははっきり自覚した。
 たとえ彼らがヒトの姿形をとっていても、彼らはヒトではない。妖だ。
 そして、自分は人間。
 そこにあるのは大きな違い。彼らは優劣で小羽を見ないが、やはり此の場所は自分が居るべきではないのだろうか……。
「嬢ちゃん?」
 深刻そうに黙り込んだ小羽の顔を心配げに覗き込む雲介の顔が目の前にあった。
「あ…あの……私…」
 もう一度、あの言葉を言おうと決めた瞬間に、高い影が小羽の隣にたつ。
 落ち着いた色合いの袴に薄い羽織りを完璧に着こなした、深い緑の髪の男。戻ってきた彼の手には、朱の紐で封された桐の箱が携えられている。
「……雲介。小羽は妖ではない」
 相変わらず低い声で有火は告げる。
「ヒトの娘だ」
 それを告げられた雲介はさぞ驚いた――訳ではなく、得心がいったように手を叩いていた。
「なるほど、ヒトかぁ! 確かにそれなら霊力がまったく漏れないのもわかる」
 うんうん、と、問題がとけたように雲介は頷く。
 無論、小羽にはまったく理解出来ていないが。
「我々の力の源は俗称を霊力というのだが、我らがヒトに化身するときは必ず霊力を用いる。故に必ず霊力が多少なり溢れてしまう。妖はそれを感じられるから、まったく霊力を感じないお前を奇妙に思ったようだ……」
 意味が解らない様子の小羽の耳元で有火は一気に説明する。量が多くていまいち伝わらなかったようだったが、要点は理解できた。
 とにかく、自分には霊力とかいう力がないから奇異に感じたのだ。
 小羽はそう理解することにした。おそらく間違いではないだろう。
「はぁあーー…。にしても珍しい。怪奇現象屋の若旦那んとこのヒトら以外にこの屋敷に居るとはなあ」
「……怪奇現象屋?」
「想也の若旦那がやってる店ですよ。あっ、有火の旦那、荷物預かりします」
 律儀に小羽の呟きに答えてから、雲介は有火の持つ桐の箱を受け取り肩掛けの鞄に丁寧にしまいこむ。
 箱に何が入っているか気にはなったがかぶりを振って考えるのを止めた。
 訊けばおそらく有火は答えるだろう。
 だからこそ、訊くのは止めよう。詮索はいい結果をもたらさない。小羽の短い生涯に刻まれた処世術に近しいものだ。
「さぁて、じゃあ儂は失礼します。こっから酒華の姐さんのところまで結構あるんでなあ」
 再び制帽を深くかぶりなおしてから雲介は軽く礼を見せる。
「ああ…。頼む」
「はい。じゃあ花見にゃ今年も顔出しますね」
 彼の履き物が敷石を響かせる。
 小羽はいま気付いたが、彼の履き物は編み上げ靴のような頑丈そうなものだ。

 ちりん、と甲高いベルの音が一つと高く鳴った。
 それに続き、春風が強く吹き付けて、彼を載せた自転車を巻き上げるように走ってゆく。
 ちりん。
 ちりぃぃん。
 巻きあがる風に視界を閉じていた小羽が、吹きやんだ風に目を開けると既に雲介の駆る中古のような自転車は高く舞っていた。
 春風を纏い、こうして郵便屋は走っていった――。



〈続〉


八雲さんの弟、雲介くん登場。外見年齢は22〜25くらいだと思います。彼が老ければ兄にそっくりになります。服装は明治くらいの警官さんをイメージ。趣味です。











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